kokokisu
2017-11-28 02:27:48
6484文字
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【織田主】年下の彼氏 1


 今日は暁がゲームを教わりに来る日だ。彼からチャットがあり、信也は早くから秋葉原のゲームセンターで彼を待ち構えていた。
 信也は暁に大事な話があった。暁と会ったら、まずそれを確かめたい。
 数日前、最後に暁と会った時に、母親が彼へと酷い暴言を吐き散らした。彼から悪影響を受けて、信也が不良になってしまったという、とんでもない言いがかりだ。これまでも母親の所為で友人を失い、いじめに遭ってきた信也は、もう二度と暁と会えなくなるのではと絶望しかけていた。
 しかし、その後の展開は、信也の予想と全く違う物だった。その事件があって暫くすると、母親の態度が一変したのだ。信也に自分の今までの行動を謝罪してきて、信也の方が申し訳なくなる程だった。その変り様はまさに怪盗団に心を盗まれた人間だ。昔の優しい母親に戻ってくれたのを見て、二度と心が歪まないように、これからは自分が彼女を守らなくてはと思えた。
 暁に母親のフルネームを尋ねられた事と、彼が怪盗団の関係者である事から、初めは彼が怪盗団に情報を流したのかと思った。しかし、信也は暁がただの怪盗団の関係者だとは思えなかった。
 教えている内にみるみる射撃の腕が上達していった暁だが、獲物に向ける目つきが、ただゲームをしている人間とは違った。アーケード筐体の前に立つ彼が行っているのは、ゲームではなく実戦で、飛ばしているのは電波ではなく鉛玉、照準を向けているのはモンスターのグラフィックではなく、自分に襲い掛かってくる敵の眉間であったように感じた。ゲームでハイスコアを出すための練習ではなく、彼が実際に敵と立ち向かう時、どのように対処するかの訓練だったのではないだろうか。
 もしも本当に彼が怪盗団の一員だったら。そんな期待に信也の胸は高鳴っていった。
 ゲームセンターの自動ドアが音を立ててスライドする。筐体の前で待ち構えていた信也の元に、黒髪の癖毛で猫背の男子高校生がやってきた。

 生意気な子供、という印象しか初めは抱いていなかったのに、気付いたら彼が可愛くて仕方なくなっていた。
怪盗団であることを信也に見破られ、母親の件でお礼を言われているのに、彼のこれからを祝福するような清い心になれない。怪盗団であると明かしてから、自分に向けられる彼の目には、思慕だけでなく憧憬まで混ざってきていて、暁は胸の内に湧き上がる邪な思いを抑え込むのに必死だった。
 彼の抱く怪盗団への憧れを利用したら、絡めとってしまうのは簡単かもしれない。現に今の彼が自分に向ける視線は、恋人になる直前まで関係の進んだ女性達と似たような熱を宿している。彼が自分を慕ってくれている感情に、こちらが勝手に恋だとか愛だとか名前を付けてしまえば、幼い彼はきっと信じ込んでしまうだろう。
 怪盗団に関する信也からの質問攻めが止むと、暁は熱を追い出すような溜息を吐いて、眼鏡の位置を正した。理性の支配を強めて、彼の無意識の誘惑を耐え忍ぶ。
 彼の年齢がせめてあと四つか五つ、大人だったら、暁は躊躇いなく彼の顔に触れていた。母親の改心をして、信也の心に愁いのなくなった今こそ、落とし時だと分かっている。自分が聖人君子でない自覚はあった。しかし信也を不幸にしない為という自制が働き、そこまでは堕落できなかった。
 怪盗団としての今までの活動を事細かに聞いて、信也は満足気だ。暁に奢ってもらったジュースに口を付けながら、感慨深げに微笑んでいる。
「僕もお兄さんを幸せに出来たらいいのにな」
 信也の何気ない一言に、暁はますます心をかき乱された。
彼の言う幸せとは、暁の望みを全て叶えてくれるという意味ではない。彼は、暁の心の翳りを晴らす存在になりたいと言っているだけだ。充分に幸せなのに、それ以上を求めてしまう自分は、どれだけ強欲なのだろう。
