kokokisu
2018-05-16 20:07:23
2401文字
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ぺご蓮ぺご 3


 蓮と竜司がパレスで入手した金メダルを売って入手した金は、鴨志田の改心成功を祝う食事の代金として使われる事になった。
 高層ホテルのワンフロアを使ったビュッフェには、正装で着飾った大人立ちが闊歩していて、その中にカジュアルな服装で紛れ込んだ面々は、明らかに浮いていた。しかし彼らはテーブルに並べた豪勢な料理に夢中で、大人たちから向けられる白い目に気づいていない。
 竜司と暁に挟まれて座った蓮が、手のひらの上に白身魚のムニエルを乗せて、モルガナに食べさせている。美味しそうに舌鼓を打つ黒猫を見て、彼はそれだけで満足そうにしていた。ケーキやスイーツを全種類食べると意気込んでいる杏や、肉を食べ尽すと宣言した竜司に比べて、ここが無制限に食事を出来る場所という意識が蓮にちゃんとあるのか、暁は疑いたくなった。
 しかし、自分と比べたら彼の方が本当の意味でちゃんと食事を楽しめているのかもしれない。食事の落ち着いた暁は、長椅子の背もたれに腕を乗せ、コーヒーを啜り、ようやく一息ついていた。ズボンのベルトに腹が締め付けられている。テーブルの上で積み重なった皿を見て、よくこれだけの量を胃に詰め込めたものだと、我ながら感心した。
 最初、席を確保している暁の代わりに、杏と竜司が料理を取ってきてくれたのだが、食べ合わせと言う物を一切考慮されていない料理の数々を山ほど積み上げられてしまった。それでは不満だったらしく、モルガナのリクエストに応えて再度料理を取りに行き、最初の分と合わせて完食したので、食べすぎで胃が苦しい。
 暁と同様に無理をして食べ過ぎた竜司が、口を押さえながら苦しそうに呟いた。
「俺、トイレ
 それを聞いて暁も竜司の後を追う。ソファから立ち上がった暁を見て、食べ過ぎてはいないはずの蓮まで席を立った。
「蓮は、別に食べ過ぎてないだろ」
「そうだけど、二人とも、具合悪そうだから」
 豪勢な食事を存分に満喫して、モルガナは優雅に寛いでいる。彼の事は鞄ごと杏に任せて、蓮も竜司と暁について行った。


 用を済ませて杏とモルガナの元へ戻る際、竜司達はそれまでの楽しい時間を台無しにするような不愉快な思いをさせられた。スーツを着た如何にも立場のあるらしい大人たちが、エレベーター待ちをしていた竜司を突き飛ばして割り込んだだけでなく、相手が子供であるからと、あからさまに見下した態度を取ってきたのだ。
 その大人たちを乗せて目の前で扉を閉めるエレベーターを見つめながら、竜司は堪らず悪態を吐いた。
 折角、鴨志田という暴力教師を改心できたのに、学校の外の世界は何も変わっていない。胸に蟠りが生じて、食べ過ぎの所為ではないムカつきを感じる。竜司は少しでも憂さを晴らそうと、愚痴相手を求め蓮と暁を振り向いた。
 しかしながら、彼が目撃したのは、もともと白い顔からますます血の気の失せた暁と、彼を心配そうに支える蓮の姿だ。竜司はまず、蓮ではなく暁が弱っている事に驚いてしまった。二人は瓜二つだが、暁は蓮と違って図太い印象があったのに。見間違えているだけで、暁が蓮を支えているのではと疑ったが、やはり蓮が暁を支えているらしい。
「お、おいどうしたんだよ。蓮、暁に何があったんだ?」
 足元が覚束なくなるほどの眩暈に襲われている暁を、蓮がしっかりと抱き締めている。蓮は軽く唇を噛んで、階層を下っていくエレベーターをドア越しに見つめた。
「分からない。でも、さっきの大人たちが原因みたいだ。あいつら、暁に何か嫌な事でもしたのか……?」
 エレベーターを横取りされ、一人の男がこちらに向かって鋭い声を放った瞬間、暁が貧血のようにふらついたので、蓮は咄嗟に彼を抱き締めて支えた。その時に暁が、あの声は、と呟いたのを、蓮は聞き逃さなかった。どうやら暁にとってさっきの男たちの誰かは、声を聞いただけでも暁に何かのトラウマを蘇らせる程の相手らしい。
「蓮、お前はどうなんだ。平気なのか?」
 二人はいつも一緒に居る。楽しい記憶だけでなく、嫌な記憶も必ず共有しているはずだ。
 しかし蓮は軽く頭を振って否定した。
「確かに、何か引っかかる感じはした。けど」
 蓮が暁の様子を伺った。まだ痛みがあるのか、眉間に深い皺を刻み、頭を押さえている。いつも強気な暁がここまで過剰な反応をする程だ、彼にとっては酷く辛い経験だったに違いない。だが、男の声を一緒に聞いたはずの蓮は、暁のように嫌な記憶を思い出したりはしていなかった。まさか暁だけが覚えていて、自分は忘れているのだろうか。
 ようやく眩暈が少し治まったらしく、暁が自分の足で自身を支え、蓮の腕から離れていった。
「蓮、もう大丈夫だから」
「本当かよ、お前、まだ顔色悪いぞ」
 いつも冷静で、堂々としていて、何事にも動じない彼だからこそ、これはただ事ではないと竜司も察していた。暁に事情を聞き出そうとするが、暁は口を引き結んだまま、何も話そうとしない。
 この場にいたのが竜司だけだったなら、暁はさっきの男が何者かを伝えていた。だが今は、蓮もいる。彼にまで真実を伝えるのは避けたい。
 彼が男の声を聞いて何も思い出さなかった事を、暁は意外に思っていた。同時に、蓮が自分の様な思いをせず済んだ事に、胸を撫で下ろした。自分と違ってか弱い蓮が、男の正体に気付いていたら、動揺していたどころではなかったはずだ。
「暁、一体何を思い出したんだ」
「別に大した事じゃない」
 どうにか聞き出そうとしてくる蓮だが、暁は頑なにはぐらかし続けた。
 竜司には後でチャットか何かで伝えるとして、蓮には黙っておいた方がいいだろう。さっきの男の正体が、自分達に前歴を付けた張本人であるなど。自分でさえ男の正体に気付いた瞬間は目の前が真っ暗になった。こんな身の凍るような思いを蓮にさせたくない。