kokokisu
2017-11-10 00:30:17
10163文字
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【P5・モブ主】ニーハイの女王様

モブ×女装主

 怪盗お願いチャンネルは、人に相談出来ない悩みを抱えている人間の駆け込み寺となっていた。悩みを書き込むと怪盗団が解決してくれるという都市伝説が、主に学生たちの間でまことしやかに囁かれている。
その掲示板に、新たな書き込みがあった。
 書き込み主は若い女性で、被害者は彼女の親友らしい。相談内容は、家庭教師として雇われた友人に、性的暴行をした男がいるという事だった。その加害者は、女性の家庭教師のみを時折アルバイト紹介雑誌で募集している。勉強を教える相手は中学生くらいの子供で、成績が優秀である証明も求められるのだという。怪盗お願いチャンネルの管理者の三島が書き込み主に話を聞いて分かったのはそこまでだ。
 三島からその情報をもたらされた怪盗団のリーダーである来栖暁は、早速仲間たちをルブランに集めて作戦会議を始めた。

 ソファに座った高巻杏と新島真が、深刻な表情をしている。今回のターゲットが狙うのは女性ばかりだという事で、いつものように暁が加害者を探るのは難しい。かと言って、怪盗団の女子メンバーが潜入捜査をするなど、危険すぎる。相手は、女性に性的暴行を加えてくるような輩だ。
 秀尽学園の三年で一番の成績である真が、腕と足を組んだまま息を吐いた。
「でも、やっぱり私が行くしかないんじゃないのかしら。双葉は頭いいけど成績を証明するものがないし……
 かたや成績はあまり芳しくない杏が、テーブルをばんと両手で叩いて反論する。
「駄目だって!相手はセクハラおやじだよ?」
「確かに真は勉強できるしその辺の男より腕っぷしも強えーけど……。一人で潜入させんのは流石に」
 真に世紀末覇者先輩という物騒なあだ名をつけた坂本竜司は、杏の発言を支持した。真の拳の重みを自身の腹で味わった事のある喜多川祐介も、この時ばかりは彼女の提案に賛同できなかった。竜司や杏に同意するというように頷いている。
 杏と竜司に止められて、真が困ったように目を細めた。この議論ももう何度目だろうか。メンバーの誰もが、真が潜入捜査に最適だと理解はしている。しかし、相手の正体も居場所も分からないのに、彼女を一人で送り出すなど出来る筈がない。おとりの身の安全が一切保障できない作戦を、実行に移すのは、メンバーの誰もが賛成しなかった。
「今回のターゲットは厄介だな。女性だけが狙われて、しかも犯行現場が家の中ときちゃ、手も足もでない」
 暁の膝に乗った黒猫が、青い目を隠すように瞼を落とした。モルガナが諦めたような事を言ったのを見て、それまでずっと作戦会議を見守っていたメンバーの一人が、ようやく口を開いた。
「それなら、男メンバーの誰かが女装して潜入するのはどうかな?」
 発案者へと一斉に視線が向けられる。全員が驚愕の目をしていた。視線の先では一人の優男が、まるで怪盗団の観客のような薄ら笑みを浮かべている。高校生探偵であり、怪盗団の宿敵でありながら、今は怪盗団の一員として活動をしている、明智吾郎だ。
 明智の提案を聞いて、竜司は静かな怒りを表情に出して彼へと詰め寄った。
「お前、その発言の責任とってくれるんだろうな。言い出しっぺが当然、女装すんだろ」
 脅されている明智だが、全く怯む様子がない。両手を前に出して、竜司を制止している。
