kokokisu
2020-10-13 01:35:20
7845文字
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【ザックラ】Sunshine above the cloud 12


 ゴールドソーサーは同じ名前のエリアに拡がる砂漠の丁度中央部に建造されている。ロープウェイは一本しかないので、クラウドとザックスは一旦北コレルにまで戻ってから、砂漠を避けてゴンガガ村を目指しバイクを走らせていた。
 空に近かった燃料は満タンにして、バイクの後部に乗せたタンクにも大量のガソリンを積んである。二人分の報酬だと言って、ミッドガルへ戻るのにも充分な燃料をディオは用意してくれた。彼はチャンピオンの呼び名を与えたクラウドだけでなく、チャレンジャーのザックスのことまで気に入ったようだった。
 ザックスが窮屈そうにしていたサイドカーも、ディオの計らいで取り変えて貰っている。バイクに取り付けられる最大サイズの座席になったので、速度は落ちてしまうがザックスは快適に過ごせるようになっていた。
 空気が肌にまとわりつくような重たい湿気を含んでいる。雨の気配を感じて、クラウドはエンジンの回転数を上げた。これから渡る浅瀬は雨が降ると直ぐに水量が増えて濁流になってしまう。天気が変わってしまう前にゴンガガエリアまで到達したい。
 既にコスタとゴールドソーサーで予定以上の時間を費やしていた。期限が設けられていることではないが、クラウド自身が一刻も早くザックスへの疑いを晴らしたかった。
「そろそろだな、俺の故郷」
 ザックスが感慨深げに呟くのを聞いたが、クラウドは眉一つ動かさずに前を見据えていた。ザックスはクラウドの逸る気持ちを知らない。彼らは旅の目的地に対して抱く感情が異なっていた。
 ゴンガガ村の付近で起きた、ソルジャー失踪事件。既に解決している神羅の問題だが、ザックスはその事件の重要な関係者だった。クラウドも事件の顛末は知らない。ザックスがクラウドの知らない真相を語ってくれたら、彼の記憶がジェノバ細胞のコピー能力によって作り出されたものではないと確かめることができる。クラウドは早くザックスが本物のザックスなのだと証明したかった。
「里帰りなんていつ以来だろ。親父もお袋も元気にしてるかな」
 クラウドは口を堅く引き結んだ。自分はザックスの郷愁を利用している。他に方法がない、それにこれは彼の為でもあると納得しようとしていたが、実際に彼が帰郷を楽しみにしている姿を見せられると胸が痛んだ。
「親とは結構年が離れててさ。長年待ち望んだ子供がやっと生まれたってんで、俺結構大事にされてたんだ。箱入り息子っての?」
 その表現にクラウドが相好を崩してくすりと笑った。
「随分やんちゃな箱入り息子だ」
「まあな。13で村を飛び出すくらいやんちゃだったぜ。早く稼げるようになって親に楽させたかったから。こんなに何年も経ってちゃ、二人とも直ぐには俺って分からないかもな。手紙でのやり取りは続けてたし、写真くらいは送ってたけど……。ゴンガガに来るのだって久しぶりだ」
 クラウドは思わず黙り込んで彼の言葉に聞き耳を立てた。彼が最後にゴンガガを訪れたのは、ソルジャー失踪事件の犯人を追跡している道中でのことだったはずだ。
 ザックスが懐かしむように目を細めた。実際に何年もの月日が流れているのだが、ずっと眠っていたので感覚は薄い。ただ、クラウドを連れて神羅から逃亡していた頃と比べて世界が様変わりしてしまっているので、あれから途方もない時間が経過したのだと認めざるを得なかった。
「お前を連れて神羅から逃げているときにソルジャー失踪事件の元凶と対峙したんだ。クラウドは多分知らないか。あれは神羅でも一部にしか情報共有されていなかったからな」
