kokokisu
2020-09-22 20:32:54
12851文字
Public
 

【ザックラ】Sunshine above the cloud 11


 スペシャルマッチの観客席は、先ほど行われた決勝戦以上の人入りだった。ディオが散々煽った結果だろう。圧倒的な力で熊のような巨漢を倒したチャレンジャーと、数年前に無敗を誇った伝説のチャンピオンの対戦。ゴールドソーサーを訪れていた客の全員が押し掛けたのではという程の人で観客席は通路まで埋め尽くされていた。
 二人が試合会場に入るなり、怒号と歓声が場内を包み込んだ。先ほどの試合でザックスのファンになった若い女性、闘技場に通い詰める熱心な客でクラウドのことを知る者、それぞれが応援している方の名を大声で叫んでいる。
 ザックスは軽薄な笑みを浮かべながら女子たちへと手を振って歓声に応じていた。彼はこの環境を楽しんでいる節があった。
 彼にとって自身の戦う姿を衆目に晒すのは珍しいことだ。英雄と呼ばれたソルジャーとは言え、神羅の兵士であることに変わりはない。戦うのが仕事なので、その結果で評価されることはあっても褒めてもらうことなど滅多になかった。それが今では、剣をちょっと掲げるだけで女子が黄色い歓声を上げる。ザックスにとっては正しくテーマパークのように新鮮なアトラクションだった。
 それに対してクラウドは、頭上に圧し掛かってきそうな観客の熱気にうんざりとした表情を浮かべていた。メテオ前の闘技場でもここまで人が集まっているのを見たことがない。ディオは一体どんな宣伝をしたのだろうと疑う。せっかくザックスと力試しができるのに、これではただの見世物だ。
 スピーカーの割れた音が会場に鳴り響いた。
「えー、紳士淑女の皆さま。本日はスペシャルマッチにようこそおいで下さいました!突如開催されましたスペシャルマッチですが、なんと伝説のチャンピオンであるクラウド・ストライフ氏に参戦してもらっています!我が闘技場のファンには彼の名をご存じの方も当然いらっしゃるでしょう。今でも誰も破れないトーナメント十連勝記録を打ち立てた……
 仰々しい導入付きで紹介されて、クラウドはますます頭が重くなっていく。試合を盛り上げるためだとは分かっているが、おおよそ自分に似つかわしくない美辞麗句を並べ立てられていた。背中が痒くなるようだった。星を救った時でさえ、こんな称賛を浴びたことはない。我ながら表舞台が似合わない人間だ。
 クラウドのリングコールが終わると、次はザックスの紹介が始まった。コールでクラウドが褒め称えられるのを聞いていたので期待していたのだろう、彼は自分の名前が呼ばれた途端に目を輝かせた。
「対する挑戦者は、ザックス・フェア!先ほどの試合ではなんと自分の二倍はあろう対戦者を素手で投げ飛ばした怪力の持ち主!既に彼のファンになった女性も多いことでしょう!彼に捕まったらさすがのチャンピオンも手こずるのではないでしょうか?」
 クラウドの半分の長さもないコールだったが、それを補って余りある歓声が起こった。たった今試合があったばかりなので、会場には彼のファンの方が多いようだ。ザックスも満足気に笑いながら拳を掲げている。
 クラウドはこの会場で自分だけが真面目に試合に臨んでいるのでは、と感じ始めていた。誰もが自分とザックスの戦いをアトラクションとして扱っている気がする。当のザックスも含めて。
 次第に本気で戦うのが馬鹿馬鹿しくなってきていた。どちらが勝っても負けてもバイクのガソリンは問題なく手に入る。それなら適当に剣を交わしてさっさと終わらせたらいいのではないか。クラウドはすっかりザックスと戦おうという気勢が削がれてしまっていた。
「さあ、彼は果たしてチャンピオンに打ち勝つことができるのか!レディー・ファイッ!」
