kokokisu
2019-07-11 21:12:28
4549文字
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暁蓮暁+明智 3


 後夜祭は終わったが、四人は名残惜しさから屋上に集まっていた。他の生徒達も、非日常の空間が心地よいのか、用もなく学校に居座っている。祭りを終わらせまいとする彼らの所為で、校舎の明かりは日が傾き始めてもなかなか消えない。
 竜司は先ほどステージで助けて貰ったお礼、と暁にホットドッグを差し出した。彼のクラスが出店して、販売していた物らしい。
「律儀だな」
 暁が竜司からホットドッグを受け取りながら呟く。自分も楽しかったので、礼など必要ないのに。
「金髪の割に、ってか?似合ってなくて悪かったな」
 意趣返しの様ににやついた竜司がそう言ったのを聞いて、三島も蓮も噴き出した。
「あ、あれ、傑作だったよね……
 三島が堪え切れずに、くっくと笑いながら肩を揺らしている。竜司は恨みがましく三島を睨み付けた。だがそもそも、三島を嵌めようとしたのは誰だったか。三島も三島で、いつまでこの話題で笑っているつもりだろう。暁は二人のやりとりを飽きれ顔で眺めていた。
「金髪じゃない竜司なんて、想像できない」
 竜司をフォローするように、蓮が控え目に囁いた。暁は似合わないと言うが、蓮は他の髪型が想像できないくらい、竜司には金髪が似合っていると思っていた。
 三島が笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭う。
「あ、そっか。二人とも黒髪だった坂本見たことないんだっけ。あの頃の坂本はいかにもスポーツマンって感じの見た目だったよ」
「うっせ」
 三島の肩を軽く殴り、竜司が照れ隠しのように眉間を寄せている。暁も蓮も、陸上だけに打ち込んでいた頃の自分を知らない。鴨志田の事もあり、今は怪盗団の活動を優先している。思い出してみるとまだ悪と戦う前の自分がやけに青臭く感じて、その頃の自分の話をされるのを竜司は少し恥ずかしく思った。
 四人で駄弁っているとどんなに時間があっても足りない。気が付くと辺りは暗くなり、そろそろ帰ろうか、と言う雰囲気になり始めた。
 不意に、暁のスマホが通知音を鳴らした。暗くなってきた屋上で、暁の眼鏡のレンズが画面を反射している。それまで笑っていた暁が、少し難しい顔になった。蓮はその横顔を見て、胸がざわつくのを感じた。
「俺、ちょっと用事があるから。蓮は先に帰っててくれ」
「誰から?」
 不安気な蓮に問いかけられて、暁は大人びた微笑を浮かべた。
「秘密。知ったら蓮、嫉妬するだろ」
 暁の言葉に蓮がむっとする。暁は自分がどちらに対して嫉妬すると思っているのだろうか。暁の相手に対してと思っているのなら、大した自信家だ。
 チャットの相手に返信しながら、暁は薄く笑みを浮かべていた。蓮は大人しい割に、感情が直ぐ顔に出るので面白い。寂しいから行かないで、とまで言われたら、迷わず彼女との予定をキャンセルするのだが。
 相手が誰かを教えてしまったら、蓮は今まで通りその人と接する事が出来なくなるだろう。特に最近は、自分が夜遅くまで外に出ているので、蓮は寂しがっている。今日の相手が誰かを知ったら、蓮がその人に何を言うか分からない。彼女にも、自分と二人で会っている事を蓮には隠してもらっていた。
「先に帰っててくれ。蓮も寄り道するなよ。もう遅いんだから。俺も、出来るだけ早く帰るようにする」
 暁は三人を残して、一足先に屋上を去って行った。
 同じ年なのに、暁だけは一歩進んだ恋愛をしている。それを察して、竜司も三島もどこか居心地悪そうな面持ちになった。