 クラウドは何も答えなかった。下手に聞き出そうとして彼に疑われてしまっては、情報の正確性が損なわれる。
 目の前に大陸を分断する浅瀬が迫っていた。
「捕まってくれ」
 サイドカーに座るザックスに呼びかけると、まだ澄んだ水の流れている川辺へとバイクを進めた。舗装されていなかった草原よりも更に路は悪くなり、車体もサイドカーも分断されそうな程に揺れる。回転するバイクのタイヤが水を切り裂き、川底の石を弾き飛ばし、その騒音で二人は会話を中断せざるを得なくなった。
 ソルジャー失踪事件の話はツォンから聞いている。タークスも彼の後を追っていたが、追跡に失敗したらしい。ゴンガガのメルトダウン魔晄炉で自分達を見かけて以降は、足跡を見失ってしまった。次にツォンがザックスの姿を見つけたのは、神羅兵が彼を追い詰めたミッドガル付近の崖の上でのことだった。
 ゴンガガに着いたらザックスには事件の真相を語って貰うことになる。もし彼の記憶に誤りがあり、彼という人格がジェノバ細胞に作られたものだとしたら、自分は彼を倒さなければならないかもしれない。だがそれは、彼が里帰りを果たした後でもいいだろう。少なくとも今は、彼をザックス以外の何者かと思えなかった。

 川を渡りきり、ゴンガガエリアのメルトダウン魔晄炉が見えるようになった頃、湿った大気は遂に雨を降らし始めた。クラウドのゴーグルに雨の雫が叩きつけられる。熱帯地方の肥沃な大地は土が多く、雨でぬかるみ、何度もバイクのタイヤを取られそうになった。ザックスの座るサイドカーにも、ウインドスクリーンに土の混じったしぶきが跳ねてきている。泥で汚れると同時に雨で洗い流される程に雨足は強かった。
 村の自治領に入った事を示す看板を通り過ぎて、クラウドとザックスはゴンガガの中へと入っていった。小さな家の点在する森を走って暫くすると、鬱蒼と茂っていた木が間伐された区画に入り、ようやく視界が開けてくる。地面が固めた土で舗装され始めて、バイクを走らせ易くなった。人の住むエリアと自然の森との境界があいまいな村だが、中心部は土地を切り開かれており、集落らしい光景を作り上げていた。
「ゴンガガだ!」
 バイクのエンジン音と降り注ぐ豪雨に負けない大きな声で、ザックスはクラウドに呼びかけた。
「あんたの家はどの辺りだ」
 クラウドも負けじと大きな声で返す。ザックスが進行方向から見て右の方を指し示した。クラウドは大きくなったサイドカーに引き摺られて横転しないよう、バイクのハンドルを緩やかに切ってそちらへと向かった。
 似たような建物が村にはいくつもあった。赤茶けたレンガを積み上げた円筒形の建物に、円錐の形をした青い屋根。その内の一つがザックスの生家だった。
 前にクラウドたちがゴンガガを訪れた時、村の住民にザックスというソルジャーを知らないかと尋ねられたことがあった。記憶を失っていたクラウドは何も答えられなかったが、一緒にいたティファとエアリスがその名前に表情を変えたことを思い出す。彼女たちはザックスを知っていたが、口を噤んだままだった。もしかしたら記憶の曖昧な自分が一緒に居たから、彼女たちは何も言えなかったのかもしれない。
 ザックスに命を救われて、最後を見送った自分だけが、まるで無関係な人間のように振る舞っていた。記憶を失っていたとはいえ、我ながら救いようのない愚かさだ。いつかザックスの両親に真実を告げなくてはと心にわだかまりを残していたのだが、まさか生きている彼を連れてくることになるとは思っていなかった。
 ザックスが緊張した面持ちで、家の扉をノックした。はい、と穏やかな老齢の女性の声がする。
 ドアが開かれて、女性は家の前に立つ男二人組の顔を見つめた。驚愕の表情で息を呑んだ後、彼女はザックスの手を握り締めた。
「ザ、ックス、なの……?」
