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kokokisu
2020-08-14 16:47:46
9710文字
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【ザックラ】Sunshine above the cloud 6
クラウドは朦朧とした意識のまま、ミッドガルの伍番街へと向かっていた。
フェンリルの車体がいつもより重く感じる。夜の仕事の前に飲まされた薬には、身体の力を奪うものもあったのだろう。鉛のようだった手足を動かせるようになると直ぐ、クラウドはバイクに跨った。薬はまだ抜けきっていないようだった。
コルネオに彼の居場所を教えられたとき、あまりにも納得のいく情報だったので、クラウドは愕然とした。ミッドガルに辿り着いたザックスがまずどこを訪れるか。誰を尋ねようとするか。それさえ考えていたら、思い当たっていたはずだった。
空から降ってきた廃材を片付けることも諦めた街。かろうじて残された道をバイクでひた走る。プレートが崩れ落ち広く空の開けたスラムで、その場所だけは何かに守られているかのように原型を留めて残っていた。
目的地に着いたクラウドは、バイクを止めて白い石造りの建物へと向かった。プレートから落ちてくるもので床も天井も穴だらけになった教会。彼女は床の穴に土を盛り、天井の穴で光を注ぎ、ここで花を育てていた。二年前まで、クラウドが寝泊まりしていた場所でもある。
伍番街に暮らしていた住民も施設も、殆どエッジに吸収されて無人になっていた。彼女の母親であるエルミナも、今はあの宿場町で飲食店を営んでいると聞いた。だがこの教会だけは、今でも時折人が訪れる。
星痕症候群の人間を救う泉があると噂が立って、この辺りは一時期絶え間なく人が訪れていた。ほぼ世界中の人が病気から完治した今は、遠方からようやくこの土地へ訪れた人間が時折足を踏み入れるくらいだった。池の水は徐々に減ってきている。
きっと、世界中の人々が病気から完治した頃に、水はすっかり枯れ果ててしまうのだろう。彼女、エアリスは、その時を今でも待っているらしかった。
クラウドは教会の中へ久しぶりに足を踏み入れた。日に焼けてすっかり色のくすんだ木造の床に、こつこつとブーツの靴底の音が響く。朽ち果てた長椅子の並ぶ無人の教会。祀る対象の消失した祭壇の前には、今でも透き通った水が滔々と湧き上がる小さな泉があった。その周囲には可憐な黄色い花が逞しく大輪の花弁を広げている。
朽ち果てた長椅子の間に人の住んでいる痕跡があった。と言っても、ブランケットと神羅のコンテナが一つ置かれているだけだが。病気を治すためだけに遠方からやってくる人間が、こんなものを残していくとは思えない。コルネオの情報がただのガセではない証拠を一つ得られた。
目的の場所に辿り着いたクラウドは、力尽きたように教会の柱へ凭れかかった。そのまま目を閉じる。
彼が帰ってくるまでは起きていようと思っていたが、とても意識を保っていられない。酷い倦怠感と意識の混濁に襲われている。コルネオの盛った薬は、普通の人間なら命を落としかねない劇薬だった。ここまでフェンリルを走らせられたことすら奇跡だ。
クラウドが教会に辿り着いた頃、時刻は既に夕方を過ぎていた。一晩の仕事と言われて、明け方まで客の相手をして、意識を取り戻した頃には昼を過ぎていた。薬で知覚の全てを奪われてしまい、自分が何の相手をしたのかも覚えていない。
人間ではないものが自分に跨って、人間の一部ではないものを入れられていた。それなのに、喉が枯れるような嬌声を上げるほどの快感を得ていたことも覚えている。今でも何かが内臓を開いている感覚が残っていた。ソルジャーと同じ身体でなければ、とっくに壊れて廃人になっていただろう。
コルネオはクラウドなら死なないと分かっていたから自分にあのような変質的な客を取らせたのだ。次に会ったら殺してやりたいくらいだが、彼のもたらした情報で自分はここに辿り着いている。必要な取引だったのだ、と思うしかない。