「そう言ってくれるだけで、俺は幸せだよ」
 暁は消え入りそうな笑みを浮かべた。やはり、信也に間違った道を進ませる訳にはいかない。お互いの生まれたタイミングが悪かったのだ。暁は信也に抱いているやましい感情に封をする事に決めた。
 感情を押し殺していたつもりの暁だったが、信也には通じなかった。その程度の誤魔化しが通じない程に、彼との付き合いは深くなっていたようだ。
「お兄さん、どうして泣きそうなの?僕、何か言っちゃいけない事言った?」
 信也が暁を心配して、彼の手を握った。暁が軽く首を振って、何も、と返事をする。
 暁が遠慮しているのだと信也は直ぐに分かってしまった。感情を取り繕う為の、愛想笑いのような物まで見せられてしまう。信也は暁の態度に我慢がならなかった。今更になって、彼は、年齢を理由にして自分に何かを隠しているのだと気付いてしまったからだ。
「嘘。どうして、嘘吐くのさ。お兄さん、僕が子供だから、言いたくないの?」
 確かに、信也が大人だったら、打ち明けていたかもしれない。彼に何を求めているかも、告白出来ていただろう。
 暁の口が堅く結ばれ、開きそうにないのを見て、信也はきっと彼を睨んだ。
「教えてくれないと分からないよ。お兄さんをまた傷つけたくない。だから、ちゃんと話して」
 信也の小さな手が暁の手を固く握り締めている。その手は少し震えていた。正義の味方は困っている人を助けたら、姿を眩ますものだ。信也は、すっかり射撃の腕の上達した暁が自分との関わり合いを不要として、このままいなくなる事を恐れていた。
 暁の我慢が限界を迎えたのは、信也が泣きそうになっていることに気付いてからだった。これからも彼と付き合いを続けたいのなら、嘘の仮面を被ったままでいるのは、彼への裏切り行為だ。暁は自分の頭に銃口を突きつけるような思いで、信也に自身の想いを打ち明けた。
「俺、信也が好きだよ」
 信也はその言葉の先を待ったが、暁がそれだけしか言わないので、訝しんだ。
……僕もお兄さんの事好きだよ」
 予想していた反応だ。それでも嬉しくて、薄く微笑んだ暁が、前髪を揺らすように軽く首を振る。
「多分、信也の好きと俺の好きは違う。俺の好きは、こういう意味で好きって事」
 信也と顔が並ぶまで膝を曲げると、暁は彼の帽子を奪い取り、彼の口に軽くキスをした。唇が接触するだけの物だったが、とてつもない罪悪感が暁の胸に渦巻いた。信也にとっては恐らく初めてのキスの相手が自分で良かったのか、自信がない。
 茫然とする信也に帽子を被せて、暁は立ち上がった。
「ごめん。俺の事、嫌いになったよな」
 暁は言いながら自分の心を砕いている気分だった。信也にどう思われたのか、確かめるのが怖くて、彼と目も合わせられない。わざわざ自分で関係を壊すなど、恋をしている人間と言うのは本当に馬鹿だ。
 信也は直ぐに暁の手を掴み、踵を返して逃げ出そうとする彼を捕まえた。
「どうしてそんな事言うの。僕、お兄さんの事、好きだって言ったよね」
 突然暁にキスをされて、信也は頭が混乱していた。だが、ここで彼を引き留めないと、もう二度と会えないような気がして、咄嗟に彼を抱き締めた。身長差があるので、暁の腰に甘えて縋りつく子供のようになってしまった。それでも信也は、構わずに暁を引き留めた。彼にキスをされた事が嫌だとは思わなかったし、それだけの事で、まるで罪人になったような表情をして欲しくなかった。
「お兄さん、僕の事が好きなんでしょ。僕も好きだよ。絶対、同じくらいかそれ以上にお兄さんの事を好きだから、安心して。だから、キスしたくらいで、謝らないで」
 必死になって自分を引き留める信也を見て、暁はだんだんと恥ずかしくなってきた。自分よりもずっと年下の男の子に、気遣われているのを感じたからだ。
「ありがとう、信也。……俺はいなくならないから、大丈夫」
