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kokokisu
2019-03-05 01:56:23
1871文字
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【織田主】僕と俺の恋人
いつかボロを出すかもと思っていたが、ついにその時が訪れてしまった。
春が迫り、公園の桜の木は蕾を綻ばせ始めている。まだマフラーは巻いているが、不便さを我慢して手袋をしなければならない程ではなくなっていた。温かくなってきたので、デートの場所に家ではなく公園を選んだのは名案だと、さっきまでは思っていたのに。
織田信也は去ってゆくクラスメイト達の背を見つめて軽く溜息を吐いた。秀尽学園の制服を着た彼女たちは、思い出し笑いでもしているのか、セミロングの髪を揺らして肩を震わせている。きっと明日にはクラス中に広まって、面白おかしく揶揄われるのだろう。
隣に立つ青年を見つめる。何が起こったのか知らずに彼は、猫の様な目を大きく見開き、口角を上げて微笑んでいた。そんな彼を見ていると、心が絆されてしまい、まあいいかと思いそうになる。だが、信也は頭を振って思い直した。
彼といる時は無意識に使っていて、彼といない時はもう使う事のなくなった言葉がある。小学生の自分は疑いもなく使っていた、僕と言う一人称。中学生になり、その優等生然とした子供っぽい一人称が恥ずかしくなって、自然と信也は自分の事を僕とは言わなくなっていた。
だが、彼の前では昔の様に、自分を僕と呼んでいる。暁は信也が『俺』と言う一人称を使う事を嫌っていたからだ。拘りがある訳でもないので、彼の好みに合わせていたが、彼女たちの反応を見てやっと目が覚めた。
秀尽学園の生徒になって、もう一年近く経とうとしている。入学したての頃は裾も袖も余っていたが、いつの間にかぴったりのサイズになっていた。首が痛い位に見上げていた彼の顔も、今では直ぐ近くにある。初めて出会った時から大人だと思っていた彼と同じ年になろうとしているのに、いつまでも自分を子ども扱いさせる訳にはいかない。
「信也の友達だったのか?紹介してくれたら良かったのに」
暁に言われて、信也はむっと唇を尖らせた。
「嫌だよ。色目使われたらむかつくし」
信也の言葉に暁が笑い声を上げる。
「若すぎる。対象外だ」
そちらの心配など端からしていない。色目を使われるのはいつだって暁の方だ。彼を連れて人の多い所にいくと、周りにいる誰もが彼に熱視線を送っている様な気がして、信也は気が気でなかった。
暁が公園のベンチに腰かけて、信也もその隣に座った。マフラーに口元を埋めながら、眉間に深く皺を刻む。暁が子ども扱いする彼女たちと、自分は同じ年だった。それなら彼は、自分の事も子どもだと思っていると言う事だ。もうキスもした関係なのに、彼にとってはその程度、戯れに過ぎなかったのだろうか。
「僕、いや、俺は、暁さんの恋人だよね。若いってだけで恋愛対象にならないなら、暁さんとデートしてる俺は何?」
わざわざ信也が一人称を言い直したのを聞いて、暁は少し眉を顰めた。
「それ、好きじゃない。信也には似合わないぞ」
恋人に対して、好きじゃない、と言い放つほどの事なのだろうか。自分がどんな一人称を使おうが、中身は変わらないのに。そもそも暁の方こそ、成人した今でも俺と言う一人称が似合わない程の女顔だ。
「ずっと言おうと思っていたけど、俺、もう暁さんの前以外では、僕って言ってないんだ。どうして暁さん、俺に僕って言わせたいの?」
それを聞いて、何やらうっとりと目を細めた暁が、甘い声音で呟いた。
「そっちの方が可愛いから」
信也は呆れて物も言えなくなった。大した理由ではないはずだと思っていたが、予想を超えている。もう彼と同じ背丈にまで成長した男に対して、彼は可愛いと言い放った。彼はそんなに、自分を子どものままにしておきたいのだろうか。
信也は暁の正面に立つと、彼の両脇を塞ぐように、ベンチの背凭れに手を付いた。長めの前髪を顔の横に垂らして、暁の顔に影を落とす。軽く唇を重ねると、信也は睫毛が重なりそうな距離で暁を見つめた。
「可愛いじゃなくて、かっこいいって言って」
我儘な恋人を窘める様に、信也は大人びた笑みを浮かべた。はっきり伝えなくては、回りくどいやり方では暁は巧くかわしてしまう。猫が逃げないようしっかりと捕まえて、信也は自分の気持ちをはっきりと言い聞かせた。
信也の思わぬ一面を見せ付けられ、暁の顔が徐々に赤くなっていった。小学生の頃から知っていて、身体は大きくなったが中身は変わらないものと思っていたのに。可愛いだけでなく大人の色気まで身に付けられてしまっては、暁は信也に太刀打ちできる気がしなかった。
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