出店で水着が売ってあるのはコスタ・デル・ソルならではだ。クラウドとザックスは適当なものを見繕うと、ミッドガルから着ていた暑苦しい服から水着に着替えてしまった。
ワークパンツとハイネックノースリーブのスウェットを着ていた二人は、武装も解いてサーフパンツ一枚のラフな格好になっている。クラウドだけは、マテリアを嵌めたバングルをアクセサリーのようにして身に着けていた。
こんな軽装で街中を歩くなど普通は考えられない。殆ど裸のようなものなのだから。だが、コスタ・デル・ソルではそれが当たり前だった。観光客から無粋な人間を見る目を向けられていたのが、水着に着替えた途端に収まった。
二人で連れ立って街を歩きながら、クラウドは隣を歩くザックスへと話しかけた。
「ザックスはここに来たことあるのか?」
頭の後ろで手を組みながらザックスは答えた。
「まあな。ソルジャーだったし、良い待遇受けてたと思うよ。結局ここに来て直ぐにモンスター退治やるはめになったけど、その後は一流のホテルに泊まってさ。ふかふかのベッド、良い飯、美人な姉ちゃん。天国みたいだった。全部神羅のおかげだ」
ザックスは彼らしからぬ皮肉った口調でそう言った。その扱いを享受していた自分を恥じているようでもあった。
神羅への恨みが捨てられない気持ちは分かる。自分も彼と同じで、神羅への憎しみを忘れられない人間だ。あの組織に奪われて二度と帰ってこないものは数えきれないほどある。
だがザックスは、この二年で彼らがどう変わったかを知らない。神羅の本質は同じだが、自分たちを虐げた張本人であるハイデッカーと宝条は消えている。そして、彼を救ったのは他ならぬ神羅のタークスであること。その情報は、彼に共有すべきだと思った。
「ツォンがザックスを保護したって、知ってたか?」
クラウドの言葉を聞いて、ザックスはその場で立ち止まった。
「……ツォンが?いや、それより、クラウドはツォンを知ってるのか?」
ザックスが驚愕の表情でクラウドに問いかけた。
「あの丘で倒れていたあんたを見つけて、タークスとしてじゃなく同僚として助けたって聞いた。ザックスが目覚めるまで保護してくれてたのも彼だ。嘘じゃないと思う。俺は彼と四年前から知り合いになった。彼とは、神羅とは今も無関係じゃない」
思い返せば本当に神羅とは色々あった。何度も対峙して、何度も剣を交えている。仲間だと言う意識は今でも全くないが、お互いのことはよく理解し合っているつもりだ。
ツォンのことを話していると、どうしても彼女のことを思い出してしまった。今でも彼女との別れ際を思い出すと目の奥がじわりと熱くなる。彼にはまだ、真実を伝えていない。
星を救おうとしていた彼女を殺してしまった。彼女を凶刃で貫いた相手への憎しみを口にする気も失せるほどに、自分が愚かだったから死なせてしまったと言う意識が強かった。自分がもう少し強かったら、違う世界になっていたかもしれないのに。ザックスが生きていたと無条件に喜ぶには、取り返しのつかないことが多すぎた。
クラウドが塞ぎ込むのを見て、ザックスは怪訝そうに顔を覗き込んできた。それに気づき、クラウドも誤魔化すように表情を取り繕う。今は未だ、嘆いて許しを乞うときではない。全てを確かめたら、何もかもを彼に告白するのだと決めていた。
ザックスはツォンの仏頂面を思い出して笑みを零した。
「まさかツォンが助けてくれたなんてな。あいつ、今どうしてるんだ?」
クラウドは失笑に近い笑みを漏らした。ヒーリンで再会したとき、悪運強く生きのこったルーファウスの背後に控えていた彼。運が無いな、と言ってやったときの苦い顔が忘れられない。
「相変わらずタークスの主任だ。馬鹿社長のお守は大変だろうな」
これにはザックスも堪らずに噴き出して笑った。昔から、有能すぎて面倒ごとを押し付けられやすい男だったが。世界が変わり果てた今も、厄介な仕事を捌いているようだ。
「俺らって、もうタークスから逃げ回んなくてもいいのかな?」
ザックスに問われたが、クラウドは頷けなかった。
「分からない。今のやつらが何を考えてるか、俺も知らないから。でも昔ほど警戒する相手じゃなくなってると思う」