「僕がやるのは、顔が知られすぎているから難しいだろ。これだけネットが普及しているけれど、テレビの影響もまだ馬鹿にできない。それもあって、僕は静かなルブランに通っていた訳だし。だからと言って、君にして貰うつもりはないよ。君には女性的な振る舞いなんて、出来ないだろう。そちらの、喜多川くんだっけ、彼は背が高すぎる。となると、もう女装ができる人間は一人に絞られるよね」
 罠を仕掛ける猟師の顔をしている。明智の視線は、彼の目の前にいる怪盗団のリーダーへと向けられていた。
 スマホを指の先でくるくると器用に回していた暁が、椅子の上にそれを落としてしまう。慣性で暫く回転していたが、彼が明智を振り向く頃には止まっていた。
「まさか俺が女装をするのか」
「他に、適任はいないと思うけど」
 明智が暁の眼鏡を無断で取り上げる。暁は無意識に顔を片手で隠した。その手を明智が自然に掴み上げ、彼の顔を衆目に晒す。
「君、女顔だね。眼鏡を取ると、一段と」
「お前に言われたくない」
 暁が厳しい目で明智を睨みつけた。街中で、彼の噂なら何度も聞いた事がある。かっこいいと言われているのが七割だとしたら、残りの三割からはかわいいと評されていた。男らしさのない髪型も含めて、男のメンバーの中で一番女装が似合うのは彼だろう。
 険悪な雰囲気になりかけていると心配したのか、奥村春が二人を止めるように割って入った。
「女装したくらいで、犯人が騙されると思えないよ。暁君、女の子にしては背も高いし」
「そうだよ。脱いだらまあまあ男らしい身体してるしね」
 杏の発言に春が微かに頬を染める。怪盗団の面々は夏に全員で海へ行ったのだが、まだ加入前だった春だけは彼の水着姿を見た事がなかった。彼女を誤解させる言い方だったと、杏まで顔を赤くして慌てて否定する。
「ちょっ、勘違い!皆で海に遊びに行っただけだから!ね、竜司!」
「お、おう。何慌ててんだ?」
「まあ、実際に暁が女装出来たら一番潜入捜査に向いているんだがな。こいつが男相手に引けを取るはずがないし」
 あくまで冷静な祐介の発言に暁が顔を青くする。
「やめてくれ。女の恰好なんて……
 ただでさえ良く無い噂ばかり流されているのに、もし同じ学校の人間に見られて、女装趣味まで疑われ始めたら、悪評に収拾がつかなくなる。
 明智が面白そうに笑った口元を手で隠しながら、再び提案を続けた。
「いや、案外ばれないと思うよ。まず、君の背丈だけど、君が秀尽の生徒だっていうのが幸いしたね。バレーの強豪校だろう。なら、背の高い女子生徒が居てもおかしくない」
 杏が明智の言葉を聞いてまず思い出したのは、親友の鈴井志帆の事だ。彼女はバレー部の部員だったが、確かに背が高かった。モデルをやっている杏も、普通よりは身長が高い方だったが、その彼女を軽々と追い抜く高身長だ。志帆よりも暁の方が大きいとは言え、長身の多い女子バレー部の中に混じってしまえば、男の彼でさえ背が高く見えることはないだろう。
「で、でも、体格は?あと、声も」
 真が食い下がるが、明智は穏やかな笑みを崩さない。
「服装によってどうにでもなる。身体のラインを隠すなんて簡単だ。特に彼は元が細いから、必要な個所を女性らしく見せる工夫だけすればいいんだよ。声は、喋り方さえ気を付ければ誤魔化せると思う。無理して高い声を出すんじゃなくて、女性らしい話し方を意識するといい。ほら、声質は男性なのに、まるで女性が話しているように聞こえるニューハーフのタレントとか、テレビによく出ているだろう」
 暁は明智の腹を一発殴って黙らせようかとまで考え始めていた。
「そんなに女装したいなら自分がやれ」
「だから、僕じゃ顔が割れているから無理だと言ってるじゃないか。ただでさえ、相手は犯罪者なんだ。そして僕の肩書は、探偵。一度警戒されてしまったら、より潜入捜査がしづらくなると思うけど」
