kokokisu
2020-08-16 01:18:10
11125文字
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【ザックラ】Sunshine above the cloud 7


 一夜明け、クラウドは目覚めて直ぐに、隣で眠っている彼の顔を確かめた。手を伸ばせば触れられる位置で、穏やかな顔で寝息を漏らしている。
 長く艶やかな睫毛を指先でくすぐってみた。むずかる表情になったが、起きはせずにまた眠りに落ちていく。クラウドは小さく笑った。悪夢ならいくらでも見てきたが、彼が生きていたという奇跡は幸せな夢などではなかった。

 伍番街跡地は白みがかった朝の光に照らされていた。災厄に蹂躙されつくした土地も、こうしてみると何か神聖な場所のようだった。スラムと空を遮っていたプレートは崩れ落ちて全てただの瓦礫へと還っている。枯れ果てていた土もライフストリームの噴出と共に蘇り、ひび割れた地面から雑草の生えている箇所もあった。人間の傲慢が造り上げたミッドガルが自然に淘汰されつつある。星が人の罪を許し、呑み込んで浄化していく光景にすら見えた。
 一緒に眠っていた彼を置いて、クラウドは教会の外へと出ていた。耳の良い彼に聞こえないほど離れてから、黒い折り畳みの携帯電話を取り出す。着信履歴に残った番号に電話をかけた。
 昼というにはまだ少し早い時刻だった。普通のバーなら、まだ店主は電話線を抜いているような時間帯だ。電話が繋がった瞬間、常識がないと怒鳴られていてもおかしくない。
 だがセブンスヘブンは違う。彼女はとっくに起きているはずだ。早朝に起きて身体を動かさなくては腕がなまるらしい。どんなに遅い時間まで客が居座っても、彼女は日が中天に上る前には目覚めていた。
 電話は3コールも待たない内に繋がった。
「はい、セブンスヘブンです」
 咄嗟に何を言えばいいか分からなかった。彼女と話すのはいつぶりだろう。相手が返事を待つ気配を感じて、ようやくクラウドは口を開いた。
「ティファ、俺だ」
 受話器の向こうで息を呑む音が聞こえる。接客のための高い声が、家族と話すときの落ち着いたものに変わった。
「クラウド?クラウドなの?」
 驚きのあまり、ティファはそれから何も言えなくなった。クラウドは落ち着いた口調で続けた。
「イリーナから聞いたんだろう。この街にザックスがいる。俺は昨日、彼と会った。今も一緒にいる」
 ティファが憂いを帯びた息を吐いた。彼女は、クラウドが一人で無茶をしているのだと直ぐに理解した。
「ザックス、昨日はうちの店に来たよ。クラウドのことを探してた。ちょっと話した限り、ジェノバ細胞に操られているとは思えなかったけど。クラウドはどう思ったの?」
 クラウドは沈痛な声を漏らした。
 先に彼女たちに連絡を入れておくべきだった。ザックスの姿を見かけても、絶対に彼とは接触するなと。自分の迂闊さに嫌気が差す。
 昨夜は、再開の喜びに目が眩んでいた。すっかり上せて、何も考えられなくなっていた。
だが、彼が危険な存在ではないことを、まだ確かめていなかった。彼の記憶がコピーでないことの証明が必要だ。それが出来るまで、彼は家族に近づけられない。
「俺はしばらくザックスと一緒に暮らす。誰かが傍で見張っておく必要があるから。彼をデンゼルやマリンに近づけたくない。もちろん、ティファにも」
 クラウドは切実に、彼女たちを守るためにはそうする必要があると思っていた。
 ティファはそれを聞いた途端、腹の底に溜まっていた怒りがふつふつと沸き上がった。彼の話に何一つ納得できず、賛同もできなかった。こうして彼は全て自分で決めて、自分だけで抱え込もうとする。こちらの気持ちなどお構いなしだ。