神羅が弱体化した、というのもある。それに今は、リーブ率いるWROと協力してエッジの街を発展させようとしているようだった。リーブが手を貸している以上、彼らはそこまで神経質に警戒する対象ではないのだろう。神羅は心を入れ替えたと声高に主張しているルーファウスをそのまま信じるほど愚かにはなれないが。
ザックスもクラウドの意見に納得しているようだった。四年眠っている間に星で起きた出来事の全てを伝えたわけではない。だが、彼は彼で世界の変容を受け止め、消化したのだろう。崩落したミッドガルを見ているのなら、話すよりも早く現状は伝わっている気がした。
日の落ちたコスタ・デル・ソルで、ザックスとクラウドは二人連れだってバーに入っていた。食事を取るついでに酒でも飲もうとザックスが提案してのことだ。
水着のままで店のカウンターに腰かけている女性客たちを見て、ザックスは小さく歓声を上げた。彼女たちへと気軽に声を掛けようとするのを、クラウドは反射的に止めていた。
ザックスはなにやら嬉しそうにクラウドを振り返った。彼の顔にはにやけた笑みが浮かんでいる。
「ん?なに、やきもち?」
揶揄されているようで、クラウドはむっと顔を顰めた。彼がまだ、本当にザックスなのか確かめられていないから、人と接触させるのは危険だと考えてのことだ。
店の入り口でもたついていると、席に座っていた女性客の方が二人に気付いた。元々海辺のリゾート地でナンパ待ちをしていた彼女たちは、ザックスとクラウドを見て気色ばんだ顔になった。良く見映えする鍛え上げられた身体の男の二人組で、どちらも俳優のように整った顔立ちをしている。これならいいよね、とお互いに小突き合ってから、彼女たちは二人に声をかけた。
「お二人さん、コスタは初めて?こっちに来て一緒に飲まない?」
「飲む飲む!」
「おい、ザックス……!」
止める間もなく、ザックスは子犬のように彼女たちの元へと駆けていった。クラウドは頭を抱えながら彼の後を追った。
女性客が二人並んでいる隣にザックスが腰かけた。クラウドは彼女たちから距離を取るようにザックスの横に座った。が、一番離れた席の女性が回り込んでクラウドの隣に移動した。女性たちに挟まれて、クラウドは気まずい表情になるのを隠せなかった。
黄金色の髪をポニーテールにした女性が、隣に座ったザックスの腕を撫でながら言った。
「すごい筋肉。もしかして兵隊さん?」
身体つきだけでなく、彼の身体に残る多くの痣を見てのことだろう。クラウドの身体にも、マテリアで回復しても消えない傷がいくつもあった。
ザックスはバーテンにベルモットを頼んだ。この辺りの名物でもある食前酒だ。クラウドにも同じものを勝手に注文すると、女性を振り返って笑う。
「似たようなもんだな。もう引退したベテランだよ。怖い?」
魔晄に染まった瞳で女性を見つめ返す。近くで見ると、彼の顔立ちの端正さが良く分かった。女性はどこかうっとりした顔つきで軽く首を振った。その反応にザックスもにこりと笑みを浮かべた。
彼女たちは、ソルジャーの瞳を知らないようだ。ミッドガルやその周辺の街では一般常識に近いが、こちらはそうでもないのかもしれない。ソルジャーは基本的にミッドガルで暮らすし、街を出るのは任務の時くらいだから、彼女たちの反応も不思議ではなかった。自分たちが元ソルジャーだと知られないのは何かと都合が良い。魔晄の瞳はミッドガルでは女を口説くのに役立つとまことしやかに言われていたが、他の街では畏怖の対象になりかねないものだ。折角のビーチでソルジャーだと恐れられていては、自分もクラウドも休まらなかっただろう。
クラウドは甘ったるいベルモットを舐めるように飲みながらザックスを見張っていた。同時に女性たちも、不審な所がないか観察する。
武器など隠し持ちようのない、ビキニ姿の若い女性二人。身体つきは一般人のそれで、他には連れもいないようだ。タークスはもう追っ手を放っていないようだが、コルネオの例がある。神羅の機密そのものであるザックスを狙う輩は、どこに潜んでいてもおかしくない。敵意のない相手はクラウドもザックスも感知することは難しいので、警戒するに越したことはなかった。