 眩暈がする。女装をして、性犯罪者の元へと潜入捜査?男だとばれたら、女に対してよりも酷く痛めつけられるのではないだろうか。
 眉根を押さえて頭を振る暁を、モルガナが心配そうに見上げている。怪盗団を追っていた探偵という立場から、未だに明智を疑っている彼らにとって、彼の提案は罠にしか聞こえなかった。
 しかし明智は、その爽やかな顔に似合わず、怪盗団と一人ででも渡り合う狡猾さを持っている。
「それとも君は、新島さんを危険に晒す方を選ぶのかな」
 明智のその一言で、暁は完全に退路を断たれてしまった。
 自分が潜入捜査をして、女装がばれたとしても、追い出されるか殴られるかだろう。しかし真が潜入捜査に失敗して、抵抗が出来ない状態にされたら、最悪の場合、彼女まで被害者の一人になってしまう危険がある。
……やるしかないのか」
「ヨッシャ!」
 暁の答えと同時に、佐倉双葉が拳を天井に突き上げながらその場で立ち上がった。それまで口を挟まなかった彼女だが、明智の提案を聞いてから、目はきらきらと期待に輝き、そわそわと落ち着きがなかった。
確かに、いかにも彼女が好みそうな作戦ではある。むすっとした暁が、彼女から見えない方向に顔を向けて、静かに溜息を吐いた。
「女装して潜入捜査なんて、漫画みたいだ~。わくわくする。どんな髪型にしてやろう。やっぱ、ツインテ?ポニテもいいけど、定番といえばツインテールだよな!」
 ツインテールと聞いて思い出されるのは、暁の担任である川上貞代の夜の姿だ。メイド姿になった彼女と同じ格好をしている自分を想像する。思い浮かべただけで、具合が悪くなった。
「他に方法がないんじゃしょうがないね。放っておけるような相手でもないし、試すだけ試してみよう。服はLサイズでいいのかな?だったら、私が用意するけど」
 春も明智の作戦を決行する方向に心を固めたらしい。彼女が用意をするといって、揃えられない服はないだろう。徐々に味方が増えていくのが嬉しいのか、明智がうん、と頷いている。
「試着した姿を見せて欲しいな。彼の女装がちゃんと女性らしく見えるか、僕たちも客観的に確認しないと」
 明智の言葉を聞いて、暁は彼のネクタイを乱暴に掴んで引っ張った。静かだが激しい苛立ちを見せる暁を、明智は余裕のある表情で窘める。
「どうして、睨まれているのかな」
……
 険悪な二人を置いて、真が思案顔で呟いた。
「でも、もし女装での潜入がうまくいって、バレなかったとしても、危ない事に変わりないんじゃないかしら。逆上した犯人が、襲い掛かってくるかも」
「ターゲットの名前さえ分かれば、後は逃げ出してしまえばいいんじゃない?」
 気軽に言う杏だが、それも暁を信用しての事だ。彼の性別を差し引いても、このようにトリッキーな作戦をうまく成功させられる可能性があるのは、彼くらいしかいない。
「それもそうか。生徒の子には悪いけど、勉強は最後まで見ないでバックレましょう」
 杏がそれを聞いて小さく噴き出した。
「バックレるなんて言葉、真の口から聞くなんてね」
「優等生らしくないかしら?でも、襲ってくる犯人を叩き伏せるよりは優しいでしょ」
 真が口元だけで優雅に笑う。冷酷な淑女を思わせる表情だった。
怪盗団に入ってから、真は一皮剥けたようだ。その変化を誰よりも意外に思ったのは明智だった。明智の知る新島真は、真面目過ぎる故に大人の言い成りになっている、いかにも無力な子供だったのに。他の人間にも似たような変化があったのだろうか。
自分には無関係な話だと、明智は話題を切り替えた。
「それよりも、一応確認しておきたいんだけど」
 明智が暁に乱されたネクタイを整える。
