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kokokisu
2019-04-14 23:27:56
5312文字
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【織田主】年上の恋人 1
僕の恋人は年上の男性だ。小学生の頃に付き合い始めて、彼とはもう五年続いている。
これを人に教えると、引き攣った顔で、騙されているんじゃないのか、それは犯罪だ、と言われる。世の中には、酷い言いがかりをしてくる人間が沢山いるのだ。彼との関係を誤解される度、信也は苛立ちがこみ上げて、嫌な気分になった。
初めから人に言わなければいいと分かっているが、人に聞かれるとつい口を滑らせてしまう。何も知らない人にはとても稀有な組み合わせだと分かっているし、彼と付き合い始めた自分の年齢を考えると、確かにスレスレだとは思う。だが、恋人の蓮に興味を持った人に対して、彼を自慢したい気持ちが勝ってしまい、信也はいつもその間違いを犯してしまっていた。
昼休みの教室で、紙パックのコーヒー牛乳にストローを刺すと、信也はスマートフォンを起動してアルバムを開いた。一枚の写真を選び出すと、話しかけてきたクラスメイトの女子へと見せつける。彼女の顔色が一瞬で変わったのを見て、信也はふっと得意げな笑みを漏らした。
画面に映し出されていたのは、年はおよそ20の、線の細い癖毛の青年だった。信也の恋人の写真だと直ぐに分かったが、それよりも彼女の目を引いたのは、青年の見目の良さだった。
五歳も年下の少年を毒牙にかけた男、という先入観があった彼女は、蓮が非常に綺麗な容姿をした男性である事に驚いていた。優しそうな微笑みは、信也に向けられた物だろうか。少年への欲情を抱いている男性と言うよりも、年下の恋人が可愛くて仕方がない、と言った表情だ。ちょっと羨ましくなるくらいに、信也の恋人は美しかった。
「この人?織田君の恋人って」
信也がこく、と頷く。その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
彼女が蓮に対して抱いた誤解を解く事が出来た。それどころか、彼女は蓮が魅力的だと認めている様子だ。これでもう蓮が不審者扱いされる事などないだろう。
一目惚れでもしたのでは、と言う顔つきで、彼女は蓮の写真を見つめている。信也はますます気分が良くなり、顔をにやつかせたままコーヒー牛乳を啜った。恋人である自分の贔屓目ではなく、やはり蓮は綺麗な人なのだ。
蓮とは彼が高校生の頃に知り合ったが、成人した彼はますます大人っぽくなった。端正な顔立ちは、意志の強さを表すようにいつも凛とした表情をしている。脚が長くて細身なので、背筋を伸ばして歩くと、街中でもスタイルの良さが目立つ程だ。穏やかだが良く通る声は、二人きりで自分の名前を呼ぶときだけ、甘い響きを纏わせる。何より、もう眼鏡を外して隠されなくなった彼の大きな瞳は、じっと見つめられると心をかき乱される程に美しかった。出会ったのが子供の時だったので、それが蓮だと当たり前の様に受け入れていたのだが、こうやって人の反応を見ると、やはり彼が美人なのだと思い知る。
預けていたスマートフォンを取り返すと、信也は彼女へ向かってにこりと笑った。
「かっこいいでしょ」
その言葉と、彼の嬉しそうな表情で、少女は蓮が信也の恋人である事を思い出した。恋人同士であると言う事は、二人がただの仲の良い友人ではなく、相応の行為をしているはずだ。かっこいいでしょ、と蓮の事を自慢げに話す信也だって、蓮に負けず劣らず綺麗な顔立ちをしている。この二人が手を繋いだり、キスをしたりするのかと想像してしまい、少女は信也に後ろめたく耽美な物を教えられた気分になった。
桜はとっくに散ったはずなのに、まだコートが手放せない寒さだ。ずっと楽しみにしていた週末が訪れて、信也はいつもよりもめかし込んで待ち合わせ場所にやってきていた。
休日の渋谷駅前は人でごった返している。だが、ちゃんと彼を見つけられるかという心配は杞憂だった。特別着飾っている訳ではないのに、やはりこれは恋人の贔屓目だろうか、街にいる誰よりも華やかに見える。蓮は自分と視線が交わった瞬間に嬉しそうな笑みを浮かべてきて、もう何年も付き合っている人なのに、信也は再び恋に落ちる気がした。
