kokokisu
2017-12-03 01:04:27
5311文字
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【織田主】年下の彼氏 3


 学校の休み時間に、暁が上機嫌でスマホを弄っていた。学校にいる時は常に退屈そうな彼を、チャットだけで笑顔にさせるのは誰だろう。前に座っていた杏が、気になって彼に話しかけた。
「何かあったの?」
 暁がスマホの画面を見つめたまま口を開く。
「放課後デートの約束、取りつけた」
 フリック入力をする指先を邪魔しないようになのか、暁の返事は簡潔だ。
 彼のつれない態度に杏が軽く頬を膨らませる。自分の事を好きだと分かっている女子の前で、デートをするなどと無神経な事をあまり言わないで欲しい。明らかに好意が伝わる態度を取っていたのに、応えてくれなかったので、もう諦めるしかないのは知っているが、それでも彼女はまだ彼の事が気になっていた。
 透き通った青い瞳を瞼で覆い、杏は彼の発言の真意を考えた。彼の言うデートが本当の意味でのデートなのかを疑う。
 彼の人付き合いは多種多様だ。医者に、占い師に、元新聞記者に、モデルガンショップの店員や、政治家もいると聞いた。聞き出せば他にもまだまだ出てきそうな気がする。彼の顔の広さは、高校生の常識では計り知れない。その点は、流石怪盗団のリーダーだと、素直に感心する。怪盗団の素性を隠しているのにこれだけの協力者を得られたのは、他のメンバーにはない才能だ。
 もしかしたら暁は、放課後や夜に色々な人と二人きりで過ごす事を、デートと言っているだけかもしれない。杏も、今思えば、彼と二人で原宿に行ったり井の頭公園に行ったり、デートと言っても差し支えないような事をしていた。他の人とも同じような時間の過ごし方をしているのだとしたら少し妬けるが、誰か特別な人とだけデートをしている訳ではないのなら、むしろ溜飲が下がる。
 暁はチャットの送信を終えると、意味深な笑みを浮かべて杏を見つめた。彼女の瞳が、デートの詳細が知りたくて仕方ないと言っている。
「どんな相手か、気になる?」
「えっ、そりゃそうだよ!教えてくれるの?」
 杏が椅子から立ち上がって身を乗り出した。彼はどちらかと言うと秘密主義で、本当に必要な情報以外は仲間とでも滅多に共有しない。隠そうとしているというよりは、話す必要がないからそうしているのかもしれないが、どちらにせよ、暁が他の人間の話をするなど珍しい事だ。
 暁は杏の反応を見て、何やら嬉しそうに眼鏡を押し上げた。それに対し、杏は嫌な予感がしてしまった。感情をあまり表に出さない彼が、少し惚気ているように見えたからだ。もしこの流れで可愛い女の子や綺麗な女の人の写真を見せられたら、落ち込むどころの話ではない。
 スマートフォンのアルバムから、暁が一枚の写真を見つけ出し、画面いっぱいに表示する。杏が恐々覗き込むと、そこには暁と、ちょっと生意気そうな少年が映っていた。少年の頬にキスをしながら暁が自撮りをしている。付き合いたてのカップルが好みそうな写真で、少年は分かりやすく照れていた。
 この少年が女性だったら、杏はショックで立ち直れなくなっていたかもしれない。だが、彼のデートのお相手が、小学生くらいの男の子だと判明して、彼女は安堵から大きな溜息を吐いた。
……はあ、何か疲れた。心臓破れるかと思ったし」
 どこからどう見ても、暁が年下の男の子にじゃれついている写真だ。竜司ならともかく、彼がこう言った悪ふざけをするのは珍しい。相手の男の子にとってもそうだったのか、可哀そうに、純情を弄ばれた表情をしていた。確かに、尋常ではない魅力の持ち主である暁に冗談でもキスをされたら、女じゃなくても赤面ものだろう。杏は、写真を見て欲しそうにしていた暁の笑顔の意味が、分かったような気がした。成功した悪戯は、人と共有したくなる物だ。
 暁が杏の顔をじっと見つめている。他に言う事はないのか、という表情だ。
「可愛いだろ」
 言われて気付いたが、確かに少年は可愛い顔をしている。とはいえ、男の子なので、そう言われていると知ったら嫌がるだろう。女の杏でも気付いたのに、同じ男の暁が、彼を可愛いと評した事が少しだけ引っかかった。暁には、彼が弟の様に見えているのだろうか。
