kokokisu
2020-08-01 01:38:49
10687文字
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【ザックラ】Sunshine above the cloud 2


 夜明けの光に照らされたエッジは、静謐な雰囲気に包まれていた。街はまだ眠っている。石油を燃やし始める前の空気は澄んでおり、遠くミッドガルの跡地まで見通すことができた。
 早朝のエッジの雰囲気をクラウドは気に入っていた。魔晄エネルギーが失われて、それに適応しつつある街。不便なことが多かったニブルヘイムの村を思い出す。
 クラウドはフェンリルを住んでいる廃墟の前に停めると、そのまま死んだようにベッドへと倒れ込んだ。
 目が覚めたら、彼に関する情報を集めなければならない。馴染みの客には、休業の連絡を入れるべきだろうか。ティファならそうしろと言うだろう。落ち着いたら忘らるる都で眠る彼女にも報告を。
 何から手を付けるかと考えている内に、クラウドは意識を失ってしまった。

 日が中天まで昇る。廃材で組み立てられた街の陰影が濃くなる。昼の活気に包まれたエッジは、崩落前のミッドガルのスラムを思わせる賑わいだった。
 深い眠りに落ちていたクラウドの耳に姦しい話声が聞こえた。壁が薄いので、近隣の生活音など筒抜けだ。隣の部屋に住むカップルが、言い争いをしている声だった。
「誰のお陰で食えてると思ってんだ、このアバズレ!」
 深い眠りに落ちていたクラウドは、男の怒鳴り声で完全に目を覚ました。それに続く女のヒステリックな叫び声。物を投げる音。食器の割れる音。エッジに雨が降るくらいの頻度で繰り返される二人のやり取りだった。
 ここから早い内に引っ越すべきなのだろう。朝も夜も五月蠅いのでは、休む場所としての用をなさない。クラウドはベッドに座ると、小さな溜息を漏らした。

 ベッドから立ち上がる。クラウドは未だに争いの騒音が響く住処から抜け出した。
 携帯電話を取り出し、着信履歴を確認した。
 毎朝の習慣だった。
 仕事の依頼を確認するためだけではない。一人で生きると言いながら、クラウドは今でも電話を捨て切れなかった。きっと死ぬまで、この未練を抱えて生きるのだろう。
 セブンスヘブンで暮らすデンゼルから、一件の着信が入っていた。
『もしもし、クラウド。元気?お店のブラックペッパーが高すぎるって、ティファが怒ってたよ。クラウド、今度また買ってきてよ。マリンも会いたがってるからさ』
 家のリビングで話すような、デンゼルからのメッセージ。彼らと住んでいた頃の幸せな日常が今でも続いていると錯覚してしまう。寂しさを押し殺すような声に胸が痛くなった。
 まだ彼らには会えない。だが、ザックスのことに決着がついたら、一度話に行こう。彼らには、知ってもらう必要がある。彼らが忘れないでいてくれる男は、ザックスに全てを与えられただけの人間だと。
 クラウドは携帯をしまうと、ゴーグルを嵌めてバイクに跨った。
 いつもと変わらない朝だった。こうしていると、昨日のことが現実だったのか夢だったのか判断ができない。
 だが、携帯に残るレノからの着信と、空になりかけたフェンリルの燃料タンクでそれが現実なのだと教えてくれた。

 クラウドはツォンから与えられた情報を頭の中で整理した。
 彼はヒーリンで医療スタッフに、ミッドガルの位置を聞いた。俺と彼が目指していた街。ニブルヘイムは焼き尽くされたし、他に俺が住む街の心当たりもないだろう。
 だが、ミッドガルはライフストリームにより崩壊し、代わりにエッジが生まれている。ミッドガルが殆ど廃墟になってしまっていると知ったら、彼はエッジを捜索しているのではないか。