 彼の頭をぽん、と撫でて、暁が目を細めて笑った。それを聞いて安心したのか、信也の抱き締める力が弱まった。腕を離し、照れて赤くなった顔を帽子の鍔で隠している。
 暁は信也に赦して貰って、胸がすっと軽くなった。キスをしても嫌がられなかっただけでも、希望が持てると思った。彼は少なくとも、キスをただ仲の良い人間同士のする行為ではないと知っている。その上で、受け入れてくれた。
彼を好きでいてもいいのかもしれない。いや、それどころか、彼は同じ意味で自分も好きだと言ってくれている。それなら、彼を求める気持ちを、隠す必要などないのではないか。
信也に自分の感情を認めてもらった暁は、もはや年の差を理由に遠慮など出来なかった。
平日とは言え、ゲームセンターにはまばらに客がいる。自分達は良くても、傍から見たら、高校生と小学生がキスをしている姿は、不健全だろう。彼とのそう言った行為を、他人に見せびらかすのは気が引けた。
 暁が軽く屈んで、口を手で覆い、信也の耳元で囁いた。
「二人きりになれる場所に行かないか?」
 信也の耳がかあっと赤くなる。暁の言葉選びと話し方が、非常に大人っぽい誘い方に聞こえた。
 二人きりになる、という事自体が、信也にとっては恋人同士らしい行為だった。その先の事まで考えずに、暁へ返事をする。
「いいけど……。どこに行くの?」
 暁が真っ先に思いついたのは、このゲームセンターの近くにあるラブホテルだった。しかし、小学生を連れて入れるとは思えない。フロントで止められる以前に、彼を連れてラブホテルに入ろうとしている所を見られて、補導される可能性がある。
 少し遠いが、やはりルブランの屋根裏部屋だろうか。あそこなら、必要な物は大体揃っているし、銭湯もコインランドリーもあるので、服やシーツを汚してしまっても直ぐに処理ができる。色々な意味で、四茶は利便性が高い。
「俺の部屋、来てくれる?帰りは送るから」
 信也は暁の部屋に行った事が無かった。だが彼から怪盗団のアジトとして使っているという事は聞いていたので、つい興奮してしまった。
「行きたい。絶対行く!」
 行先を知らない信也の方が、暁の手を掴んでゲームセンターの外へと引っ張っていった。
暁ははしゃぐ信也を見て、少し不安になってしまった。好きだと言い合って、キスまでした人間の部屋に招待されている、という事の意味を、彼は分かっていないようだ。自分ばかりが関係を進めたがっていて、信也にその気はないのかもしれない。
 だが、暁の身体は既に信也を求めていた。彼に拒絶されない境界線を、慎重に確かめて、そこまでなら手を出す事を許して欲しい。暁自身も、信也に無理はさせたくないという思いが強かったが、何一つさせてもらえないのは、流石に身体を持て余す。物足りない部分は別の方法で補うので、それ以外はせめて、信也に満たしてもらいたい。彼が充分に成長するまでは、暁は自身の欲望をどうにか彼に負担のない手段で誤魔化そうと思った。

 ルブランの屋根裏に通された信也は、無骨な内装の部屋を見て、頬を紅潮させながら感嘆の息を漏らした。
「すごい……。ここで、怪盗団が」
 暁が信也の反応を見て、無意識に笑みを浮かべた。怪盗団に対して論調が二極化している今の時期に、ここまで熱心に怪盗団のファンで居てくれる事が、純粋に嬉しい。
「ねえ、怪盗団って……
 信也がまた質問攻めしそうになるのを、暁は彼の唇に人差し指を押し付けて止めた。
「今の俺は、怪盗団のリーダーじゃない。信也の恋人」
 暁が眼鏡の奥で目を細め、色っぽい笑みを浮かべる。信也は初めて見た暁の艶っぽい表情に魅せられて、心臓が大きく脈打った。自分の相談に乗ってくれている時の優しい表情や、ゲームをしている時の真剣な表情とは全く違う。優しいお兄さんとしか思っていなかった彼に、こんな一面があったとは、今までに一度たりとも考えたこともなかった。
