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kokokisu
2019-04-30 02:46:00
3579文字
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【丸主】スクールカウンセラー 1
発売前だよ
思えば人の悩みを聞くことはあっても、人に悩みを打ち明けたことはなかった。
学校からカウンセリングを進められた時、蓮はそんなもの自分には必要がないと思っていた。前歴事件で誰にも話を聞いて貰えなかった経験から、大人への不信感が植え付けられてしまっている。鴨志田のことも、大人に相談してもどうにもならないと、与えられた力を使って乗り越えたのだ。なのに今更、カウンセリングなんて、と。
怪盗団の仲間である杏が、一足先に話をしてきたらしい。彼女も蓮と同様、学校の用意したスクールカウンセリングには期待していなかった。だが、鴨志田の件から不信感の募っていた生徒たちからもおおむね好評というだけある。杏はどこかすっきりとした表情をしていた。彼女を見て、蓮はカウンセリングを受けてもいいかもしれない、という気になった。
保健室の固いソファに腰かけ、蓮は斜め前に座る丸喜の顔を前髪の隙間から伺った。カウンセラーというだけで、こちらの一挙手一投足を事細かく観察され、こちらが隠そうとしている内面を反映しているなどと分析されるのではと警戒していた。だが、その必要はなかったらしい。話を聞いてくれる彼の優しそうな態度が、仕事だからそうしていると思わせる隙があり、それがむしろ蓮を安心させた。だらしない無精ひげも、野暮ったい眼鏡とサンダルも、彼の仕事に対する姿勢が垣間見えている。蓮の苦手とする権力のある大人とはかけ離れていて、蓮は無意識に彼に対する心の壁を取り払っていた。
話していいことと話してはいけないことのラインが彼といると曖昧になっていく。蓮は、丸喜と二人きりでいると、ほかのコープと時間を過ごしているときとは全く違う、微睡むような安寧を得られた。
丸喜のカウンセリングを受けて、三月も経つと、蓮は他の協力者や怪盗団の仲間と同様、彼と信頼関係を築くようになっていた。ペルソナ能力や怪盗団のことは話せないにしても、彼は心理学者だ。心のありようを反映したパレスやメメントスで戦い続ける上で、彼から貰える的確な助言は、リーダーとして怪盗団を引っ張っていかなくれはならない蓮の支えにすらなっていた。
この日も蓮は、丸喜のいる保健室に入り浸り、彼と二人で人間の心について語り合っていた。不義に憤るばかりだった蓮とは違い、彼はもう一歩進んだ、なぜ人が不義に走るのかということにまで思索を巡らせる。彼と話をしていると、蓮は自分の視野がいかに矮小であったかを痛感した。今までに改心してきた鴨志田や班目や金城も、元は蓮と同じような心の持ち主だったかもしれない。彼らにパレスができる前にもし丸喜のような人間と出会っていたら、違う生き方を選んでいたかもしれないのに。怪盗団は人間の歪んだ心を奪うが、丸喜は人間の心が歪んでしまう前に引き留めるのが仕事だ。蓮は丸喜の生き方に、自分と同じ志を感じ取っていた。
組んだ足先で、黒いサンダルがゆらゆらと揺れていた。他の生徒の前ではこんな姿を見せないが、蓮の前にいる丸喜は、自分が先生という立場であることを忘れたように振る舞う。りんごジュースの入った紙パックに白いストローを指しながら、丸喜は蓮に微笑みかけた。
「顔つきが明るくなってきたね。初めて出会ったときはもっと、手負いの獣みたいな目をしていたけれど」
蓮は手癖で前髪をいじると、丸喜に向かってにっと笑みを返した。
「また新しい友だちが出来たんだ。誰だと思う?」
丸喜はストローを吐き出して、困ったように眉尻を下げた。
「カウンセラーはエスパーじゃないよ。でもその口ぶりだと、僕も知っている人のようだね」
「うん、有名人だと思う。生徒会長の新島真」
蓮の口から出た以外な名前に丸喜が目を見開いて驚いた。前歴持ちと噂される転校生と、成績優秀な生徒会長。どう考えても点と点が結びつかない。
「彼女は三年生だろう。どうやって知り合ったんだい」
真と知り合うまでの経緯を簡単に説明する。怪盗団やパレスのことは伏せて話しているが、蓮は丸喜相手には警戒心をすっかり緩めていた。真からの依頼や、渋谷で聞き込みをしたこと、金城に金を要求されたことまで打ち明けている。聞く人間が聞いたら、彼と怪盗団との繋がりを疑ってもおかしくはない内容だ。普段の無口な彼からは想像もつかないほど饒舌になっている。蓮は丸喜に相応の信頼を寄せており、もし正体がばれたとしても、彼なら自分たちの行いに理解を示してくれるだろうとまで考えていた。
