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kokokisu
2017-11-20 02:07:56
5747文字
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【P5・モブ主】ニーハイの女王様 終
今日の放課後は誰と過ごそうか。
授業が終わると、暁はスマホの電源を入れて、仲間達からのチャットを確認した。メメントスで改心をしなければならないターゲットは今のところいないし、パレスも後は予告状を出すタイミングを決めるだけだ。怪盗団として直ぐに片付けなければならない仕事は、今のところ残っていない。
冬の近づく季節になると、東京での時間がもうあまり残されていない実感が沸いてくる。後数か月で保護観察期間は終わり、三年に上がる前に、暁は地元に帰らなければならなかった。こちらで多くのかけがえのない人との繋がりを得たのもあり、季節の所為だけではない寂しさを感じる。
秀尽の校門を通り抜け、駅へと続く道を歩いていると、自販機の近くで声を掛けられた。
「お兄さん、待って」
その声を聞いた途端、暁は頭がずんと重くなった。耳がはっきりと覚えている。話しかけられた方を振り向くと、自販機の前には暁の予想通りの人物が立っていた。数日前に、女装した暁を嬲りつくした少年だ。
改心をしたはずなのに、どうしてここに少年が。暁はこれ以上彼と関わりたくなかった。
「
……
誰?」
暁は眼鏡の位置を正しながら少年にそう返した。あの時とは髪型も服装も、顔だって化粧をしていないのだから全く違う。押し切れば誤魔化せるはずだ。
「やっぱり、その声。来栖先生でしょ。俺だよ、家庭教師して貰った」
暁の期待も虚しく、少年は暁をはっきりと認識してしまった。名前まで言われてしまっては、もう無視できなかった。ここで逃げ出すのはまずい。秀尽の他の生徒たちの視線が気になる。中学生と話しているというだけで既に、暁たちへと注目が集まり始めていた。
暁は観念して少年に向き直った。
「何の用」
どんな神経をしていたら、自分の犯した相手に会いに来られるのかと言いたい。しかし文字通り心の入れ替わった少年は、申し訳なさそうな表情をして、軽く俯いた。
「見つかって良かった。俺、あの時のお詫びがしたくて
……
」
話を鞄の中で聞いていたモルガナが、姿を現して暁の肩に手を乗せた。
「どうすんだ、暁」
「猫?」
突然現れた猫の姿に少年が驚いている。女装をして勉強を教える学年一位の高校生、というだけでなく、鞄に猫を入れて連れ回している暁が、一体どういう人間なのか、ますます分からなくなった。
暁はモルガナを鞄に押し戻すと、ポケットに手を入れて短く溜息を吐いた。
「俺はお詫びなんていらない。それに、あんなことをしておいて、謝ったくらいで終わらせないで欲しい」
少年の被害に遭った他の女性たちはきっと、彼の顔を見るのも辛いだろう。少年は、然るべき方法で罪を償うべきだ。それが、自分以外の被害者たちへの償いにもなる。
暁の厳しい視線を受けて、少年は苦々しく眉根を寄せた。
「うん、わかってるよ。父さんは、今日、病院で話をしたら、警察に行くって
……
。俺も一緒に行く。でも、その前にどうしても、先生に会いたかったんだ」
少年が暁の手を掴み、自分よりも背の高い彼へと、真摯な目を向けた。
「俺、先生が好きになったみたい。あんな酷い事をした俺を、ちゃんと叱ってくれたの、先生だけだったから。ずっと悪い事をしてる自覚なかったのに、こうやって気付けたの、きっと先生のおかげだよ」
純真無垢としか言いようのない少年の告白を受けて、暁は全身の毛が逆立ってしまった。この少年の改心は失敗したのかとさえ思った。少年が、女装もしていない、明らかな男である自分に血道を上げている理由が分からない。バッグの中でモルガナが笑っている気配を感じ取り、暁は鞄を脇で挟んでぎゅうと締め付けた。
「先生、俺がちゃんと罪を償ったら、また会ってくれる?」
暁は少年に掴まれた手を振り払い、首を横に振った。
「それは出来ない」
逃げ出したいが、少年が妙な事を言い出さない保証もない。少し離れた所から、自分達の会話を盗み聞いている秀尽の学生がいた。彼らの耳に、自分が少年に女装して会い、しかも抱かれてしまったと分かる発言が届きでもしたら、明日からどんな顔で学校に来たらいいのか分からない。
「どうして!先生、もしかして、付き合ってる人でもいるの?」
興奮した少年の声が大きくなる。少しずつ周りの観客の数が増え始めた。