 試合開始のゴングが鳴る。クラウドは剣を掴むと、形だけの構えを取った。控室では真面目な言葉を交わしたが、観客席の女性に調子よく答えている彼が、本気で打ち込んでくるとは思えなかった。現に彼は、試合が始まった今でも楽しそうに笑っている。剣も肩に抱えたままだ。
 ザックスの初手は何か、もし来なかったらこちらから仕掛けるか、と考えていたら、クラウドの視界から正面にいたザックスが消え失せた。彼を探す間もなく、背後にぞっとする気配を感じた。反射的に振り向いて剣を構えると、視界を切り裂くような光が走る。次いで腕に岩でもぶつかってきたような衝撃。金属のぶつかり合う高音が鳴る。ザックスはクラウドの胴体に向かって真横に剣を薙いでいた。クラウドは、寸での処で彼の剣を受け止めていた。
 ザックスは更に力を込めて押し込んだ。その表情には威圧感がある。
「さっき気ィ抜いてたろ。俺、手加減しないっていったよな。実戦だと思えって言った方がいいか?」
 クラウドは目元を険しくして渾身の力でザックスを押し返した。彼の言う通り、油断していた。アトラクションだとしか思っていなかったが、それでも自分たちが握っているのは本物の武器だ。それに彼は手加減をしないと言っていた。クラスファーストのソルジャーに剣を向けられるということが何を意味するか、クラウドはようやく実感していた。
 相手の剣を絡めとるように自分の剣を掴んだ腕を捩じり、跳ね飛ばす。ザックスは軽いステップで後ろに飛び退り、クラウドを見据えた。
 彼の表情に控室で見せた緊張感が戻っている。ザックスはクラウドの顔つきが変わったことに気付いて微笑んだ。
「お前なら受け止めると思ってたよ。俺だってお前の本気を見てみたいんだ、つまらない試合にはさせないからな」
 剣を構え直したザックスが重心を沈める。強く踏み込むと、全身の筋肉をバネのように使ってクラウドへと突進した。クラウドは剣で受けようとしたが、真っ向から彼を止めるのは危険だと瞬時に判断した。ザックスの剣を刀身で斜めに滑らせるように受け止めると、身を捻って剣戟を避ける。
 ザックスは腰を大きく捩じり、振り下ろした剣を返す刃で再びクラウドに斬りかかった。クラウドはそこまで予測して、踏み込んだ体勢のザックスよりも更に低く身体を下げていた。ザックスの剣はクラウドの頭上を空振りする。
 クラウドがしゃがみ込んだままザックスの足元を狙って斬りかかった。剣を振って体勢の崩れた彼が、体重を全て乗せた軸足だ。クラウドの早い振りなら確実に捉えられるはずだった。
 獲物の脚に狼が牙を立てようとしている。天井を向いたザックスは、クラウドの刃が迫っている気配だけを感じていた。ザックスは剣を振り上げた勢いのまま後ろに倒れ込むと、手を地面について後転した。ばん、と音を立てて床を叩き、身体をクラウドから離れた位置まで飛ばす。着地するまでの間に再び剣を構え直した。足が地に着くと同時に踏み込み、ザックスは再びクラウドへと剣を振るった。
 斜めに構えた剣でザックスの剣筋を自分の肉体から逸らした。攻撃をいなされても隙を作らず、ザックスは目にも止まらぬ速さで立て続けに剣を振るってくる。クラウドはそれらの全てを正確な角度で構えた剣で受け流した。全身を微塵に刻まれてもおかしくない剣戟を受けながらクラウドは傷一つ負っていない。会場の人間はクラウドが透明な壁に守られているようにしか見えなかった。
 クラウドは可能な限りザックスと真っ向から打ち合うのを避けていた。合体剣ならまだしも、分解後のルーンソード一本でまともに彼の攻撃を受けたら弾き飛ばされる。剣の腕の問題ではない。彼とは体重が違う。ザックスは自分と同じかそれ以上に腕力のある相手だ。まともに打ち合えば押し負ける。クラウドは二人の体格差を踏まえた戦い方を考えなければならなかった。