「いきなり電話して来たかと思ったら、なにそれ。クラウドは危険な目に遭ってもいいんだ。何も言わないで家を出て行って、デンゼルもマリンも私も、どんな気持ちになったか考えたことある?私たちがどれだけクラウドを心配してたか知らないでしょ」
 ティファは怒りも露わに捲し立てた。こんなことを言ったら彼はまた逃げてしまうかもしれない。だが、止められなかった。
「巻き込みたくない、なんて言い訳止めて。だって私たち、家族でしょ?クラウドが一人で傷ついているつもりでも、私たちも同じだけ苦しいんだよ。家族を傷つけたくないっていうなら、どうして私たちもクラウドが傷つくのを見たくないって気持ち、分かってくれないの?」
 クラウドは黙って彼女の言葉を聞いていた。胸を抉られるようだった。家族が自分を大切に思ってくれている気持ちは分っているつもりだ。それなのにこんなことを彼女に言わせてしまったのが悲しい。
 だが、彼らまで危険に晒すのとはまた別の話だ。家族が自分をどう思うかよりも、彼女たちを守ることの方がクラウドにとっては大切だった。失ってしまっては、二度と取り返せない。クラウドはこれ以上その痛みを味わいたくなかった。
「俺は平気だ。ティファも話しただろう。ザックスはきっと本物だよ。でも、念のためちゃんと確かめておきたい。安全だって分かったら、また会いに行くから」
 彼の言葉にティファは胸が詰まるようだった。感情的になったことを反省する。彼は彼で、家族を想った行動を選んでいた。それでも、今までのことで彼を責めずにはいられなかっただけだ。
 半ば諦めつつも、ティファはクラウドに尋ねた。
……帰ってくるんだよね?」
 彼は一度決めたら揺るがない人だというのは分かっているが。
「帰るさ。ザックスも連れて、みんなに会いに行く」
「そういう意味じゃなくて」
 ティファが小さく項垂れる。欲しい言葉はそれではない。
 だが、核心に迫ることは聞けなかった。もうみんなで一緒に暮らせないのか、と尋ねて、彼がそれを否定してしまったら。ティファは彼の気持ちを確かめるのが怖かった。
「マリンとデンゼルと、お店で待ってるから。でも、約束して。どこにもいなくならないって」
 縋るような声だった。クラウドは彼女を安心させるよう、優しい声音で約束すると囁いた。

 目を覚ましたザックスは、隣で寝ていたはずの彼の姿がないことに動揺した。教会を飛び出して辺りを見回す。バイクはあるが、彼はいない。
「クラウド!」
 反射的に彼の名前を叫んだ。彼がいないと不安でどうしようもなかった。身体の一部が欠けたようにすら感じた。
 こちらへと駆け寄ってくる人影がある。クラウドだ。突然名前を叫ばれて、驚いているようだった。
「どうしたんだ、ザックス」
 なんでもないことのように言うクラウドを見て、ようやく心が落ち着いていく。我ながら、少し姿を消したくらいで大げさだった。だが、耐え難かった。
 ザックスはクラウドを捕まえるように抱き締めて首を振った。
「分かんねえ。でも、クラウドがいなくなったんじゃと思うと怖かった。頼むから、黙ってどこかにいかないでくれ。心臓に悪い」
 そう言ってザックスは溜息を吐いた。ニブルヘイムで神羅兵に攫われそうになっていた彼のことを思い出す。命の危険が迫っているというのに、無抵抗で連れ去られそうになるクラウド。あれがトラウマになってしまっているのかもしれない。
 クラウドは思わず笑ってしまった。彼はこんなに過保護だったのか、と。
「俺はもう魔晄中毒じゃない。襲われたとしても戦えるよ。そんなに心配しなくていいから」
 自分よりも背の高いザックスの頭をぽんぽんと優しく撫でた。デンゼルやマリンのような子供をあやす気分だった。考えてみれば、彼は自分よりも長い年月、意識を失っていた。その間に年上だったはずの彼の精神年齢を追い越してしまったのかもしれない。