クラウドの隣に座っていた茶髪のボブの女性が、彼の脇腹をつんとつついた。ザックスばかりを見ていたクラウドが、その小さな刺激に驚いてびく、と身体を跳ねさせる。女性は面白がってくすくすと笑いを零した。
「君も元兵士?いい身体してるよね」
腕を触られそうになり、クラウドは鬱陶しそうに首を振った。
「止めてくれ、そういうの苦手なんだ」
明確に拒絶の意思を表したが、女性は面白がるばかりだ。綺麗な顔をしている割に女慣れしていないようで、コスタでは珍しいタイプの人間だと思った。
「あはは、可愛い。そっちの彼はずいぶん遊び慣れてるみたいだけど」
言われてザックスを振り返る。目に入った光景に、クラウドは胃が熱くなるのを感じた。
ザックスは隣に座っているブロンドの女性の細い腰に手を回していた。女性はザックスの太腿に手を乗せている。まるで恋人同士のように、彼らは身体を寄せ合っていた。楽しそうに笑いながら話している二人の姿に、クラウドはどうしようもない苛立ちを覚えた。
彼が女好きなのは知っていたが、軽薄すぎるのではないだろうか。クラウドは怒りも露わにザックスの肩を掴んだ。
「おい、ザックス」
窘めるように呼び掛けると、彼は会話の途中で笑いながらこちらを振り返った。
「ん、どうした?」
「どうした、じゃない。あんた、酔ってるんじゃないのか?」
思えばザックスが酒を飲んでいるところはまだ見たことがなかった。身体は成人しているのかもしれないが、酒を飲み慣れていなくてもおかしくはない。知らない間に一杯目を空にしてラガーまで頼んでいた。ペースが早過ぎる。
だがクラウドが見つめ合った彼の目は正気で、酒に呑まれてなどいなかった。女へ回していた手を未練なく解くと、上機嫌な様子でクラウドの肩を抱いた。
「俺がやったこと、全部覚えてるって言ってたよな。俺が命の恩人だから許してくれてるってわけじゃないだろ。こんな分かりやすく嫉妬されたら、俺、クラウドに期待しそうなんだけど」
ザックスの目は笑っていなかった。二人だけに聞こえる低い声で囁かれる。明確な欲を孕んだ声で、クラウドは背筋が痺れるように感じた。
意識を失っている間は敢えて声を掛けられることもそうそうなかったが、今は違う。女たちの誘いに乗ったときから、いや、もしかしたらこの店に入る前からそのつもりだったのかもしれない。彼は自分を試しているのだ。
彼に返す言葉が見つからなかった。再会してからの彼は、こちらの意思を探るような目を向けてきていた。敢えて気づかない振りをしていたが、彼はそれで諦めるような人ではなかった。
ザックスにはまだ話していないことが多すぎる。クラウドには負い目があった。何も教えていないまま、彼に自分も同じ気持ちだというのは躊躇われた。
四年前に彼が命懸けでミッドガルへ向かおうとしていた理由は、単にそこが自分たちの住処だったからではないらしかった。教会で花を育てていた彼女に、ザックスは会いに行こうとしていたのだ。ツォンは、彼女からの彼への手紙を、ニブルの事件で彼がいなくなってからずっと預かっていた。届くかも分からない手紙を四年も書き続けたのだ。彼女にとっての彼は、ただの友人ではなかったのだろう。
彼女が命を落とした間接的な原因であると知らせないまま、彼に愛されていいのだろうか。いや、そんなのは、彼と彼女に対する裏切りだ。
ザックスがクラウドの顔を覗き込んでくる。子犬の表情だった。泣いていたら、涙を舐め取ってくれそうだ。クラウドは思わず笑ってから、寂しそうに顔を伏せた。
「俺に期待なんて……。先に言っておく、俺を試す必要なんかない。そもそも俺はずっと、ザックスのことが好きだから」
ザックスは思わずクラウドの方へと身を乗り出した。その場で抱き締めそうになるのを、クラウドが待て、と言いそうなきつい視線で制した。
「まだ駄目だ。全部終わってから、ザックスが決めてくれ。俺はあんたが決めたことを受け入れる」
クラウドの言葉をどう受け止めたらいいのかザックスには分からなかった。
全部終わってから、の『全部』ってなんだ?俺が決める?嫌われてはいない、ということだけは確かめられたが。
ザックスは憮然とした表情で、運ばれてきた魚介のグリルを口に放り込んだ。コスタ・デル・ソルの魚介は美味い。ミッドガルでは高級品だ。無意識に、隣に座る彼にも食べさせなければと思った。