 会場の観客は息を呑んで二人の戦いを見守っていた。刃の応酬が激しすぎて、囃し立てる暇もない。クラウドを応援していた観客は彼が人間相手に苦戦していることに驚いたし、ザックスを応援していた観客は彼が剣の腕も恐ろしく立つことに驚いていた。
 スペシャルマッチに臨むまでの試合で、ザックスはモンスターにしか剣を振るっていなかった。それは剣技と呼べるものではなかった。目の前に邪魔な木があるので道を開くために切り倒すような、力作業と形容したほうが正しい剣の扱いだった。それに、彼は決勝戦で尋常ではない腕力を観客に見せ付けている。その印象が強すぎて、観客はザックスが剣の扱いにまで長けているとは思っていなかった。
 だがザックスは、伝説と呼ばれるほど腕が立つチャンピオンとの対戦で、彼に負けるとも劣らない剣技を披露していた。軍人上がりのような型の良さだが、戦い慣れているらしく、身のこなしは野生の獣のようだ。剣の重量と質量を生かして大きく剣を振るうチャンピオンと違い、大柄なザックスは剣を腕の一部であるかのように自在に振り回している。彼の予測不可能な動きにクラウドが食いついていけるのは、重ね続けた戦闘経験で極限まで高められた判断力と対処能力によるものだった。それがなければ体格で負けるチャンピオンは圧倒的に不利だっただろう。
 石造りであるはずの闘技場の床が、二人の剣の軌道に掠めただけで削り取られて火花を散らしている。斬り込みが早過ぎて、剣先どころか振るう腕さえも目で追えない。だが二人は平然とお互いの刃を受け止めて、受け流して、避けている。それも目で追って分かることではない。打ち合いに緩急があり、二人が一瞬止まったように見えるとき、どちらも無傷なので観客はそう判断していた。腕力も、反射速度も、身のこなしも、常人がどれほど鍛錬しても追いつかない域に達していた。二人の試合は人間同士の戦いという枠に当てはまめられるものではなかった。
 白く晴れ渡った空の色をした瞳が一瞬ギラリと鋭く輝いた。激しい打ち込みを躱し続けて集中力が落ちたのだろうか。クラウドがようやく見せた僅かな隙を、ザックスは見逃さなかった。
「そこ!」
 ザックスが全身の力を込めて剣を振るった。クラウドは、彼の攻撃を真正面から受け止めてしまった。振り抜かれた剣と剣がぶつかり、鉄球が降ってきたような衝撃が走る。クラウドの足は床を滑り、場外近くまで弾き飛ばされた。
「ぐっ……
 ステージのギリギリのところで踏み止まった。膝を付きそうになるのを精神力だけで持ち堪える。クラウドは薄く開いた唇の隙間から緊張した息を漏らした。少し離れた位置で、ザックスは楽しそうに笑っていた。
 気付いたら、剣を掴む腕が震えていた。全身の強張りを解いて、その小刻みな痙攣を抑える。心臓まで脈を速くしているが、クラウドが感じているのは恐怖ではなかった。彼は久しぶりに強者と対峙する歓喜に武者震いしていた。
 ザックスは強い。それは自分が神羅の軍人だった頃から変わらない事実だ。だが、あの頃の自分は彼の強さを本当の意味では理解していなかった。彼がどんな活躍をしただとか、どのクラスに任命されただとか、ただの情報でしか彼の強さを知り得なかった。近くで戦う彼を見たこともあったが、写真を見ても匂いや温度を感じないのと同じで、自分は何も分かっていなかった。実際に剣を交わしたことで、肌と肉と骨に彼の途方もない力を感じた。
 これほどの相手と戦うのはいつ以来だろう。いつからかクラウドは、力を尽くして戦う感覚を忘れていた。世界が平和になった証拠ではある。しかし、それだけが取り柄と言ってもいい人間だったので、虚しさも感じていた。ザックスと剣を交わす緊張感は、クラウドに本気で戦う喜びを思い出させていた。
 クラウドが剣を構え直す。ザックスもそれを見て、ゆったりとした動きで肩に抱えていた剣を下ろした。防戦一方だったクラウドが、今度は彼からザックスに仕掛けていった。彼はいつもより軽い剣と小柄な体を生かして、素早い連撃でザックスに襲い掛かった。
