今はもう使われていないミッドガルの線路は、中央にある神羅カンパニーの廃墟の周囲を螺旋状に走っていた。崩落後は鉄道が全て止まってしまい、ただのトンネル通路と化している。スラムは八区画に分けられており、街はそれぞれ巨大な壁で区切られていた。壁を避けて隣の街へ移動するルートはあるが、崩落して塞がれてしまっている所が多かった。そのため線路を歩いて抜けた方が道は単純だった。
青年は懐かしい気分で廃墟と化したミッドガルを歩いていた。プレートは落ち、人は消えて、景色はすっかり様変わりしている。しかし倒れた建物や地面に落ちた看板には見覚えのあるものも残されている。線路の中などは崩落をまぬがれ、錆付いてはいるがかつての面影を残していた。新しく生まれた街であるエッジよりも、こちらの廃墟の方が青年は自分の庭のように感じられた。
今日の仕事はモンスター退治だ。ミッドガルの弐番街スラムに住んでいた女性からの依頼だった。本業はこちらなので、それまで働いていた現場を辞め、何でも屋として仕事を請け負った。
建設現場の仕事を辞めたのは、周囲にきな臭い人間の影がちらつき始めていたからというのもあった。本当はキリの良いところまで建設を手伝いたかったのだが。あれ以上、同じ所に留まるのは限界だった。完成間近の孤児院を、自分のせいで荒らされたくはない。
依頼人の女性は昔の家にある荷物を取りに行こうとしていた。だが、ミッドガルの西側はモンスターが溢れ返ってどうにもできないらしい。それでも、モンスターを倒してくれさえすれば、後は自分でどうにかするから、と言っていた。
彼女が果たして弐番街まで辿り着けるのか。辿り着いたとして、どうやって荷物を運び出すのか。とても放ってはおけないと、青年は思っていた。
弐番街のスラムのモンスターはあらかた片付けて、彼女に教えられた家へと向かった。慎ましい小さな家は、崩れ落ちてきたプレートの巨大な鉄骨で二階がひしゃげて潰れていた。これでは再建しよう、という気にもならなかっただろう。
家の直ぐ横には錆びかけたサイドカー付きのバイクがある。か弱そうだった女性の依頼人が乗りこなせる排気量ではない。星痕症候群で亡くなった、という旦那が乗っていたのだろう。
青年はバイクの燃料を確認した。何年も放置されていただろうに、タイヤもエンジンもバッテリーもまだ死んでいなかった。さすが、というのは腹立たしいが、神羅製なだけはある。
サイドカーに家の中にあった荷物を可能な限り詰め込んだ。誰かに見られたら空き家を荒らす泥棒だとでも思われそうだ。目撃者がいないことを祈りながら、青年は過積載となったサイドカーを引き摺りながら、バイクをスラムの駅へと運んだ。
列車の来ない線路にタイヤを乗せると、来た道をそのまま引き返すようにバイクを走らせる。歩く何倍もの速度で移動する久しぶりの快適さに、青年は思わず口笛を鳴らした。がらんどうの線路内で、その甲高い音がどこまでも響き渡った。
ミッドガルからエッジへ戻る頃にはもう夕方を過ぎていた。バイクが無ければ日が落ちるまでに戻ってこられなかっただろう。青年は彼女の旦那へ胸の中で感謝した。
エッジの中央部と宿場町の間には多くの住居が並んでおり、ベッドタウンの機能を果たしていた。昼間は中央部で働いてここに帰ってくる人たち、逆に昼間はここで過ごして夜は宿場町へ働きに行く人たちが、アパートや小さな住居で暮らしている。区画は昼も夜も常に人の気配に満ちていた。
依頼人に教えられた住所には、二階建ての三棟からなるアパートがあった。パウンドケーキを切ってそのまま並べたような外観だった。それぞれの建物の東側の外壁は、部屋の数を示すように一階に三つ、二階に三つ小さなガラス窓がある。建物の南側には鉄板と手すりだけの急な階段があり、それを上って右に曲がると幅の狭い通路があった。
二階に上がって一番手前にあった部屋のドアをノックする。部屋から出てきたのは、弐番街のモンスター退治を依頼した女性だった。
「待たせたな。依頼されたエリア内のモンスター、全部倒して来たぜ!」
快活に言う青年を見て、女性はほっと息を吐いた。
「ありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか……」
彼女の影に隠れるように、小さな女の子が立っている。女性の足の影に隠れて、じっと青年を見つめた。
「ほんとに倒せたの?武器、持ってないんでしょ?」
青年は少女と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。にっと笑って彼女の頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「あんなの素手で充分だって。倒して来たって証拠、見せてやろうか?」
青年に続いて、女性と少女はアパートの一階へと降りていった。
アパートの棟の間に停めてあったサイドカー付きのバイクを見て、女性が絶句する。一拍置いて、彼女はぼろぼろと涙を零し始めた。少女がきょとんとした顔で泣いている母親を見つめている。
女性の予想外の反応に、青年は慌ててしまった。てっきり、喜んでくれると思ったのに。
「えっ、ちょっと……!あ、勝手にバイク使ったのマズかった?!ごめん!他に運ぶ方法なくて……!」
女性は涙を拭いもせずに頭を振った。
「違うの、違う……。夫のこと、思い出して」
バイクとサイドカーは、女性にとって思い出の品だった。亡くなった彼女の旦那が、彼女をサイドカーに乗せてスラムの色んなところへデートに連れて行ってくれた。産気づいた時も、これで夜中に助産婦の元まで運んでくれた。だが、夫がバイクに乗れない身体になり、女性も自分では扱えないからとスラムに残してきたのだ。メテオという災厄を乗り越えて、幼い娘を守って生きていくために、女性は多くのものを捨ててきていた。
あの日から四年経ってようやく、昔の思い出を回収してもいいのでは、という心の余裕が生まれ始めた。今回なんでも屋にモンスター退治を依頼したのも、それが理由だ。神羅や専門業者に依頼すると高額なのだが、彼は格安で仕事を引き受けてくれた。荷物の回収まで依頼する余裕はないので、後は自力で弐番街へ向かうしかないと思っていたのだが。
女性は濡れた目で青年を見つめると、彼の手をぎゅっと握り締めた。
「本当にありがとうございます。お金、少ないけど受け取ってください」
青年が渡されたのは、依頼を引き受けた時に提示した金額よりも多い報酬だった。それを見て青年は目を丸くした。
「ダメダメ!俺が勝手に持ってきたんだから、こんなに要らないって」
「お願い。本当に助かったの」
多く渡された分を返そうとするが、女性は受け取ろうとしない。青年は困り果て、考え抜いた末、良いことを思いついたとでも言うように笑みを浮かべた。
「……あ、じゃあさ、報酬の代わりにこのバイク、暫くの間借りるってのはどう?足が無くて困ってるんだ。もちろん、ちゃんと大事に使うし、自分のバイクが手に入ったら返すからさ。……ダメ?」
手を合わせて、青年は小首を傾げて見せた。少年がお菓子をおねだりするような、幼い仕草だった。女性はそれがおかしくて、涙の跡を頬に残しながら笑った。なんて愛嬌のある人だろう。
「差し上げます。元々私には扱えないものですし」
「やった!ありがとう!」
母親が笑ったのを見て、心配そうだった少女の顔にも笑顔が戻る。彼女も青年に向かって元気な声でお礼を伝えた。
荷物を全て女性の部屋へと運び込むと、青年は譲ってもらったバイクに跨った。見送りに来た女性が、取り付けられたままのサイドカーを指して言う。
「それ、走るのに邪魔になりませんか?外して残していっても大丈夫ですよ」
「良いの良いの。いや、このままが良いんだ」
青年がバイクのエンジンを点火しながら返事をした。低い地鳴りのような音がする。エンジンの熱で周囲の空気が波打って揺れた。
「隣に誰か乗せるの?」
少女が青年に問いかける。青年は無邪気に笑うばかりだ。
「見つかったらな。この街にいるはずなんだ」
きっと、彼にはサイドカーに乗せたい人がいるのだろう。女性は、彼に想う人がいるということにちくりと胸を刺された。
「それじゃあ。ご依頼ありがとうございます、今後ともご贔屓に!」