 だが、杏はその小さな違和感をさほど気にしなかった。彼が変わっているのは、いつもの事だ。
「うん、可愛い。ちょっと生意気そうだけど、そこがいいね」
 杏の感想に満足して、暁がスマホをスリープ状態にする。
恋人を親友に褒められるのはやはり嬉しい。武見にも信也の写真を見せてやれば良かったと暁は思った。
「で、どうやって知り合ったの?こんな小さな子と」
「ゲームセンターだ」
 暁がズボンのポケットに手を突っ込み、椅子に浅く腰かける。
「シューティングゲームが巧い人がいるって噂を聞いて、俺から声を掛けたんだ」
 なるほど、と杏が何度か頷く。射撃は怪盗団にとってなくてはならないスキルだ。最近、彼の射撃の精度がますます上がってきていると思ったら、そんな理由があったとは。杏は小さな子供にゲームセンターで教えを乞う暁を想像し、その微笑ましさについ顔をほころばせた。
「じゃあ今日のデートもゲーセンかな」
 杏も暁の真似をして、彼が小学生の男の子と遊ぶことをデートと表現した。
「いや、今日は俺の部屋だ。レトロゲーム持ってるの教えたら、やりたいって」
 休み時間終了のチャイムが鳴る。杏と暁はおしゃべりを止めて、黒板へと向き直った。いかめしい顔をした牛丸と言う名の教師が教室に入ってきて、公民の授業が始まる。
 授業が始まったが、いつも通りつまらない。こうやって過ごしている時間が、放課後までの途方もない回り道に思えた。モルガナも机の中で寝ている。話しかけてくれたら、ラジオの様に一方的に聞いている事しか出来なくても、少しは退屈を過ごせるのに。
 暁はペンを回しながら、今日のデートで信也と何をしようかと企んでいた。たっぷりのミルクと砂糖入りのコーヒーをご馳走して、レトロゲームをやって、それから、ベッドに彼を誘導して。コーヒーは、事が終わってからの方がいいだろうか。シーツは、洗ったばかりの物を、昨日の内に用意しておいた。
 信也とのデートへの期待が過剰に膨れ上がり、授業中にも関わらず、暁の頬が緩んでしまう。前髪を長く伸ばして、眼鏡をかけていてよかった。よりにもよって牛丸にこの表情を見られていたら、怒声と同時にチョークが飛んできていただろう。

 暁の持っていたレトロゲームは、まだ動くのが奇跡と言う程に古い機種だった。信也が骨董品でも見るような目で、パソコンと言うより玩具に見える機体を観察している。
「お兄さん、物持ちいいんだね。というか、これ、お兄さんが生まれる前のゲームじゃないっけ?」
「リサイクルショップで買ったんだ。壊れてたから、直した」
 それを聞いた信也は、彼の器用さに感嘆の声を漏らした。
「すごい。ゲームって、直せるものなんだね」
 怪盗は何でもできる、と信じているような表情だ。暁は気恥ずかしさから苦笑を漏らした。
「古い奴の方が単純な造りだから。さすがに、最新機器は直せないと思う」
 暁が古いゲーム機を労わる様に、優しく電源を入れた。リモコンのないブラウン管にスタート画面が表示されると、信也へとコントローラーを手渡す。
「信也はキングだよな?」
 挑戦的な言い方だ。もう片方のコントローラーの持ち手を顎に押し付けながら、暁が信也を試すような笑みを浮かべた。
「お兄さん、自信あるみたいだね」
「信也がガンナバウト以外をプレイしてるとこ、見たことないから。これなら俺でも、勝てるかも」
 ゲームを教わる立場であった暁が、先生であるはずの信也を煽るような事を言う。信也はこの挑戦を受けて立った。
 信也が真剣な瞳をゲーム画面に向けている。ボタンの反応の遅さに一瞬戸惑っていたが、スタート画面を弄っている内に慣れてしまったようだ。
「一回、CPUとプレイさせて。その後は、お兄さんと遊んであげる」
 暁は信也の言葉を聞いて、背筋に軽く痺れが走ったように感じた。小学生に、遊んであげると言われてしまった。ゲームは余興に過ぎず、本当は別の意味で構って欲しいと思っている暁にとって、その発言はちょっと刺激的だった。
 信也はCPUでゲームの操作感を確かめている。暁はそのゲーム画面ではなく、グラフィックの動きを観察するような眼差しをブラウン管に向けている彼の横顔を見つめた。
「俺が勝ったら、信也に何して貰おうかな」
「待って、今集中してる」