 ザックスはクラウドの剣を受けながら感心していた。彼は剣を大きく振るうし直線的で読みやすいが、相手の隙を正確に見抜き、受けにくい箇所を狙って攻撃を仕掛けてくるので避け辛い。普段は巨大な合体剣で戦っているから一撃で仕留めるような戦闘スタイルになったのだろう。それが今は彼にとっては木の枝ように軽い剣一本を掴んでいるだけなので、振り抜きが更に早くなっている。これがまともな相手なら、自分が刻まれたと分かる前に絶命している。ザックスの身体能力だから剣を目で追うことも受けることもできていた。
 一般兵だった頃のクラウドしか知らないので、ザックスは彼が自分と互角に戦えることが嬉しかった。あの頃のクラウドはソルジャーになりたいという夢を叶えるために努力していた。それが今は、ソルジャーどころか伝説と呼んでいいほどに強くなっている。彼が間違いなく自分の全てを引き継いで、強く生き抜いてくれた証拠だと思えた。
 クラウドの剣がザックスの足を薙ごうとした。ザックスは高く飛んでそれを避けた。空中で身動きが取れない所を狙い、クラウドがザックスの胴体へ剣を振るう。それを受け止めて弾き飛ばされ、ザックスは危うく会場から落ちそうになった。床に剣を突き立ててどうにか踏み止まる。クラウドが追いかけて攻撃してきていたら、場外に落ちて負けていた。
 剣の柄を掴んだまま、ザックスはクラウドへ視線を向けた。試合中だと言うのに、彼は柔らかい光を浴びたように目を細めて笑った。
「強くなったな、クラウド」
 クラウドは胸に込み上げてくるものを感じた。ザックスに強さを認められることは彼にとって特別な意味があった。彼は、弱かった自分がずっと憧れるしかできなかった人だ。そんな彼が全てを託してくれたから今まで生きてきた。彼から引き継いだ強さも誇りも、自分を形成する一部だ。何もなくなっていないのだと、少しは彼に伝えられたような気がした。
 観客席から歓声が沸き上がる。二人の戦いは彼らが今までに闘技場で見てきたどんな対戦とも違った。ここでは強者がもう一つの強者を蹂躙してねじ伏せるような試合が多いが、彼らは完全に互角で、しかも他の出場者と比べられないほどに腕が立つ。それまでの試合で既に強いと分かっていたチャレンジャーが見せる本気の戦いは見応えがあった。そもそも、圧倒的な強さを誇るチャンピオンが全力で打ち合う姿が珍しい。スペシャルマッチと銘打つに相応しい一線だった。
 剣を構えたクラウドとザックスがお互いに睨み合っていると、興奮した観客が野次を飛ばしてきた。
「どうした、チャンピオン!そんなもんか?チャレンジャーなんかさっさと倒しちまえ!」
 長く対峙して時機を見計らう彼らに痺れを切らしたのだろう。それにつられたように他の観客まで二人へと声援か怒声か分からないものを投げかけ始めた。
「いいぞ、ザックス!チャンピオンのすまし顔をぶん殴ってやれ!」
「チャンピオン頑張れー!」
 初めは声を聞き流して、二人は集中を切らないようにしていた。少しでも意識を逸らすと相手の容赦ない刃が喉元に迫ってくると分かっていたからだ。
 ピンと張りつめた糸が切れたのは、会場に黄色い歓声が上がった瞬間だった。
「ザックスかっこいい!早く新チャンピオンになって!」
 それまで瞬きもせず視線をクラウドに向けていたザックスが、途端ににやりと笑ってその声の主へと顔を向けた。
「任せろよ!俺がチャンピオンに勝てたらデート一回な!」
 会場に大きな笑い声が上がる。ザックスの軽口は既に観客の殆どが知っているようだった。先ほども試合が終わった後に何人とも口約束を交わしているところを目撃されていた。私も、と次々に会場から声が上がり、ザックスはそれにいちいちウインクや笑顔で応えた。