腰を落ち着けて穏やかな呼吸を繰り返す内に、クラウドは意識を失っていた。けだるくて、それなのにひどく安らかな気分だった。信頼できる大切な人に抱き締めてもらっているような。いつも外で眠るときは浅い眠りで身体を休めるに留めているのに、クラウドはベッドですらない床の上で意識を手放してしまった。
セブンスヘブンに戻ってきたティファはその光景を目にして心臓が止まりそうになった。
デンゼルと並び、一人の男性がカウンター席に座っている。後ろ姿なのに、一目見ただけでそれが誰なのか分かった。特徴的な髪型と、恵まれた体格。店にいるのは、焼け落ちる前のニブルヘイムで出会った、クラスファーストのソルジャーだった。
「あ、ティファ」
デンゼルは珍しく笑顔を浮かべていた。ティファを振り返り、彼女の元へと駆け寄っていく。
男がデンゼルを追うように店の入り口を振り返った。頬の十字傷に、発光するような色彩の青い双眸。そして彼の浮かべる優しい笑顔に、ティファは記憶の奥底が揺り動かされるのを感じた。
ティファは男を警戒しながら二人の元へと近づいていった。自然とデンゼルを庇う位置に立つ。カウンターに座る男はティファの姿を認めると、飛び跳ねるように彼女へと詰め寄った。
「ティファ?ティファだろ?本当にティファだ!良かった、無事だったんだな
……
!」
泣きそうな笑顔を浮かべながら、彼は彼女の細い肩を掴んで何度も頷いた。
「俺、あの時はクラウドを助け出すので精一杯で
……
。ティファの家も見に行ったんだけど、全然知らない人間が住み着いていたんだ。神羅兵が襲ってきたから、クラウドと一緒にそのままニブルから逃げちまった。でも、ティファも無事で本当に良かった
……
。また会えて本当に嬉しいよ」
ティファは彼の言葉に眩暈すら覚えていた。まるで、ニブルヘイムの村で、あの惨劇の直後に彼と再会している気分だった。
失った父親、焼き捨てられた村、約束を守ってくれた幼馴染。そして、英雄の凶行を止めようとしたソルジャー。意識が当時に引き戻されていく。
タークスのイリーナから聞いた話によると、彼はニブルの魔晄炉の事件発生から四年の間意識がなかった。目覚めてから一年近くはクラウドと共に過ごしたそうだが、その後再び四年の眠りについた。彼は、眠っている間に世界に何が起きたかも知らないのだろう。
ザックス・フェア。神羅のソルジャー・クラスファースト。
彼はクラウドを命懸けで守り亡くなったと聞いた。世界を旅していた頃、ニブルヘイムの神羅屋敷で、クラウドは仲間達にそのときのことを語ってくれた。神羅兵に身体中を撃ち抜かれて、形見であるバスターソードをクラウドに託し、ミッドガルの丘で息絶えたと。
イリーナから聞いたのはその後の話だ。ザックスは死んだと思われていたが、タークスが現場に駆け付けたとき、彼にはまだ息があった。彼女の上司であるツォンが独断で彼の身柄を保護したらしい。その頃はまだ神羅の副社長だったルーファウスがツォンの後押しをして、つい数日前までは彼らしかザックスの存在を知らなかった。
それだけなら、ティファは旧知との再会を喜ぶだけで済んだ。
問題なのは、ザックスがそのつい数日前まで、ずっと眠っていたということだ。それも、殆ど死人と変わらない状態で。彼は宝条の実験で、ニブルヘイムの事件の後、身体にセフィロスのジェノバ細胞を埋め込まれていた。それが影響して目覚めた可能性がある、と話を聞かされている。クラウドが先に彼を探しているけど、ティファも警戒して欲しい、と教えてくれたのはイリーナだ。
「ティファ?」
ザックスが子犬のような表情でティファの顔を覗き込んだ。久しぶりの再開なのに、彼女は何も話さない。それを不思議がっている顔つきだった。
ティファは後ろにいるデンゼルへと二階にいるよう声をかけた。彼が後ろ髪を引かれるように、ゆっくりとした足取りで階段を上がっていく。それを見送ってからやっと、ティファはザックスに声をかけた。
「久しぶり。ザックスも元気そうで安心した」
