kokokisu
2020-09-30 01:07:25
3542文字
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【ザックラ】ボディ・コミュニケーション 前


 ザックスは固まりかけた肩を解すように腕をぐるりと回した。彼らしくない溜息を一つ漏らしながら神羅ビルの治安維持オフィスフロアからリフレッシュエリアへと歩いていく。
 ソルジャーは多忙だ。彼のようにクラスファーストともなると、数週間も丸一日のオフも許されない程の大量の任務を任せられてしまう。一つ終わらせると二つ、という勢いで依頼が発生し、彼の携帯電話には数十もの依頼メールが溜め込まれていた。
 疲労はケアルやエスナで治る類のものではない。ザックスは疲れにぼんやりとした頭でカフェのメニューを眺めた。とにかく食べて寝るしかない。幸いソルジャーの肉体は普通の一般兵とは比べものにならない程に頑丈だ。数日まともに寝ることもなく走り続けて武器を振り回した後でも、数時間熟睡したら回復する。早く栄養を摂取して、地面ではないふかふかのベッドに横たわりたいと、ザックスはそれしか考えられなくなっていた。
「サラダとスープとステーキ三人前ずつとバゲット五つと……
 カフェの店員に注文をしていたら背後から声を掛けられた。
「ザックス!」
 疲れから険のある表情になっていたザックスが、それを聞いた途端に眉を持ち上げた。
 背後を振り返る。少し視線を下げたところに、金色のふわふわとした頭部があった。さらに俯くと深い海の色をした瞳と目が合う。兵士とは思えない白い顔に穏やかな笑みを浮かべている一般兵の少年がいた。ザックスの友人であるクラウドだ。
「クラウド!どした?お前もいまから飯か?」
 時刻はもう夜中に近い。こんな時間にわざわざリフレッシュルームで食事を取るのは任務帰りの兵士くらいだ。
 クラウドは軽く首を振って否定した。
「いや、近くを通りかかったらザックスが見えたから。ザックスは任務帰り?」
「まあな。何日ぶりだろ。俺しばらくミッドガルにいなかったから」
「うん、全然見かけないから心配してたんだ。こんな長期間の任務、大変だったんじゃないか?」
 ザックスは軽く苦笑を漏らした。
「すっげー疲れた。だからさっさと飯食って寝ようと思ってさ」
 それを聞いてクラウドが顔を曇らせる。
「あ……。ごめん、俺、邪魔したかな」
 心配そうに顔を曇らせるクラウドだったが、ザックスはそれを笑い飛ばした。
「んなわけないだろ。クラウドは余計なこと気にしすぎ!」
 カフェの店員から料理が山盛りのプレートを二つ受け取り、片手に一つずつ器用に持ち上げた。
「腹減ってない?奢るけど。一緒に食おうぜ」
 開いたテーブルへ向かうザックスの後を、クラウドが小走りで追いかけた。
「嬉しいな。でも、もう夜は食べたから……。あ、飲み物でもいい?」
「いいぜ、酒以外なら何でも。ポケットに財布入ってるから好きなの買ってきて。俺の分も」
 両手の塞がったザックスが顎でズボンの尻ポケットを指し示した。クラウドはうん、と頷いて彼の財布を取り出した。大事そうに両手で財布を握り締めると、嬉しそうにカフェのカウンターへと駆けていく。
 テーブルについたザックスは、任務の疲れを忘れて微笑ましそうにクラウドの姿を眺めた。彼は自分より二つ年下だ。自分より二回りは小柄で、しかも色白で華奢そうなのもあり、どこか放っておけない雰囲気がある。内気なのに自分には良く話しかけてくれるのも嬉しかった。出身地が田舎同士なので気が合うのかもしれない。ミッドガルに血のつながりのある人はいなかったが、彼と話しているとまるで弟ができたような気分だった。

 クラウドが買ってきたのはホットココアだった。湯気立つマグカップがテーブルに二つ置かれている。カフェのメニューでも女性の社員に人気の高い飲み物だ。
 戸惑い気味の笑みを浮かべたザックスが、パンをかじりながらクラウドに問いかけた。
「クラウドって甘党だったっけ」
 カップの水面に息を吹きかけてから、クラウドはココアにゆっくりと口を付けた。
「ココア嫌いだった?寝る前に飲むと身体が暖まって良く眠れるんだ」
「そっか、クラウドはニブル出身だもんな」
 ステーキとココアという奇妙な組み合わせになってしまったが、これはこれで悪くない。報告書で滅多に使わない頭まで使わされていたので糖分が染み渡った。