「二人はどういう関係?」
ザックスの隣に座っていた女性が、クラウドの方へと身を乗り出しながら尋ねてきた。
「トモダチ」
クラウドが不愛想に答える。彼女のザックスの身体を触る手つきが気に食わなかった。
一杯目が甘すぎたので、クラウドは口直しに辛口のワインを注文した。ザックスがフォークに刺したエビを差し出してきたが、まだ食欲が戻っていない。食べさせようとする彼を手で制して、カウンターに置かれたワインに口を付けた。
ザックスの隣の女性もだが、クラウドの隣に座っていた女性も、それを見て訝しそうな表情になった。
友人、にしては距離感が近い気がする。ただの友達なら、わざわざフォークを口元に運んでまで、食事の世話を焼くだろうか。ふざけた訳ではないようで、金髪の青年も断りはしたが普通のことのように受け入れていた。黒髪の体格の良いほうの青年も、彼が食べないと分かるとそのフォークをそのまま自分の口へと運んでいる。
ブロンドの女性が長い髪を指先で弄びながら言った。
「君たちにその気がないなら、私たち退散するけど。せっかくカッコいい人見つけたと思ったのに」
そういって、ちらりとザックスに色目を使っている。脈がないと気付いて、駄目押しをしているのだろう。もしかしたら自分とザックスの会話が耳に入ったのかもしれない。クラウドにとっては好都合だった。
しかしザックスは笑いながら彼女の腰に手を回して引き留めた。なんのいやらしさも感じさせない自然な手つきだった。
「帰っちゃうの?俺、寂しいんだけど」
その一言で、女性は直ぐに機嫌を治した。彼はちゃんと女に興味があるようだ。だが、もう一人の方はどうだろう。
項垂れながら溜息を吐いて、金髪の方は酒をぐいと煽っていた。女に興味がないのか、それとも恋人がいるなどの事情があるのかは分からないが、黒髪と違って遊ぶ気はないようだ。彼の方にモーションをかけていたボブカットの女性もそれを察したようで、グラスを持って立ち上がった。
「場所、変わってもらっていい?私も彼に相手してもらおうかな」
ザックスの左隣を占拠するクラウドに声をかけた。ザックスが上機嫌な笑みを浮かべて、彼女を手招きしている。もう片方の手は、右に座る女性の腰の低い位置にまで下ろされていた。
こんな幼稚な挑発、受け流せばいいと分かっているが。
クラウドは席を譲るように求めてくる女性へと、甘い笑みを向けた。仏頂面だった彼の豹変ぶりに驚き、女性はグラスを手の中から滑り落としかけた。もう一人に比べると華やかな人ではないと思っていたのに、そのしどけない表情の妖艶さに腰が砕けそうになる。
「期待させてすまなかった。でも、こいつと火遊びするのはやめた方がいい。今は子犬みたいだけど、ベッドの中では乱暴なんだ」
クラウドの発した一言に、女性の作り込まれた笑みが固まった。まるで躾のなってない犬を警告するような口ぶりだったが。彼女はその言葉の意味が分からないほど鈍くはなかった。
ザックスにも彼の言葉が聞えていた。顔を真っ赤にしながら慌てて否定している。
「ちょ、おい!クラウド!乱暴ってなんだよ!」
含みのある表情を作ったクラウドが、色めいた声で囁いた。
「こんなところで言わせる気か?」
彼の口元には堪えかねたような笑みが張り付いていた。これは彼の意趣返しだ。ザックスがそう気づいたときには遅かった。
女性の二人はすっかり呆れて、グラスを手に席を立ち去っていた。新しく店に入ってきた若い男性客へとターゲットを変えている。連れがいないことを念入りに確認しているようだった。
ザックスは、彼には敵わない、と悟った。知らない間にクラウドは大人になってしまっている。神羅の兵士だった頃は、こんな倒錯的な雰囲気を纏わせていなかったのに。年下だったはずの彼に弄ばれ尽して、ザックスはテーブルに突っ伏して嘆いた。
「……いけそうだったのに。女の子、逃げちゃったじゃん」
彼を煽るのが目的ではあった。だが性根が女好きなので、逃がした獲物は惜しく感じる。せめて恨み言くらい、と思ったが、クラウドは平然とした様子でグラスを傾けるばかりだ。
「俺を試すならもう十分だったはずだ。それとも本気でどっちかと寝るつもりだったのか?」