 もうこれ以上は焦らさないで欲しい。暁は信也の腕を掴むと、つかつかとソファに向かって歩き出した。信也は戸惑いながらも、遅れて足がもつれないよう、必死について行っている。
 信也をソファに座らせると、暁もその隣に腰かけた。鍔の邪魔な帽子を外すと同時に、ちゅ、と唇を重ねる。そのまま頬や瞼や額にもキスをされているが、信也はされるがままだ。彼には、暁が大きくて人懐こい猫のように見えていた。ただ、絶対的な体格差があるので、自分には彼を制御できないだろうと感じる。
 暁が信也の肩を掴み、また彼と口を重ねようとした。信也はようやく、暁の様子がおかしい事に気が付いた。
 年下扱いせず、対等に接して欲しいと思ってきたが、今の暁はまさにその通りの行動を取っている。彼はずっと小学生の自分に合わせて、力を加減し、言葉を選んで、表情や笑うタイミングまで合わせてくれていたのに、それが無くなっている。逆に、自分の方が、高校生の彼に合わせた行動を求められているようだった。
信也が慌てて手を前に出して、暁を止めた。
「お、お兄さん、ちょっと待ってよ」
 まだ小学生の自分には、大人の事が分からない。信也は助けを求めるような視線を暁へと向けた。
「何を?」
 暁が眼鏡を外し、床に落としながら答える。プラスチックのフレームが、ウッドデッキにぶつかって、カシャリと音を立てた。
 これまでの優しい暁を知っている信也にとって、その返事はとても冷徹に聞こえた。眼鏡を外し、露わになった端正な顔に浮かんだ焦燥も相まって、彼の印象が様変わりする。まさか、自分が求めているものにどう応えたらいいか分からないなど、絶対に言わせない、と脅されているようだった。
 熱に翻弄された暁には信也を気遣う余裕などなかった。彼の目の前にいるのは、小学生の男の子ではなく、彼の慕う、恋人の織田信也だ。
 暁が信也をソファの上に押し倒し、彼と深く口を付けた。戸惑う信也の唇を割り、中に入り込んで、口蓋をざりざりと撫でている。強張っている小さな舌を自身の舌ですくいあげると、音を立てて愛撫した。信也の頭を手で抱き締め、髪をかき乱しながら、二人が口から結合して一つになるようなキスを続けた。
 信也は暁の行動の意味をそもそも理解できていなかった。これもキスと呼んでいい行為なのか、分からない。彼が認知できたのは、暁が非常に気持ちよさそうである事と、未経験の触感に、頭がくらくらしているという事だけだった。
 暁がやっと口を離して、信也を解放する。まだ目は熱に泥んで据わっているが、押し倒した信也の目に涙が浮かんでいるのに気づいて、暁は頭を殴られた気分になった。
「ご、ごめん。こんな、つもりじゃ」
 慌てて彼の上から降りて、床に落とした眼鏡を拾う。彼に一瞬だけ見せてしまった本性を隠してくれる事を期待しながら、暁は眼鏡をかけ直した。
 信也はまだ頭がぼうっとしていた。ずっと口の中を舌で触られて、呼吸がまともにできず、酸欠になったのかもしれない。目から涙が、口の端からは涎が出ているのが分かる。
 口元を手の甲で拭いながら、信也はソファから起き上がった。
「お兄さん、やりすぎ」
 暁の行動を責めるでも、揶揄うでもない、さっきのキスに対する純粋な感想だった。やりすぎと言う事はつまり、さっきのキスは彼にとってまだやってはいけない、境界線を越えた行為だったと言う事だ。信也のその一言に、暁は心の底から申し訳ない気持ちが湧き上がって、胸が潰されそうになった。
「ごめん、本当にごめん。もう、しないから」
 頭を項垂れて、暁が何度も信也に謝罪をする。彼に無理はさせたくないと思っていたのに、自分の自制の効かなさに腹が立った。
「してもいいけど、時々にしよう。唇腫れそう」
 気まずそうに笑った信也が、暁の頭をぽん、と撫でて、ふわふわの黒髪をくしゃくしゃとかき乱した。彼なりの恋人扱いなのだろうか。暁は未だに燻る身体の熱に罪悪感を覚えながらも、年下の彼氏に慰められるのを、とても心地よく思ってしまった。