kokokisu
2020-07-08 01:21:10
6998文字
Public
 

【ザックラ】The color of the sky 7


 ニブルヘイムの魔晄炉調査に記載されていた日付の年数に4を足してみる。[u]-εγλ0006の、今は何月なのか。北から南へと大陸を横断するうちに、ザックスは季節感も失ってしまった。
 手紙を読み終えたザックスは、その文面に記載されていた4年という文字がぐるぐると頭の中を回っていた。手紙の送り主は、ミッドガルのスラムに住む、ザックスと恋仲に近しい間柄だった少女だ。彼女、エアリスは、ザックスが任務でニブルヘイムに向かった後も、ずっと彼の無事を案じていた。4年もの間、届くあてのない彼への手紙を書き続けて。
 ミッドガルに早く戻らなくてはならない。そしてエアリスに、自分はまだ生きていると伝えなければ。彼女に自分が死んだままだと思われるのは耐え難かった。前のような関係に戻れなくても、彼女には笑っていて欲しい。

 クラウドの身体を肩に抱えて、ザックスはミディールエリアを徒歩で移動していた。タークスのシスネに貰ったバイクはバノーラ村に押し寄せた神羅兵に回収されてしまっている。ラザードは、ソルジャーの元統括だった彼は、クラウドを守るので手一杯で、そこまで手が回らなかったらしい。彼を守ってくれたことは感謝し足りないくらいなのだが、やはり脚が奪われてしまったのは痛手だった。
 ジェネシスとの決着も付いて、後はミッドガルへ向かうだけだというのに。島から大陸へ移動する以前の問題で、大陸へ向かう船のある港まで向かう手段が徒歩しかない。エアリスからの手紙を読んで気の急いているザックスにとっては、足枷を嵌められたようなものだった。
 細長いミディールの島を、海沿いに東へ向かいつつ北上する。ミッドガルのある大陸の南には三層に細長い島があり、南西から北東へ大陸の形に沿って伸びていた。ザックス達のいる島は最も南に位置しているが、今いる場所は他の島の南端が届かずに大陸との間の海峡は開けている。陸地は見えないが、水平線の向こうにはザックス達の目的地があった。
 ニブル平原に比べて、この辺りは湿潤な気候をしていた。森も鬱蒼と木が茂っていて、一歩踏み出す毎に虫や小動物が逃げ惑う気配を感じる。草が生い茂り、土は湿って重たく、歩くだけで体力が奪われた。広大な岩石砂漠だったニブルエリアとは大違いだ。あそこは日中の日差しは厳しかったが、日陰に入れば涼しかった。大して暑くもないのに汗が絶えず、ザックスはクラウドを滑り落してしまわないように何度も彼を担ぎ直した。
 雑木林の中にある獣が踏み分けたような道を歩いていると、正しい道を示すように立ててある木製の看板が目に留まった。苔生して腐食しかけた看板に書かれていたのはミディール村の名前と、その下には療養所という文字が見える。人里離れた閑静な土地と温泉の効能を利用して、村にはサナトリウムが設けられていた。
 ミディールの辺りはライフストリームが地表近くまで噴き出している為、地下水が押し上げられてそこかしこに温泉が湧いている。同時に地震や地滑りなどの災害が頻発し、だから土地開発が進まない。土地柄、魔晄炉があってもおかしくないのに神羅が手を出さないのもそれが理由らしい。ミディールエリアにあるバノーラ村出身だった元ソルジャーのアンジールから聞いた話だった。
 ザックスは暫くその看板の指し示す先を見つめていた。ミッドガルへ進む最短の道から大きく外れた位置に、ミディールの村はある。立ち寄ったら目的地への到着が遅れるだけでは済まない。時間を無駄にした分、神羅兵に追跡の時間を与えることになる。
 村に向かいたい気持ちはあった。ニブルヘイムからの長旅と、それに追い打ちをかけるようなジェネシスとの激戦を経て、疲労は限界に達している。これからミッドガルに近づくにつれて更に神羅の警戒態勢が厳しくなるのなら、身体を休めた方がいいのは明白だ。
 だが、ミッドガルにいる彼女のことを思うと、ミディールに立ち寄るのは時間の浪費のように感じる。どんなに穏やかな村だったとしても、きっと休息を取るような気分になれない。神羅の追撃が厳しくなっているのも影響して、ザックスには心の余裕が無くなっていた。