今日の予定を決める為に、道玄坂の喫茶店に入ると、信也は正面に座る蓮の顔を伺った。それに気づき、蓮がコーヒーに落としていた視線を信也へと向ける。長い睫毛の隙間から彼の瞳に射抜かれて、信也は心臓がドク、と脈打った。
「どうかしたか?」
「いや、別に、なにも
……
」
顔を赤らめた信也がしどろもどろに答える。蓮は短くふっと笑うと、コーヒーカップのハンドルを白い指で掴み持ち上げた。
「信也が俺に隠し事するなんて」
彼が小さい頃は、その隠し事の相談相手が自分だったのに、と言った口調だ。他意なく口にしているのだろうが、信也は少し気恥ずかしくなった。
小学生だった自分は小生意気で幼くて我儘で、蓮はそんな時から自分を知っている。自分は蓮が高校生だった頃から今までの彼しか知らないのに。子供の頃の自分を知っていると言う事は、蓮の立場を絶対的に優位にしていた。
コーヒーを一口啜った蓮が、信也を真っ直ぐに見つめて微笑んだ。
「学校はどう?勉強とか、分からない所はないか?」
「大丈夫。ゲームばっかやってる訳じゃないよ」
信也の返事に蓮が小さく笑い声を上げた。
「それは良かった。でも、今日はせっかくデートしてるんだし、沢山遊ぼう」
そう言って蓮はスマートフォンを起動すると、テーブルの上に置いて画面をスクロールして見せた。
「信也が見たいって言ってた映画、もう公開されてるよな。それと、ゲーセンに新しい筐体入ってる。ランキングに信也の名前、入れておいたらどうだ。後は
……
」
次々と蓮は行先を提案してくるが、それらの全てが信也の好みそうな場所だった。彼と自分の嗜好が似ているから、自然とそうなるのかもしれない。だが、信也は彼が自分に合わせてくれているのでは、と疑った。
「雨宮さんはどこに行きたいの?」
カフェラテを拭き冷ましながら、信也が蓮に問いかける。コーヒーを飲むようになったのは蓮の影響だが、まだミルクなしでは飲めない。
信也に言われて初めて、蓮は自分がどこに行きたいのかを考え始めた。腕を組んで、うんうんと悩みながら、軽く首を傾げている。
「俺が行きたいところか
……
。あるにはあるけど、信也はつまらないかもしれないぞ」
「良いから言ってみてよ。雨宮さんが楽しいなら、どこでも付き合うから」
子犬の様な笑顔を見せる信也に気付き、蓮は愛おしそうに目を細めた。彼は年上の恋人に我儘を言わせたいのだろう。
「じゃあ、コーヒーショップに行きたい。その店で焙煎までしてるらしい。惣次郎さんのお土産にも良いかなって。あと、ペットショップ。モルガナが新しいおやつが食べたいってうるさいんだ」
次々と提案してくる蓮を見て、信也はうん、と満足そうに頷いた。彼が自分の行きたいところを主張してくれる姿が新鮮で、愛らしい。彼は普段からもっと自分のしたい事を遠慮せず教えてくれたらいいのに。恋人同士なのだから、遠慮して心の内を打ち明けないなど、あってはいけない事だ。
そう考えてふと、信也は先ほど蓮に言及されそうになった自分の秘密を思い出した。彼に言おうと何度か考えたが、彼の穏やかな微笑みに見つめられると、打ち明ける勇気がかき消されてしまう。
いつからか、彼と会う度に考える様になっている。蓮と恋人になってもう何年も経つが、二人はまだ肉体的に結ばれた事が無かった。信也ももう成長して、身体は大人と殆ど変わりない機能を備えている。その気になれば、行為に及ぶ音だって可能だ。信也は、蓮といつになったら次の一歩を踏み出せるのかと、思い悩んでいた。
だが、信也はそれを蓮に打ち明ける事を躊躇っていた。蓮も男だと分かっているが、彼の可愛らしい横顔を見ていると、彼がまともに肉欲を抱くのかを疑ってしまう。こちらから強く求めてしまっては、怖がらせてしまうのではないか。もしくは、自分が何を欲しているのか、理解してもらえないかもしれない。彼も大人の男なのだから、そんなのは杞憂だろうと頭では分かっているが、信也はあと一歩を踏み出せないでいた。
信也からまたじっと見つめられている事に気付いて、蓮が微笑を湛えながら軽く首を傾げた。
「さっきからどうしたんだ?今日の信也、ちょっと変だぞ」
蓮が手を伸ばして、信也の頬をするりと撫でた。彼は今更何を隠そうとしているのだろう。自分に知られたらまずい事でもあるのだろうか。何を言われた所で、信也を嫌いになるはずがないのに。