 ザックスはまだ不安げな顔をしていた。言い聞かせるように微笑んで首を傾げたクラウドをじっと見つめている。ようやく落ち着いてから、彼はクラウドを抱き締める腕の力を弱めた。
「ティファからも聞いた。クラウドは強いって。セフィロスまで倒したんだろ?お前が強いってことは知ってたけど、まさかここまでになるとは思ってなかった」
 クラウドが目を丸くして硬直する。それから少し照れたように笑った。尊敬していたクラスファーストのソルジャーである彼に褒められるのは、うなじがくすぐったくなるような気恥ずかしさがあった。
「あんたに憧れて、真似してたらそうなった」
 それを聞いた途端、ザックスは得意げに笑った。
「へへ、お手本が良かったのかな?でも、お前自身の努力の賜物だろ」
 けれんのない物言いが彼らしい。クラウドは少し懐かしい気分になった。
 誰からも慕われて当然の人。彼と仲良くなったことだけは、母親にも自慢した記憶がある。ソルジャーだからではない。ザックスという人間だから、友達になれて嬉しかった。
 ふふ、と笑いを零すクラウドを見て、ザックスは胸が高鳴るのを感じた。
 彼が綺麗な外見をしているのはとっくに知っていたが、今はそればかりではない。久しぶりに再会したクラウドは、すっかり大人になっていたのだ。まともに話したことがあるのは、十代の頃のクラウドだけだ。あの、あどけなさの残る少年だったクラウド。だが目の前の彼はむせかえるような色気を放っていた。自分の方が年下のような気さえする。
 ザックスの背中に回していた手を離し、クラウドは教会へと戻っていった。
「行きたいところがあるんだけど、着いてきてくれるか?」
 彼に見惚れていたザックスが、一拍遅れておう、と返事をする。クラウドが大人びて見えて、それだけの言葉にも何か耽美な意味合いが含まれているようにすら感じた。
 
 クラウドはフェンリルの元へ向かうと、バイクの前で悩ましげに腕を組んだ。目的地は、徒歩で行ける距離ではない。だが、バイクは一台しかない。フェンリルは二人乗りできなくはないが、長距離をそれで移動するのは無理がある。
 ザックスはクラウドが移動手段に悩んでいるのだと直ぐに気付いた。確かに、クラウドのバイクは後ろに巨大な排気筒が生えていて、二人乗りは少し難しそうだった。
「待ってろ」
 言い残すと、ザックスは隠すように教会から少し離れたところに停めていた神羅製のバイクを引きながら戻ってきた。
 サイドカーまでついた立派なバイクだ。ところどころ塗装が剥げて少し錆びているが、駆動に問題はなさそうだった。
「どうしたんだ、それ?」
「なんでも屋の依頼の報酬。譲って貰ったんだ。それで、クラウドが行きたいとこってどこだ?」
「ゴンガガ」
 目的地はエッジのどこかだと思っていたので、ザックスは面食らってしまった。
「え、ゴンガガ?かなり遠いぞ?」
 ミッドガルからバイクでも数日かかる距離だ。クラウドに所縁のある土地でもない。思い立って向かうような場所ではなかった。
 クラウドは少し硬い表情で笑った。
「せっかくだし、家族に会いたくないか?」
 彼の気遣いを理解して、ザックスは眩しそうに目を細めた。彼自身は、帰る故郷を失ったというのに。
「ありがとう。俺も、クラウドのこと親父とお袋に紹介したい」
 ザックスの感謝の言葉は、クラウドの胸に棘のように刺さった。彼の気持ちを慮ってゴンガガへ連れていく訳ではなかったからだ。それどころか、彼の郷愁を利用しようとしているのかもしれない。彼の感謝を踏み躙るようで、酷い罪の意識が芽生えた。
 クラウドは、ザックスという人格がジェノバ細胞のコピーによって生み出されたものではないことを確かめようとしていた。それさえ証明出来たら、彼を警戒する必要がなくなる。セブンスヘブンの家族に彼を会わせるのは、それからだ。