 ザックスが会場の殆どの女とデートの約束を取り付けた頃、クラウドは一瞬で彼との間合いを詰めた。その魔晄に染まった瞳は鋭く細められており、対峙して今までで一番の凄みがあった。
「彼女たちとのデート、俺が勝ったらどうする?」
 囁かれたその言葉にザックスはついにやけてしまった。彼も勝ったら自分とデートをしたいとでも言ってくれるのだろうか。
 クラウドは総身の体重を乗せて彼へと剣を振るった。ガン、と鈍い音が会場に響く。今まで敢えて全力を隠していたのだろう。自分より小柄な彼から繰り出された一撃は、思いのほか重かった。ザックスはクラウドの勢いに押されて、二、三歩後ろに下がってしまった。
「うわっ!」
 体勢を整えるために踏みしめようとした床がない。闘技場の四角いステージの周囲は一段下がっており、そこは場外と言われるスペースだった。身体の重心がずれて姿勢を立て直すことができなかった。
 女性の悲鳴が上がる。男性客の歓声も聞こえる。身長より高い段差をひっくり返って落ちていくザックスを、クラウドは憮然とした顔で見つめていた。どうせ彼ならあの高さでも無傷だろう。
 どさりと地面に着地する音と、ちくしょう、という悔しそうな声が闘技場のステージの外から聞こえてきた。あれほどの戦いを繰り広げた二人だったが、終わりはあまりにも呆気なかった。女性の歓声に調子よく応えていたチャレンジャーが、その隙をチャンピオンに突かれて場外負け。観客は直ぐには勝負の決着がついたのだと理解できずにざわついていた。
 アナウンサーが気まずそうにマイクの電源を入れた。
「えー……。期待のチャレンジャーでしたが最後はチャンピオンの猛追に押されて場外負けです!やはりチャンピオンは強かった!勝者、クラウド・ストライフ!皆様、栄えある最強のチャンピオンの勝利に盛大な拍手を!」
 観客もそれを聞いて、クラウドが勝ったのだと認識する。水を打ったように静まっていた会場に、途端に歓声が沸き上がり、チャンピオンを呼ぶ大合唱が始まった。勝者を讃える声にはザックスが負けたことを嘆く女性ファンの声も混じっていた。
 闘技場の天井が開き、スペシャルマッチの勝者を祝う花火が打ち上げられる。薄暗くなった空に大輪の花が咲いては火花が降り注いだ。
 いつの間にかステージによじ登っていたザックスが、唇を尖らせながら剣をベルトに刺した。頭の後ろで指を組むと、戦いに勝利したクラウドの為に惜しみなく打ち上げられる花火を見上げる。
「あーあ、負けちゃったか」
「俺の方が闘技場での戦いに慣れてる。実戦だったら分からないよ」
「でもクラウド、マテリアも無しだろ。やっぱり強いんだな」
 負けたと嘆いている割に、彼は悔しそうではなかった。嬉しそうなザックスにつられてクラウドも目を細めて笑った。
「ザックスに褒められると照れ臭いな」
「ん、どうして?」
 衒いなく尋ねてくるザックスに、クラウドは少し俯きながら応えた。その耳は微かに赤い。
「ずっとあんたみたいになりたくて、真似してたから。剣の扱い方とか、いろいろ」
 彼に憧れ、彼を自分に反映させていたことがあった。彼から引き継いだ巨大なバスターソードは、一般兵が装備することのない特殊な武器だ。それを扱うザックスの記憶を頼りに、彼の剣技を模倣してクラウドは戦っていた。旅の間に数えきれないほどの実戦で経験を積み、ただの模倣以上に精練されたとは思うが、それでも自分の剣の強さはザックスから譲り受けたものという意識が強くある。
 クラウドに自分を真似していたといわれて、ザックスは胸がじわりと温かくなった。クラウドはセフィロスを倒すほどの英雄だ。その彼の強さの一因が自分であるなら、これ以上光栄なことはない。
 ザックスは剣を両手で掴むと、刀身に額を押し付けるようにして剣先を高く掲げた。目を閉じて、かつてザックスにとって兄のような存在だった人へと祈りを捧げる。神羅が力を失いソルジャーという肩書が人々の憧れではなくなった今でも、彼の語ってくれた誇りというものは確かに受け継がれているようだ。クラウドに全てを託したのは、間違いではなかったらしい。