話を聞き出そうとしてくる蓮は、相変わらず優しい瞳を信也に向けていた。年上の余裕だろうか。五つも年下の男に何を要求されても、全て受け止め切れると思っている顔だ。その態度に煽られてしまったのかもしれない。ようやく対等になりかけたと思っていたのに、信也はつい蓮に甘えてしまいたくなった。
手に滲んだ汗をズボンで拭うと、信也は強張る指先でコーヒーカップを持ち上げた。牛乳の甘い香りが漂うコーヒーを一口啜り、たいしたことじゃないとでも言うような口ぶりで呟く。
「雨宮さんでも、エッチな気分になったりするの?」
信也の言葉に驚いて、蓮は目を丸くした。かと思うと、頬に血色を滲ませて、恥ずかしそうに微苦笑を浮かべながら軽く顔を伏せている。
「まあ、それは。健全な身体してるなら、それが普通だろ。でも、急にどうした?信也がそんな話するの、初めてじゃないか?」
「そうかも。雨宮さんにこういう事聞くの、なんか気まずかったから」
蓮だけでなく信也まで、顔を真っ赤にさせていた。やっぱり聞くんじゃなかったと、少し後悔し始めている。上品な彼ならこう返すのでは、と予想していた通りの反応を見せられてしまい、蓮にセクハラをした気分になってきていた。
信也は熱を持った額を手のひらで押さえつけて、バツの悪そうな顔で俯いた。
「今日の僕、ちょっとおかしいかも。ごめん、忘れて。えっと、まずコーヒーショップだっけ」
話をはぐらかそうとする信也に、蓮はじっと真摯な瞳を向けていた。ただの冗談で信也が下世話な話題を振ってくるはずがない。ずっと子供だと思っていたが、彼はもう高校生だった頃の自分と同じ年になっている。身体も心も、小学生の時とは違い、成長したのだ。彼が求めている物を理解し、蓮はそれに応えてやらなくては、と決意した。
蓮のリクエストした場所を一通り回り切ると、二人は休憩がてら再びコーヒーショップへと立ち寄っていた。歩き回ってお腹を空かせた信也はホットドッグまで注文して、大きく口を開けてかぶりついている。蓮は上機嫌な笑顔で信也を見守っていた。
食事を終えた信也が、スマホを起動して時間を確認する。
「まだ三時だ。次はどこに行こうか?」
蓮は腕を組んで少し考える素振りを見せた後、躊躇いがちに口を開いた。
「
……
信也ももう、大人になったんだよな。ずっと、信也にはまだ早いかなって思ってたけど、遅すぎるくらいだったかも」
信也は蓮が言わんとする事を理解した。今までになく艶っぽい声で話す蓮に対して、先走った思いを抱きそうになる。
青臭い期待を滲ませてこちらを見つめる信也に気付き、蓮はふっと小さく笑った。
「信也、心の準備は大丈夫?多分、俺とするのが初めて、だよな?」
他の誰かと既に経験済み、など考えたくもない。信也と付き合い始めたのは、彼が小学生の頃だ。それからずっと恋人同士なのに、自分が彼の欲に気付かなかった所為で他の誰かと、など。
蓮は緊張で強張った信也の手を優しく握り締めると、空いた手でスマホを取り出し、地図アプリを起動した。この辺りで、二人きりになれる場所は、と検索を始める。蓮のスマホの画面に表示されたホテルと言う文字に気付き、信也は分かりやすく動揺して、蓮に掴まれた手がますます熱くなっていった。
「心の準備なんて
……
。雨宮さんの方こそ、平気なの?こんないきなり、思いついたみたいに」
緊張から不貞腐れたような口調になる信也に、蓮は宥めるような視線を送った。いつもの穏やかな笑みだが、熱情を思わせる目つきで、信也はますます脈が上がっていった。
「見くびるなよ。俺はずっと待ってたんだぞ」
場所の目星がつくと、蓮はスマホの画面を暗くして、テーブルに伏せて置いた。信也の手を掴んだまま、熱っぽい声で小さく笑う。もうこんな事が恥ずかしい年でもないのに、蓮は信也につられて、浮ついた気分になっていた。
「信也の方から誘ってくれて、嬉しい。俺から言い出すと、信也は断れないかなって思って。一緒に頑張ろうな」
蓮の初々しさを感じさせる笑顔を見て、信也は彼と付き合い始めたばかりの時を思い出していた。手を繋ぐだけで緊張して、初めてキスをした夜は眠れなかった。これから彼と、また一つ関係を進める事になる。今まで見たことのない、彼の新たな一面を知るのだろう。信也はますます蓮を好きになってしまうのではと言う予感に襲われた。
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