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kokokisu
2019-07-07 23:23:23
6247文字
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暁蓮暁+明智 1
ゲームの主人公とアニメの主人公が同時に存在していたらと言うお話
秀尽学園の文化祭の開催を数日後に控えた、秋の放課後の事だった。
テレビの画面越しに見る顔が、自分たちの住処に気安く現れるのは妙な気分だ。
暁の開けた扉に下げられたベルの音に気付いて、色素の薄い瞳がこちらへと向けられる。進学校の制服に身を包んだ一人の青年が、口元へ運ぼうとしていたマグカップをソーサーへと戻した。
この店に学生の客は珍しい。ルブランのコーヒーの芳香を堪能している彼は、高校生ながら探偵を務めている明智吾郎だ。彼は世間を騒がす怪盗団を追っており、端正な顔立ちも相まって、コメンテーターとしてテレビに出演する事がある。
カメラに向けるものと同じ笑みを浮かべると、ルブランに帰ってきた蓮と暁へ声をかけた。
「おかえり」
カウンター席に腰かけている明智を見て、暁はひくりと瞼を動かした。家に帰ってようやくゆっくり出来ると思ったのに、彼がいるとそれだけで心が休まらないではないか。
蓮が抱えていたモルガナも、明智が店にいる事に気付いて警戒心を強めている。さっきまでは五月蠅い位に喋っていたのに、今はすっかり大人しい黒猫になってしまった。蓮の鞄の中に潜り込んで、様子を伺っているらしい。
まだ明智にははっきりと正体を掴まれていないが、怪盗団のリーダーを担っているのは蓮と暁だ。それだけで自分達と明智は相容れる事のない人間である。だがそれ以上に、暁は彼に対して個人的に強い苦手意識を持っていた。
人の心を揺さぶろうとする会話の運び方、本心を隠すため巧妙に被られた万人受けする仮面、そして明らかな敵意を向けられても平然と受け流す図太さが、明智は油断ならない相手だと認識させる。
暁のそんな心境を知らずに、蓮は薄く笑みを浮かべて明智に挨拶を返した。
「ただいま」
暁が蓮を横目で睨み付ける。明智のふざけた挨拶の相手をしてやる必要などないのに。まさか、蓮は明智を友人だと思っているのだろうか。
明智は、暁の見ていない所で何度も蓮と接触していた。蓮は暁ほどには明智に対する警戒心を抱いていない。明智も、蓮とやり取りをしている時は、自分といる時には隠せていない緊張感がすっかり鳴りを潜めている。蓮の方が甘い性格をしているように見えるから、明智も近寄りやすいのだろう。二人が慣れ合う様を見せ付けられるのは、暁の神経を言いようもなく逆撫でした。
蓮と明智の間に割り込むと、暁は冷たい声音で言い放った。
「帰れ」
辛辣な一言を聞いて、明智は乾いた笑みを漏らしながらコーヒーを啜った。
「はは、ごめんねお邪魔しちゃって。ここのコーヒーが飲みたくなってさ」
暁とは対照的な表情で、蓮が明智に微笑みかける。
「せっかく来たんだから、ゆっくりしていけばいい。暁、どうして明智には冷たいんだ」
蓮に窘められて、暁が軽く俯きながら眼鏡を押し上げた。怪盗だから探偵が嫌いだと言えたなら、どんなに簡単だっただろう。だからと言って、蓮に向かって微笑みかける明智を見ているとイライラするなんて、ただの嫉妬にしか聞こえない。
「別に、気が合わないだけだ」
拗ねた子供の様な事を言う暁を見て、蓮はむうと困り顔で顎を撫でる。そんな二人を見て、明智がくすりと笑い声を漏らした。
「気が合わない、と言われる程、君に話して貰えた記憶はないんだけどな」
揚げ足を取るような明智の言葉に暁が眉根を寄せる。正しく、彼のこういう所が苦手だ。こちらが本気になればなる程、道化を演じさせられている気分になる。
