kokokisu
2020-07-22 02:17:37
4861文字
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【モブクラ】0721


 エアリスの身支度がなかなか終わらない。マダム・マムは一体何をしているのだろう。

 六番街で一通りの依頼を終わらせて、クラウドは時間を持て余し始めていた。エアリスを呼びに行こうとすると部屋を覗くなとマムに怒られるし、女の仕度は時間がかかるのだと諭される。男の自分には分からない世界なので、下手に口出しも出来なかった。

 クラウドは仕方なしに、ウォールマーケットを再び探索することにした。
 ティファの様子が分からない状況で、夜の街で遊ぼうという気持ちにはなれない。だが、仕事はやりつくした。雑多なものに溢れた街を見て回るのは、時間潰しにはなるだろう。
 店の前でただ待つよりは良い。手揉み屋の看板をただただ眺めていたクラウドは、踵を返して街の中心部へと向かっていった。賑やかな中心部を抜け、飲み屋の立ち並ぶ通りを歩き、更に奥へと向かっていく。クラウドの足は惹きつけられるようにして蜜蜂の館へと向かっていった。

 館の入り口前で、クラウドは行き交う人達をぼんやりと眺めていた。
 この館の支配人であり、コルネオの代理人でもあるアニヤン・クーニャンから話を聞こうとして、クラウドとエアリスは門前払いを食らった。彼は大変な人気で、三年待たなくては会えないらしい。
 街を一通り見て回った彼だったが、ここにだけは立ち入れてない。中でどんなショーが行われているのかも、出てくる客の満ち足りた表情の意味も分からないままだ。
 彼らはどうしてあんなに楽しそうなのか。三年待つ価値のある娯楽とは、一体何なのだろう。きっと、自分とは一生交わることのない世界が広がっているに違いない。
 クラウドは夜の娯楽に詳しくなかった。自然の中で遊ぶしかない田舎の村で育ち、物心がついて直ぐに神羅軍に入った。任務の現場と宿舎を往復するばかりの日々を過ごし、たまにあった休みは身体を休める為に寝ていた記憶しかない。都会に出てきたばかりで、街での遊び方も良く分かっていなかったのだ。それは今も、大して変わらないのかもしれない。
 少し前、エアリスから世間知らずのように揶揄われたが、確かに反論出来るほど外の世界を知らなかった。ましてやウォールマーケットなど。扉を一つ開けば見たこともないものだらけで、クラウドにとっては何もかもが新鮮だった。
 クラウドが蜜蜂の館に引き寄せられてしまったのは、ここで遊びたい、という欲求からではなかった。純粋に、興味があった。中に何が入っているか分からないびっくり箱が沢山置いてあり、殆ど開けてしまったが、一つだけまだ封を開けていないものがある。蜜蜂の館はそれに近かった。
 楽しかった、来てよかったと口々に言う客は、一体何を見てきたのか。煌びやかで洗練された施設の中で、何が行われているのか。これほど多くの人を魅了するアニヤンとは、どんな男なのか。

 男はステージが始まる前に、ジムで軽く汗を流してきたところだった。
 館の入り口をぼんやりと見つめる彼が闘技場で見た男と同一人物なのだと、直ぐには分からなかった。どんな強敵相手でも澄ましていた顔が、ディスプレイ越しに手の届かないおもちゃを眺める少年のような表情になっている。だがその特徴的な髪型と瞳の色で、彼が噂のなんでも屋なのだとアニヤンは理解した。
「入らないのか?」
 そう声を掛けられて、クラウドは狼狽しながらそちらを振り向いた。知らぬ間に物思いに耽っていたらしく、男が近付いてきていたことにすら気づかなかった。
 ストイックに引き絞った体をした、華のある男が立っていた。身体の鍛え方がソルジャーや兵士とは違う。ステージで見せる為のものなのだろう。必要以上の肉はないが貧弱には見えない、均整の取れた体をしている。
 クラウドは男が誰なのか、見た瞬間に分かった。蜜蜂の館には大勢の見目の良い男女がいたが、彼は雰囲気からして違う。彼がアニヤン・クーニャンだ。
「俺は客じゃない」
 クラウドが突っぱねるように言うと、アニヤンはふっと笑って館の扉を開いた。
「知っている。お前のことは闘技場で見ていた。会いたかったぞ、クラウド」
 