 ザックスの両親がいるからゴンガガへ向かうというのは、いかにもな理由になった。都合の良いことに、彼の家族は神羅カンパニーの関係者ではない。つまり、ジェノバ細胞がコピーするような記憶を持っていない。
 四年前、ニブルヘイムからミッドガルへ逃げる途中、ザックスはゴンガガに立ち寄っていた。ツォンから聞いた話によると、この近辺で彼はソルジャー失踪事件の元凶と対峙したらしい。クラウドも神羅に所属していた頃の話なので、事件のことは耳にしていた。ザックスがゴンガガに立ち寄っていた記憶もおぼろげながら残っている。だが、一般兵だったので詳しい話は何も聞かされていない。事件の顛末も未だに知らないままだった。
 ザックスが本物なら、その現場へ向かえば何かしら反応があるだろう、とツォンは言っていた。クラウドも敢えて詳しく事件の話を聞いていない。情報を入れてしまえば、ジェノバ細胞にコピーされてしまうからだ。
 ツォンは、クラウドからの報告を待っているようだった。ザックスがザックスだと証明できない限り、神羅は危険因子として彼を追い続けることになる。それはツォンも望んでいないようだった。
 ザックスは神羅の負の遺産などではない。彼は、元ソルジャー・クラスファーストの英雄だ。彼の故郷を利用するなど卑怯だと分かっていたが、クラウドはそれを早く証明したかった。
 

 クラウドは不服そうにしていた。ゴーグルをつけていても、険しく顰められた眉根で、彼が納得のいかない表情を浮かべていることが分かる。
「悪かったって。でも仕方ないだろ?俺じゃそんな狭い座席に入らないし」
 今日何度目かの弁明だった。ザックスがサイドカーに腰かけた彼へと呼びかける。クラウドは耳を貸さずに、今でも遠くの景色を見るようにそっぽを向いていた。
 バイクは二台あったが、クラウドが移動は一台の方が良いと提案した。そして当然のようにサイドカーではなくザックスのバイクに跨ろうとするので、ザックスは慌てて彼を止めなければならなかった。
 サイドカーの座席は体格の良いザックスが座るには狭すぎた。こんなところに収まろうとしたら、骨が歪んで身体が固まってしまう。クラウドでも少し手狭かもしれないが、彼より一回り以上大きなザックスよりは余裕があった。
 話し合いの末、クラウドがサイドカーに乗ることになった。彼の武器である合体剣は、分割して特注の鞘に納め、荷台に括りつけてある。
 丸腰にならざるを得ないこともだし、何より自分が乗り物を操縦できないことを、クラウドは酷く嫌がっていた。バイクを走らせて暫く経っても、彼は受け入れていないようだった。
「なー、機嫌直せって。あ、ほら。そろそろカームだぞ」
 ザックスが前方の高いところに掲げられた看板を指さしていった。クラウドは視線をそちらへ向けようともしなかった。
 諦めたように、ザックスは苦笑を漏らした。クラウドが大人びたのは見た目だけだったようだ。だがその態度に少し安心してしまうほど、彼は雰囲気が変わっていた。今の彼の方がむしろ可愛げがあり、とっつきやすく感じる。
 彼らはミッドガルから伸びるハイウェイをカームに向かい走っているところだった。時刻は昼前で、中天に上った太陽の照り返しが厳しかった。日よけと風塵除けを兼ねたゴーグルが無ければ道が光って見えなかっただろう。
 ゴンガガへ辿り着くには大陸間を移動する必要があった。まずはカームで船に乗り、コスタ・デル・ソルへ向かう。コスタ・デル・ソルからはバイクでゴールドソーサー方面へ下って、あとは広い浅瀬を渡ればゴンガガエリアに辿り着ける。
 看板に従い、ザックスがバイクをカームのある北へ向かわせた。ミッドガルから離れるにつれて、道の舗装は荒くなっていった。ハンドルを取られないよう慎重に、だが可能な限り速度を落とさずバイクを走らせている時だった。
「駄目だ、もう、限界……