店のマスターである佐倉惣次郎が、カウンターの向こうから蓮と暁に声をかけた。
「おいお前ら、後は任せていいか。お前も、それがラストオーダーだよな?」
中折れ帽を被りながら、惣次郎が明智に目配せをする。明智はカップを軽く持ち上げると、こくりと頷いて微笑んだ。
ベルがチリンと鳴って、惣次郎が店を出ていく。ドアのプレートをひっくり返してCLOSEDにすると、後を振り返りもせず帰路に着いた。
モルガナを二階に連れて行き、一階へと戻ってきた二人は、制服から普段着に着替えていた。特に示し合わせる事もなく、分担して店じまいを始める。初めは店の手伝いも覚束なかった二人だが、今ではすっかり従業員姿が板についていた。蓮は客のいなくなったテーブルをクロスで磨いている。暁は下げられた食器を流しで洗っていた。明智は手際よく片付ける二人を眺めながら、コーヒーの最後の一口を飲み干した。
「もうこちらの生活にも慣れたようだね」
「半年近く経つからな」
明智の言葉に、蓮が少し感慨深そうな呟きを漏らした。カップを下げて流しに持っていくと、暁が最後の洗い物を始める。
東京に来てからの生活が忙しなさ過ぎて、振り返る暇もなかった。蓮の言う通り、上京してもう半年が過ぎている。初めは学校に行くのも手間取って、駅を見つけるのも一苦労だった。今では目を瞑っていても四茶を歩き回れそうなくらいには土地に慣れてしまっている。
「二人でいると、何かあっても助け合えるから心強いだろう」
ずっと無表情だった暁が、それを聞いて初めて薄く微笑んだ。
「ああ、こんなに頼れる奴は他にいない」
暁の言葉に蓮が嬉しそうな笑顔を咲かせる。もし同じ事を東京に来たばかりの頃に言われても、暁は素直に認めなかっただろう。あの頃の彼は、もう一人の自分を守る為、必要以上に強がっていた。だが最近は、彼も人を頼る事を覚えたのか、何かあったら相談するようになってくれた。彼にそう思わせるだけ、自分が成長したのもあるかもしれないが。
蓮と暁は恥ずかしげもなくお互いへの信頼を見せ付けてくる。明智は興味深いとでも言わんばかりに、腕を組みながら二人を見比べた。
「男兄弟で君たちの様に仲が良いのは珍しい気がするよ。年が近いと猶更ね。競い合ったりしないのかい?」
蓮が小首を傾げて思案する。
「
……
暁と競うなんて、考えた事もなかった。同じ人間と何を張り合うんだ?」
「同じ人間って
……
」
明智が蓮の答えに苦笑を浮かべる。いくら彼らが一卵性の双子で、同じ遺伝子情報で身体が作られているとしても、中身は全く別物だ。自分に似た存在が、自分に近しい能力を持っている時、人は少なからず対抗心を持つと思うのだが。彼らは、もう一人の自分に勝りたいと考えた事はないのだろうか。
「お前は俺と蓮を争わせたいのか?」
洗い物を終えた暁が、エプロンを外しながら明智を軽く睨み付けた。蓮は競う相手どころか、むしろ守る対象だ。明智が蓮にすり寄ってきているのも知っている。もしも自分と蓮が争うような間柄なら、明智にとっては好都合なのだろう。
こんな発言が、まさか暁を不愉快にさせるとは思っていなかった。明智は目を見開いて驚くと、直ぐにいつもの調子で微笑を湛えた。
「いや、不思議に思っただけなんだ。不快にさせたなら謝るよ」
明智の謝罪を聞いても、暁はまだ釈然としない様子だった。流しからカウンターへとやってくると、それがいつもの習慣であるように、蓮を椅子に座らせて、暁はコーヒーを淹れ始める。無表情の彼がドリップするコーヒーが、店中に素晴らしい芳香を漂わせた。
蓮と自分の分をカップに注ぐと、蓋を開けたタンブラーに残りのコーヒーを移した。これはイセカイを探索するとき、仲間に振る舞う為の物だ。満たしたカップを蓮に一つ差し出すと、暁はカウンターの中にある椅子に腰かけた。
