kokokisu
2017-12-22 00:55:12
8729文字
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王様ゲームをする怪盗団


 何故こんな事になってしまったのか、暁は今思い返しても理解できなかった。
 怪盗お願いチャンネルで新たな改心のターゲットの目星がつき、メメントス潜入前の作戦会議の為、屋根裏部屋に集合をかけた。情報共有が終わり、改心をするべきだと全会一致で決まると、仲間達は思い思いの時間を過ごし始める。竜司は漫画を読み、真は勉強をして、祐介は人のスナック菓子をハムスターの様に齧り続けていた。暁はスマートフォンで今後のスケジュールを確認して、今日潜入するべきか後回しにするべきかどうか、思案していた。
 三十分ほど考えてから、暁はまだメメントスに潜入しないと決めた。現実に困っている人間がいるので、改心は最優先で行うべきだが、暁には他にも気になっている事がある。
「今日はこれで解散しよう」
「えっ、これだけかよ」
「これから牛丼屋でバイトがあるんだ」
 それは、メメントスでのターゲットの改心よりも優先するべきことなのだろうか。話を聞いていた明智が、暁へと怪訝な目を向ける。
「牛丼屋のアルバイトは、まさかお金を稼ぐためだけに行こうとしている訳じゃないよね」
 明智は忙しい時間の合間を縫って屋根裏部屋を訪れている。もし、改心するかどうかの全会一致の為だけに集合をかけられてしまったのなら、文句を言いたい。
「ああ。資金集めなら、メメントスが一番効率的だ。でも、賃金以外にも得られるものはある。例えば、ワンオペで客の無茶な注文に対応している内に、器用になったり」
 暁の顔に影が落ちる。言いながら、牛丼屋でのブラックとしか言いようのないバイトを思い出した。どうしてあの店のマネージャーは人員を増やさないのだろう。まあ、あの条件で人が集まるはずもないが。出来る事なら行きたくはないが、今は器用さを上げなければならない理由がある。
 一心不乱にスナック菓子を貪り食う祐介へと視線を向けて、暁は髪の毛を掻き回すように後頭部を掻いた。彼の生家である斑目のあばら家に入ろうとしたが、鍵がかかっていて開かなかったのだ。メメントスやパレスの宝箱ならピッキングできても、現実世界ではどうもうまくいかない。祐介が今後、未来を見て生きる為にも、暁はあの家の鍵を早く開けてやる必要があった。
 明智は暁の返事に納得がいかなかった。器用さを上げる事の方が、メメントスでの改心よりも大事なのだろうか。
「そもそもまだ潜入しないなら、集合をかけなければいいじゃないか」
「お前が集まる時は呼べって言ったんだろ」
 そう言われて、明智がぐっと言葉に詰まる。まさか彼が自分の発言を逆手に取ってくるとは思わなかった。
 睨み合う二人の間に割って入ったのは、双葉だった。
「はいはい、喧嘩は止めー。暁、察してやれよ。この高校生探偵王子は、もっとこのメンバーと一緒に居たいんだろ。女にはモテそうだけど、友達は少なそうだし」
「な、一体何を……
 明智は戸惑っていた。双葉の言う通り、明智に友人と言えるような人物はいない。作ろうともしていなかったので、それを気にした事もなかった。だが、怪盗団ともっと一緒に居たいというのは、悪趣味な冗談だとしても笑えない。どちらかと言うと、明智にとって怪盗団は目障りで、慣れ合うなどもっての他だった。
 小柄な体を二人の間に割り込ませて、双葉が暁の前に立ちはだかった。
「私だって、もっと暁と遊びたい。他の皆だってそうだ。いつもいつも、作戦会議で呼び立てたかと思ったら、はい解散で、一人でどこか行って!……寂しいだろ!」
 最後の一言が、彼女が本当に言いたかった事なのではないだろうか。あまり自分の感情を言い表さない双葉だが、寂しい、という言葉にはしっかりと彼女の気持ちが籠っていた。
 確かに、最近はスケジュールが詰まっていて、なかなか仲間と揃って過ごす時間を作れなかった。個別に遊ぶことはあっても、全員が揃うのは怪盗団の仕事がある時ばかりだ。このメンバーの中で、一番年下であり、怪盗団と惣次郎以外の人間と接する機会の少ない双葉は、特に寂しかったはずだ。