 ザックスはクラウドへと手を差し出した。
「いい勝負だった。ありがとう」
 クラウドは微笑んでザックスの手を掴み返した。硬く握り締めあい、お互いを見つめ合う。観客席から盛大な拍手が送られて、彼らの健闘を讃えた。
 雲一つない空と同じ輝きの瞳が真っ直ぐにクラウドを見据えていた。憧れるばかりで手の届かなかった彼と、こうして肩を並べている。クラウドはやっとザックスに追いついたように感じていた。

 闘技場の熱狂が収まる頃には夜もすっかり更けて、ゴールドソーサーは砂漠に浮かぶ夜光虫のようにライトアップされた。辺りには他に町も村も何もないので、遠くから眺めると暗闇にぽつんと置かれたランタンにも見える。娯楽のためだけに存在するこの施設は、夜も眠らずに人々を楽しませ続けていた。
 ゴールドソーサーの外周を取り囲むようにレールが巡らされている。急角度で落ちていくコースターに乗った観客が、楽しそうな悲鳴を上げるのが聞えた。前はレールもライトアップされていたが、今は乗り物だけが電飾で飾られている。乗っている客は、進路が見えない恐怖をむしろ楽しんでいるようだった。
 ロープウェイの高度が上がると施設の更に上まで見通せるようになった。チョコボレース場は曲がりくねった道がネオンに照らされて、カラフルな色をしたチョコボが空を駆けるように競い合って走っている。黒いチョコボが頭一つ抜けて駆け抜けるのが見えて、クラウドは懐かしさからふっと笑みを漏らした。
 クラウドとザックスは闘技場での試合を終えて、人垣から逃れるようにロープウェイ乗り場へとやってきていた。二人とも見目が良いので、試合が終わって外に出てきた途端に観戦していた女性客が殺到した。ディオにガソリンの約束だけ取り付けると、クラウドはザックスの腕を引いてラウンドスクエアへと移動した。二人でゆっくり話せるのはここだけだと思ったからだ。
 ロープウェイはゴールドソーサーの施設全体を観覧できるようにワイヤーが張られていた。日が落ちてますます煌びやかになったゴールドソーサーを窓から眺めて、ザックスは感心したように声を上げた。
「綺麗だなあ。神羅ビルがあった頃のミッドガルを思い出すな」
 木製のベンチに座り直して、ザックスは正面に座るクラウドへと笑いかけた。
「試合負けたけど、クラウドとデートできるならいいや。こんなとこに誘ってくれるなんて、クラウドもやるじゃん」
 クラウドは窓の外へは一瞥もくれず、腕を組んでザックスを見つめていた。ゴールドソーサーの夜景に照らされる、大切な人の楽しそうな横顔。狭いゴンドラの中で窓に張り付いて、この光景を二人で眺めた。
 あの時の彼女の言葉の意味が今なら理解できる。彼女は自分がザックスに似ていたから興味を持った。ザックスには戦い方としか言わなかったが、真似をしていたのはそれだけではない。歩き方、手の動かし方、全て彼から貰って『クラウド』という偽りの人物を造り上げていた。
 彼女は気づいていたのだ。彼女の目の前にいるのが、何者でもないということに。本当の『クラウド』に会いたいと言ってくれたのに、結局取り戻すことができなかった。それどころか弱い自分が作り上げた歪な『クラウド』は、彼女を殺してしまった。
……少し、いいか。ザックスに話したいことがある」
 クラウドが神妙な表情でそんなことを言うのでザックスは首を傾げた。場違いに楽しそうな音を立てて、暗闇の中に花火が打ち上げられた。間近で破裂して振動がゴンドラを揺らした。クラウドの寂しげな微笑が真昼のように照らされた。
「エアリスのことだ」