「君の成績は、家庭教師に求められる水準を満たしているかい?」
 この明智の言葉に、竜司と杏は誰よりも得意げに笑みを浮かべた。暁は後ろ頭を掻いて、明智に取り上げられていた眼鏡を奪い取り、かけ直している。親友二人の態度に、ほんの少しだが、照れているようだった。
「明智。こいつ学年トップだぞ」
 暁の肩をバシっと叩きながら竜司がいう。まるで自分の事のように誇っていた。
 それを聞いた明智が安心したように微笑む。
「ああ、そうなんだね。学年が違うから知らなくて。へえ、じゃあこの怪盗団には秀尽の学年トップが二人もいるんだ」
 面白そうに呟く明智を、真はもの言いたげな目で見つめていた。他の誰よりも彼との付き合いの長い彼女は、彼の何気ない言葉の裏に、揶揄めいたものが隠されているのではと勘ぐってしまった。
……貴方は全国模試トップでしょ」
 さっきまで得意顔だった竜司と杏が、目を剥いて明智に詰め寄った。
「は?ぜ、全国一位?」
「うっわ、イケメン探偵ってだけじゃなく勉強まで出来るとか……
「やっぱりお前の方が適任じゃないか?」
 食い下がる暁に明智がきっぱりと言い放つ。
「往生際が悪いよ。じゃあ、そろそろ解散しようか。作戦は大体決まったようだし」
 明智の言葉にメンバーが解散の気配を察して、それぞれ席から立ち上がった。
 暁だけは、椅子に浅く腰かけたまま、明智の事を怪しむように眼鏡の隙間から観察していた。作戦の穴は大体埋めたように振る舞う彼だが、どうもとんでもなく大きな穴を恣意的に隠しているような気がしてならない。後少しの所でその穴を見つけられそうなのに、目の前に霞がかかったようで、暁は輪郭の曖昧な作戦の欠陥をうまく言葉にする事が出来なかった。少なからず、突拍子もなく明智に提案された女装という単語に、動揺を覚えているらしかった。暁は今でもまだ明智が提案してから今までを悪夢だと信じたい気分だった。
 もし女装の出来が余りに酷かったら、作戦の決行は中止されるだろう。暁に残された最後の希望は、それだけだった。


 家庭教師の募集に申し込むまでは、暁の期待に反してとてもスムーズに進んでしまった。明らかに男の声であるにも関わらず、電話対応をした男性は、物腰低く連絡への礼を述べてくれた。これで後は、待ち合わせ場所へと女装をして向かうだけだ。
 作戦会議をした二日後、怪盗団の面々が再びルブランの屋根裏部屋へと集合した。
 春は大きな紙袋を下げていて、杏はメイクボックスとウィッグを持ってきている。彼女たちは、暁を女装させる準備を完璧に整えてくれていた。怪盗団の仕事としては文句のつけようもない。しかし、少しは作戦の異常さに疑問を持ってくれてもいいような気がする。
「一応、MサイズからXLサイズまで用意してみたよ。女物だから、男の子の体型にどのサイズが合うか分からなくて」
 春が紙袋から取り出した服は、女性らしさを強調するかのようなオフショルダーのトップスに、黒いミニスカート、そして白い控えめなフリルの付いた灰色のニーハイソックスだ。暁は、彼女の準備した服を見た途端に、二階の窓から飛び降りて逃げ出したくなった。
「他にはないのか?」
「うん、用意しようかなって思ったんだけど、双葉ちゃんが……
「ネットで色々調べたんだ。こういう服装の方が、女らしく見えるみたいだぞ。それより暁、ちゃんと全身の除毛してきたんだろうな?」
 双葉は特に悪気がなさそうに見える。しかし、彼女の真後ろに立つ明智が笑いを堪え切れていないのを見て、暁は露骨に怒りを顔で表した。竜司に至っては、隠すつもりもないのか、腹を押さえてゲラゲラと笑っている。
「とりあえず着てみようぜ!」