 サイドカーから呻き声が聞えた。俯いたクラウドが喘ぐような息を吐いている。腕を抱き締めている姿が悩ましくて、ザックスは思わず唾を呑み込んだ。
 ハイウェイの脇でバイクを止めると、ザックスはクラウドの背中にそっと手を触れた。彼は目を潤ませながらザックスを見上げてきた。心臓がどくりと大きく跳ねる。こんな往来で、彼は誘ってきているのだろうかとさえ思った。
 クラウドはザックスの腕に縋りつくと、弱々しい声で呟いた。
「ごめん、酔った……。俺、運転してないと、駄目なんだ……
 先ほどまでの緊張が嘘のように、ザックスは一気に身体の力が抜けた。ついでに彼の不機嫌の理由も分かった。がく、と首を項垂れる。
「そう言えばお前、乗り物弱かったな。まだ治ってなかったのか」
 エンジンを止めてスタンドを立てると、ザックスはバイクを回り込んでサイドカーへ向かった。膝を曲げて、座っている彼と視線の高さを合わせる。クラウドは顔を真っ青にして遠くの景色を眺めていた。
「道が悪くなってきて、もう、我慢できなかった。サイドカーはバイクと揺れ方が違うんだな……
 ザックスはクラウドの背中をさすってやった。冷や汗でじっとりと濡れている。ここまで我慢する前に言ってくれたら良かったのに。
「少し休もう。急ぐ旅でもないしな。今日中にコスタ・デル・ソルに着けばいいよ」
「ありがとう。運転も、変わって貰えるとありがたいんだけど」
 ザックスはクラウドがすっぽりと収まっているサイドカーを苦々しい顔で見つめた。珍しく要求してくるクラウドの辛そうな表情と見比べる。物理的に入らない気がしたが、彼の頼みなら仕方ない。
「背凭れに腰かけたらいけるか……。にしてもこんな調子で、船に乗って大丈夫なのか?」
 乗り物で酔ったことが無いので感覚は分からないが、船は車で酔わない人間でも酔うらしい。バイクのサイドカーくらいでふらついているクラウドが耐えられるとは思えなかった。
 クラウドは青い顔のまま頷いた。
「大丈夫、だと思う。文字を読んだりしなければ。後は、デッキで風にあたりながら遠くを見たりして誤魔化すよ」
 そう言って、ふう、と物憂げに息を吐いている。細く白い首筋につうと冷や汗が伝い、鎖骨まで垂れて、ジャケットの中に吸い込まれていった。締め付けが吐き気を誘うのか、クラウドは胸元のファスナーを胃の辺りまで下ろしている。薄く盛り上がった胸筋があられもなく晒されて、白い肌が汗に濡れて光っていた。
 クラウドは、やはり艶めかしく見えた。この場所がハイウェイでなければ、と考えさせられるほどに彼は煽情的だった。
 ザックスは昨夜のことを思い出した。久しぶりに彼と再会して、沢山語り合い、疲れてそのまま寄り添うように眠ってしまった健全な夜を。一線を越えた大人同士なのに、彼とは何も親密な行為には至らなかった。身体を触ることも、キスをすることもなかった。彼が求めていない雰囲気を察して、気が引けてしまったのだ。拒絶されているのかもしれない、とまで考えた。
 彼の気持ちを確かめていないし、自分の気持ちも伝えていない。もしかしたらあの関係は、旅の間だけ育まれて、消失してしまったものなのだろうか。そんなの、納得がいかない。
「クラウドっ……
 ザックスが場当たり的に彼の気持ちを確かめようとした時だった。
 ハイウェイの柵を超えて、一匹のモンスターがこちらをめがけて駆けてきているのが見えた。黒く醜い禿げ頭をした、空を飛べない巨大な鳥。レブリコンだ。
 そのモンスターの目には、二人が新鮮な肉に見えるのだろう。猛烈な勢いでこちらに突進してきている。一般人ならその蹴りを食らうだけで肉を裂かれ骨を砕かれる恐ろしい存在だった。だが、ソルジャーであるザックスにとっては、そのモンスターは羽虫に等しい雑魚に過ぎなかった。
 邪魔しやがって、と拳を握り締めようとしたときだった。