蓮の話を聞き終えると、丸喜は人好きのする笑みを浮かべて眼鏡を鼻の上に押し上げた。
「友だちが増えるのは良い事だね。この学校ではまだ君のことを誤解している人が沢山いるようだけど、理解者が増えると気が楽になると思う」
丸喜がバインダーに挟んだ資料に、今日のカウンセリングの内容を書き込んでいる。総括の欄にペンを走らせる彼の横顔を見て、蓮は軽く不満の意を示した。今までの楽しい会話が全て仕事だったのだと主張されている気分だ。
「もう終わらせようとしていないか。俺の話を聞くのはつまらない?女子の時は、どうせもっと丁寧に聞いてやってるんだろう」
蓮が拗ねる気配がする。丸喜が声音だけでそれを察して、苦笑を漏らした。
「仕事は仕事だから。これだけ書かせてくれないかな。そしたら、残りは自由時間だ。あ、これ他の先生には言わないでね」
丸喜の返事に蓮が満足気に笑う。蓮は丸喜の隣へとソファの席を移動すると、彼から眼鏡を取り上げてしまった。その瞬間、柔和だった丸喜の表情に微かな憤りが宿った。いたずらが過ぎる子どもには付き合いきれない、と一瞬だけ鋭くなった視線が強く主張している。
「こら、僕のは君と違って伊達じゃないんだから
……
」
眼鏡を取り返そうと空をかく丸喜の手に、蓮は自身の手を掴ませた。そのまま頬を擦り付けて、恍惚の笑みを浮かべる。丸喜は自分の手が触れているものの正体に気づき、気まずそうに顔をこわばらせた。
少し前から、蓮は妙な悪ふざけを自分にするようになった。年上をからかって楽しむ幼稚な生徒ではないと知っている。だからこそ、丸喜は蓮が今のような態度を取る時、警戒心を強めていた。
「先生、眼鏡がないとどれくらい見えないんだ?今何を触っているかはわかる?」
丸喜は何も答えずに、焦点の合わない目を蓮の顔から反らした。
蓮の挑発に乗ってはいけない。彼は、自分が先生として以上の姿を見せるときを待ち構えている。
彼のつれない態度を喜んで、蓮は嬉しそうに笑みを零した。彼の手を奪い取った眼鏡へと導いてやる。丸喜はほっと胸を撫でおろして、渋い表情のままレンズの汚れをネクタイで拭った。
「
……
君もみんなに誤解されたくないなら、それらしい振る舞いを覚えないとダメだろう。僕だって一応先生なんだ。この場所で君とおかしなことをしているのがばれたら、立場がなくなる。それをわかっていて、こんなことをやっているのかい?」
眼鏡をかけなおして、分厚いレンズ越しに丸喜が蓮を射竦める。だが蓮は悪びれることもなく、ますます色めいた表情で、一途な視線を丸喜へと寄越した。
「説教なんてしないでくれ。叱られるようなことなんて何もしていない。丸喜先生みたいな人、今までいなかった。俺だって、どうしていいかわからないんだ」
蓮は眼鏡を外して丸喜に抱き付くと、震える声で彼に囁いた。
「先生も、俺のことが嫌い?こんなことする生徒は、うっとうしい?」
まるで甘え方を知らない子どものようだった。不敵に見える蓮だが、彼にも弱い一面はある。それを晒していい相手が今までいなかったので、蓮でさえも自分の弱さを忘れてしまっていた。彼と話している間は、前歴持ちと言われて蔑まれることも、怪盗団のリーダーとしての重圧をかけられることもない。丸喜に出会ったことで、蓮は人にすがる心地よさを知ってしまった。
丸喜は蓮を突き放すことができなかった。長いカウンセリングを経て、蓮はようやく心を開いてくれたのだ。自分がここで彼を拒絶したら、彼の心の傷は癒え始める前よりも深くなってしまうだろう。
蓮の背中に腕を回して、丸喜は彼を抱き締めた。受け入れられたことに喜ぶよりも安堵して、蓮はとめどなく涙を零して嗚咽を上げた。
「せ、んせいっ
……
、先生、っ好き
……
」
「もう何も言わなくていいから」
丸喜は蓮の長い前髪を撫でつけてかき上げると、彼の口を自分の唇で塞いだ。同時に抑えようとしていた感情の制御が利かなくなり、蓮を掻き抱きながら、彼の経験したことのないであろう深い口づけを強いる。涙に覆われた蓮の目が苦しげに細められる。甘いりんごの香りの漂うキスを、蓮は不慣れな舌で夢中になって受け止めた。
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