kokokisu
2017-11-15 23:49:21
1985文字
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【P5・モブ主】ニーハイの女王様 5


 閑静な住宅街を少年の父親の運転する車が走って行く。もう遅いからか、明かりの消えている家が多かった。
「来栖先生、今日はありがとうございました」
 暁は何も答えなかった。彼へと返事をする気になれない。彼の犯している罪は、被害者だけでなく、彼の息子まで不幸にしてしまうものだ。
 身体の痛みが今になって蘇ってくる。暁が苦悶の表情を浮かべ、腰への負担が少なくなるよう、車のシートの上で身を捩った。
「一つ、お尋ねしたいんですが。お父さんのお仕事は、お医者さんですか」
「え、ええ。よく分かりましたね。そのマスクは、病院で使っている物です。花粉症でして……
 どおりで、と暁が眉根を寄せる。コーヒーに入れられていたのは、恐らく筋弛緩剤だ。身体にいつも通りの力が入らなかったのも、急激な眠気も、それで説明がつく。内科医の武見妙のモルモットをしていなかったら、どんな薬物を盛られたかも分からなかっただろう。
 暁の口数が少ない為か、車内に重苦しい沈黙が訪れる。父親は暁が今までに雇ったどの家庭教師とも違う事を感じっていた。
……暁さん、あの、今日の事は」
 まさかわざわざ自分から話題に出してくるとは、暁も予想外だった。
「なんですか」
 マスクの下で暁が不機嫌に顔を顰める。彼が言わんとしている事を、何となく察してしまった。
「誰にも言わないでおいてもらえると、ありがたいです。あの子は、ただ寂しいだけでして……
 もしも自分が怪盗団の人間でなく、彼の悪行を止める術がなかった立場で、この発言を聞いていたら、どんな思いになっただろうか。暁は思わずダッシュボードを殴りそうになった。一度深く呼吸を吐いて、感情を抑える。そんな直情的なことをしたら、エアバッグが発動してしまう。
「警察に行くと言ったら」
 男性が悲しそうに眉間の皺を寄せた。理解して貰えなかったとでも言わんばかりで、まるで彼の方が被害者だ。
「その場合、今日の録画データをしかる業者に売って流通させます」
 暁は言葉を失った。少年のスマホのデータは削除したが、それよりももっと危険な物を握られてしまっている。使い道も、少年の数倍は悪質だ。少年は自分の部屋にカメラが仕掛けられていると、知らなかったのではないだろうか。知っていたら、わざわざ写真を撮ろうとするとは思えない。
 男性の息子の事をクソガキだと思っていたが、父親はそれどころではなかった。表面上は善人らしく振る舞っている分、性質が悪い。自分の悪行を悪行だと思っていない人間特有の振る舞いだ。怪盗団が今まで改心してきた悪人と通じる部分がある。自分の悪行を正当化していて、被害者の声を力で潰し、正攻法では裁けない相手。これは怪盗団の仕事だったのだと実感した。
 目的地である駅が近付いてくる。暁は、父親へ最後の質問をした。
「なんで俺が男なのに雇ったんですか。というより、何故家庭教師という名目で女性を罠に嵌めるような事をしているんです。成績の証明まで要求して」
 男性が言葉に詰まっている。少年が初めて暁の性別に気付いた時と表情が良く似ていた。
……途中まで男だと気付かなかった。もし息子が君を気に入らなかったら、勉強を見てもらうだけで終わっていただろうね。まあ、ストレス発散になったなら、私としてはどちらでも構わない。それと、成績を証明して貰ったのは、息子の勉強を見てもらう為だけではないよ。賢い子の方が、さっきの取引の意味をちゃんと理解してくれる。バイト代は充分渡しているし、子供に悪戯されたくらいで、将来を潰したくないだろう」
 下衆。暁は、男性を形容する言葉が他に思いつかなかった。怒りを抑えるのが次第に難しくなってくる。一刻も早く車を降りなければ、直接的な手段で、男性に制裁を加えそうになった。
「それで、君はどうする。学年一位の来栖君」
 車が駅前に停車する。ドアのロックはかかったままだ。ロックの解除は、運転席でしか出来ないようだ。
駅の駐車場に、目立つ程大きな黒いワゴンがあった。助手席の窓に、春の顔が見える。彼女が車を出してくれたのだろう。信用できる仲間の顔を見て、暁は緊張が和らいでいった。
「最初から、警察なんか信用していない」
 暁の声は氷の様に冷たい。彼は、警察が必ずしも弱者を助けてくれるわけではないことを知っていた。もし本当に彼らだけで社会の闇を裁けるのなら、暁は怪盗などしていなかったし、女装をして性犯罪者の家を尋ねたりもしていない。彼が心から信頼しているのは、仲間達だけだ。
 男性は暁の答えに満足した。それまでの脅しめいた口調が、幾段か柔らかくなる。
「分かって貰えて嬉しいよ」
 助手席のドアロックが解除された。暁は鞄を掴むと、スカートが捲れ上がるのも気にせずに、車から飛び降りて仲間の元へと駆けて行った。