 ザックスの表情が変わる。名前を聞いた途端、まるで昨日のことのように彼女の笑顔を思い出した。その為に彼は、クラウドを連れて命懸けでミッドガルを目指していたのだ。彼女に寂しい想いはさせないと約束したのに、遂に果たすことはできなかった。
 咲き切った花火がぱらぱらと音を立てて夜闇に溶けていく。ザックスは震える声でクラウドに話しかけた。
「エアリスのこと、知っているのか?」
 クラウドは無言で頷いた。やはり彼にとっても彼女は特別な人だった。真実を告げる緊張に胸が締め付けられる。本当は、もっと早く彼に伝えるべきだったことだ。
 重たい口を開くと、クラウドはザックスへ、彼と離れていた間に起きた出来事を語った。
 宝条の実験の影響で、クラウドは彼にとって都合の良い記憶と人格を造り上げてしまった。その状態でエアリスに出会い、彼女はザックスと似ているという理由でクラウドに興味を持った。星の命を救うアバランチとして活動していたクラウドたちと、古代種であった彼女は星を守るため共に旅をした。そして彼女は星を救うために一人で祈っているところをセフィロスに襲われ、クラウドたちの目の前で命を落としてしまった。
 彼女が亡くなってしまったことを告げると、ザックスは沈痛な表情で俯いた。きっと悔やんでいるのだろう。彼女の傍にいるのが彼だったら、セフィロスの凶行を止められたかもしれないのに。
……俺とエアリスのこと、ツォンから聞いた?」
 ザックスは喉から絞り出すような声でクラウドにそう尋ねた。クラウドが小さく首肯する。
「エアリスが探していたソルジャーはザックスのことだったんだって、ツォンに手紙のことを聞いて確信した。ザックスからはエアリスのこと聞いていなかったから、俺はずっと知らなかったんだ」
 そうか、とザックスは呟くと、硬く拳を握り締めた。神羅の療養施設で目覚めてからエッジに辿り着くと、ザックスはクラウドと一緒にエアリスのことも探した。だが、街で情報を集める内に、メテオとライフストリームの話を聞いた。彼女が住んでいた五番街が廃墟と化していたのもこの目で見ている。それに、彼女が花を育てていた教会でずっと寝泊まりしていたが、遂に彼女の姿を見ることはなかった。だから彼女のことは覚悟していたが。まさかセフィロスが彼女の命を奪ったとは考えもしなかった。
 正気を失ってしまった神羅の英雄への怒りが腹の中で渦を巻く。彼はクラウドの命を奪おうとしただけでなく、エアリスを手に掛けた。もしもクラウドが彼を倒していなかったなら、自分が命を賭してでも彼を倒していただろう。
 クラウドは憤るザックスを静かな瞳で見つめていた。彼が憤りを向けるべき対象は、セフィロスだけではない。エアリスが殺される直接の原因でありながら、今でものうのうと生き延びている目の前の男こそ、彼が本当に憎むべき相手だ。
 ゴンドラがゴールドソーサーでも最も高いところまで上り詰めた。ライトアップされた全ての施設が見下ろせる位置で、ロープウェイは止まった。花火の音はますます近く、大きくなっていた。
 断続的に窓から光の差し込むゴンドラの中で、クラウドは深く項垂れた。
「俺が悪いんだ。俺がエアリスを死なせてしまった」
 ザックスがそれを聞いて、鋭い目でクラウドを見据えた。
「何言ってんだよ。セフィロスが全部悪いんだろ」
 クラウドが首を振る。ザックスに告白しなければならないことを思い出すだけで、息が詰まりそうだった。クラウドは無意識に、左腕に結んだリボンを握り締めていた。
 彼女を死なせたくなかった。自分の為に死んでいい人ではなかった。ザックスが生きていると分かった今、彼女を殺してしまった事実が再び重く圧し掛かってくる。
 あの惨劇の場にいたのが自分ではなくザックスだったなら、彼女を救えたかもしれない。彼に全てを与えて貰ったのに、何も彼の代わりになれなかった。彼は強くなったと言ってくれたが、彼女を守れなかった自分が彼から何を引き継いだと言えるだろう。