「いいよな、暁はモテて。俺もあんな事言ってみたいよ。と言うか、なんで蓮はモテないんだろ。蓮と暁のどこが違うんだか」
 いじける三島に対して、竜司はますます落ち込んだ様子で言った。
「馬鹿、蓮もモテてるっつーの。こいつも暁と同じくらい、大人の女の人やら他校の女子やらと知り合ってんだぞ」
 竜司は蓮の肩に腕を回して捕まえると、嘆きながら項垂れた。
「れんれんは俺らとの友情を優先してくれてんだよな~。俺、蓮のそう言うとこ大好き」
「えっ、マジ?蓮は草食系だと思ってたのに……。やっぱ蓮も暁と同じで、中身は肉食系なの?」
 二人に絡まれてしまい、蓮は眉を下げて鬱陶しそうに溜息を吐いた。暁がいたら、自分ばかりが揶揄われる事はないのに。そもそも、竜司も三島も勘違いをしている。協力者は協力者であり、いくら彼女たちの性別が女性でも、彼らの言うような目で見たことはない。
 蓮は近すぎる竜司の頬をぐいと押し退けて彼から逃げると、屋上の扉へ向かって踵を返した。
「俺もそろそろ帰る」
 言うが早いか、蓮は二人を残して屋上を去ってしまった。竜司も三島も、おいて行かれないようにと急ぎ足で後を追う。学校内にはまだ生徒達がぽつぽつと残っていて、学園祭の余韻を楽しんでいるようだった。
 
 モルガナと一緒にルブランへ戻ると、そこには思わぬ顔があった。今日の取引の事など忘れたかのような笑顔で、明智がカウンターに座っていたのだ。
「お帰り。学園祭、楽しかったかい」
 蓮は思わず彼へ、なんのつもりだ、と問いかけそうになった。だが、カウンターの中にいる惣次郎の訝しむ視線に気づいて、咄嗟に口を噤む。下手に明智を突いて、自分達が怪盗団だと惣次郎に知られてしまっては困る。
……ただいま」
 昼間の取引の事は、惣次郎に知られてはならない。蓮は努めていつも通りに振る舞おうとした。渋い顔で、それでもいつものように挨拶を返した蓮を見て、明智が嬉しそうに微笑む。蓮は彼の腹の中を探りかねて、ただただ困惑していた。
 拡げていた新聞を畳みながら、惣次郎がカウンターチェアから立ち上がった。
「そういや今日も学祭だって言ってたな。なんだ、お前一人か。暁はどうした」
 惣次郎の問いかけに、蓮が想わず表情を曇らせる。彼は、自分や竜司、三島ではなく、女を選んだ。今頃は、ベッドの中で女を抱き締めて、彼女に甘い言葉でも囁いているのだろう。
「暁は……。約束があるって。俺と別れてどこかに行きました」
 それを聞いた惣次郎が、はっ、と鼻を鳴らして笑った。
「どうせ女だろ。ったく、自分がどんな立場でこっちに来てるか、分かってんのかね……
 言葉とは裏腹に、惣次郎は暁の素行を心配している様子ではない。惣次郎と自分達は、彼に生活態度を疑われないだけの、いやそれ以上の信頼関係を築いている。双葉の事もあり、今や自分達は本当の家族と変わらない間柄だ。
 惣次郎にとって、明智は客と言うよりも、息子の友人のような存在だった。彼がルブランを訪れるのは、ただコーヒーを飲むためではない。蓮や暁がいるから、わざわざこの辺鄙な場所にある喫茶店へと足を運んでいるのだ。親が息子の友人を必要以上にもてなすのも、おかしな話である。惣次郎はレジを締めると、残った客が明智だけと言う事もあり、蓮に店の事を任せて帰宅した。
 明智の傍に歩み寄り、蓮は彼の翳りのない笑みをじっと見つめた。
 彼は何が狙いでこの場にいるのだろう。暁が一緒じゃなくて良かったと心から思う。これまでだって、明智が腹に一物を抱えていると知りながら、彼とは関係を深めていた。しかし取引の話を持ち掛けられてから、自分達の関係は大きく変化してしまった。表立っては敵対していなかったが、今は探偵と怪盗、追う側と追われる側という関係だ。いくら彼が友好的に接してきた所で、自分達を利用しようとしている事実に変わりはない。