コーヒーを吹き冷ましながら、明智の方を見もせずに暁が声をかける。
「まだ帰らなくていいのか」
早く帰れと言わんばかりの口ぶりだが、明智は怯む様子もない。
「生憎、家で待つ人はいないからね。それに、今日は蓮と約束がある」
明智からちら、と視線を向けられて、蓮も彼との約束を思い出した。コーヒーを啜っていた蓮の瞳に、好戦的な光が灯る。
「この前の勝負の続きだな。暁、そこのチェス盤と駒を取ってくれないか」
蓮に言われて、暁はカップを水平に保ったまま、カウンターの下を覗き込んだ。奥行の浅い棚が備えてあり、店の備品に混じってチェス盤と駒が置いてある。こんなところにゲームボードがあるなど初めて知った。
蓮へとチェスのセットを手渡すと、蓮はカウンターテーブルに盤を置き、ひょいひょいと駒を並べ始めた。ルールを知らない暁でも、駒が初期配置ではない事が分かった。白と黒の駒が、チェッカーの上で数手進んだゲームを再現している。
「今日は勝つ」
「いいよ、受けて立とう」
ゲームを始めた二人を見て、暁はつまらなさそうに溜息を吐いた。将棋なら少しは心得があるが、チェスは門外漢だ。蓮に助言をする事も出来ないし、自分が明智を倒してやることも出来ない。
惣次郎に店の片づけを言いつけられる前に逃げればよかった。こんな時間では、もう会ってくれる協力者もいないだろう。だからと言って二人を残して二階に上がり、モルガナと一緒に寝てしまう気にもならない。暁はただただ憮然とした面持ちで、雑談と共に繰り広げられる蓮と明智のチェスを眺めていた。
暁が二杯目のコーヒーを飲み終える頃に、蓮と明智の勝負の大勢は決まった。ルールが将棋と似ているのなら、負けるのは蓮だろう。蓮の操っている黒のキングは、明智の駒に囲まれてしまっている。明智は余裕たっぷりの笑みを口元に浮かべているし、蓮は困り顔をして、だんだんと口数が少なくなっていた。逃げ回っていた黒のキングを白のルークが追い詰めて、遂にはチェックメイト、と明智が言い放った。
「前よりも腕を上げたね。駒の動かし方が巧くなってきているよ」
チェスを知らなかったはずの蓮にルールを教えたのは明智なのだろう。成長を見守って楽しんでいるのが、言葉の端々から伝わってくる。強くなってきた事を喜ばれる程、二人の間には力の差があるようだ。
「お前、明智に勝った事はあるのか」
呆れ顔の暁に言われて、蓮がふるふると首を振った。
「勝ちたいけど、まだ勝てない」
暁はまるで自分の事の様に悔しくなってしまった。だが、蓮の敵を討ってやろうにも、チェスのルールが分からない。
「良かったら君もやる?暁はチェスをやった事があるかい」
知らないなら教えてあげようか、と続きそうだったので、暁は反射的に首を横に振った。
「俺はいい」
蓮のいるところで、明智に負ける姿を見せたくない。もしも明智と勝負をするのなら、ちゃんと練習をして、彼に勝てると確信した時でなければ。敵に戦い方を教わるなど、以ての外だ。
暁に断られてしまい、明智は残念そうに肩を竦めた。
「蓮だけでなく君とも手合わせしてみたかったんだけどな。チェスをしながら話すと、その人のより深い内面に触れられるんだ」
明智の言葉を訝しんで、暁は眉間を寄せながら伊達眼鏡を押し上げた。
蓮と仲を深めている様に、自分とも仲を深めたいと言っているように聞こえる。だが実際のところ、彼はゲームを通じてどれだけ蓮に本心を見せているのだろう。彼の浮かべる人懐こい笑みや、穏やかな言葉遣いは、本性を隠すための仮面にしか思えない。彼をチェスで追い詰める事ができたら、僅かばかりでも素顔を晒すのだろうか。少なくとも、蓮がそこまでの腕前を持っているようには見えないが。
明智がスマートフォンで現在時刻を確認する。思っていたよりも時間が経っていたらしい。ルブランの小さなテレビが夜のニュースを流し始めたのを見て、明智はカウンター席から立ち上がった。