「ブラックなバイトなんか行くなよ……。わ、私達と、牛丼屋、どっちが大事なんだ!」
 捨てられた子犬のような目で見上げてくる双葉の頭を、暁が優しく撫でた。
「悪かった。今日は、バイトは止める。メメントス潜入は、明日にしよう」
 暁は家族サービスでもしている気分だった。彼にとっては妹も同然の双葉にここまで言われてしまっては断れない。暁の返事を聞いて、双葉の顔がぱっと明るくなる。
「それで、双葉ちゃんは何がしたいの?」
 春が彼女の姉のような口ぶりで尋ねた。年は二つしか離れていないが、双葉には子供っぽい所がある為、春も彼女の事を年の離れた妹のように思っていた。
「んっと、ゲーム!とか?」
「ゲームか。コントローラーが足りないな」
「これだけの人数がいるし、全員でやるのは難しいわね。トランプとかはどう?」
 勉強をしていた真も参加する気になったらしい。それを聞いて杏も会話に加わってきた。
「えー、もっとこの人数じゃないとできない事がやりたいな」
「じゃあ、野球とか?」
「う……。運動は苦手だ」
 彼女たちのやり取りを黙って聞いていた竜司が、読んでいた週刊誌から顔を上げた。歯を見せて笑い、本を置いて立ち上がる。
「大人数でやるゲームと言えば王様ゲームだろ」
 竜司が言い終わるが早いか、明智は床に置いていたアタッシェケースを手に取った。
「それじゃ、僕は帰らせてもらうよ」
「待て。どこに行く気だ」
 逃げようとする明智を、暁が引き留める。眼鏡が反射して彼の表情が良く見えない。だが、彼が面白がっているのは伝わってきた。
「ごめん。これからテレビの打ち合わせが……
「今日はメメントスに行かないのかってキレてたくせに何言ってんだ」
 竜司の鋭い指摘に明智が下唇を噛み締める。
「王様ゲームとはなんだ」
 祐介は王様ゲームを知らないらしい。竜司が目を丸くして驚いた。
「知らねーのか?こうやって、皆で番号と当たりの書いてある棒を引いて、当たりを引いた人が王様になるゲームだよ。王様は何を命令してもいいんだぜ。ただし、番号でしか相手を指定できないし、誰がどの番号を持っているか、本人しか分からない」
 竜司が祐介の手に持っていたカップから、棒状のスナックを抜き取りながら説明する。祐介は貴重な食料を奪われて、不服そうだった。
「僕がそのゲームに参加しないといけない理由、あるかな」
「ある」
 どうにか逃げようとする明智を、暁が短い言葉で引き留める。
「それが一体何か、聞かせてもらってもいい?」
………
 暁は何も答えなかった。明智の爽やかな笑顔が気に食わないから、それが崩れる瞬間を見たいだけである。これは暁が明智をゲームに参加させたい理由であり、明智がゲームに参加しなくてはならない理由ではない。だから、敢えて言葉にしなかった。
 黙り込む暁を見て、双葉が何かを察した様にうんうんと頷く。
「明智、黙秘権だ。よし、じゃあ早速くじを作るぞ!」

 残念ながら王様ゲームの実施に全会一致を得られなかったが、これは別に改心ではないのでつつがなく執り行われる事となった。それに、反対しているたった一人は、厳密にいえば怪盗団ではない。明智は退路を断たれてしまった今でも、埃っぽい屋根裏部屋から逃げ出す方法を模索していた。何が悲しくて怪盗団と王様ゲームをしなくてはならないのか。明智は彼らが一体どんな命令を出してくるか、特に竜司と暁に対して、内臓が冷える程に警戒していた。
 双葉の手には9本の割り箸の刺さった豆の空き缶が握られている。隠されている割り箸の先には、1から8までの数字と、小さな王冠のマークが記入されていた。後は全員で一斉に棒を引き抜き、王様を決めればゲームが始まる。
 暁はこのゲームに勝つ自信があった。普通、王様ゲームと言うと、運だけで王様が決まってしまい、誰が何番なのか分からない状態で命令を出すスリルを楽しむものだが、暁にとっては違った。
 彼は他のメンバーにはない能力を持っている。それは、物事の隠された真実を見抜くことのできる力だ。暁の目には、双葉の持つ割り箸の先に何が書かれているか、はっきりと見えていた。