 拒絶する理由を見つけられなかった。コルネオの代理人に近づく、千載一遇のチャンスだったのだ。
 誰に弁明をする必要もないのに、クラウドは頭の中で言い訳を繰り返していた。エアリスに見つかったら、何を言われるか。ティファに知られたら、どんな顔を向けられるか。クラウドにとって蜜蜂の館という施設は、戦いしか知らない男が訪れていい場所ではなかった。
 アニヤンと話す機会を与えられた。どんな気まぐれだったのかは分からない。蜜蜂の館の入り口で出会った彼は、クラウドを彼の巣へと迎え入れた。
 店のエントランスから奥に入り、最初にクラウドが見かけたのは、熟年の男性に身体を密着させながら歩くハニーガールだった。親子ほども年の離れた二人は異様に打ち解けあっていて、男は女性の胸元にチップを差し込もうとしている所だった。
 次に見かけたのは、恐ろしく顔立ちの整ったハニーボーイと煌びやかなドレスを着た若い女性だ。甘い言葉を交わしていた彼らは、今まさに部屋へ入ろうとしていた。ドアを開けた男が、胸元の黒いタイを外す姿までは、クラウドの視界にも入った。
 そして、一目で兵士と分かる恰好をしたクラウドは、館の支配人であるアニヤンに連れられ、館でも最も奥まった場所にある部屋へと向かっていた。
 彼らを見かけた誰もが小さな歓声を上げていた。今夜のアニヤンのお相手は、噂のなんでも屋か、と。
 中性的な顔立ちのハニーボーイを連れた熟女が、品を作りながらアニヤンに声をかけた。可愛いじゃない、あんまりいじめちゃだめよ、と。
 クラウドは自分が酷く場違いな空間に迷い込んだような気がしていた。ここにいる人間の全てが、一つのことを目的にしている。欲を満たすことに誰も躊躇いがない。艶めかしさを演出するライトに照らされた内装も、中にいる発情した人間たちも、どこからともなく漂う甘い香りも、全てがクラウドを酔わせていた。
 ここは確かに、蜜蜂の館、という名前が相応しい。クラウドは求めていないのに大量の甘い蜜を飲まされて、既に溺れそうになっていた。
 
 アニヤンはソファに腰かけたクラウドを、頭から爪先まで品定めするように眺めた。
 金糸のようなブロンドに、淡い緑の瞳、新雪を思わせる白い肌。少し小柄だが実戦で鍛えられた身体は逞しく、だが少年のようなしなやかさも感じさせる。
 平たく言えば、滅多にお目に掛かれない上物だった。少し仕込んでやればすぐ店でも人気のハニーボーイになるだろう。独特の初心な雰囲気は、女だけでなく男にも好まれそうだ。
 だが、彼はステージに収まるような男ではない。その一端は闘技場でも見せ付けられている。マダム・マムでさえ持て余している様子だった。店で飼い慣らすには、アニヤンの持つ鎖では少々心許なかった。
 人の目利きをしてしまうのはアニヤンの癖だ。その人間が店で働くことを望んでいるかどうかは関係ない。彼は長年、ウォールマーケットで一番のショーステージを運営している。見た瞬間に、彼はその人間の本質や資質を見抜くことができた。
 店の雰囲気に馴染めず居心地悪そうにしているクラウドを見て、アニヤンは含みのある笑いを零した。
 彼が誰かの飼い犬になれないことは一目瞭然だった。その天に与えられた美しい容姿を泥に汚し、外を駆けまわるのが彼の生き様なのだろう。だが、その毛並みを撫でてみたくて仕方がない。隠された牙が鋭いことはわかっているが、思わず手を伸ばしてしまうほどに色艶が良かった。
 アニヤンはクラウドへと穏やかな口調で語りかけた。
「クラウド、私の依頼を聞いてくれるか?」
 それを聞いた途端、クラウドは目に見えて身体の緊張を解いた。遊びを教えようとすると怯えるのに、仕事を頼むと居場所を取り戻す。アニヤンはやはり彼に首輪は似合わないと感じた。