本心からでた言葉だった。ザックスはぱっと笑みを咲かせると、おう、と言って胸を叩いた。
彼がジェノバに操られているかどうか、ティファには判断しようがなかった。こうして話していても、昔の彼と同じ人だとしか思えない。それこそが、ジェノバの能力かもしれないが、少なくとも今の彼から敵意は感じなかった。
ザックスをカウンター席に座らせて、ティファはカウンターの中に立った。時刻は正午を過ぎた頃。店内はまだ照明が灯されていない。外の明るさに照らされて、バーの中は人影が溶け入るような薄暗さだった。
ティファがカウンターとキッチンにだけ明かりを点けた。
「何か食べる?」
ティファが聞くと、
「店の名物を」
ザックスが答えた。
ティファは鉄のフライパンを火にかけて油を引いた。千切りにしたジャガイモを入れて透き通るまで焼く。澱粉でくっ付いて一枚の巨大なフライになった。それをパンの端に寄せて、卵を二個割り入れる。塩と胡椒で味付けをして仕上げると、大きな白い皿に盛った。飾りのハーブを散らしてサラダをサイドに盛ると、ザックスに差し出した。ティファの店の名物の、エッグアンドチップスだ。
「うまそー!」
ザックスは嬉しそうに声を上げ、フォークを目玉焼きに突き刺した。卵を二口、ジャガイモを二口で、あっという間に平らげてしまう。彼にとってこの一皿は、おやつのようなものだったのではないだろうか。夜に店へやってくる客は、これだけで粘って暫く酒を飲むのだが。
空になった皿を片しながら、ティファは何気ない風を装って尋ねた。
「よくここが分かったね。誰かに聞いた?」
ティファに尋ねられて、ザックスは気まずそうに指先で頬を掻いた。
「いや、それは
……
。実は、偶然なんだよね」
「偶然って
……
」
ザックスは小気味のいい音を立てて顔の前で手のひらを合わせた。
「俺、ずっとクラウドを探してたんだ。それで、たまたま見かけた掲示板にストライフデリバリーサービスってあって、電話番号も書いてあったから
……
。あいつの苗字、珍しいだろ。そんで、電話かけてみたらここに繋がった。デンゼルに場所を教えて貰って来てみたら、ティファの店だったって訳」
それを聞いてティファは、ああ、と声を漏らした。ザックスが言っているのは、彼がデリバリーを本格的に始めた頃に作ったチラシのことだろう。その時はまだ携帯電話を手に入れていなかったので、店の番号しか載せていなかった。
「デンゼルに聞いたよ。クラウドは今、ここにいないんだろ。やっと会えるって思ったのに
……
」
カウンターに肘をついて、ザックスは沈んだ声で呟いた。
「ティファもあいつがどこにいるか知らないんだよな」
彼の言う通り、ティファにはクラウドの行方に心当たりはなかった。居場所を知っているなら、とっくに探して連れ戻している。ティファは軽く頭を振ってザックスに応じた。
ザックスもその返事に肩を落としている。だが直ぐに、落胆を誤魔化すような笑みを浮かべた。
「クラウドが生き残ってくれてたってだけで嬉しいけどさ。俺が覚えてる限りでは魔晄中毒で放っておけない状態だったから。今のあいつ、めちゃくちゃ強いってデンゼルが言ってたけどほんとか?」
ティファは流しから顔を上げてザックスへと視線を向けた。ザックスはそれに応えるように、小首を傾げて笑みを浮かべた。
不思議な人だ。ティファ自身も鍛錬を積んで強くなった今、彼が強い、ということは昔よりも分かる。寛いでいるが、身の振る舞いには一切の隙が無い。だが、人に警戒心を抱かせないための表情、声音、雰囲気を保っていた。本当に強いから、無意味に敵意をまき散らす必要がないのだ。
彼のような人が、ジェノバ細胞に支配されて操られるなど考えられなかった。意志の強い人間は、クラウドのようにジェノバの支配を克服できる。ましてやソルジャー・クラスファーストにまでなったザックスなら。
タークスの心配は、杞憂だったのではないだろうか。彼と話していると、そう思えてしまった。