 まるで文化祭の予行演習だ。竜司のはしゃぎ具合を見ていると、作戦がうまくいく気が全くしなかった。ただ笑い物にされて終わる光景が、瞼の裏にありありと浮かぶ。
「じゃあ、私達は一階にいるから。着替え終わったら呼んでね」
 杏がそう言って、一階へと降りていく。他のメンバーも彼女に続いて、二階に残ったのは、暁とモルガナだけになった。
 モルガナが暁へと憐れんだ視線を向ける。
「ワガハイは、笑わないでおいてやるから」
 初めから失敗すると決めつけているような物言いだった。ベッドに飛び乗ると、暁に背中を向けて丸まっている。
 暁は渋々と自分の服を脱ぐと、春の用意した女物の服に着替え始めた。
 肩紐のない、まあまあ大きなカップのブラジャーを身に付けて、胸にパッドを詰め込む。まるで拘束具のように苦しい。女性下着を身に付けている姿は絶対に見たくないと思っていたが、一瞬だけ鏡に映る自分の姿が見えてしまった。暁はその場でうずくまって嗚咽を漏らしたい気分になった。しかしそれよりも、早く服を着て下着を隠さなければという思いが働いて、女装は継続される。
肩が大きく開いている灰色のニットは、剃刀に撫でられて心許なくなった肌を容赦なく晒した。ミニスカートに至っては、下着一枚でいるのとさほど変わらない。鏡の前で試したが、少し前かがみになったり身体を逸らしたりするだけで、ボクサーパンツが丸見えになった。こんな物を平気な顔をして街中ではいている女性の気持ちが理解できない。
「まだかー?」
「もうちょっと」
 最後に暁は革張りのソファに腰かけ、ニーハイソックスを片足ずつ履いた。膝の上まで布が覆い、ゴムが太腿を軽く締め付ける。ミニスカートで丸出しになっていた脚が隠れて、少しだけだが下半身を晒している後ろめたさが和らいだ。
「もういいだろ」
 男物だが女性が履いても違和感のないデザインのローファーを履いていると、モルガナは許可を得る前に暁の方を振り向いた。女装をした暁を見て、モルガナが尻尾をぴんと天井に向けて立てている。
……いや、これはちょっとやばいかも」
 猫の少ない表情筋を使って、モルガナは全身で動揺を表現した。
「とても女には見えないだろう?願ったり叶ったりだ」
 暁がずり落ちそうになる肩の部分を指先で直している。鏡の前で、喉仏を隠すための黒いベルベットリボンのチョーカーを巻いた。モルガナはますます表情を険しくした。
「皆を呼んで聞いてみろ」
 遂に女装姿を仲間たちに晒す時が来てしまった。気が重く、脚まで重くなる。暁は身体を引きずるようにして階段近くまで移動すると、一階で待機していた仲間たちを呼んだ。
 階段を真っ先に上ってきた双葉は、暁の姿を見た瞬間に大きな声で叫んだ。
「かーわいー!暁、似合ってるぞ!」
 馬鹿にされているのかと思ったが、双葉の表情を見る限りそうではないらしい。
 杏も元々大きな目を更に見開いて、暁の変身に驚愕した。
「あっ、本当だ!女子がいる……
 真も春も暁の女装を概ね好意的に見ているらしく、彼が懸念していた笑いものにされるという事態は避ける事が出来た。しかし彼の表情は一向に晴れなかった。
……嬉しくない」
 発案者の明智が暁に近寄り、彼の女装をまじまじと見つめた。品定めするような視線が、居心地をますます悪くする。年にそぐわない社交辞令を知っている彼に、似合わない女装に対して気を遣うようなことを言われたらと思うだけで胃が痛い。
暁の予想に反して、明智は降参、とでも言わんばかりに両手を上げた。
「参ったな、思っていた以上に似合ってるよ」
 嘘でも止めてくれと、暁は顔を苦々しく顰めた。いっそ笑ってくれた方が、すっきりしてよかったかもしれない。