「そろそろ帰るよ。また、明後日の学園祭で」
蓮と暁へ向かって軽く手を上げると、明智はルブランを去っていった。
彼に言われて、蓮も暁も明日から文化祭が始まると言う事を思い出した。怪盗団のメンバーが複数人通う秀尽学園で、彼は怪盗団の正体に迫る講演をするらしい。何か情報を掴んでいるのなら、学祭などで言い触らしたりする前に、警察と共有するだろう。必要以上に気構える必要はない、とは思うが、相手は明智だ。自分の陣地に敵の駒が侵入してきたような物であり、必要に応じて適切に対処しなくてはならない。
明智の姿が見えなくなると、暁は盛大な溜息を吐いた。蓮と明智が自分の見ていない所で何をしていたかと思えば、まさかチェスだったとは。
「チェスなら俺が相手をしてやる。明智とはあんまり親しくするな」
ボードと駒を片づける蓮へと、暁が厳しい声音で言い放つ。しかしながら、蓮は暁の忠告をさらりと受け流した。
「暁は、チェスのルール知らないから。それに、俺と暁が対戦した所で最終的には五分五分になるだろ。だったら、強い相手と戦いたい」
蓮が暁を突き放したような事を言う。強敵の明智とゲームで競いたいのは事実だが、彼のそっけない態度にはある理由があった。
暁は最近、毎日のように夜は一人で出歩いている。蓮と過ごす時間よりも優先して、協力者に会いに行っているらしい。彼ら、彼女らと親しくしているのは蓮も一緒だが、帰ってこない夜もある暁ほどではない。蓮は、暁が自分と一緒に居る時間を大切にしてくれていない様に感じていた。そんな暁に、明智と過ごす時間を否定される謂れはないだろう。
蓮が拗ねているのだと分かり、暁は思わず笑みを零した。
「寂しかったのか?だったら、お前も人に会いに行けばいいじゃないか。お前と仲良くしたいって人は、沢山いるだろう」
暁が蓮の隣の椅子に座って、彼の肩に腕を回す。東京に来たばかりの頃の蓮は、前歴事件で心が弱っていたのもあり、頼りなく繊細な印象を人に与えていた。だが、今は多くの人が彼の魅力に気付き始めている。年上の女性が相手だと、油断したら蓮は押し倒されてしまうかもしれない。
暁が言わんとしていることを理解して、蓮は辟易したように口を閉ざした。暁と違い、蓮は大勢の女性と関係を持つ事に興味がなかった。もし他の女性とも付き合っていると知られたら、どんなに恐ろしい事になるか分からないのに。そもそも、暁の人付き合いの仕方はちょっと行き過ぎている。それが彼の力になり、彼を支えているのは分かるのだが。会う人を変える度に自分を演じ分けて、暁は疲れないのだろうか。
黙り込んでしまった蓮を見て、暁は軽く肩を竦めた。彼に関心を持っている女性は沢山いる。折角、怪盗団のリーダーとして相応しい魅力的な男になったのに、勿体ない。
「まあ、やりたくないならやらなくていいんだけどな」
暁が蓮の頬を手のひらで包み込み、自分の方を向かせた。蓮の眼鏡を外して、自分の眼鏡も外す。蓮を見つめる暁の瞳は燃える炭の様な熱を帯びていた。
口では女と遊べと言ったが、本当は彼が自ら身体を使う必要はないのだ。全ての事は、蓮を清らかに咲かせる為に行っているのだから。協力者たちと関係を深めると、彼らは自分だけでなく、蓮の事も支えてくれる。もし自分のやり方で恨みを買ったとしても、呪いを引き受けるのは自分だ。深まった絆は、必ず蓮の力になってくれる。
「寂しい思いをさせて悪かった。今夜は一緒にいるから」
暁が蓮と口を重ねて、彼の背中を抱き寄せた。暁の舌に口を暴かれて、寂しげだった蓮の顔が、次第に恍惚を帯びていく。無意識に欲しがっていた物を与えられ、蓮はささやかな不満や切なさが胃の奥へと落とし込まれてしまうように感じた。
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