「ただいま、お袋」
 女性は目に涙を滲ませながら、家の中を振り向いて伴侶を呼んだ。嗚咽のような声だった。一体何事か、とドアまでやってきた女性と同じくらいの年の男性が、ザックスの姿を見て言葉を失う。
「お前、生きていたのか……!」
「なんだよ、ひっでえな。親父だって知ってるだろ、俺の取り柄は頑丈さだって」
 ザックスの父親が涙を流しながら何度も頷いた。自分よりずっと背の高くなった息子の肩を力強く叩く。
「良く無事で帰ったのう」
「ほんと。もう会えないかと……。それでザックス、こちらの方は?」
 ザックスの母親が、涙に濡れた顔に笑みを浮かべてクラウドを見た。自分がここにいると家族の再会に水を差してしまうのではないかと、クラウドは居心地悪そうに身を竦めた。ザックスがそれを察して、彼の肩をぐいと抱き寄せる。
「クラウドだよ。手紙にも書いてただろ。神羅軍で知り合った俺のトモダチ。今はそれ以上だけど」
 そこまでザックスが言うのを聞いて、クラウドは顔を赤くしながら彼の身体を遠ざけた。彼に窘めるような視線を向けかけたが、今は彼の両親の目の前だと思い出して自重する。
「突然押しかけて済まない。俺もザックスと久しぶりに再会したんだ。神羅との問題がひと段落着いたから、彼は一度実家に帰った方が良いんじゃないかと思って連れてきた」
 クラウドの説明に得心したようで、二人は神妙な表情で頷いた。
「そうだったの……。クラウドさん、ザックスを連れてきてくれて本当にありがとう。とりあえず二人とも中に入って。そんなにずぶ濡れじゃ風邪引くだろう」
「おお、そうじゃな。母さん、暖炉に火を入れとくれ。湯も沸かしてきてやろう。クラウドさんも好きにくつろいでくれ」
「そんな、待ってくれ。俺にはそこまでしてもらう必要なんて……
 接待しようとしてくれる二人にクラウドは戸惑ってしまった。ザックスならともかく、ただの付き添いである自分までもてなしてもらう必要などない。そもそも自分がここにいるのは、ザックスの帰郷に付き合うためではない。彼の正体が本物のザックスだと証明するためだ。彼だけでなく彼の両親まで騙しているようなものなのに、歓迎されるのは気が引ける。
 ザックスはクラウドの思惑など露知らず、彼の背を押して懐かしい実家へと招き入れた。
「遠慮するなって。こんな田舎だからさ、よそから来てくれた人間はもてなすもんって決まってんだ。ほら、俺だって前にクラウドの実家に招待してもらっただろ。あの時のお礼だよ」
 明るく笑いかけられて、クラウドはそれ以上何も言えなくなってしまった。全身を針に刺されるような罪悪感と同時に、取り返しようのない後悔も押し寄せてきていた。あの頃の二人のように、もっと純粋な気持ちでザックスの実家を訪ねることができていたらよかったのに、と。ザックスはそのつもりでいるということが猶更心苦しい。
 ザックスの母親は忙しなく部屋の中を歩き回っていた。暖炉に乾いた薪を入れ、マッチを擦って火を点ける。台所で湯を沸かし、四人分のお茶を用意する。菓子が無いと言ったかと思うと、台所の薪ストーブにまで火を入れてしまった。クラウドはさすがに黙って座っていられなくなった。
「待ってくれ、俺にはそこまでしなくていい」
 明かに何か食事を用意しようとしている。だがクラウドの制止を振り切って、ザックスの母親は二人の為に茶菓子を作り始めた。
「いいんだよ、ザックスが帰ってきたお祝いだ。夜は沢山ご馳走を作るから、あんたも付き合っとくれ。年寄り二人だけじゃ盛り上がらないからねえ」
 返す言葉が思いつかずに、クラウドは立ち上がりかけていた腰を椅子へ下ろした。それを見てザックスがくつくつと笑う。然しもの彼も、年の功には敵わないようだ。すっかり大人びたと思っていたが、こうしていると子供が大人にあしらわれているようにすら見える。