 看板を無視して大陸へと船を出す船場へ向かおうとしたが、ザックスは踏み出そうとしていた脚を止めた。ここを通り過ぎたら、暫くまともな町はない。焦燥と疲労から、判断力が鈍っていないか。自分が本当に正しいのか、ザックスは疑わしく思った。
 不意に肩に乗せた彼の身体を重く感じた。その瞬間、目が覚めた気分だった。療養所という文字に惹き付けられたのは何故か。ニブルヘイムからこの土地まで共に旅をして、未だに意識を取り戻さない彼のことがあったからだ。
 これは一人の旅ではない。自分の背負っている存在の重さを思い出して、ザックスは自責の念から渋い表情になった。エアリスに早く会いたいからと言って、彼のことを蔑ろにするなんて。
 そもそもクラウドはこの厳しい旅に連れ回して良いような状態ではない。神羅屋敷を出てから彼は一度もまともな寝床で眠っていないし、気休めのような補助食品しか口にしていなかった。これでは治る病も治らない。
 ザックスは真っ直ぐミッドガルへ向けていた進路を変えて、ミディールへと足を向けた。ミッドガルへは二人で辿り着かないと意味がないのだ。エアリスに会うのはもちろん大事だが、それで終わりではない。その後も自分は生きていく。当然、クラウドも一緒だ。
 
 ミディールに入ったザックスは、その光景に懐かしさを覚えた。村はまるで戦地に建てられた簡易のプレハブのような建物だらけだ。この辺りではライフストリームが地表近くに噴き出しているので、災害が多く、大きな建造物を造れないのだろう。造ったとしても数年で倒壊するのでは、建てる甲斐がない。ザックスは年嵩の両親から話で聞いた、魔晄炉が出来る前のゴンガガ村を思い出していた。
 神羅の手が入っていないこの町には電力がないのか、木製の風車を動力として利用していた。これほど豊富に魔晄が噴出する土地なのに、その恩恵を受けられないのは皮肉だ。とはいっても、神羅がもたらす災厄と紙一重の恩恵など、この土地の住民は求めていないかもしれないが。魔晄炉が溶解してすっかり寂れた故郷の光景がザックスの脳裏に蘇る。自分が神羅屋敷で眠っていた四年の間に事故が起きたのだ。両親は無事だとシスネが教えてくれたが、村が失ったものは決して少なくはなかっただろう。
 神羅の手の入った街や村に慣れ親しんでいたザックスは、ミディールの在りように新鮮なものを感じた。村を見ていると不思議と心が落ち着く。ここはミッドガルと違い、流れている時間が緩やかだ。
 村の最奥には診療所らしき建物があった。木製のロッジのような診療所は、看板が無かったら医療施設だとすら分からない外観をしていた。あれでは外科手術も満足に行えない。
 ミッドガルの最先端医療を知っているザックスにとっては、これで本当に病気が良くなるのかと疑いたくなる施設だった。杖を突いた老人や車椅子に乗った患者が、雑木林の隙間に出来た閑地のような村を呑気に散歩して日光浴をしている。彼らは症状が悪化する原因を取り除いて、自然に治癒するのを待っているようだ。なんとも気長な話だが、神羅が生活を急速に発展させるまでは、それが当たり前だったのかもしれない。彼らは未だにその時代の生活様式で暮らしている。
 この村に住むのは鷹揚な人間ばかりに見えるのは土地柄だろうか。ミッドガルのプレートやスラムの住民達が共通して持つ寂しげな諦観を、この村の住民からは感じない。彼らは魔晄にもたらされる快適な生活と引き換えに、自由を手にしているようだった。
 ずっと漠然と願っていたことが、実際に平和な土地を訪れたことで急速にザックスの意識の表層へ浮かんできた。クラウドをミディールでゆっくり休ませたい。彼は余りにも辛い目に遭ってきた。だがここでなら魔晄に侵された心身を癒せるかもしれない。
 何日も野宿をさせて、碌に水すら飲ませずに、彼を引き摺り回してきた。ミッドガルに近づけば敵の猛追は更に激しくなる。あの街へ向かおうと決めたのは、自分一人の意志だ。クラウドは付き合わせているだけだ。もし彼が話せたなら、行きたくないと言っていたかもしれないのに。長い旅の間に、その考えが頭を過ぎったのは一度や二度ではない。