 皿から溢れ出す巨大なステーキをザックスは少しもペースを落とさずに食べている。ボウルに森のように盛られていたサラダはクラウドが戻るまでに食べ尽されていた。クラウドがココアをようやく半分飲み終える頃に、ザックスは食事の殆どを平らげてしまった。
「はー、美味かった。携帯食料も不味くはないけどさ。何日もアレって飽きるよなあ」
 クラウドが苦笑する。
「分かる。本当にお腹が空いてる時は美味しく感じるけどね」
 はは、と笑いあっていると、ザックスが一つ大きな欠伸を掻いた。
「あー、やっぱ疲れてんな。せっかくクラウドと話してんのにもう眠いとか」
 座ったまま背伸びをして身体を伸ばした。ばきばき、と音がする。トラックでの移動に野宿にと、動かないでいる時間の方がザックスにとっては負担が大きかったようだ。身体が強張っているのを感じる。
 クラウドが心配そうにザックスの顔を覗き込んだ。
「ザックス、いつもより疲れてるみたいだ。……あ、そうだ」
 何か良いことを思いついたようだ。嬉しそうに手を一度叩いてからクラウドは続けた。
「マッサージしてあげるよ。俺、得意なんだ」
 へえ、と声を上げかけたザックスだが、それに続く言葉を聞いて耳を疑った。
「みんな喜んでくれる。俺じゃないと駄目だって、頼んでくる人もいるくらいなんだ」
……は?」
 笑顔のまま顔が固まってしまった。クラウドは何とも思っていないのか、きょとんと首を傾げた。
 ザックスはクラウドを取り巻く人間関係が不安になった。人のことをいえた義理ではないが、田舎出身の彼は少し世間知らずな所がある。マッサージと名前をつければ、それはもう彼にとってやましいことではなくなってしまうのだろう。
 彼は自分の容姿に全く無頓着だった。男ばかりの軍隊では特に目立っているのだが、彼はそれを知らない。女好きのザックスでさえも、彼と初めて会った時は危うさを感じた程だ。
 自分の懸念を悟られないようにしつつ、ザックスは恐る恐るクラウドに尋ねた。
「なあ、それって……、虐めじゃないよな。いつもそいつに命令されてるとか、嫌だって言えないようにされてるとか……
 ザックスの心配を余所に、クラウドの方がこの質問には怪訝な顔をした。
「何を言ってるんだ。確かに上官に頼まれることもあるけど……。喜ばれるから俺もやりたくてやってる。お返しに俺がマッサージしてもらうこともあるし」
「はあ?!」
 これにはザックスも黙っていられなかった。反射的に席を立ち上がってしまう。
 軍の男の身体をマッサージするクラウドと、マッサージされるクラウド。どちらも見てはいけないもののようにすら思える。何も知らないクラウドを騙してそんなことをさせている男がいるなど、許せない。ザックスは自分でも驚くほどの怒りを感じていた。
 ザックスの反応に面食らって、クラウドは身を引いてしまった。
「え、何?ザックス、怖いよ……
 怯える彼を見てようやくザックスは自分の方がおかしいのだと気が付いた。
「い、いや……なんでもない」
 クラウドは軍の仲間にマッサージをしているだけだ。クラウドだってこの見た目だが軍人なのだから、疲れたら人に揉んで欲しいときもあるだろう。それだけのことなのに、必要以上に取り乱してしまった。
 ザックスが着席したのを確認してクラウドも胸を撫で下ろした。いつも優しい彼だが、これでもクラスファーストのソルジャーだ。怒っている姿を見せられると肝が冷えてしまう。
「ザックスが人に身体触られるのが嫌なら無理にとは言わない。でも、万全の状態で任務に臨むべきだろ?ザックスに怪我なんてして欲しくないんだ」
 クラウドは潤んで見える大きな青い目でザックスを見つめた。
「ちょっとだけ、ザックスの部屋のベッド借りてもいい?俺のとこじゃ狭いから。ザックスは眠ってていいよ」
 誘い文句にしか聞こえない言葉の羅列にザックスは頭がクラクラした。無意識なのだろうが、これからマッサージをやるだけと分かっているが、この会話を誰かに聞かれていないか心配になる。
 彼は少しくらい自分が可愛いということを自覚した方が良いのではないだろうか。今のようなことを気軽に男に言っていたら、襲われても文句は言えない。彼を弟のように思っているザックスでさえも、自制心を試されている気分だった。