 ザックスの母親が茶菓子にりんごのコンポートを作り終えた頃に、父親もリビングへと戻ってきた。額に滲んだ汗を拭いながら、ザックスたちと一緒にテーブルの席に腰かける。
「雨が強いな。泊る場所は決まってるのか」
 彼と父親の間に、茶菓子を持ってきた母親も座った。
「俺のベッドはもうない?」
「あれは子供用で小さかったからね、近所の人に引き取って貰ったよ。宿屋があるからそこにクラウドさんと泊ると良い。あそこの奥さんとは仲良しだ。今からでも部屋は準備して貰えるよ」
 そう言って彼女は、隣に座るザックスの逞しい腕を叩いた。
「それにしても、大きくなって……
 親に許可も得ず家を飛び出してミッドガルに向かったかと思うと、神羅の兵士になったという手紙が二人の元に届いた。その後も何年かは手紙のやり取りをしていたが、ソルジャーになった途端に連絡の頻度が減っていった。一人息子が出世してくれたのだろうと喜んでいたのも束の間、彼は追われる身になってしまった。神羅のタークスという部署に所属している親切な女の子が事情を説明してくれたが、それでも再会は絶望的だろうと言われていた。神羅カンパニー社内では、殉職した兵士として扱われているとまで聞いていたのだ。
 もう二度と会えないものと思っていたのに。自分の背丈よりも小さかった我が子が、いつの間にか父親を見下ろす程の立派な男になって帰ってきた。それだけでも泣きたくなる程に嬉しいことだった。
 彼からの手紙に同封された写真には、時々だが金髪の少年が一緒に写っていた。それが今ここにいるクラウドなのだろう。ザックスが手紙で語っていた少年とは少し印象が違うが、彼もこの数年の間に色々あったに違いない。そこに深く詮索するつもりはなかった。そもそもザックスをここまで連れてきてくれたというだけで、二人は感謝し尽せなかった。
「二人はどこに暮らしているんじゃ?ミッドガルは、メテオで壊滅したって聞いたぞ」
 父親に問いかけられて、ザックスが答える。
「ミッドガルの近くにエッジって新しい街ができたんだ。俺もクラウドもそこで暮らしてるよ」
「そうなのかい。あんた一人じゃ心配だけど、クラウドさんがいるなら安心だ」
 母親がりんごのコンポートを皿に取り分けて、クラウドの前へと差し出した。クラウドは礼を言って、折角なのでとフォークで一欠片を口に運んだ。その上品な甘さに驚き、思わず二口目を口にする。果物特有の自然な甘みとりんごの強い芳香に口の中が満たされた。何も手を加えなくても素晴らしい味なのだろうが、煮詰めたことで甘みも香りも濃くなっている。こんなに上等な果物をミッドガルで食べた記憶がない。
 フォークを何度も口に運ぶクラウドを見て、母親がくすりと笑みを零した。無口でとっつきにくそうだと思っていたが、手製のデザートを気に入ってくれた姿を眺めていると緊張が解けていく。
「口にあったようで嬉しいよ。それはこの近くにあるバノーラってとこの名産でね」
「バノーラ……。もしかしてこれ、バカリンゴか?」
 ザックスが目元を険しくする。彼の母親はその呼び名を面白がって笑った。
「バカリンゴ?バノーラホワイトのことかい?そういう呼び方もあるみたいだね」
………
 ザックスが難しい顔で自分の前に差し出されたりんごを眺めている。クラウドはそれを訝しんだ。
「どうしたんだ、ザックス。りんごがどうかしたのか?」
「ん、何でもない。ちょっと懐かしかっただけだ」
 何食わぬ顔で笑うと、ザックスはフォークを掴んで母親の手料理を食べ始めた。
「うまい!やっぱお袋の料理は最高だな」
 いつもの調子を取り戻した息子に安堵して、彼女も嬉しそうに目元を緩めた。
「食べたらお湯が冷めないうちに浴びておいで。私は夕飯の買い出しに行ってくるから」