 蓮が無言で自分を見つめてくるので、明智は困ったように頬を掻いた。
「そんなに見つめられると、僕もどうしていいか分からないんだけど」
 モルガナが蓮の鞄から飛び出して、カウンターチェアの上へ器用に着地する。
 四つ足で明智を見上げながら、モルガナは神妙な声を出した。
「取引の答えでも聞きに来たのか?」
 明智はモルガナの言葉を理解出来る。モルガナも今日の一件で、もう彼の前で猫の振りをする必要は無くなっていた。
「怪盗団のリーダーは暁と蓮だ。答えが聞きたいなら、二人が揃ってる時にしてくれ」
 モルガナは、まず明智の事を探る為、双葉に協力を仰ぐつもりでいた。準備が出来る前に彼と取引を交わしてしても、こちらの立場は不利なままだ。警察に通報しないと言う約束を、彼が守る保証もない。もし裏切るつもりならば、明智がこのタイミングで怪盗団に接触してきたのは、自分達を出し抜く準備が整ったからだと考えていい。彼と怪盗団が正式に取引を交わすのは、こちらも明智の尻尾を掴む準備が整ってからだ。モルガナはどうにか時間稼ぎをしようとしていた。
 警戒心を剥き出しにするモルガナだが、明智は対照的に穏やかな表情を浮かべている。
「取引の答えを聞きに来たわけじゃないよ。今日は、蓮とチェスをしようと思ってね。幸い暁もいないようだし」
 明智は蓮の背後へちらりと視線を寄越した。どちらかがどちらかの影の様に二人はいつも一緒にいるが、今日の蓮は一人でいる。
 暁は蓮の肩越しに、いつも鋭い視線でこちらを見張っていた。少しでも自分が蓮に不用意な発言をしたら、牙を剥いた豹の様に襲い掛かってきそうな雰囲気だった。だが、今日はその心配はない。
 蓮とは違い、暁が浮名を流していることは、明智も良く知っていた。探偵として、彼らの身辺調査は隈なく行っていたからだ。だが、学園祭と言うイベントがある時なら、暁も女の元へ向かうのでは、と予想をして、それが見事に的中した。探偵に不自由な取引を持ち掛けられていながら、その日の夜に女の元へ行くなど、彼の胆力にはほとほと感心させられる。
 チェアの上で脚を組み替えると、明智はモルガナへ向かって申し訳なさそうに微笑んで見せた。
「すまないけど、蓮とのゲームに集中したい。君は席を外してくれないか」
「なっ……、そんなの」
 モルガナが咄嗟に反論しようとする。暁を過保護と言ったモルガナも、彼に負けず劣らずだ。蓮はモルガナの口をそっと塞ぐと、彼を抱いてルブランの扉を開き、外へと向かった。明智はそれを見て、満足気に目を細めた。
 外はもうすっかり暗くなり、店から漏れ出した明かりだけが足元を照らしている。蓮は後ろを振り返りもせず、モルガナを腕に抱えたまま、彼の耳へ低い声で囁いた。
「モルガナは双葉のところに。チャットしておくから。早めに情報共有して、準備を進めてくれ。あの調子じゃ、取引の答えも長くは待ってくれないだろう」
 地面にモルガナを下ろすと、蓮はそのまま店内へ戻ろうとした。扉を開く前に、モルガナが一声鳴いて、彼を引き留める。
「追い詰められそうだったら、暁を呼べよ」
 蓮はその一言に思わず笑ってしまった。暁を過保護と言ったモルガナが、彼と同じ事を言っている。
「俺だって、怪盗団のリーダーだ。大丈夫」
 彼が暁に対して放った言葉を、蓮が繰り返して言った。モルガナも思い出したのか、小さな口をきゅっと閉じて、尻尾を立てている。
 モルガナは後ろ髪を引かれる思いで佐倉家へと向かった。黒猫が夜闇に溶け込むのを見送ると、蓮も店の中へと戻っていく。探偵は先ほどと変わらない微笑で、コーヒーカップの淵に唇を寄せていた。