目の前にいるのは、間違いなくザックスだ。ニブルヘイムの事件と、神羅の追跡を生き残った、元クラスファーストのソルジャーで、クラウドの命の恩人。クラウドを救ってくれた人は、当然ティファにとっても大事な人だった。
何も問題が起きる前から彼を疑う必要などない。ティファはそう割り切ることにした。
ティファはにこりと笑うと、腰に手を当てて自らのことのように誇って見せた。
「クラウドは強いよ。セフィロスを倒しちゃうくらい」
ザックスは暫くの間硬直していた。一拍遅れて理解が追い付く。
「マジかよ、そんなに!?まさか俺より強くなったんじゃ
……
。ってか、セフィロスって生きてたの?俺が眠ってる間に何があったんだ
……
?」
その反応にティファは声を上げて笑った。
彼と話していると、昔の楽しかったときを思い出す。皆と一緒に旅をしていた四年前。一つの目的のために力を合わせて、命を懸けて戦った。あの頃は切実に求めていた平和の中に生きているのに、ふとしたときに寂しさを感じるのは何故だろう。
クラウドは世界を救った英雄になった。だが、誰も彼のことを知らないし、語らない。全ては人の与り知らぬところで起こった出来事だ。歴史には、星が自らをメテオから守った、としか刻まれないのだろう。仲間たちとの冒険は幻だったのではないかとさえ感じていたが、ザックスが現れたことで全てが色鮮やかに蘇ってきた。数年間の空白を埋めるように、ティファは彼に過去の思い出を語り始めた。
日が落ちかけて、穴だらけの教会は群青色に染まっていた。水の湧き上がる泉だけが、ライフストリームのような淡い緑色に光っている。月が輝くにはまだ明るくて、辺りの光源はそれしかない。泉を取り囲む黄色い花も薄闇に沈み、ひっそりと花弁を垂れている。
意識が戻って直ぐに、クラウドは携帯電話の履歴を確認した。習慣、癖、未練、どう形容しても間違いではない。結局心の弱い自分は、こうして人との繋がりを確かめずにはいられなかった。
残っていた着信履歴は二件。クラウドは古い方から順番に伝言を再生した。
一件は、レノからのメッセージだった。ザックスが宿場町で仕事を見つけて、エッジの伍番街付近で孤児院の建設に携わっている、というもの。リーブが責任者みたいだから、と聞こえたところで最後まで確認せずにメッセージを消去した。情報があまりにも遅すぎる。
次に残っていたのは、セブンスヘブンの電話からのメッセージだった。デンゼルかマリンだろうか、と思っていたら、聞こえたのは凛とした女性の声だ。
彼女がメッセージを残すことは滅多になかった。言葉よりも行動を信じる人だ。久しぶりに聞いた彼女の溌剌とした声音を、クラウドは懐かしく感じた。
「クラウド、今どこにいるの?私もタークスのイリーナから話を聞いたの。一人で動く前に一度、店にきて。こういうことは、ちゃんと顔を見て話し合いたい」
全てのメッセージを確認し終えると、クラウドは携帯電話の電源を落とした。教会の柱に凭れかかって、膝に顔を埋める。
彼女は巻き込みたくなかったのに。
もしも、ザックスの肉体を動かしているのがジェノバ細胞だったら。彼の意思がなかったら。星を支配し、地上の生物を滅ぼす災厄だとしたら。再びあの存在と敵対して、自分の大切な人にどんな不幸が降りかかるか、考えたくもなかった。既にクラウドは災厄のために一人の大切な人を失っている。
家族が苦しむ姿だけは絶対に見たくない。なのに、彼女は関わってしまった。情報を漏らしたタークスへの怒りと、それでも彼女たちを守ると断言できない自分の不甲斐なさとで身が焼かれる。失う恐ろしさに身が竦んで、ひたすら逃げるしかできなかった。
無人であるはずの教会に、人の気配がした。いつもの辺りを見張っている人間とは少し違う。どうやら、戦い慣れた人間が侵入しているようだ。
神羅の人間だろうか、と思ったが、それとも異なった。彼らはもっと統制の取れた、良く調教された軍用犬のような気配がある。だが教会の中から感じ取れるのは、群れからはぐれてしまった狼のような、不安定で危うげな生き物の存在だ。
一体誰だろう?何が目的で、この場所に?
