いつもなら釣り堀かゲーセンに行くのに、今日は映画館へ連れていかれた。しかも見たのは恋愛映画で、これは二人のどちらの好みでもない。デートだから、竜司はいつもとは違う事をしようとしている。もうすっかり慣れ親しんだ親友同士なのに、ちゃんと恋人として関係を築こうとしてくれていた。蓮はそれがくすぐったくて、照れ臭くて、胸が詰まりそうな位に嬉しかった。
それなのに、と蓮が我に返ったのは、ベッドの上で竜司と裸で向かい合った瞬間だった。楽しいデートの余韻に浸り、ほんの数分前までは、これからの行為に期待に胸を膨らませていたのに。竜司とキスをして暫くすると、蓮の意識は例の男の事で一杯になってしまった。
ずっと見て見ぬふりをしていたが、望みが叶う寸前になって、感情が一気に溢れ出してきた。自分は、身体を慰める相手が欲しかっただけではないのだろうか。竜司と付き合えなかったら自分は男との関係を続けていた。だが竜司と付き合えると分かった途端に、疎ましくなって男を捨ててしまった。これからは竜司が自分の欲を満たしてくれるからだ。
自分には、竜司と付き合う資格がない。別れる時に男から投げかけられた言葉を思い出す。勝手だとか、良い性格をしているとか、自分が彼を捨てたように、竜司も自分を捨ててくるとか。竜司と付き合えて、男との爛れた関係を清算しなくては、と心を決めたのだが、男の言う通り、自分は最低な事をしでかしたのだ。そもそも竜司に知られたら嫌われると思って隠していた事実が、自分が彼に見合う人間ではないと言う証拠だ。
「……な、なあ、俺なんか、お前に嫌な事した?」
蓮の顔が凍り付いたのを見て、竜司が気まずそうに苦笑を浮かべた。彼はこういう事が初めてだそうで、自分を傷つけないように、色々と入念に下調べをしてくれたそうだ。好きでもない恋愛映画を選んだのも、雰囲気を作る為だったと打ち明けてきた。彼にそこまで尽くさせた事に対しても、蓮は罪悪感が生まれていた。あの男の人だけでなく、自分は竜司の気持ちまで、自分の為に弄んでいる。それも、ただ彼とセックスをしたいと言うだけの理由で。竜司が自分に向けてくれる真摯な愛情に気付いて、蓮はますます自分が穢れた存在だと思い込み始めていた。
蓮の双眸から涙がぱたりぱたりと零れ始める。顔を手で覆い、竜司から泣き顔を隠そうとするが、嗚咽まで漏れて止められない。竜司を困らせたくないのに、蓮は感情を抑える事が出来なくなった。
「ごめんって……。お前も、そんなに嫌なら言えよ。無理強いとかしたくねえし」
ばつの悪そうな顔をした竜司の謝罪を聞いて、蓮が大きく首を横に振った。
「お前が悪いんじゃない。悪いのは俺だ」
言葉が途中で嗚咽にかき消されていく。それでも蓮は無我夢中になって竜司に訴えた。自分がいかに、彼の恋人に値しない人間であるかを。
「俺、何日か前に、男と別れたばかりなんだ。その人とは、竜司が告白してくれた次の日に別れた」
蓮の突然の告白に、竜司は面食らっていた。蓮が男と付き合っているなど、初耳だった。なんでも打ち明けられる親友だったのに、彼は大きな秘密を抱えていたらしい。
「お前と付き合えるって思ってなくて。その人の事、好きでもないのに抱いて貰ってた。都合の良いセフレだ。竜司にしてほしいって言ったら嫌われそうな事、全部して貰った。竜司に告白されるまで、俺はそれで満足してたんだ。なのに、お前が告白してくれて、俺、自分が何やってたのか気付いた。別れさえすればなんにもなかった事にして、お前と付き合えるかなって思ってたんだけど。俺、竜司もあの人も自分勝手に振り回しただけだ」
全てを吐き出すように、喉を震わせながら竜司へと告白した。せっかく竜司と恋人に成れたのに、自ら関係を壊すような事をしている。もう前の様な友人にも戻れない。逃げ出したいくらいだったが、幻滅されたくないとまだ彼に事実を隠そうとしている自分がいることに気付いて、蓮はますます涙が溢れ出して止まらなくなった。
竜司は無言で蓮の告白を聞いていた。彼は優しいので、あの男の様に逆上して、こちらを責めるようなことは口にしないだろう。許して欲しいと言えば、その通りにしてくれる。彼なら全て受け入れてくれる事も、彼の親友だった蓮は良く知っていた。だからこそ自分の方から言わなくてはならないのだと、蓮は恐怖から震える拳を握り締めた。
「竜司、だから」
「一人で勝手に決めんな」
蓮が二人の関係を終わらせる言葉を口にしようとした瞬間に、竜司は少し怒ったような口ぶりでそう言った。彼の告白には確かに驚いたが、だからとこちらの答えを蓮が勝手に決めていいはずがない。なにより竜司は、自分の事で蓮を悩ませてしまった事に苛立っていた。彼を泣かせる為に、恋人になった訳ではないのに。
竜司が蓮へとぎこちなく手を伸ばした。まだ恋人として彼をどう触ったらいいのか分からないのか、不慣れな手つきで肩を抱く。
蓮が告白した事は、何一つとして彼を嫌いになる理由になりえなかった。むしろ、自分の為に蓮が必死になった証でしかなく、竜司はますます彼を愛おしく思った。
「ずっと一緒にいよう」
聞き慣れた優しい声に心が満たされて、蓮は何も言えなくなった。こんなに嬉しく思うのは初めてで、どう言葉にしたらいいのかも分からない。不格好に泣き腫らした顔を伏せて、涙をベッドに滴らせながら、蓮は一度だけ深く頷いた。
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