 エッジは足で人を探して回れるような広さではない。彼には俺への連絡手段もないはずだ。携帯電話は便利だが、神羅カンパニーが形骸化している今、誰もが簡単に手に入れられるほどの数はまだ出回っていなかった。まさか手紙なんて書かないだろうし。
 クラウドは観念したように天を仰いだ。
 彼が足で自分を探しているのなら、自分もそうするしかない。同じ街でお互いを探し合っていれば、いつかは出会えるだろう。幸い、タークスは彼を捕まえられないでいる。先を越される心配はない。
 地道な聞き込みを覚悟したところで、クラウドはふと思い当たった。
 デリバリーサービスの顧客の店に、彼は足を運んでいないだろうか。クラウドは旅をしていた時の人脈も使って仕事をしているので、戦う人間や兵士が足を運びそうな店にはいくらでも心当たりがあった。
 ヒーリンから逃げ出したばかりなら、彼はまず装備を整えようとするはずだ。特にタークスに追われている最中なら、住む場所よりも身を守る手段を確保するほうが彼にとって先決だろう。
 クラウドは携帯電話から顧客リストを呼び出した。その中から、エッジやミッドガルで営業している店だけを絞り込む。
 ただ街の中を走り回るよりは、こちらのほうが効率的に思えた。彼らにデリバリーの休業を伝えるついでに、一件ずつ虱潰しに聞き込みをすることにした。



 昼から顧客リストを潰して回って、夕方までには殆どの店に挨拶を終えた。人の良い店主ばかりで、再開したら連絡をくれ、とまで言われた。思いの外頼られていることに気付き、クラウドは少しむず痒くなった。
 聞き込みの方も、思っていたより成果があった。彼は装備を整えるのでは、という狙いは当たったようで、店を回るうちにいくつか手がかりになりそうな情報を得られた。
 一つは薬屋から貰った情報だ。最近、なんでも屋を名乗る男がエッジに現れたらしい。
 それだけなら珍しい話ではない。街は発展途中で、何もかもが不足している。土方からモンスター退治、果ては買い出しや探し物など、猫の手でも借りたいという人間は多かった。下手にどこかの店で働くより、なんでも屋をやった方が儲かると言われるほどだ。
 だが、クラウドが話に聞いた男はかなり特殊だった。
 ミッドガルに住み着いたモンスター、それもかなり凶暴な獲物を、何の武器も持たずに素手で倒したらしい。自警団が有志を募り、寄せ集めた武器で立ち向かったが、傷一つ付けられず、命を奪われる犠牲者まで出しても倒せなかったモンスターだ。それを、躾のなってない犬でも叱るようにして、男はその化け物の首をへし折って倒してしまった。男は傷一つ負わずに、また似たような奴が出たら呼べよ、とまで言ってのけた。
 戦い方を知っている人間からしたら雑魚だったのかもしれないが、それでもモンスターに素手で立ち向かうなど、普通の兵士に出来る芸当ではなかった。ルーファウスが聞いたら、喜んで雇用しそうな人材だ。
 もう一つの情報は、武器屋から得られた。
 見事に鍛え上げられた身体をした、黒髪を逆立てた長身の男が、店にある最も大きな剣を見せて欲しいと尋ねたてきたそうだ。店主は訝しがりながら、誰にも扱えず店の隅で飾り物と化していた鉄塊のような剣を男に指し示した。
 子供が木の棒を振るようにして一通り剣を見分した。だがその男は何か気に入らなかったらしく、礼を言って店を去っていった。
 その様子を見て、店主は思わず自分でも持ち上げられるか剣を掴んでみたそうだ。もちろん、剣は少しも持ち上がらなかった。
 刀身だけでクラウドの身長程ある巨大な剣だった。重さも、一人の大人くらいある。