教会に向かう途中、中にいる人間の物らしき立派なバイクが停めてあるのを目にした。思わず小さな歓声を上げてしまう。サイドカー付きの自身の乗り物を近くに停めて、青年は改造し尽された見知らぬバイクへと駆け寄っていった。
銀色に輝く無骨で重量感のあるボディ。エンジンもタイヤも特注だ。車体の両側は武器を収納できるようにカスタムしてあった。走行しながらでも武器を取り出せるようにしてある、ということは、バイクの所持者はとんでもない手練れだ。この化け物を片手で操りながら剣を振るって戦えるのだから。ソルジャーでも、こんな獲物を乗りこなせる人間はそうそういない。
中にいる人間の正体も分からないのに、青年は彼への興味が湧いた。
教会の中に足を踏み入れる。薄暗い空間で、その人影を探した。敵意がない人物なら、話してみたいとさえ思ったからだ。
教会の床から湧き出る泉は相変わらず美しい光を放っていた。周りに咲き誇る花も、誰に見られる訳でもないのに美しく花弁を艶めかせている。祭壇は空っぽで、奉られている依り代はない。それなのに教会は、この場所自体が聖域だと思わせる清らかさに満たされていた。
いつも通りの廃墟、いつも通りの寝床だった。特に中を荒らされた形跡もない。内装も外装もボロボロで、元から朽ちたような場所なので、少し異変があった所で分かりもしないが。
泉に引き寄せられるように歩いていた青年の足が止まった。雷に打たれたように、動けなくなった。教会にいた、彼という存在を認知した瞬間に。
静謐な空間の中で、彼はただ立ち尽くした。二人の視線が交じり合う。彼の瞳が揺らぐのが見えた。感情は溢れ出して破裂しそうだったのに、言葉は何も生まれなかった。
頭を締め付けられるような痛みを感じた。視界が霞み、ノイズが走る。景色が変わる。膝が震えて、動悸が激しくなった。
もう一度、教会に現れた人間の姿を確かめた。彼は呆然とした表情でそこに立っていた。
彼と再び会えたら、確かめなくてはならないことがいくつもあったはずだった。
本当に彼はザックスなのか。ジェノバ細胞に操られていない証拠は。本物の彼との記憶の齟齬があるのではないか。
もしもジェノバ細胞に操られているだけなら、クラウドは彼に向かって剣を振るわなければならなかった。それが例え、大切な人の姿を模っていたとしても。
実際に彼の姿を目にした瞬間、それらは全て、クラウドの意識から消え失せてしまった。
雨の降る丘で、彼の目が再び開くことを切望した。呼びかけた声に反応するのを待ち続けた。だが彼は、戻らなかった。自分に全てを託して、いなくなってしまった。
死んだはずのザックスが、生きている。確かにそこにいる。二度と見ることのできないと思った青空の色をした瞳が見開かれていた。真っ直ぐにこちらを見つめていた。
もう永遠に逢えないと思っていたのに。四年だ。彼と死に別れて、四年もの月日が流れていた。既に彼のいない世界を受け入れていたはずだった。だが、クラウドの意識は瞬く間に彼と別れた刹那へと立ち戻っていた。溢れ出すのは、とてつもない後悔と喉が締め付けられるような歓喜ばかりだった。
「クラウド、だよな?