 サイドカーでぐったりとしていたクラウドが、手首を回して腕に嵌めたバングルを確かめた。未だに血の気の失せた顔を上げて、今正に飛び掛からんとしていたレブリコンへと手をかざす。
「ファイア」
 クラウドが短く呟くと、赤い炎がハイウェイの上で爆ぜた。熱でハイウェイのフェンスが曲がる。道に落ちていた小石が赤く焼ける。正確に制御されたファイアは、それ以上は燃えずに一瞬で掻き消えた。
 マテリアを手に入れたばかりの兵士でも使える、初歩的な魔法だった。本来はたき火よりも強い火を発生させる程度の魔法である。だが魔力を極限まで高めたクラウドが放つと、炎さえ上がらない超高温の空間を生みだす、上級魔法のフレアに近い威力があった。
 宙を飛んでいたモンスターの身体が周囲の空気ごと全て燃え尽きて、肉は黒い塊に変貌していた。地面にはかろうじて炎を逃れた鶏足だけが落ちて残った。
 駆ける途中の形で地面に立っていたその足が、本体を失って横に倒れた。同時に空中で消し炭と化したモンスターの身体は、地に落ちるよりも早く緑色の淡い光へと変わっていった。命を失った生物は等しくライフストリームへと戻る。死んだことにも気付かぬまま、モンスターは星へ還って行った。
「群れてないなんて珍しいな。だから飢えて襲ってきたのか」
 何てことなさそうに呟くクラウドを、ザックスは唖然として見つめた。
 一般兵だった頃とは桁違いの強さだ。マテリアの力を最大限に引き出している。クラスファーストのソルジャーと同等か、下手したらそれ以上の魔力だろう。彼がセフィロスを倒したということに対して半信半疑だったが、これは信じざるを得ない。
 クラウドは相変わらず青白い顔で申し訳なさそうに呟いた。
「もう少し休んだら、動けるようになるから……
 世界で最も強いと言われた英雄を倒した彼は今、バイクのサイドカーで酔ってぐったりとしている。ザックスは複雑な表情で頬を掻いた。自分の目で実際に見た物以外は信じがたいものだが、確かに、彼はもう自分に守って貰う必要がなさそうだった。


 カームでバイクごと船に乗り、コスタ・デル・ソルに着いたのは日が落ちかけた頃だった。
 砂浜のビーチのある観光地で、街は身軽な服装をした観光客で賑わっている。気候が良いのもあり、開放的になるのだろう。日焼けした水着の女性が通りをそのまま歩き回っているのを見て、ザックスは思わずにやりと笑みを浮かべた。
 昔、任務の合間の休暇でこのリゾート地を訪れたことを思い出した。海からモンスターがやってきてまともに遊べなかったが。せっかくここまで足を延ばしたので、息抜きがてらコスタに滞在しても罰は当たらないのではないだろうか。
「今日はここに泊まる?」
 弾んだ声のザックスに問われたが、クラウドは逡巡しているようだった。
「少しでも先に進みたい。ここからゴンガガまではまだ遠いし……
 言いながらクラウドはふらりと足をもつれさせた。バイクを引いていたザックスが慌てて彼を片腕で支える。オレンジの夕日に照らされていても分かるほど、クラウドの元から白い顔は血色が悪かった。
 長時間の船旅は彼にとって拷問のようなものだったのだろう。ここに辿り着くまでに、彼は随分とやつれたように見えた。
「やっぱりコスタに泊まろう。そんな体調でバイクになんて乗れないだろ?サイドカーも無理だろうし」
 今度は下心無くザックスも提案していた。ビーチで遊ばなくてもいいから彼を休ませたい。
クラウドは悩んだが、結局ここで宿を取ることにした。少しでも早く彼の疑いを晴らしたいが、何を焦っているのかと勘繰られても困る。
 彼には、ジェノバ細胞が自分の身体にどう作用していたか、無自覚でいて欲しかった。ジェノバ細胞の影響で蘇ったと知ったら、彼の精神に悪影響を及ぼすかもしれない。いつか教えるべきなのだろうが、それは彼の記憶がねつ造ではなく、ジェノバに操られているわけではない、と証明してからでも遅くないはずだ。