「俺が弱かったから、エアリスは危険を冒したんだ。たった一人で、俺が犯した間違いを償おうとしてくれた。俺が自分を失っていなければ、ザックスみたいにジェノバ細胞の支配から逃れられていたら、彼女はあんな殺され方……
 クラウドの両目からぼろぼろと大粒の涙が零れ出した。あの時は流せなかった涙が、今になって蘇ったようだった。目の前で彼女が殺されてしまったのに、造り上げた偽物の自分は泣くことさえ出来なかった。
「ずっとザックスに伝えるべきだって分かってたけど、言えなかった。俺、ザックスに恨まれるのが怖かったんだ。あんたから全てを貰った俺がエアリスを殺した人間だって、知られたくなかった」
 ザックスは悲痛な面持ちでクラウドを見つめた。座席から立ち上がり、泣き濡れるクラウドを抱き締める。久しぶりに出会った彼が消えない影を常に纏っている理由を、ザックスはようやく理解した。
「俺がお前を恨むなんて、あり得ない。エアリスを殺したのはクラウドじゃなくてセフィロスだ」
 クラウドが頑なな表情で首を振った。彼に赦して貰うのが怖かった。
「ごめん。ごめんなさい。俺が弱かったから、エアリスが……
 自らを責め続けるクラウドの口を塞ぐように、ザックスは彼と唇を重ねた。クラウドが嫌がって離れようとするのを抑えつけてキスをする。取り乱すクラウドを落ち着ける方法が他に思いつかなかった。
 ゴールドソーサーを見下ろす位置にあったゴンドラがゆっくりと動き始めた。乗り場へと戻ろうとしている。クラウドの舌が謝罪を紡ぐのを止めてから、ザックスはようやく口を離した。
 ザックスはクラウドを厳しい目で睨みつけた。
「俺はお前を不幸にするために屋敷から連れ出したんじゃない」
 クラウドは涙で潤んだ目を細めながら俯いた。自分を救ってくれた彼にこんなことを言わせてしまう自分が情けなかった。
「エアリスと旅をしたんだろ。それなら、彼女のことを知っているはずだ。お前が彼女を救えなかったことを後悔して、ずっと苦しんでいる姿を見たら、エアリスは絶対に悲しむぞ」
 ザックスは悲しい瞳でクラウドを抱き締めて、深く溜息を漏らした。彼がこんなに脆いとは知らなかった。大切な人を失う恐怖が彼の心に深く根付いている。自分が何年もの間目覚めなかったのも、影響しているのかもしれない。自分と彼女が彼を命懸けで守ったことが、彼を不幸にしてしまっていた。
「俺はお前が幸せになってくれなかったら悲しいよ。俺もエアリスも、お前のためなら命を懸けていいって思ったんだ。それくらい好きな人に自分のせいで泣かれたら辛いだろ?」
 優しく抱き締めてくれるザックスの背中にクラウドは恐る恐る手を回した。さっきまでとは違う涙が止まらなくなった。
 自分が一番自分を憎んでいた。彼に赦してもらう自分さえも認められないほど。だが彼の言葉は、温かい雨のようにクラウドの心に降り注ぎ染み渡っていった。病に侵された身体を彼女が癒してくれたように、自らに呪われた心が彼に癒されるようだった。
「俺はザックスと一緒に生きたい」
 彼らへの罪の意識から、決して口にしなかったことが喉から溢れ出した。一度口にしてしまうと、止められなくなった。赦しを得て自分が本当に欲していたものがようやく分かった気がした。
「二人で一緒に、なんでも屋をやりたい。ティファとデンゼルとマリンと、皆で一緒に暮らしたい」
 ザックスは嬉しそうに何度も頷いて、クラウドの言葉に耳を傾けた。彼の望みはとても慎ましく、日常の小さな幸せを得ることばかりだった。何も知らない人間が聞いたら、星を救えるほど強い人間がそんな些細なものを望むなんて、と笑うかもしれない。だがザックスは、クラウドが当たり前の幸せを得ることからすら逃げていたのだと分かっていた。不意に目尻から涙が零れた。エアリスの分まで彼を幸せにしなくてはと、ザックスは密かに胸の中で誓った。