 王様の割り箸を確保して、適当な人物の引いた番号を指定し、好きな命令を下せばいい。まず狙うのは明智だ。肩を揉ませようか、それとも溜まった洗濯物を片付けさせようか。潜入道具を作らせて、自分はDVDを鑑賞するのも良い。暁は勝手に笑みの形に変わってしまう顔を、軽く俯く事で隠していた。
「よし、全員引いたな。じゃあ、行くぞ!王様だーれだ!」
「俺だ」
 暁が眼鏡を押し上げながら名乗り出た。彼の掲げる割り箸には、先端に黄色いペンで王冠のマークが描かれていた。
 明智の顔が引き攣る。よりによって、彼が王様になるとは。最悪の事態を懸念していたら、その通りになってしまった。
「じゃあ、命令。一番が王様の肩を揉む」
 視線を明智に向けて、暁が命令をする。一番を持っているのが誰か、明らかに知っている様子だった。怪盗団の他のメンバーが彼の軽い命令を聞いて、自分の番号が一番でないこともあり、朗らかに笑っている。だが明智は嫌な予感に冷や汗が止まらなかった。
 明智がぎゅうと握り締めていた手を開き、割り箸に書かれていた番号を確認した。何度見ても一番だ。どのタイミングで暁に嵌められたのか分からないが、どうやらこれは罠だったという事に明智も気づいた。
「おっ、一番は明智か!ほら、さっさと王様の命令に従う!これくらいの命令で良いなんて、暁は優しいな」
 双葉にせっつかれて、明智が暁の背後に回る。尊大な態度で椅子に座る彼の肩に手を伸ばすと、力加減を考えずに揉み始めた。手袋に包まれた指先が、暁の鎖骨の間にぐりぐりとねじ込まれる。暁は思わず肩を小さく縮めて、彼の手から逃れるように背を逸らした。
「い、痛い、明智、もっと優しく」
 気持ちの悪い声を出すなよ、と心の中で悪態を吐く。明智はやっと彼の汚い手口に気が付いた。新島冴のパレスで見せた、サードアイとかいう能力だ。見ただけでシャドウの強さや、パレスに仕掛けられた罠まで見抜けるのなら、割り箸の先に何が書かれているか見抜くことなど容易いだろう。
「もう、いい、良いから、明智、放して」
 暁が矢鱈と色っぽい声と視線でそう訴えてくるので、明智は彼の肩から手を離した。元居た場所に戻る直前、彼の耳に口を寄せて警告する。
「次はこうはいかないよ」
 負け惜しみだろうか。初めは嫌がっていたのに、結局本気になっている。暁は未だにずきずきと痛む肩を自分で揉み直しながら、次は誰に何を命令しようかと企んでいた。
 真に膝枕をしてもらう。春に頭を撫でてもらう。双葉を膝に乗せる。杏に抱き締めてもらう。どれも捨て難い。竜司と祐介にキスをさせるのも、面白そうだ。
 何度も連続で王様になると、流石に怪しまれてしまう。次は王様以外を引いて、大人しく命令を聞いてやろう。自分以外の人間が王様になった所で、誰が何番か分からないだろうから、人を思うように動かしたりなど出来ないだろうが。
 双葉がシャッフルし直した棒へと、再び全員が手を伸ばす。暁が適当に取ろうとしていた数字の棒は、明智に横取りされてしまった。勝ち誇った顔をする明智だが、暁は彼が何をしたいのか分からず、疑問符を浮かべていた。引こうとしていた番号が、二番から三番に変わっただけだ。
 明智は暁が再び王様の棒を引こうとしているのだと勘違いをしていた。彼が取ろうとしていた棒には王冠が描かれていると思い込んでいた明智は、その棒の先端にあった2という数字を見て、一瞬固まってしまった。
「次はあたしが王様!」
 杏が元気に棒を掲げている。明智が驚愕の目を杏に向けた。明智が何をしたかったのかを察して、暁は彼を笑うどころか憐れんでしまった。
「じゃあ……、5番と8番がお互いにじゃがりこを食べさせ合う」
 彼女の命令に男たちがどよめいた。もし男同士が対象だったら、地獄絵図になっていただろう。だが幸運な事に、5番は春で、8番は真だった。
 春がカップから取り出したスナックを摘まむと、先端を真へと向けた。
「なんだか、照れるね」
「意識させるような事、言わないで」
 軽く顔を紅潮させて、春が真の薄く開いた口へ、お菓子をゆっくりと差し入れる。かり、かり、と小さな音を立てて、少しずつ咀嚼されていく。綺麗に整えられた爪先が真の唇に触れる直前、春は慌てて指を引っ込めた。
「どうしたの?」
「あはは、食べられちゃうかと思って」