 海の近くにはロッジ風の小屋が並んでいた。コスタ・デル・ソルの名物とも言える、リゾート仕様の宿泊施設だった。ザックスは空いているロッジを見つけると、その小屋の前にバイクを止めた。主人と話して宿を取り、前払いで宿泊費を支払う。
 ミッドガルでは珍しい木造の小屋だった。夕焼け色の照明に照らされた室内はロフトの上が寝室で、一階はダイニングキッチンとバスルームがあった。部屋自体は広くないが、一泊寝泊まりするだけにしては上等すぎる空間だった。それまで教会で寝泊まりしていた彼にとっては、贅沢と言ってもいいくらいだ。
 クラウドをロフトへ運び、彼を白いシーツで覆われたベッドに寝かせた。ロフトの部屋にも跳ね上げ式の窓があり、開くとコスタの青い海が見渡せた。潮臭く湿った風が部屋に吹き込んでくる。日が落ちたらもう少し冷たくなって、クラウドも心地よいと感じるだろう。
 ベッドに横たわったまま、クラウドはザックスに声をかけた。
「ありがとう。俺は少し寝るよ」
 クラウドは頭も身体も重く感じていた。ザックスの捜索を始めてから今までに蓄積された疲れが、急に押し寄せてきているようだった。彼を見つけて、気が緩んでしまったのかもしれない。
「ザックス、遊びに行くんだろ。あんまり遅くならずに帰ってきてくれ」
 殆ど意識を手放しながらクラウドは言った。彼は女好きだ。水着の女性が溢れ返るビーチで、大人しく小屋に留まっているとは思えない。目を離していなくなってしまったらと思うと不安だったが、事情も知らない彼を縛り付けるのは不可能だと思った。
 しかしザックスはクラウドの予想外の返事をした。
「何言ってんだ?クラウドを置いてく訳ないだろ。具合悪そうなのに」
 ザックスは少し怒っているようだった。見損なうなよ、とでも言いそうな雰囲気だ。
 一階の冷蔵庫から水を持ってきてコップに注ぐ。ザックスはグラスが結露するほど冷えた水をクラウドに飲ませた。彼は甘い蜜でも味わうように、良く冷えたミネラルウォーターをゆっくりと飲み下した。
 目の覚めるような冷たさに吐き気と頭痛が消えていく。乗り物酔いは降りたら治まってくるものだ。眠ろうとしていたが、ザックスの心配そうな顔を見ている内に目も冴えてきた。
 ただ看病しているだけなのに、ザックスはにこにこと笑って楽しそうにしていた。ビーチのあるリゾート地で小屋の中に引きこもり、体調を崩した男の世話をしているのに。クラウドはだんだん彼に対して申し訳ない気持ちさえ湧いて来ていた。
「もう大丈夫みたいだ」
 そう言ってクラウドはベッドから降りた。実際に、さっきまでの眩暈は嘘のように治まっている。揺れない地面の上で横たわって休んだのが良かったのかもしれない。
「無理しなくていいんだぞ?」
 ザックスはまだクラウドの体調を心配していた。だがクラウドはそれを強い笑みで制した。
「もう平気。せっかくコスタ・デル・ソルに来たんだ。少しくらい、観光してみないか?」
 体調が戻り、ようやく頭が回るようになってきた。嬉しそうに拳を握るザックスを見て、クラウドもつられて笑みを浮かべた。
 船に乗る前のことだ。自分たちを追うタークスの気配が消えたのは。エッジを出る前から追跡していたのに、途中から追うのを止めたようだった。下手に接触してしまっては彼らが持つ情報をザックスに与えかねないとようやく気付いたようだ。尾行という体で追っていたようだが、そもそも自分にもザックスにも彼らがいることは知れている。ザックスに無用な敵愾心を抱かせるだけだと、彼らも悟ったようだった。
 誰にも見られていないのなら、ザックスと二人きりの時間を過ごしてもいいだろう。見張りだらけの教会では話せなかった、積もる話が山ほどある。