 神羅がまだソルジャーを生み出していた頃なら、用立てる者もいたかもしれない。一般人なら、持ち上げることさえ出来ずに終わる。
 店主は剣の出所を詳しく話したがらなかったが、神羅軍の放出品か、もしくはミッドガル跡地から盗んできたものらしかった。クラウドも確かめたが、神羅のエンブレムがはめ込まれていた跡が柄に残っていた。
 これが、気に食わなかったのだろうか。彼があの日の続きを生きているのなら、その気持ちも分かる。憎しみが摩耗しつつあるクラウドでさえ、神羅のマークは目を背けたくなった。
 彼らの話を聞いている内に、クラウドは妙な感覚に襲われていた。
 ザックスが同じ街にいる気配を感じる。まだ、姿も見ていないのに。
 これは自分の生み出した幻想、幻覚なのではないか。あの日、丘で死んだはずの彼が、本当は生き延びてミッドガルに辿り着いたという都合の良い夢。
 人から伝え聞く彼の言動や行動が、余りにも自分の知るザックスと同じだった。ジェノバ細胞に操られている片鱗など、微塵も感じさせない。これで偽りだと言われたら、自分は本物のザックスが分からない、と思える程に。
 彼は本当に、自分の知るザックスなのかもしれない。何の根拠もないのに、期待ばかりが膨らむのを抑えられなかった。



 日が落ちてからも、クラウドは暫く聞き込みを続けていた。宅配の休業を伝えるついでに、エッジにいる顔見知りのところは殆ど尋ねてしまった。
 結局、昼間の聞き込み以上の成果は得られなかった。彼はどうやら毎日、活動場所を変えているらしい。どこに寝泊まりしているかどころか、どうやったら彼とコンタクトを取れるかもわからなかった。
 神羅の後ろ盾のあるタークスは、デリバリーサービスでしかない自分とは人脈の太さが違う。そんな彼らでさえ、尻尾を掴めず手を焼いている相手だ。顧客の聞き込みだけでなく、もう少し手を考えなくては、彼に辿り着けそうもない。
 エッジを走り回ったことよりも、彼の捜索の進展がなかったことでクラウドは憔悴しきっていた。休める場所、喉の渇きを癒せる場所を求め、無造作にフェンリルを大通りに停めて細い路地裏へと踏み込んでいく。
 治安が良い街ではないが、バイクを盗まれる心配などなかった。フェンリルは車体が重すぎて、クラウド以外には扱えないバイクだ。合体剣を仕込むうちに車両重量が膨れ上がり、これに乗るくらいならベヒーモスに手綱を付ける方が楽だと言われるくらいの代物になっている。
 エッジの中央から放射状に広がる大通り、そこから木の枝のように分岐した路地には、食事と酒を提供する店が立ち並んでいた。メテオの記念碑が建設中だった頃、この辺りに労働者向けのダイナーが溢れ返った。提供される食事の量も多く、日中の肉体労働で腹を空かせた男たちが仕事帰りに良くたむろしている。
 飲み屋街をあてどなく歩いて見つけた店の名物が、たまたまクラウドの好物だった。腹は減っていなかったのに、その店の立て看板にチョークで掛かれたシチューという文字に引き寄せられてしまう。
 クラウドはふらふらとスイングドアを通り抜けると、カウンターの隅にどさりと腰かけた。
 たっぷりと口髭を蓄えた店主が、クラウドに声をかけた。
「いらっしゃい。新顔だな、何にする?」
 まずは一杯飲ませて、その酒の種類で客の好みを把握しようとしている。店主の狙いは分かっていたが、クラウドはそれに合わせる気分になれなかった。
 疲れている。温かいものが食べたい。
……シチューとバゲットを」
 クラウドの口をついて出たのは、まるで子供がランチを食べに来たような注文だった。それを聞いた店主が怪訝そうに眉根を寄せる。
「あんた、下戸か?まさか、酒が飲めない年なんじゃ……