 アニヤンから命じられた仕事は、いくら『なんでも屋』を名乗っていても引き受け辛いものだった。
 ハニーボーイの一人が体調を崩して欠員を出している。だから、彼の代わりに客の相手をして欲しい。相手をすると言っても、何も身構えなくていい。お互いに触れるようなことはないし、身体を傷つけることもさせない。会員制にしているのはそのためだ。店は絶対に、蜜蜂たちを守る。
 アニヤンからその説明を受けたが、それでもクラウドは抵抗があった。自分はこの店で、とんでもなく場違いだ。
 部屋に辿り着くまでに見てきた煌びやかな人間たち。ソルジャーとしての身の振る舞い方しか知らない自分。
 ハニーボーイやハニーガールがコロシアムに出場しないように、自分が彼らの仕事の肩代わりをするなど、不可能だ。あり得ない。店の用心棒をしろ、という依頼ならまだ理解できるが。
 難色を示すクラウドに、アニヤンは切り札を切って見せた。
「コルネオの屋敷に連れていかれた女性が目的なんだろう。サムから話は聞いている。私が代理人と知っているから、君もここまで来たのだと思っていたが」
 クラウドは何も言えなくなった。コルネオの屋敷に一人で潜入してしまった、幼馴染のティファ。知り合ったばかりのエアリスでさえ、彼女を助ける為に身体を張ろうとしている。自分だけ逃げるのかと、退路を断たれた気分だった。

 個室にやってきた二人のハニーボーイが、花の蜜を集める蜜蜂のようにクラウドの周囲を取り囲んだ。手には、彼らの着ている物と同じ衣装が。クラウドは背筋がひやりとするのを感じた。
 アニヤンが見守る中、ボーイたちはクラウドが身にまとっていた厳めしい装備品を外していった。自分で脱ぐ、と騒ぐ彼をなだめすかし、あしらいながら。
 タートルニットを脱がされて、腰のベルトも外された。ズボンだけでなく下着にまで手を掛けられて、ここまではどうにか受け入れようとしていたクラウドも堪らずアニヤンに助けを求めた。
「おい、そこまで替える必要ないだろう!」
 しかしアニヤンはどこ吹く風だ。最高のオートクチュールでも見るような目でクラウドの裸体を眺めている。
「下着も衣装の一部だ、クラウド」
 クラウドの訴えは一切無視され、ハニーボーイたちは彼を一糸まとわぬ姿へと変えてしまった。居た堪れなさを覚えるよりも早く、やたらと布面積の少ない下着を宛がわれる。腰の横で紐を結ばれる間、クラウドは自分の尊厳が傷つけられているように感じた。
 黒い細身のスラックスに、真っ白なシャツを着る。裾だけ長い燕尾型のベストは、腰の細さを強調するようにウエストが締まっていた。首元を短い黒のタイで留めて着替えを終えると、アニヤンがクラウドの元へやってきて彼の透き通る金色の髪を撫でつけた。
 蜜蜂をイメージしたジャケットが、彼の金髪と白い肌に良く映える。やはり自分の見立ては正しかった。アニヤンは彼の仕上がりに満足気な笑みを浮かべた。
「いいね」
 アニヤンの端的な感想に、クラウドは軽く頭を抱えた。
 まさか、自分がこの衣装を着ることになるとは。
 クラウドはハニーボーイの恰好をさせられていた。ソルジャーの衣装は取り上げられて、隠されている。アニヤンは本気でクラウドに客の相手をさせようとしていた。
 ハニーボーイたちは仕事を終えるとそそくさと去って行き、部屋に残されたのは二人になった。
……俺は何をしたらいいんだ」
 クラウドは諦めて、アニヤンに従うことにした。もし彼の依頼を引き受けて危険が迫ったとして、武器がなくとも身を守る術くらい心得ている。
「簡単なことだ、クラウド。客の望みを叶えればいい。ここは皆に夢を見せる館なのだから」
 アニヤンは強い確信を持って笑っている。彼の抽象的で不穏な言葉に、クラウドはただただ溜息を漏らすしか出来なかった。