バイクのエンジン音に負けない大きな声でそういうと、青年は住宅街を抜けて走り去って行った。女性と少女は、いつまでも彼の後ろ姿を見送っていた。
エッジの中心部である記念碑を貫く大通りがある。この通りだけはWROと神羅が共同で管理しており、ミッドガルのプレート上の街と同様に秩序のある光景を作り出していた。道は平らに舗装され、車が対向で走る幅があり、夜道を照らす街灯も一定間隔に並んでいる。両隣に並ぶ建物も、ミッドガルのプレートでは名の知られた有名店が多かった。都市整備の手が入り数年経ち、ようやく女子供が夜に一人でも安心して歩ける安全な通りになった。
ミッドガルから東に伸びるその大通りの中核に、メテオ撃退の記念碑があった。二年前に一度壊されたが、再び修繕されている。街のシンボルを起点として、それよりは幅の狭い道路が放射状に走っていた。中心部を離れるにつれてその道路は枝分かれしていき、細い路地が葉脈のようにエッジの区画を覆っていた。
WROと神羅の人手は常に足りておらず、エッジの成長速度は著しい。街は計画性なく膨らみ続けている。組織に管理されていない路地は幅の太さも様々、一直線に伸びたところは少なく、迷路のような造りをしていた。
ミッドガルのプレートで店を構えていた人間も、大通り沿いには土地を確保できず、今は細い路地で営業しているものも多い。普通の店の方が多いのだが、中には風紀を乱すような店も紛れ込んでいる。エッジはまだ秩序の混沌とした地域の方が多かった。
セブンスヘブンは路地裏に店を構えた家族向けのダイニングバーだった。店の周囲も飲み屋や飲食店が多く、朝、昼、夜の食事時は常に賑わっている。
この辺りは女子供が夜に一人で歩いていたとしても精々、店の店主や従業員に危ないよと注意をされるくらいの区画だ。注意されるだけで、暴漢に会うことは滅多にない。鋼鉄の街であるエッジとは思えない、牧歌的な通りだった。
デンゼルとマリンはティファにお使いを頼まれて、両手一杯の買い出しを終えた帰りだった。果物や肉、野菜は買い溜めしたら腐ってしまう。その為、ティファやマリンやデンゼルが交代で定期的に補充していた。今日は彼らが買い出しの当番だった。
今回はそれらに加えて、重たい缶詰やジュースまで購入していた。元はクラウドがバイクで一度に補充してくれていたものだ。彼が消えて暫く経ち、徐々に在庫では凌げなくなってきている。そろそろ何か乗り物を買おうか、というのはティファの提案だった。
二人が買い物に行く前、休み前だから色々入用なの、とティファには謝罪された。重くてごめんね、と。
デンゼルは何も気にしていなかった。マリンもきっと同じだ。友だちと遊ぶのも楽しいけれど、店の手伝いをして、自分が彼女の助けになっていると言うのは何よりも嬉しいことだった。
店に着くと直ぐに、デンゼルとマリンは買い出してきた食材を片付け始めた。
カウンターに柑橘類とジュース、肉と野菜は冷蔵庫、缶詰はカウンターの下。空になったペッパーミルに新しいホールペッパーを詰め替える。使いやすいように、ライムはいくつか串切りにしておいた。
こうしていると自分もカウンターに立てる気がしてくる。ティファのように、お客の前に立ってシェーカーを振る自分を想像してみた。大人っぽくて、なかなかかっこいいのではないだろうか。カクテルの名前とレシピだって、いくつか覚えてしまった。
だが実際は、マリンと一緒に注文を取ったり料理を運んだりするのが精々だ。お酒を出すから駄目だと、店が営業している間はキッチンに入れて貰えない。酒をテーブルへ運ぶことすら許されていない。飲まなければいいだろうと思うけれど、ティファは厳しい人だった。
片づけを終えて暇だったので、デンゼルはグラスを磨いて時間を潰した。ただ洗剤で洗うだけでは残ってしまうくもりや指紋を布で拭き取って食器棚に並べていく。こんなこと気にするような客はいないが、退屈しのぎにはなった。
ティファは昔の知り合いに呼ばれたと言って店を開けている。タークスという、神羅の関係者から連絡があったらしい。マリンは心配そうにしていたが、ティファの様子を見た限り大丈夫だと思えた。懐かしい人に会いに行くだけ、といった表情だったから。