 ザックスは暫く立ち尽くしていたが、苦々しい表情になって視線を伏せた。肩に背負ったクラウドを力強く抱え直す。診療所を横目に、村へ向かう道を逸れて鬱蒼とした森の中へと入っていった。その足取りは、これまでの旅路の疲れが全て圧し掛かってきたかのように重かった。
 宝条にジェノバ細胞さえ埋め込まれなければ、クラウドはただの一般兵で、ここまで付け狙われる理由などなかっただろうに。本当なら、彼をこの村の診療所に預けたかった。だが現実はそう簡単な話ではない。
 自分達は神羅に追われる身の上である。彼を連れてミッドガルへ向かうのは無謀だが、ここに一人で置いていくのはもっと危険だ。意識が無い彼は神羅から逃げる術がないし、何をされても抵抗も出来ない。武装もしていない村人が、縁も所縁もないクラウドを守ってくれるはずがなかった。彼が生きていくには、ソルジャーである自分が必ず付き添っていなければならない。

 村の外れには小規模な材木置き場があった。湿度の高いこの地域では、石造りではなく木造建築が好まれるのだろう。樹皮を剥がれて角材に加工されたものや、切り出されたばかりの湿った丸太などが無造作に積み上げられている。人の気配がないのを確認してから、ザックスは木材加工の作業場へと入っていった。
 クラウドを積み上げられた丸太の影に座らせると、彼の身体に埃避けの布を被せた。うまくカムフラージュできていることを確認してから、彼の顔を覆う布を軽く捲る。淡い緑に色づいた瞳がこちらの顔を捉えていた。どこに行くのかと問われた気分だった。
「ちょっとだけ待っててくれよな。村の様子を見てくる」
 ミッドガルに向かう進路上にある村だ。確実に神羅兵が先回りしているだろう。彼らの目を掻い潜って必要な水と食料を買い足し、村人に聞き込みをする。神羅に関しての情報収集もだが、せっかくの保養地だ。施設に連れて行くのは難しいが、天然の温泉が湧いている場所くらいあるのではないだろうか。
「風呂なんて久しぶりだ。これで柔らかいベッドでもあったら最高なんだけど」
 水浴びをしたのはゴンガガ村近くの浅瀬が最後だ。神羅兵が押し寄せていたバノーラ村ではそんな余裕がなかった。敵に注意を払いながら意識のないクラウドの身体を洗ってやるのは簡単なことではない。
 この辺りの湿潤な気候に蒸されて二人とも獣のように汚れていた。鼻はとっくに慣れてしまって、お互いの臭いも分からなくなってしまっている。もしミッドガルのプレートに住む女性などが自分達を見たら、顔を顰めて逃げ出すだろう。
「お前、折角男前なんだから。たまには綺麗にしとこうぜ」
 ザックスはクラウドを守るようにバスターソードを地面に突き刺すと、彼に再び布を被せて隠した。ピクリとも動かないので、そうしていると本当に材木か何かのようだった。直ぐに戻るから、と心の中で呟いて、ザックスは村へ向かって駆けて行った。

 村の各所で神羅兵の姿を見かけたが、大した人員は割かれておらず、兵士の士気もかなり低かった。逃亡中のソルジャーが遠回りをしてまでこの何もない村に立ち寄ると思っていないのだろう。金髪の魔晄中毒者を連れていない、というだけで、外套を羽織ったザックスは旅人として村に溶け込み、さほど目立たずに済んでいた。
 必要な分の薬と食料を買い足し、村の井戸で飲み水を補給する。周囲に無数にあるという天然の温泉の情報も得ることが出来た。このエリアの地図の写しを貰い、目立たない位置にある温泉に目星をつける。
 いつも川の水を浴びてばかりだったので、久しぶりの入浴にザックスも気持ちが弾んだ。きっとクラウドも喜ぶ。ついでに彼の病気にも効けば、言う事はないのだが。
 ミディールは本当に小さな村で、旅人の為の在庫が充分にないのか、一人分にしては明らかに多い量を購入すると不思議がられた。だからと言って兵士に通報しないのは、神羅との結びつきが強くないからだろう。ここならどこか目立たない場所にクラウドを連れ込んで、少しの間くらい休ませても安全かもしれない。
 散策するうちにザックスの気が緩んでくる。ずっと、どこからモンスターや神羅兵が襲ってくるか分からない森や平原で野宿をしていた。それに比べると、この村は平和そのものだ。無事に食料と水を調達できたのも、この先の旅への不安を薄れさせてくれた。準備だけ終えたらクラウドの元へ戻ろうと思っていたが、ザックスはあと一か所だけ立ち寄ることに決めた。