 やはり飲み屋で飲まない、というのは通じなかった。クラウドは諦めたように軽く首を振ると、カウンターの後ろに並んだ酒のボトルを眺めた。
 見覚えのあるラベルばかりだ。セブンスヘブンで買い出しを頼まれる内に、少しずつ覚えていった。ティファに作って貰った、カクテルの味と名前を思い出す。
「マティーニもくれ。オリーブ二つの」
 クラウドの注文に、店主がにやりと笑みを浮かべる。
 なんだ。女みたいな顔をして、強い酒を飲めるんじゃないか。
「まかせろ」
 バゲットを丸ごと窯に放り込んでから、男はシェーカーにジンを注いだ。オリーブの入っていた缶の汁を足して、小気味の良い音と共に掻き混ぜる。カクテルグラスにできあがったマティーニを注ぐと、クラウドの注文通りにオリーブを二つ沈めた。
「はいよ」
 クラウドはその透明なカクテルを暫く眺めていた。グラスの底に二つのグリーンオリーブ。ザックスの瞳は、どんな色だったか。空と同じだったとだけ記憶しているが、じっくり見つめる機会は訪れなかった。その代わりに、沢山見つめてもらったことは覚えている。
 カクテルを半分ほど飲んでしまった頃に、店主はクラウドの目の前にシチューとバゲットを差し出した。牛乳を煮詰めた湯気立つシチューには、大きな鶏肉がごろごろと入れられている。切らないまま差し出されたバゲットは、手でちぎると中がふわりと柔らかかった。
 パンをシチューに浸し、ふやかして、上に煮込まれた野菜を乗せて頬張る。胃に滲みるほどうまかった。考えてみれば、ヒーリンに向かった夜からまともな食事をしていない。クラウドは夢中になってスプーンを口に運んだ。
 シチューは、ニブルヘイムに住んでいた母親の得意料理だ。貧しい村で、家も貧しく、彼女が作った皿にはこんなに立派な鶏肉なんて入っていなかったが。寒い土地だったので、温かいというだけでご馳走だった。どんなに寒い夜でも、彼女のシチューを腹一杯に食べると気持ち良く眠ることができた。
 クラウドは懐かしい思い出に浸っていた。空になったカクテルグラスからオリーブの刺さった串を摘まむと、二杯目を店主に頼む。店主は上機嫌でシェーカーを振り始めた。
 ジンの沁み込んだオリーブを一口齧った。丁度いい塩気と油分が舌に拡がる。次の一杯を恋しくさせる味だった。
 ほんの少しと思ったのに、クラウドは酒を止める理由を見つけられなくなっていた。
 久しぶりの暖かい食事と酒に心地良くなってくる。クラウドはカウンターに肘をついて、くたりと自身の腕に凭れかかった。
 ザックスのことは意識して考えないようにしていた。なのに今日は懐かしい思い出が溢れて止まらない。ずっと彼の残像を追って、気配を感じていたからだろうか。



 ニブルヘイムの魔晄炉の調査任務で、久しぶりにミッドガルから故郷へと帰った。村出身というだけでこの任務に抜擢されたが、憂鬱な気持ちは晴れなかった。
 ミッドガルへ向かう時、夢を見ていたような英雄にはなれなかったから。ティファに見栄を切って村を飛び出したのに、ソルジャーの適正がなく、ただの一般兵として帰ってきたのだ。彼女が神羅兵の中から『ソルジャーのクラウド』を探す姿を見かけて、ますます居場所がなくなったように感じた。
 それでも、故郷は懐かしかった。
 母さんは自分がニブルに帰ってきたことを喜んで、好物を作って待ってくれていた。折角のご馳走だから、ザックスにも食べて欲しいと思ってメールをした。
 この頃のザックスは、クラウドにとって神羅軍の中でもよく話す、という程度の人でしかなかった。村にいた頃よりはクラウドも社交性が身についていたが、それでもまだ人と距離を作る癖があった。その性格が災いして、まともに話す人は数えるくらいしかいなかった。