ザックスは唸るように息を吐いた。両方とだ、などとは口が裂けても言えない雰囲気だった。
クラウドが悪いんじゃないか。こんなにむせかえるような色気をまき散らしている癖に、お預けだなんていうから。
そう言ってやりたかったが、さすがに言葉にはできなかった。きっと彼には自分を誘っているつもりはない。それに、彼は好きだと言ってくれたが、彼からはもっと純粋な、感謝だとか尊敬だとかの感情を向けられているのを感じていた。今更になって、ザックスは自分と彼の抱く好意が違うものなのでは、と考えた。
気の抜けかけたラガーを呑み干し、グラスを半分近くまで空にする。これから口にすることは、酒の勢い、ということにしてしまいたかった。ザックスはじとりとした目でクラウドを見つめた。
「クラウドって、エロい気分にはならないの?」
「え?」
思わぬ問いかけに、クラウドは間の抜けた声を出した。
「好きな人と一緒にいたら、普通はそういう気分になるもんじゃない?俺のこと、そんな目では見れないとか?」
ザックスが何を言わせたいのかを、一拍置いて理解した。その瞬間、クラウドは自嘲のような笑みを漏らした。
自分に性欲がない?彼は大変な勘違いをしている。もしも自分が彼の言うように清らかな人間なら、行きずりの男で持て余した熱を発散したりなどしていなかった。見ず知らずの男に抱かれながら彼の名前を呼ぶのが癖になった時期がある、と言ったら、彼はどんな顔をするだろう。
そう言う意味では確かに、自分だけが彼の自由を制限するのは理不尽だったかもしれない。彼が悩まされているのも、自分がこの数年間味わってきた焦燥と同じものなのだろう。他の人間に取られたくないから束縛するのなら、相応のものを与えなくてはならない。
クラウドはザックスの手に自分の手を重ねた。指の股まで交差させてから、彼の顔をじっと見る。ザックスはクラウドの手つきの艶めかしさに緊張して目を見開いていた。
「俺のこと、さっきの女の人たちの代わりにしていいよ。代わりになるか分からないけど」
自分がそうしたように、欲を発散させるために彼に身体を使ってもらうくらいなら許されるのではないだろうか。男娼か、いっそ道具のように扱われるのなら、彼女のことを告げないまま彼に愛される罪悪感に苦しめられることはない気がした。
「……は?何言ってんだよ。クラウドはクラウドだ」
ザックスは一気に酔いが覚めていた。彼は何のつもりで、自分を誰かの代わりに、などと言っているのだろう。静かな怒りが湧き上がり、それが表情にも出てしまったが、クラウドは譲らなかった。
「俺はあんたに好きって言ってもらっていい人間じゃないんだ。だからあんたがただ処理するだけなら、俺でも相手できる。でも恋人同士みたいにはできない。やりたくない」
クラウドは本気で言っているようだった。真顔だし相変わらず白い顔をしているが、酔っているのだろうかとさえ疑った。何故彼がそこまで自罰的なのか、ザックスには分からなかった。
「俺がいない間に何があったんだ?クラウド、俺に何か隠してるだろ?」
勘が鋭いな、とクラウドは苦笑した。
「もうちょっとだけ待ってくれないか。まだ伝える勇気がない」
クラウドが悲しそうに目を伏せるので、ザックスはそれ以上彼を問い詰めることができなくなった。
本当に彼は、あのクラウドなのだろうか。自分を慕ってくれていた一般兵のクラウドを思い返す。雰囲気が違うどころか、まるで別人だ。昔はもう少し、無邪気に笑うこともあった。それなのに今の彼は抱える影が途方もなく大きくて、全てを打ち明けてくれるときが本当にくるのかを疑いそうになる。
彼を置き去りにしてしまった月日を憎く感じた。自分が彼と共にミッドガルに辿り着いていたら、彼はこの影を背負わずにいたのかもしれない。セフィロスを倒せるくらい強くなったと言っても、彼の心はそれに釣り合うほど丈夫ではないようだった。
ザックスはクラウドの手を握り返した。確かに世界は変わってしまったが、彼に笑顔を取りもどさせるくらいなら、今からでも遅くないはずだ。
「ロッジに帰ろう」
クラウドはうん、と小さく返事をした。
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