マリンと二人で店番を頼まれたのは嬉しかったが、店は開店前だ。彼女が自分に預ける信頼の限度を感じてしまい、むしろ寂しくなる。自分が子供だから、彼女は任せたくても任せられないのだ。年の差は足掻いて埋められるものではない。
自分が子供だと自覚する度、デンゼルはクラウドのことを考えた。彼は何でもできる大人で、しかもデンゼルの知る誰よりも強い。それなのに、彼は逃げるように家から姿を消してしまった。
前も突然いなくなったが、星痕もなくなり平和になった今、またどこかへ行ってしまうなんて。彼を責めたかったが、デンゼルはどうにもそんな気分になれなかった。
クラウドは、彼の持つ逞しい身体に比べて、中身は誰よりも繊細だ。彼が強くなれるのは、守る誰かがいるときだけだった。
ティファは言っていた。この生活の何が不満だったんだろうと。
デンゼルは、それは違う、と思った。
彼は生活に不満があったんじゃない。平和になって、誰も守らなくて良くなったから、消えてしまったのだ。自分のやるべきことはもうない、と勝手に判断して。
初めて出会ったときから変わらない、彼の底知れぬ寂しそうな瞳。みんなで食卓を囲んで、どんなに楽しく笑っていても、ふとした時に彼はその悲しい気配を纏った。彼は幸せになれない呪いにかかっている人だった。
本当は、彼にもお礼をしたかった。それなのに、彼はいつまで経っても戻ってこない。電話にメッセージを入れても、返事をくれない。彼が自分に居場所を与えてくれたように、自分も彼に居場所を与えたいと思っているのに。
不意に、店の電話が鳴った。ピリリリリ、と少し冷たい印象を与える音。バーに備え付けてある電話とは受信音が違う。クラウドがこの店でデリバリーサービスをやっていたときに使っていた電話の音だ。
デンゼルは慌てて二階へと駆け上っていった。クラウドが使っていた仕事部屋へと向かう。部屋の中ではマリンが、電話を前におろおろと立ち尽くしていた。
「あ、デンゼル!どうしよう、取って良いのかな……」
デンゼルは意を決し、マリンと電話の間に割って入った。
「大丈夫。俺が出るよ」
クラウドがデリバリーの仕事をしていた時は、デンゼルが電話を取ることが多かった。マリンよりも、対応は慣れているつもりだ。
だが、今は店主である彼の行方が分からない。彼がいない理由をもし問い詰められたら、と不安がよぎる。
シルバーの受話器を手に取り、耳にあてた。緊張して声が裏返りそうだった。
「はい、こちらストライフデリバリーサービスです。申し訳ありませんが、ただいま当店は休業中でして……」
デンゼルの言葉を遮るように電話口の男が声を上げた。
「お、繋がったな。休業中なのか?掲示板の張り紙見て電話したんだけど」
人懐っこい喋り方だった。自分よりは年上だろうが、若そうな男の声だ。一気に緊張が解ける。
「すみません、営業再開もいつになるか分からないんです」
「あ、いや、仕事はいいんだ!それより店主と話したい。店主の名前、クラウドだよな?」
デンゼルは電話越しに頷いた。
「はい、クラウドです。でも、彼は今いなくて……」
デリバリーサービスの客で彼のファーストネームを知っている人は珍しい。もしかして、客ではなくクラウドの知り合いだろうか。
「いつ帰ってくるんだ?」
男の急かすような声。デンゼルが返事に窮する。
「それは……」
デンゼルはだんだん辛くなってきていた。
クラウドは『今いない』のではなく、『いつ帰るか分からない』のだ。そもそも彼は、本当にセブンスヘブンに戻ってくるのだろうか。彼が自分たちと生きることを選ばなかったという事実を直視するのは苦しかった。
話している内に異常を察したのだろう。男は神妙な口調になった。
「クラウドに何かあったのか?」
受話器を耳に押し当てながら、デンゼルは深く息を吐いた。そんなの、こっちが聞きたいくらいだ。
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