 対してザックスは、神羅カンパニーのどの階級、職種の人間でも友達になれるような男だった。誰に対しても人懐こくて、子犬、と形容されていた。好奇心一杯で、誰とでも仲良くなろうとする子犬のザックス。彼の鍛え上げられた身体や戦士としての強さにそぐわないようでありながら、この上なくぴったりの呼び名だ。
 だから彼が仲良くしてくれるのは、同僚に挨拶するくらい気軽なものなのだろうとクラウドも思っていた。自分が彼にとって特別に親しい人だと考えるなんて、大変な自惚れだと自制していた。他ならぬザックスが、その卑屈な考えを拭い去ってくれるまでは。
 上官であるソルジャーの彼に、私用のメールを送るのは緊張した。そこまでお前に興味はない、暇じゃない、と断られることさえ想像していた。臆病だったのだ。憧れている人に嫌われるのが怖かった。
 だが、ザックスは本当に家に来てくれた。彼を出迎えた時、自分たちはザックスの言う通りちゃんと友達なんだと嬉しくなった。むしろ疑っていたのを知られていたら、ザックスは怒っていたかもしれない。それくらい、屈託のない様子で遊びに来てくれた。
 その時のことを思い出して、クラウドは小さく笑いを漏らした。
 ザックスはうまいうまいと言って、遠慮なくシチューの大鍋を空にしてしまったっけ。ソルジャーってのはよく食べるんだねえと、母さんが笑いながらバゲットを切っていたのを思い出す。俺は得意になって、ミッドガルの店よりうまいだろ、と言った。ザックスはうんうんと頷きながら、バゲットでシチューの皿を拭い、残さず全部食べ尽していた。
 母さんの自慢の手料理を、ソルジャーである彼に褒められて、俺は堪らなく誇らしい気持ちになった。自分も彼も、中身は同じ人間なのだと実感した。
 久しぶりに故郷に帰り母さんと話したのは、自分を見つめ直す良い機会だった。何が大切なのかを、ちゃんと思い出すことができた。
 あの時になって初めて、ザックスが送ってくれた言葉の意味を理解した気がする。
『ソルジャーになりたいって?がんばれよ』
 今でも耳元で囁かれたように思い出す。ソルジャー試験に落ちて、もう望みは絶たれたと思った頃に、彼がかけてくれた言葉。
 ザックスになら感謝の言葉を伝えられると思えた。情けないことに、直接言えずにメールしてしまったが。それでも送信ボタンを押す時は、心臓が潰れそうなくらい緊張していた。その頃の俺は馬鹿みたいに内気で、人に自分の気持ちを打ち明けるなんてやったことなかったから。
 彼が言ってくれた『がんばれよ』の一言。それだけを支えに夢を捨てないで生きていた。自分は大切な人を守るために、英雄になりたかったのだ。彼のようなソルジャーにはなれなかったが、まだやるべきことがあると思った。
 
 クラウドが淡緑色の瞳を細め、愁いを帯びた表情になった。二杯目のマティーニに口を付ける。一杯目よりも速いペースで喉の奥へと流し込まれていった。
 馬鹿みたいに浮かれている。彼が、彼の肉体が生きているとタークスに教えられたのが、そんなに嬉しかったのか。目覚めて直ぐに、自分の名前を呼んでくれたことが。
 どんなにあがいても、失ったものは取り返せない。いくら懐かしんだところで、全てはただの思い出だ。楽しかった頃の記憶に浸るなど、目が覚めたときに猶更虚しくなる。その後に何があったか、良く分かっているからだ。
 塩の効いたオリーブを二つまとめて口に入れる。酒の滲み込んだ実はクラウドの眺めていた幻を綺麗にかき消していった。
 彼を早く見つけて、過去に決着をつけなくては。追憶の中で微睡んでいたクラウドが、意識を現実に引き戻し始めた時だった。
