kokokisu
2020-07-15 00:40:55
2714文字
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【ザックラ】The color of the sky 9


 ガタガタと、規則的な振動が身体を揺らしていた。
 雲の多い空。日差しは弱いが明るかった。赤茶けた岩ばかりが広がる乾燥した土地が、徒歩よりも速い速度で流れていく。
 車。思い当たって単語が頭を過ぎった。苦手なものだ。自分たちを運んでいるのは、車だ。
 大きな石を乗り上げ、揺れが大きくなる度、吐き気が込み上げる。だが、それに対処する方法が分からない。酷く気分が悪いが、手も足も、表情筋すら動かなかった。
 視界の端に、小さな青空が見えた。黒髪の青年の、特徴的な瞳。ソルジャーの目。あの光に、自分は恥ずかしいくらい憧れていた。
「おい、俺はなんでも屋になるぜ」
 聞き慣れた声だった。こちらに向かって話しかけるとき、彼の声はいつでも優しい。
 ザックス。クラスファーストのソルジャー。俺の先輩。俺の親友。俺の大切な人。
「危険なこと、面倒なこと、報酬しだいでなんでもやるんだ。こりゃ、もうかるぞ~」
 屈託のない笑顔で彼が言った。その言葉に何のいやらしさも感じないのは、彼の天性の明るさがそうさせるのだ。
 ザックス・フェア。晴れを意味する名前は彼に相応しかった。クラウドという名前が、自分に相応しいように。こちらが泣きたくなるほど辛い時も、彼はずっと笑っていた。
 ザックスは楽しそうだった。こちらも何か反応をしたいが、意識をうまく保てない。まず、言葉が生まれない。さっき彼が話したことすら、頭の表層に留まってくれなかった。頭の中がずっと空っぽで、心が底なし沼のようで、自我を保つことができなかった。
「な、クラウド。お前はどうする?」
 まるで意識のある人間にするように、ザックスはクラウドに問いかけた。
 少し離れたところから別の声が聞えた。
「だからそうじゃなくて」
 車を運転している男が嘆息する。若い内はなんでも経験しろといって、まさかなんでも屋になると返されるとは。その端直さが、若い証かもしれないが。
 ザックスはクラウドへじっと視線を向けていた。彼は何かしらの反応を待っていた。
 振動に合わせて頭を揺らしていたクラウドが、口を薄く開いた。
「うぁぁあ
 喘ぎが漏れる。何の意味もない音。聞く価値のない呻き声。
 まただ。これではザックスに伝わらない。
 俺はどうする?分からない。何も頭に浮かばなかった。
 ただ、ザックスに問われたことを、悲しく感じた。彼の隣に並び立つ選択を、自分の力では掴めない。一人では彼に追いつけず、取り残される。彼にすがり、連れて行ってもらうしかできない。
 そんな自分が哀れで、惨めで。自分は彼に相応しくないと、自覚させられているようで。
 クラウドの心にザックスの心が共鳴した。太陽のように笑っていたザックスが、その眉根に寂しさを滲ませた。
……冗談だよ。おまえを放り出したりはしないよ」
 荷台に立っていたザックスは、クラウドと同じように彼の隣に腰かけた。
……トモダチ、だろ?」
 ザックスは敢えてその言葉を選んだ。
 クラウドとはとっくに一線を越えている。だが、彼を『コイビト』と言うのは違う気がする。ザックスにとってそれは、自分一人で決めることではなかった。
 そうだ、自分たちは『トモダチ』だ。少なくとも、彼から答えを貰うまでは。
 ザックスは俯いているクラウドの肩を掴んだ。その大きな手のひらに、ぐ、と力をこめて、彼の胸に顔を埋める。まるで誓いを立てるような仕草だった。
「なんでも屋だ、クラウド。俺たちは、なんでも屋をやるんだ」
 小さい子供に教えて言い聞かせる口調。ザックスは満足そうに笑うと、クラウドの頭をガシガシと撫でた。全部俺に任せろ、とでも言わんばかりに。
 クラウドは胸の中でザックスの言葉を繰り返した。
 なんでも屋。俺たちは、なんでも屋をやる。
 反復した傍からまた彼の言葉が零れ落ちそうになる。意識が保てないのだ。身体に巣食ったどす黒いものが心を奪おうとしている。全てを捨てて星の一部になればいいと、何度も囁いてくる。
 忘れたくない。ザックスの言葉の意味を考えたい。きっと彼にとって重要なことだ。こんなに切実な表情をしているのだから。
 その想いとは裏腹に、目の前の出来事が次第に霧散していった。心がぶつ切りにされて、繋がり方を忘れてしまっている。砂浜に刻んだ文字が波に消されるようにして、クラウドの記憶は感情ごと流されていった。
 嫌だ、と強く思った。それでも落ちるのを止められなかった。
 思考が再び深淵に呑まれる直前、クラウドは鮮明な光景を瞼の下に見た。
 神羅屋敷の黴臭いベッドの上。悲痛な声音でごめん、と呟いた彼の顔。
 晴れ渡った平原の岩陰。汗の味がした彼との口づけ。
 鬱蒼と茂る森の中。熱く濡れた身体に抱き締められた。
 忘れてはいけないことを、既に沢山取り零していた。ザックスが与えてくれた全てを。自分に絶望する。こうして失っていく焦燥さえ忘れてしまう自らに対して。
 散らばりそうだった心が彼に何度も強く揺り動かされて、だから今でも自分は生きていた。ライフストリームの一部になりかけている精神が、彼に何度も呼び戻されたのだ。
 彼との記憶をどれ一つとして失いたくない。覚えていたい。ずっと寂しそうだった彼に、自分の想いを伝えなくてはならない。クラウドはその強い意志を拠り所にして、自我を完全には無くさずに踏み止まっていた。
 彼に迷惑ばかりかけている。謝りたい。弱くて、力になれなくてごめん。でも、こんな自分を生かしてくれて感謝している。心の底から尊敬している。ずっと傍にいてくれて嬉しかった。足手まといでも離れたくない。愛している。愛している。愛している。
 それでも闇は彼の心を攪拌して、彼を消し去ろうとしていた。
 クラウドはずっと抗っていた。得体のしれないものに巣食われた身体を、決して奪われまいと。だが、肉体に心を繋ぎ止めるのがやっとだった。彼への想いまで消されてしまわないよう、抱き締めているしかできない。ましてやそれを口にするなど。
 身体に埋め込まれた別の存在が支配を強めていく。クラウドは自身を守るため、殻に閉じ籠った。そこに残ったのは、生かされているだけの人形だった。
 ザックスがクラウドに青い眼差しを向けた。
「わかるか、クラウド?」
 星の光を閉じ込めたような瞳で、クラウドはザックスを見つめ返した。空っぽの表情からは、問いかけに対する返答を窺うことすらできない。彼の精神は再びライフストリームを漂い始めていた。
 寂しげな笑みを浮かべる彼が、クラウドの虚ろな目に刻み付けられた。