Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
kokokisu
2018-05-29 23:47:13
1974文字
Public
Clear cache
シャルウィーダンス
吉田×主人公
映画を鑑賞する趣味があると聞いたけれど、と前置きをして、吉田先生は暖かみを感じさせる笑みを浮かべた。
「君のように若い人も、古い日本映画は見るのかい?」
その後に彼が教えてくれたタイトルは、十代の蓮でも名前は聞いた事のある有名な映画だった。吉田先生が今よりも若い頃、その映画を誰かと一緒に見に行ったらしい。社交ダンスをテーマにしたラブコメディは、男と見に行くような映画ではない。嬉々としてその思い出を語る吉田先生を前に、蓮はとても苦々しい感情をどうにか笑顔で隠さなければならなかった。
だが、吉田先生が政治以外の事を熱心に語る姿は、蓮には目新しく映ったし、先生が政治以外にも興味を持ってくれるという事実は、蓮にとって救いですらあった。吉田先生はこの国の未来を真っ直ぐに見据えていて、どうにか彼に寄り添おうとする自分の事など、本当は見えていないのでは、と感じる事が、蓮には多々あったからだ。
「ダンスなんて久しぶりだよ。ちゃんと踊れるといいんだが
……
。君の足を引っ張ってしまったらすまないね」
「いえ、そんな
……
。俺は、先生と踊れるのを楽しみにしていました」
笑みを浮かべる蓮を見て、先生は優し気に目を細めた。
「君と私が並ぶと、映画のラストシーンを再現しているみたいだ。ダンスを習いに行っていた主人公の男性が、憧れていたダンス講師の女性と二人で踊るんだ。折れそうなくらい華奢なのに、激しく美しいダンスを踊る先生には、思わず見入ってしまったよ」
吉田先生が褒め称える女性に、自分が例えられている。蓮はその事にとても気恥ずかしくなって、眼鏡の下で頬を紅潮させた。
「でも今日は、俺が先生にダンスを教わる方ですから」
それを聞いて、吉田先生は楽しそうに破顔した。
「主人公が見かけたダンス講師が私のようなおじさんでは、映画みたいなドラマは始まらないな」
蓮はとんでもない、と直ぐに否定した。吉田先生はそれを彼の謙遜として受け取ったが、蓮にとっては彼との出会いこそが、胸を焦がすドラマの始まりだった。
先生が蓮の手を取り、背筋を伸ばして、一歩前に踏み出す。蓮は彼に導かれながら、二人でステージの中心へと向かった。
自分よりも背の低い吉田先生だが、自分の手のひらを握り締める彼の手は、大きくて暖かかった。どうして今に限って手袋などしているのだろう、と蓮は後悔をしていた。もう片方の手は、自分の腰の括れた部分を力強く抱き寄せてきている。踊る前からこんなに息が苦しくて、ちゃんとステップを踏めるのだろうか。
演説中のように真面目な目つきをした先生が、鳴り始めた音楽を邪魔しないよう、蓮に小さく囁いた。
「もっと身体を寄せて。君は、社交ダンスは初めてなんだろう。私がリードするから、君はついて来てくれたらいい」
そう言って先生は、蓮の身体を自分の身体と密着させるように抱き締めた。蓮は一瞬、心臓が止まったように感じた。先生の前では言葉にする事も憚られる情景が脳裏に浮かんでしまい、必死でそれらをかき消そうとする。
「社交ダンスは初めてだけど、先生となら踊れる気がします」
彼らがいるのは渋谷のスクランブル交差点前であり、これから披露する二人のダンスが似つかわしくない空間だ。しかし、ここは二人にとって少し特別な記憶の残る場所である。中年の男性と十代の青年という、普通なら人生の動線が交わる事のない二人は、この場所で運命的に出会い、まるで夢物語のような理想の世界を語り合った。
吉田先生が蓮を抱きかかえたまま、力強いステップを踏み出す。蓮は彼に身体を委ねると、相手の動きに合わせて足を運んだ。意識をしなくても、先生に導かれて、身体が自然と動いてくれる。次第に二人の呼吸が揃っていき、先生の体温も上がっていくのを感じた。
蓮は吉田先生とのダンスに恍惚を覚えていた。まるで、何度も繰り返したやましい妄想を、現実にされている気分だ。
「夢みたいです」
吉田先生に身体を支えられ、蓮が上体を大きく反らしながら呟いた。頭の眩みそうな熱量に浮かされて、蓮が思わず漏らしたその言葉を聞いて、先生は息を切らしながら笑った。
「本当に。このひと時を、目が覚めても覚えていたいね」
彼の言う通り、夢みたい、ではなく、これは本当に夢なのだ。蓮はその事をすっかりと忘れていた。夢ならば、この幸せな時間に終わりが訪れるのもそう遠くはないだろう。しかし蓮は、これが夢である事に虚しさなど感じなかった。吉田先生が同じ夢を見てくれているのなら、彼と自分が交わったのは疑いようのない事実である。
二人きりのダンスが終わり、熱れて汗を滲ませた先生がステージから去っていく。幸せな夢を見せてくれた先生に最大限の感謝を示し、蓮は仰々しく腕を使って深々とお辞儀をした。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内