……
クラウド、クラウド!」
ザックスだ。聞き間違いようのない、彼の声だった。
クラウドは一部の疑う隙もなく、目の前にいるのが彼だと確信した。
泣き出しそうな顔をして、彼が名前を呼んでいる。クラウドは俯いたまま、殆ど倒れ込むようにして彼の元へと歩み寄っていった。初めは慎重に進めていた歩調が、次第に駆ける速度になっていく。彼と再会できたとてつもない幸せが理性を凌駕していた。
ジェノバじゃない。ジェノバでもいい。彼に直に触れて、彼の命を確かめたい。
「ザックス
……
!」
指先が届いた瞬間に、渾身の力で抱き締めた。何度も彼の名前を呼んだ。馬鹿みたいに、何度も、何度も。他にこの幸せを表す方法が分からなかった。堪らなく嬉しくて、涙が溢れて止まらない。彼の体温を感じた瞬間、あの日、あの丘で失ってしまった全てのものを取り戻した。
懐かしいザックスの腕に受け入れられて、クラウドはまるで昔に戻ったように感じていた。まだ弱くて、彼に守られてばかりだった自分。あの時に今のような力があれば、彼を失わずに済んだはずだった。
「ごめん、ザックス
……
!本当は、俺だってザックスを助けたかった
……
。でも俺、弱くて、動けなくて」
溺れそうなほどの涙を流すクラウドを、ザックスはますます固く抱き締めた。彼の髪を撫でながら、彼も泣いているのか、くぐもった声で語りかける。
「いいんだ、そんなの。言っただろ、お前に俺のもの、全部やるって。お前が生きてくれていたら、俺はそれで良かったんだよ」
身体中を撃ち抜かれて意識が薄れていく最中、ザックスは死にたくないと強く思っていた。彼を一人にすることが、なによりも怖かった。自分が死んでしまっては、彼を守る人間がいなくなってしまう。神羅兵に抵抗できない魔晄中毒の彼が、自分と同じように身体を撃ち抜かれてしまったら。想像するだけで胸が張り裂けそうだった。
だがクラウドはちゃんと生き伸びていた。意識すら保てない状態だったのに。それだけでザックスにとっては僥倖だった。
「俺のほうこそ、一人にしてごめん。ミッドガルには二人で行こうって、ずっと一緒だって、約束したのにな。
……
あ、もしかしてクラウドは覚えてない?」
まるで、覚えていなければそれはそれで都合が良いとでも言わんばかりの口ぶりだった。クラウドは涙に洗われた目を細めて笑った。忘れたと言っていたら、彼はちゃんと正直に全て話してくれただろうか。
「ちゃんと覚えてるよ。ザックスの方こそ、忘れてないだろうな」
それを聞いてザックスは臓腑が凍ったように感じた。抵抗できない彼に自分が何をしでかしたか。彼の身体に自身を刻み付けたのは、一度や二度のことではない。
意識を取り戻したクラウドの瞳は深い色に輝いていた。その緑の双眸がじっとこちらを見つめる様は、見惚れるほどに美しかった。
彼に幻滅されたくない。決して、彼を弄ぶつもりではなかった。言葉を交わせない彼と愛し合う方法が他になかったのだ。
ザックスが何か取り繕うようなことを口にしようとして、クラウドは人差し指を立ててそれを遮った。
「言葉はいらない。もう少し、こうしていたい」
彼の気持ちは、彼の行動が全て示してくれていた。今更、口にしてもらう必要もない。約束通り自分をミッドガルに連れてきてくれたことこそが、彼の深い愛情そのものだった。
彼に伝えなければならないことは、クラウドにも数えきれないほどある。動けない、話せない、ただ受け取るばかりだった自分。無力だったことを謝るよりも先に、こちらを言うべきだった。
「ありがとう、ザックス」
神羅屋敷から連れ出してくれた。命がけで守ってくれた。ミッドガルまで連れてきてくれた。そして、生きてまた自分の前に現れてくれた。
クラウドは彼の胸に顔を埋めた。口にした瞬間、嗚咽が漏れて止まらなかった。旅の間、彼に言いたくて仕方なかった言葉を、ようやく彼に伝えることができた。ずっと与えられるばかりだった自分が、ほんの少しでも何かを返すことができたのではないだろうか。全てをなげうって彼を探していたのは、この瞬間のためだったのだと思えた。
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