 彼の座るカウンターから二つ椅子を空けて、二人組の男が座っていた。
 音の溢れる酒場でも、彼らの話す声は頭一つ大きかった。今までそれにも気付かないほど、クラウドは記憶に引き摺られていた。
 こちらに背を向けている坊主の男が、エールのジョッキをテーブルに叩きつけて言った。
「神羅カンパニーめ、足元見やがって。モンスター退治ごときに一万ギルだと?あいつら、メテオが降ってくる前と勘違いしてんじゃねえか。そんな金持ってる奴がわざわざ危険な場所に出向くかよ」
 対面に座る男が、クク、と耳触りな笑い声を漏らした。頬のこけた、茶色く日焼けした短髪の男だった。
「バカ社長だからなあ。今でも取り巻きに囲まれて贅沢してんだろうよ。世界が変わっても庶民の暮らしなんざ知ったこっちゃねえんだろ」
 男が話しているバカ社長というのはルーファウスだろう。彼と面識がないはずの男まで彼をバカと呼んでいるのが笑えてしまった。確かに彼は、偽悪的なまでに支配者であろうとしている。
 つまみのナッツの皿に指を突っ込みながら男が諭すように言った。
「なんでも屋でも雇えよ。腕が立つ奴もいるだろ。神羅兵くずれならよく見かけるぞ?」
 もう一人の男が重苦しく口を開いた。
……いや、ちょっと一筋縄じゃいかないやつなんだ。やたらと狂暴で、しかも頭がいい。鎮静剤入りの餌を仕掛けてみたんだが、見向きもしやがらなかった。罠の近くで待ち伏せてた奴が酷い怪我して、今でも寝込んでるよ」
「そんなのがいるのかよ。メテオの影響かね……
 男は一口酒を啜ってから、思いついたように眉を上げた。
「あいつに頼めよ。あの新入り。たしかなんでも屋だったろ?」
「ああ、あの兄ちゃんか。たしかにガタイは良いが……
「お前、気付かなったのか?目だよ、目。真っ青で、ちょっと変わった色してたろ。あいつは多分、元ソルジャーだ」
 クラウドがそれを聞いて目を見張った。
「嘘だろ、生き残りがいるのかよ。あのウェポンとかいう化け物が出た時に、全員死んだんじゃ……
「なあ、その話、俺にも聞かせてくれないか」
考えるよりも先に、クラウドは二人へ声をかけていた。
 面食らった様子の彼らだが、振り向いてクラウドを見た途端、何やら納得して薄ら笑いのようなものを浮かべた。哀れんでいるような、侮っているような視線だった。クラウドは男たちの態度を何も気に掛けず、彼らの隣のカウンター席へ移動した。
 クラウドが勢い込んで問いかける。
「元ソルジャーの、なんでも屋の男。どんな奴か詳しく聞きたい。新入りって、あんたたちと同じところで働いてるのか」
 坊主の男はにやにやと笑いながら、クラウドの白い手に自身の手を重ねた。反射的に血の気が下がった。爪を親指で撫でる指付きの気色悪さに鳥肌が立つ。男は何か勘違いしているようだった。
「なんだ兄ちゃん。男を探してるのか?」
 突き飛ばしてやりたいが、ようやく掴んだ手がかりを失いたくなかった。クラウドは努めて落ち着いた態度で応じた。
「俺は、元ソルジャーの男を探している。青い目をしていると言ったな。黒髪か?年齢は?名前は何と言っていた?」
 クラウドの必死な様子は、誤解を生むばかりだった。男たちは、彼が元ソルジャーのなんでも屋を探す理由に対し、勝手に下衆な推論を働かせ始めた。
 そもそもクラウドは、この店で場違いな存在だった。未成年のように中性的な顔立ち、日焼けしづらい白い肌に、くびれすらある細くて薄い身体。男であることは分かるが、この店では男扱いされそうにない容姿をしている。
 クラウドが話しかけた二人だけでなく、ダイナーにいるのは肉体労働で金を稼いでいる屈強な男たちばかりだ。腕に覚えがある彼は、店の客層を確かめることが殆どなかった。露骨な視線も向けられていたが、彼は気付いていなかった。