自分を無理やり犯したような人間に好きと言われて、喜ぶような人はいないだろう。少年がもし自分よりも年下で、背も低く、体も小さい男の子でなければ、はっきり言って恐怖の対象だ。少年はそんな事も気づかないのだろうか。
恋人がいると言ったくらいで、大人しく引き下がるように見えなかった。彼は、自分が女装をした男だと気付いても、行為を止めてくれなかったのだ。改心をしても、その辺りの趣味は変わってくれないのかもしれない。
初めから今の姿で会っていたら、彼も血迷いはしなかっただろうに。女装以外の方法が思いつかなかったから仕方がないとは言え、こんな結果を引き起こすとは予想外だった。
暁の脳裏に作戦の立案者の顔がよぎった。爽やかな笑顔が得意な彼だが、内面はとても狡猾で、おいそれと気を許せない性格をしている。女装などと言い出した彼は全くの無傷で、実行者の自分ばかりが困っている状況に、暁はちょっとだけ苛立ちを覚えた。
思いつくと同時に暁は行動に移した。ひんやりとした湿度を感じさせる笑みを浮かべると、興奮した様子の少年に言い放つ。
「俺には恋人がいるから、無理」
少年が何か言い返す前に、暁は腰を曲げて少年の耳に口を寄せ、小さな声で囁いた。
「君じゃ俺を満足させられないから。俺の恋人、すごいよ」
その艶めかしい言葉を聞いた少年が、驚愕して顎が外れたように口を開けた。自分とあれだけの行為をした暁が、自分よりもその恋人の方がすごいと言っている。たった三つ年上というだけなのに、高校生の恋愛は、少年の想像の範囲を超えていた。
「ほ、本当にそんな人いるの。だって、先生、あの時が初めてだって」
「なら会ってみる?」
暁はスマホの電源を入れると、彼へとチャットを飛ばした。ちょうどテレビの取材が終わった所らしく、怪盗団の用事だと伝えると、直ぐに向かうと返事があった。
明智が呼び出されたのは、渋谷にあるファミリーレストランの一角だった。呼び出し先がルブランでないことを不審に思っていたが、その席に座る人間の顔を見て納得する。禁煙のボックス席には、暁だけでなく、昨日改心したばかりの少年の姿もあった。いくら改心したとはいえ、自分の住んでいる場所を教えたくない相手だろう。
笑顔を崩さないよう意識しながら、明智は暁の隣に座った。性犯罪者である少年の隣に座りたくなかったから、何の疑問も持たずにその席を選んだのだが、少年は何故か気落ちした表情になった。
「もしかして、高校生探偵の、明智吾郎?」
少年が暁へと尋ねている。暁はこくりと頷いた。明智が有名人である事を、少年の反応で思い出した。
明智は二人のやり取りを見るだけでは、自分がこの場に呼び出された理由を推理する事が出来なかった。改心した少年が、暁に謝罪でもしたかったのかもしれないが、それだけなら自分は必要ない。
「初めまして。君は、来栖君の知り合い?」
少年とは初対面であるかのように振る舞うと、明智は軽く微笑んだ。
メメントスの内部で出会ったのは彼のシャドウであり、彼本人ではない。こちらの彼は、ジョーカーにさんざん甚振られた記憶もないのだ。あれはむしろ記憶として残らない方が幸せだろう。
自己紹介をした明智を見て、少年が膝に手を置き項垂れた。
「確かに、この人相手じゃ敵わないかも」
「そうだろうな」
暁が薄く笑ってホットコーヒーのカップを持ち上げた。インスタントではないので、飲んでもいいかと言う気分になる。
どうやら、作戦は成功しそうだ。明智をテレビか何かで見て、彼の事を少しでも知っている人間なら、彼以上に自分の方が魅力的な恋人になれると言い切るのは、とても難しいだろう。
明智は二人のやりとりの意味が分からずに、困惑していた。少しは推理の材料を与えて欲しい。二人は少ない言葉を交わすだけで意思疎通が出来ているが、自分ばかり蚊帳の外に置かれているようで、とても居心地が悪かった。
落ち込んでいた様子の少年が、顔を上げて、澄んだ瞳で暁を見つめる。
「今の俺じゃだめって事だね。じゃあ、俺がちゃんと罪を償って、立派な男になったら、また会ってください」
暁に向かって深々と頭を下げると、少年は学生鞄を掴み、レストランから出て行った。
残された暁が深い溜息を漏らし、カップを皿の上に戻した。
「出来たらもう会いたくない」
隣に座っていた明智は、遂に耐えかねて暁へと尋ねた。
「あの、聞いていいかな。どうして僕は呼び出されたの」
「
……
えーっと」
言葉に詰まる暁の代わりに、鞄の中にいたモルガナが顔を出して、彼の問いかけに答えた。
「スケープゴートって奴だな」
身代わり、生贄。明智の頭にスケープゴートの定義となる単語が浮かんでくる。
さっきの少年と暁のやり取りに、自分が同席しただけで、何故生贄扱いされなければならないのだろう。どちらかと言うと生贄は、女装して性犯罪者の元へと送り込まれた暁の方だった。