 自身の操作しているキャラから目を離さずに、信也がそっけない返事をした。ゲーム中の信也はいつもそうだ。ガンナバウトを教えてもらう時など、下手だった頃は、しょっちゅう怒鳴り付けられていた。これでもまだ言い方が優しくなった方だ。
 暁は信也が自分の言葉をちゃんと拾っていない事を逆手に取ろうとした。
「信也から、キスして欲しい」
 ゲーム中はどうせ聞こえていないだろうと、暁は高を括っていた。信也は暁を振り向かないし、表情も変わっていない。キャラクター操作は相変わらず正確だ。
だが、長めに伸ばされた黒髪から覗く彼の耳は、真っ赤に染まっていた。
 対戦相手だったCPUを倒して、信也はようやく暁の方を振り向いた。拗ねたような表情をしているのは、照れ隠しだろう。暁は彼の反応の分かりやすさに、思わず口元が緩んでしまった。
「そろそろやろっか。お兄さん、2Pでいい?」
 聞こえなかった振りをしている割に、顔の赤みを誤魔化しきれていない。暁は笑いを堪えながら、平面的な形のコントローラーを掴んだ。
「さっきの、聞こえてた?」
「何が?」
 不機嫌な顔で、信也が暁に視線を向ける。暁が自分を揶揄っているように感じた。しかし彼にはそんな意識などないのだろう。その無意識こそ、彼が大人である証であり、信也は彼との年の差に、僅かながら焦燥感を覚えてしまった。自分が彼と同じように、余裕を持って恋人に接する日は、いつやってくるのだろう。
 暁はそんな事など露知らず、キャラクター選択画面でカーソルをうろつかせている。
「信也が勝ったら、どうする?俺に何かして欲しい事とかある?」
 彼はまるで勝っても負けても自分が困る事はないと思っているようだった。信也は本当に困るリクエストをしてこないと信頼しているのでその態度なのかもしれないが、これでは楽しめない。ゲームはゲームだからこそ、本気で戦って相手に勝つのが楽しいのだ。それに、誰よりも強く勝ちたいと思わなければ、一位にはなれない。信也は暁に、もう一度、ゲームの極意を教えてやりたい気分になった。
「僕が勝ったら、そうだな、お兄さんに、何か恥ずかしい事してもらおうかな」
「は、恥ずかしい事?」
 考えもしなかった提案に、暁が動揺する。信也は神妙な顔でこくりと頷いた。
「そう。絶対ゲームに負けられないって思うくらい、恥ずかしい事」
 言ったのは良いが、信也は暁が何をすれば恥ずかしがるのか、あまり想像がつかなかった。彼は怪盗らしく、大胆不敵な所があり、ちょっとやそっとの事では動じない。直ぐに思いついたのは、成績の悪かったテストの答案を見せるとか、何歳まで親と一緒に寝ていたかを教えるとかだったが、暁がそれくらいで恥ずかしがるとは思えなかった。そもそも彼は、恥ずかしいと思うような経験をした事があるのだろうか。
「お兄さんにとって一番恥ずかしい事って、何?」
 信也にそう言われて、暁は直ぐに数日前の事を思い出した。
 武見内科で経験した、これまで生きてきた中で一番恥ずかしい出来事。自分から彼女に話を持ち掛けておいて言う事ではないが、本当にあれは信也の為になる行為だったのか、今更ながら疑問に思う。あんなものまで入れるなんて、やりすぎだ。あれはただ、武見が楽しんでいただけだったのではないだろうか。死ぬほど気持ちよくなってしまった自分が言えた立場ではないが。
 暁が茹った顔を隠すように口元を片手で覆っている。手まで真っ赤になっている暁を見て、信也は好奇心を擽られた。どうやら彼にも、恥ずかしいという感情があったようだ。
「何か恥ずかしい思い出でもあるの?じゃあ、僕が勝ったらそれ、話して」
 なんとも無邪気にえげつない行為を要求されている。相手が信也じゃなかったら、そういうプレイだと勘違いしてしまいそうだった。
 暁は赤くなった顔を顎から額まで一撫ですると、コントローラーを握り直し、真剣な表情でゲーム画面を見つめた。対戦相手がゲームの先生だとしても、この勝負には絶対に負けられない。
 勝ちたいという意志を表に出した暁を見て、信也は満足気だった。これくらい本気の相手でなくては、張り合いがない。
 自分が負けた時に暁へとしなくてはならない事を思い出して、更に緊張感が高まった。それに、キングと呼ばれている自分があっさりと暁に負けてしまっては、ゲームの先生として示しがつかない。信也は、久しぶりに本気を出そうと決心した。