 次は真が、春の口元にじゃがりこを近づけた。軽く上を向きながら齧らなくてはいけない高さに掲げられてしまい、上目遣いになった春が真の白い指先を見つめている。背後に白い花でも飛び交っていそうなその光景に、祐介は無意識に指で構図を切っていた。
「これが百合って奴かー。いいもん見せてもらった。じゃあ、次行くか」
「まだやるのかい?」
 明智が憔悴した様に呟いた。
「何言ってんだ。たった二回しかやってないぞ。これからが本番」
 双葉が再び割り箸を混ぜて、仲間達へと突き出した。暁は次こそ王様の棒を引こうと、まだ缶の中に残っている王様の棒へと手を伸ばした。だが、暁が棒を引き抜く寸前に、黒猫が制止をかける。
「まて、暁。お前、サードアイ使ってるだろ」
 指摘をしたのはモルガナだ。彼は、暁がサードアイを使う時、目つきが少しだけ変わる。現実世界でいつも暁と一緒に居て、マスクに邪魔されずその目を見てきたモルガナだったから、気付く事が出来た。
「えっ、そうなのか?」
「真剣勝負で自分だけ特別な力を使うとは、けしからんな」
「おいおい、お前、それじゃゲームにならないだろ」
「最初に王様になったのって、もしかしてその力のおかげ?でも、そうまでして明智君に肩揉ませたい?」
 仲間達からの詰問を受け、暁は逃げる様に壁へと身体を寄せた。幸運だっただけだという嘘は、もはや通用しないだろう。
「俺が王様になって明智を悔しがらせたかった」
 暁の正直すぎる返答に、明智はもはや笑うしか出来なかった。目は笑っていなかったが。
「次に王様引いたら何するつもりだったの?」
 杏に指摘され、暁はぎくり、と冷や汗を垂らした。女性陣の誰にサービスをしてもらうか、迷っていたが、流石にそれを正直に言うのは怖い。真の鉄拳制裁が飛んできそうだ。
「りゅ、竜司と祐介に、キスでもさせようかと」
 それを聞いた竜司と祐介は、急に体調を崩してしまったらしく、口を押えながら呻き始めた。
……モルガナが止めてくれて助かったぜ」
「ああ、危ない所だった」
 命を救ってくれた恩人とでも言わんばかりの感謝を二人から向けられ、モルガナはただただ呆れるしかなかった。暁も暁で何を考えているか分からない顔をしていながら、よくここまでえげつない罰ゲームを思いつくものだといっそ感心する。
「暁がいるんじゃ王様ゲームにならないな。これじゃ暁ゲームだ」
「最後に残った棒を渡したらいいんじゃないか?」
「それが王様だったらどうするのよ……
 暁への対策を練る怪盗団を遮るように、明智が手を上げて発言した。
「それよりも、僕は一回目の彼の不正で既に不利益を被っているんだけど、それに対する補償はないのかい」
「肩揉みさせられたのがそんなに嫌だったのか?」
 暁が明智を気遣って尋ねたが、明智は彼に馬鹿にされているように感じた。
「肩揉みをさせられた事が嫌だったというより、君がずるをして、僕を罠に嵌めようとしたっていうのが、引っかかるんだよ。この王様ゲームをやる目的は、親睦を深める為だったじゃないか。なのに僕は君に騙されたわけだ」
 明智は言いながら自分の発言に矛盾のような物を感じ始めていた。彼らと親睦を深めるなど、どの口が言っているのだろう。だが、ここまで理論を展開してしまっては、最後まで言わなくてはきまりが悪い。
……仲を深めようって相手を騙したんだから、それに対して何か言う事があるだろう」
 言い終わる前に明智の白い顔はみるみる赤くなっていった。ゲームでずるをされたのが悔しいから、謝って欲しい。簡単に言えばそれだ。自分でも知らない内にゲームごときで本気になっていた事を恥ずかしく思った。
「悪かった」
 暁が前髪を弄りながら明智へと謝罪をする。悪いと思っていない事だけは明智にも伝わった。いっそ謝罪など求めなければ良かったと、後悔の波が押し寄せてくる。
……ところで、このゲームってどうやって終わらせるの?このままだと、永遠に続いてしまう気がするのだけれど」
 嬉々として缶の中身を掻き回す双葉へと、真が尋ねた。
「ん?考えてなかったな。全員が王様やるまでとか?」
 途方もない提案を聞いた明智は、一瞬意識が遠のきそうになった。双葉は頭が良いらしいが、確率の計算はしないタイプなのかもしれない。