「わしは宿屋のかみさんに話してくるか。一部屋でいいか?」
 りんごにフォークを刺しながらザックスが答えた。
「うん、部屋がなかったらベッドも一つでいいよ」
 それを聞いてザックスの父親は若干怪訝な顔をした。図体のでかい息子と、それよりは小柄だが大人の男が一つのベッドで寄り添って眠る。息子が気にしないとしても、彼の友人のほうはどうだろう。息子のようにおおざっぱな性格には見えないが。
 父親の心配を余所に、クラウドも賛同している様子だった。ザックスの提案を聞いて、穏やかな表情で頷いている。彼は見た目にそぐわず細かいことに頓着しない人らしい。
 ザックスの両親は二人を残して家を出て行った。その瞬間に強張りが解けて、クラウドはつい息を漏らした。
「緊張した?」
 にやにやと笑いながらザックスが聞いてくる。クラウドは何も考えずに軽く頷いた。
「そんなに硬くならなくていいって。二人ともクラウドのこと気に入ったみたいだ。ま、何年も行方知らずの不肖息子を家に連れ帰ってきてくれたらそうなるよな」
「俺がいると二人に気を遣わせてしまうみたいだ。折角両親と再会したのに、邪魔して悪かったな」
 クラウドが本当に申し訳なさそうに言うので、ザックスは笑いながら彼の頭を撫でた。
「何言ってんだよ。俺、クラウドを親父とお袋に紹介したくてここまで来たってのもあるんだぜ。ミッドガルで出会った俺のトモダチ。今は恋人」
 ザックスが囁いた最後の言葉を耳が拾う。ここに着いて直ぐ、ザックスが彼の両親に言おうとしていたことだ。クラウドは恥ずかしいのを誤魔化すように眉根を寄せた。既に何度も身体を重ねてきたのに、彼に自分のことを恋人と呼ばれるとくすぐったく感じる。
 真面目な顔つきになって、ザックスがクラウドの手を握り締めた。
「そう紹介しても良いんだよな」
 クラウドはすぐに頷くことができなかった。彼の記憶の正しさを確かめる前だからというのもある。最悪の場合、彼の両親まで悲しませるようなことになるかもしれない。
 だが、それらの事情とは全く関係のないところで、クラウドは躊躇いがあった。ザックスの両親は果たして自分が彼の恋人であることに納得してくれるだろうか。一緒のベッドに寝泊まりすることに抵抗がないと伝えても、自分達がどんな関係か理解していないようだった。
……二人が落胆しないのなら」
 ザックスはクラウドの顎を掴んで上向かせると、彼に触れるだけのキスをした。怯えた目をする彼の頭を優しく抱き寄せる。
「馬鹿。俺はお前がいいんだ。こういうのは誰かに決められることじゃないだろ?お前は俺じゃなくてもいいのか?」
 クラウドが必死な表情で首を振った。彼でなくては駄目だということは、彼がいない間も、彼と再会してからも、嫌というほどに痛感している。
 どうして自分はいつも、失いたくないものから逃げようとしてしまうのだろう。一度失う恐怖を味わったザックスだけは、もう二度と手放したくない。
「俺もザックスがいい」
「よし」
 ザックスはクラウドの身体を強く抱き寄せて強く頷いた。気が付くと、彼の肩に回した自分の手が震えていた。彼が自分を好いてくれているという自信はあったが、やはり心のどこかで不安だったのだろう。彼の口から返事を聞くことができて、ようやく何の不安もなく彼を抱き締められた。
 神羅屋敷から二人で逃げ出して、いつの間にか何よりも彼が大切になっていた。ずっと彼の気持ちを確かめたいと思っていたのだが、あの頃の彼は応えられる状態じゃなかった。数年越しに再会してからも、彼はずっと自分と向き合うことから逃げていた。時間はかかったが、旅の目的地にまで辿り着き、自分達の関係が遂にちゃんとした形を成そうとしている。今は、ずっと心配をかけていた両親に、胸を張って大切な人を紹介できるという嬉しさだけを感じていた。