 短髪の男がもう一人の男とクラウドを挟むように席を移動した。厳つい男ばかりが集まっているこの店では、彼の細い腰がやたらと煽情的に見えた。手を伸ばそうとしたが、鋭い目をしたクラウドに叩き落とされる。怖い怖い、と揶揄うように男が漏らした。
「へっ、青目の黒髪が好みか。確かに珍しい組み合わせだけどな」
「あんた、元ソルジャーの恋人でもいたのか?あいつを紹介して欲しいってんなら、考えてやらなくもないけど」
 クラウドはようやく、彼らの下衆な態度の意味を理解した。
 頭に血が上る。我慢しているのが、馬鹿らしくなってきた。情報など、殴って吐かせればいい。
 そう思いかけたが、クラウドは寸での処で留まっていた。彼らは神羅兵ですらない一般人だ。今の激高した自分では、手加減を誤って殺してしまうかもしれない。
 ゆっくりと息を吸って感情を抑え込んだ。
 今更だ。こんなの、嫌がる必要すらない。これから先のことは何度も経験したことじゃないか。
 クラウドは隣に座った男の手を掴んだ。それを自分の腰に回し、指を絡めながら手のひらを重ねる。それからクラウドは本来の彼とはかけ離れた、媚びた視線を男へ向けた。
「俺は安くないぞ」
「いくらだ」
「二人で四万ギル」
 クラウドの言葉にもう一人の男が苦笑を零す。
「いくらなんでも高すぎだろ。六番街の高級娼婦だってもう少しまともな値段だぞ。男娼だったら精々……
「コルネオ、って言ったら分かるか?あいつに仕込まれた」
 男がそれを聞いた途端目の色を変える。あっさりと嘘を信じた男を見て、クラウドは笑いを噛み殺さなければならなかった。まるで隠し財宝の在り処でも教えられたような顔だ。
 タークスと同様、腐れ縁で何年も繋がっている人間の一人。コルネオの名前は、時に剣やマテリアよりもクラウドの役に立った。館を燃やされて財産の大半を失った今でも、彼の悪名は広く知れ渡っている。
「コルネオが男も食うなんて初めて聞いたぞ。いや、でも確かにこいつなら……
 品定めをするような視線を男はクラウドへと向けた。
 髪も肌も色素が薄く、唇はまるで若い娘のように桃色をしていた。切れ長の目は長い睫毛に縁取られ、じっと見つめられるとその美貌に声が出なくなる。筋肉質で引き締まった戦士のような体は、コルネオの趣味だろうか。コルネオ自身は太った小男だと噂に聞いたことがある。彼のように綺麗な男を組み伏して喘がせるのは、堪らない優越感を得られるのだろう。
 クラウドは目つきを険しくして念押しするように言った。
「元ソルジャーの男の情報と引き換えだからな。俺は普段、普通の客は取らない。でも今回は、常連の神羅のお偉いさんがその男を探しているから特別だ」
 ほんの僅かに事実を織り交ぜながら嘘を吐くと、男はすっかり信じきってしまった。
「はっ、分かったよ。あのツンツン頭の若造の情報だな。俺らを満足させたらちゃんと紹介してやるよ」
 男がクラウドの細い顎を掴み、その手で彼の口に親指を突っ込んだ。自分の言い成りになることを確認するような仕草だった。クラウドは無言、無表情でそれを受け入れた。
 ザックスに関する情報が見つかるのなら、なんでもいい。そもそもこの身体は自分には過ぎたるものだ。彼の為に使ってやっと、役に立っているように感じる。
「おい、そういうのは外でやってくれ。ここは普通のバーなんでな」
 グラスを磨いていたマスターが、その一言で三人を店から追い出した。
 上品そうな顔をしてとんでもない奴だ。クラウドの食べたシチューの皿を片づけながら、店長はぶつぶつと文句を言った。