「待って。さすがにそれは難しいから、王様になった人と、命令を受けた人は抜けていくっていうのはどうかな」
 さり気なく自分もゲームの参加者から外れる事が出来る提案をして、明智はその思惑を読み取られないようにしっかりと笑みを作った。
「っていうと、残るは俺と、祐介と、双葉とモルガナか」
「おお!王様になる確率、一気に四分の一だな!」
 缶に挿していた棒の数を調整し、双葉が数少ない割り箸をまるで占術師のように混ぜ始めた。ようやく命令を下せるチャンスがやってきたと、はしゃいでいる。
 参加者の少なくなった王様ゲームを明智は黙って見守っていたが、彼はそのルールの問題点に気づいていた。だが敢えてそれを指摘しなかった。また自分が参加する羽目になって、さっきよりも屈辱的な目に遭わされるのは、御免被りたい。
 竜司と祐介と双葉とモルガナが、数字とマークの書かれた割り箸へと手を伸ばす。その光景を見て、暁と真も気が付いてしまった。ゲームの参加者が少なすぎる。これでは王様以外の人間に命令を下す時、ターゲットを絞るのが余りにも容易だった。暁は親心から、絶対に双葉か、せめてモルガナに王様になって欲しいと祈った。
「や、やったー!私が王様だ!」
 王冠の描かれた割り箸を引いたのは、双葉だった。緊張していた暁がほっと胸を撫で下ろす。これで、罰ゲームの憂き目に遭うのは男三人に限られた。
「何命令しよう。なあ、暁、何が良いと思う?」
 双葉が目を輝かせて暁へと問いかける。暁はにこりと優しく微笑むと、大仰に腕を腹の前へと回し、彼女に傅いて見せた。
「王様の思召すままに」
 モルガナと祐介も、自分達が危機的状況に置かれているとようやく理解したようだ。先ほどの暁の提案した罰ゲームは何だったか。このメンツだと、どんな組み合わせでも、待っているのは悲劇だった。竜司だけはまだ身に迫る危機に気付かず、緊張と期待の入り混じった表情を浮かべている。明智は彼の事を初めて憐れんでしまった。
 王様扱いされて気を良くした双葉が、腕を組んで睥睨しながら番号の宛がわれた三人を見つめた。暁ではないが、彼らの額に、1、2、3と番号が振られているように感じる。誰と誰を指名するか、たっぷり悩んだ後、双葉はもったいぶって命令を告げた。
「よし、決めた!1番と2番、王様の目の前でむちゅーとキッスしろ!」
 ぐあ、と敵に腹を殴られたような声を上げたのは祐介だ。それを見て、竜司も目を丸くする。自分の手に握っていた棒の番号を、彼は三秒間で五回は確かめた。ただ一人、難を逃れたモルガナは、口に咥えていた棒を投げ捨て、猫ながらに勝利の雄叫びを上げていた。
「は、ちょ、マジ?え?まさか1番、お前なの?」
 事態を把握できずに戸惑う竜司の腕を、明智と暁が取り押さえる。
……そう尋ねてくるという事は、お前が2番か」
 顔を青ざめさせた祐介も、他人事の様に楽しそうな笑みを浮かべる杏と春に身体を捕まえられた。
 王様である双葉の前で、二人の身体が少しずつ近くへと寄せられていく。二人とも、まるで断頭台へと連れて行かれる死刑囚の様に、必死で抵抗して、助けを求め、身体をその場に留めようとしていた。しかし、多勢に無勢であり、男二人に捕まった竜司はもちろん、腕っぷしが自慢の女子二人に押される祐介も、靴底を床に付けたまま、ずりずりと移動させられた。
「待てよ!お前ら、ゲームに参加してなかっただろ!なんで王様の命令に従ってんだ!」
「私は二人以外に命令なんかしてないぞー」
 身体を密着させられた二人が、今度は頭を押さえられて、ぐいぐいと寄せられた。間近に迫った祐介の顔に頬を向けて抵抗していた竜司だが、暁が両手で彼の頭を掴み、祐介の方へと向ける。彼は半分泣きそうになっていた。
「ま、待って待って!俺、ファーストキスだから!いやだあああああ!」
「俺だって、そうだ。……死に時を見極めろ竜司」
 正面を向けられた二人の唇と唇が、鼻に邪魔されながらぴたりと密着する。一生にも続く間拘束された身体を解放され、魂が抜けたように床へと倒れ伏した二人を見た王様は、ようやく満足してゲームを終わらせた。
 暁は屍と化した二人を見下ろすと、せめて成仏できるようにと手を合わせて黙祷をささげた。