 神羅兵のぬるい監視の目を盗み、村の診療所を尋ねる。自分が魔晄中毒のクラウドを連れているので、ここにも神羅の見張りがいるのでは、と案じていたが、それは杞憂に終わった。施設には中年男性の医者が一人と、若い女性の看護師が一人いるだけだ。ベッドも僅か三床しかなく、病院とすら呼べない、田舎の小さな治療所だった。ここにクラウドを連れてきたとしても、治療などできはしないと、神羅の人間は考えたのだろう。
 頑強な体つきで、明らかに健康そうな男が訪れたのを見て、医者も看護師も微かに空気を張り詰めさせた。彼のことを神羅兵だと思ったのだろう。二人の反応を見て、神羅兵がこの村でどんな態度を取っているかザックスも察しが付いた。
「何か……?」
 医者が穏やかな声で問いかけてくる。ザックスは目深に被っていた外套を脱いで素顔を晒した。
「ここ、治療所だよな。俺の友達が……、病気なんだ。診て欲しいんだけど、ちょっと事情があってここまで連れては来れない」
 それを聞いて、医者の態度が軟化した。横暴な態度で踏み込んできた神羅兵と違い、ザックスはちゃんと治療を必要として診療所へやってきたと理解したらしい。彼の真摯な表情を見るだけで伝わってくる。
「往診して欲しい、と言うことかな?」
 医者の思わぬ申し出にザックスは慌てて首を振った。そんなことをさせては、自分達に手を貸したと彼まで神羅に目を付けられてしまう。ここに訪れたというだけでも、もしかしたら何か迷惑をかけてしまうかもしれないのだ。無関係な彼らを必要以上に巻き込みたくない。
「いや、それは駄目だ。友達はここから離れた街にいるから……
 慣れない嘘をどうにか紡ぎ出しながら、ザックスは巧く誤魔化そうとした。
「わざわざ来て貰う訳にはいかない。そんな迷惑かけられないし。だから俺が代わりに来たんだ。なあ、魔晄中毒を治す方法とか、薬とかないか?」
 魔晄中毒、という言葉を聞いた途端、医者が渋い顔つきになる。その表情にザックスは背筋がひやりとした。無知な自分が途方もない夢を語ろうとして、それは叶わないのだと先回って教えられたかのように。
「症状を詳しく聞かせてもらえるかい」
 ザックスはクラウドの状態を事細かに医者へ説明した。神羅の関係者だということを伏せるのは難しかったので、友人は魔晄炉で働いていたのだと話を作る。医者は終始険しい表情でザックスの話を聞いていた。
 最後まで話を聞いた医者が、短く嘆息する。傍に佇んでいた看護師も、話を聞いて寂しげな目をしていた。ザックスは彼らを見ていると、強く保っていた心を挫かれそうになった。
「残念だけど、君の友達は……。回復しない、と思っておいたほうがいい。話を聞く限り、かなり重度の魔晄中毒だ。僕も、それ程までに高濃度の魔晄を長期間浴びて生きている人の話は初めて聞いたよ。普通なら命を落としていたはずだ」
 ザックスの視界がだんだんと暗く霞んでいった。医者の言葉の一つ一つが胸に刺さる。彼に悪意がないことがわかるので猶更、直視しようとしなかった現実を突きつけられた気分だった。
 もしかしたらクラウドは治るかもしれない。いつか彼は意識を取り戻すかもしれないという期待は、ただの根拠のない願望に過ぎなかった。覚悟はしていたつもりだったが、ザックスは自分で思っていた以上にその希望に縋っていた。
 そうか、と力のない声で呟くと、ザックスは二人に礼を言って踵を返した。
「こんな辺鄙な村まで来て貰ったのにもうしわけなかったね。君の友達によろしく」
 ザックスの後ろ姿に、医者が労うように声をかけた。それに返事をする代わりに軽く手を掲げる。外套を被り直してから、ザックスは村へと歩き出した。
 クラウドが一人で待っている。彼の元に早く戻らなくては。
 思考を切り替えて、ザックスは無意識に医者の言葉を忘れようとしていた。そしたら今まで通りだ。何も話さない人形のようなクラウドと、神羅から逃げ切った先の未来を夢見ながらミッドガルを目指す。ザックスにとっては最早それが日常になりつつあった。これ以上は望まないから、せめてもう何も奪わないで欲しかった。