「もう用事は済んだ。帰ってもいいけど」
何かを隠そうとする暁の態度に、明智は喉に尖った物が引っかかっているように感じた。暁の正面の席に座り直し、通りがかったウエイトレスに彼と同じコーヒーを注文する。
「ちゃんと説明をしてもらわないと、このままじゃ帰れないよ」
そのまま何時間でも居座ってやるといった様子だ。暁はもう言い訳をするのが面倒になってしまった。
「お前が俺の恋人って事にした。告白されて、断るのが面倒だったから」
テーブルの上にあったスティックシュガーを手に取り、指で回しながら、暁が気だるげに答えた。考えてみれば、明智に気を遣う必要などどこにもなかったのだ。自分の仕打ちに怒りたければ怒ればいいし、八つ当たりをしたいならすればいい。目的の為になら手段を選ばないと彼が言うのなら、自分にだってそうする権利がある。暁は、すっかり開き直っていた。
暁の返事を聞いて、明智は思わず作っている笑顔が崩れそうになった。手を組み、その上に顎を乗せ、何の相談もなく身勝手な事をしてきた暁へと、優雅に微笑んだまま怒りをぶつけている。
「どうしてスケープゴートに僕を選んだのか、教えてもらっていいかい。君の周りには、とても魅力的で、協力的な女性が何人もいるだろう」
感情的になりかけている明智を見るのは、滅多にない事だ。暁は面白くなって、彼を煽るような笑みを浮かべた。
「俺に女装をさせたお前が責任を取るべきだろう」
明智の目元がピクリと動く。遂に表情筋が感情に負けてしまったらしい。
深々と息を吐いた明智が、暁に向かってただ俯いただけのように軽く頭を下げた。
「
……
僕も謝罪するよ。あの場所で何か嫌な目に遭ったんだろう。心から、申し訳ないと思っている。あの時も言ったけれど、君の女装は僕の想像よりもずっと完成度が高かった。いたいけな中学生なら、誑し込まれても仕方がないかもしれないね」
謝罪をされているようで、侮辱をされている気分にさせる話し方だ。暁が指先で弄んでいたスティックシュガーが、テーブルの上にポトリと落ちた。明智から遠回しに、女装した自分の事を、阿婆擦れと言われたような気がする。
ウエイトレスが運んだコーヒーを受け取ると、明智はテレビ用に作り込まれた笑みを浮かべた。落とすつもりもない女を軽々しく悩殺する明智こそ、不埒な男である。ウエイトレスは夢見心地な顔つきで、ボックス席から立ち去って行った。
明智との神経をすり減らす問答に飽きて、暁はスマホの電源を入れた。双葉からのチャットが届いている。少年の家のホームクラウドに侵入し、不審な録画データを削除したとのことだった。彼女が動画の中身まで確認していないことを祈りながら、暁はチャットで礼を述べた。
被害者が被害に遭ったことを他者に言いたがらない性犯罪でも、犯人が自白をするのなら話は別だろう。彼らの罪がどのように裁かれるのか、これから先は社会のルールに任せるしかない。
「明智、少年犯罪について詳しいか」
暁にそう問いかけられた明智は、今までで一番、動揺していた。表情が強張り、無表情に近くなっている。笑みで取り繕われていない時の明智の瞳は、寒気がする程に冷たかった。
何故、そんなことを聞いてくるのかと言いたくなるのを抑えて、明智は探偵として暁の質問に答えた。
「少年犯罪に関しては、悪いけれどまだ勉強不足だよ。僕は裁判官ではないから」
「そうか
……
。あの男の子は、少年院に送られるのか?」
明智の表情が若干和らぐ。笑ってはいないが、神妙な顔つきで暁の話を聞いていた。
「恐らくは。彼らの自白に噛み合った証拠が残っているかが重要だろうね」
そう言いながら明智は暁の表情を伺った。明智の予想が正しければ、暁も少年から性的暴行の被害に遭っている。少年が自白で被害者の一人として暁の名前を出したとすれば、事情聴取の対象になる可能性があった。もしそうなった場合、何故女装をしてまで少年に接触したか、暁と接触した直後に少年と父親が犯罪行為を止めた事も含めて、話を求められるのではないだろうか。
暁は明智の考えなど何も知らずに冷めたコーヒーを啜っている。明智も自分のコーヒーの存在を思い出し、運ばれたばかりの温かいカップの淵に口を付けた。香りを嗅ぎ、雀の涙ほどを啜っただけで、明智は穏やかな笑みを浮かべた。
「やっぱりコーヒーはルブランの方がおいしいね。後で飲み直しに行ってもいいかな」
「ご自由にどうぞ」
ルブランで接客をしている時と同じ口調で、暁は明智へと返事をした。事ある毎に自分とは剃りの合わない男だと感じるが、コーヒーの味に関してだけは、意見がぴったりと一致するようだった。
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