「確かに、首から下だけ見たら背高めの女子だな」
 竜司が暁の顔を隠すように手を向けている。女装した彼の身体だけを観察しているようだった。暁は思わずスカートの裾を引っ張って、下着が見えないように隠した。
……エロくね?それ」
「止めろ」
 暁が竜司の胸を力のこもっていない拳で殴った。冗談で言われるのならまだいいが、反応がどこか生々しくて返事に困る。
 見事な女子へと変身した暁の元へ、杏が近寄っていった。並んでいると、志帆と一緒に居る時を思い出す。視線を向ける高さが、彼女よりも少し高いが。
「隣に立つのが祐介だったら、身長も気にならないんだけどね」
 祐介が暁の隣に立つ。彼の身長は180cmを超えていて、女装をしている暁と並ぶと、モデルのカップルに見えなくもない。
「最初この作戦を聞いたときはどうかと思ったが、案外成功するかもしれないな」
 隣に立つ友人の言葉を聞いて、暁は裏切られた、という表情になった。祐介ならば、真顔で正直に女装が似合わないとか気持ち悪いとか作戦が成功する気がしないとか言ってくれると思っていたのに。最後の砦と思っていた祐介も、あてにならなくなってしまった。
 本当にこんな作戦を実行するつもりなのだろうか。女装姿でおろおろしている暁を、杏が捕まえた。
「それじゃ、化粧とヘアセットするから。家庭教師の約束は何時?」
 椅子に座らせた暁の前髪を、杏がヘアクリップで留めた。眼鏡を外し、彼の顔に化粧下地を塗り始める。
 諦めるしかない。暁はもう逃げ出そうと企むことも止めて、杏にされるがままになった。
「二時間後……。待ち合わせ場所までは40分くらい」
「了解」
 杏が慣れた手つきで暁の顔に化粧を施していく。元から女顔だが、化粧をすると暁の顔はますます本物の女性らしくなっていった。男子たちは暁が完全に女性へと変わっていくのを見て、息を飲んでいる。化粧と言うだけあり、学生から怪盗になるように、ちょっとした変身を見せられている気分だった。髪型はまだ元のままだが、ボーイッシュな女性だと言われると信じ切ってしまうだろう。
「少し口開いて」
 そう指示を出すと、杏は暁の唇にピンクベージュの口紅を塗った。
紅筆に唇を撫でられる暁は、見てはいけない物だと、竜司は判断してしまった。今の暁も自分のくだらないジョークや下ネタで笑ってくれるのだろうか。女装をしているだけだと頭では分かっていても、親友が姿をくらまして、見ず知らずの女の子が現れたように感じる。
 長い黒髪の毛先にウェーブのかかったカツラを暁に被せ、ブラシで整えた。カツラは杏の私物で、志帆と出会う前までは、目立ってしまう髪の色を隠したい時に使っていたのだという。
「よし、完璧」
 杏がそう言って暁の肩をぽんと叩いた。暁が椅子から立ち上がり、鏡の前へと移動する。
 男たちが自分に向ける視線と態度にさっきから違和感があった。どこか遠慮をしているような、気を遣われているような感じがする。
 鏡に映った姿を見て、暁は驚きの声を漏らした。知らない女の人がいると思ったら、化粧をされた自分だった。化粧と髪型の効果なのか、思っていた以上に女らしくなっている。
 助けを求めるように竜司を振り向くと、彼は照れたように視線を逸らした。
「ちょっ、馬鹿、こっち見んなって。……なあ、ガチで可愛いんだけど。どうしよう」
 竜司が胸を押さえて呟いた。本気で恋煩いをしているような言い方で、暁は背筋がぞっとした。
「やっぱり君で正解だったね。本当に、お世辞や冗談抜きで、可愛らしい女性に変身出来ているよ」
 明智まで、女性へ向ける紳士的な視線を暁へと向けている。自分の性別を思い出させるために、彼らの前でスカートを捲り上げるべきかもしれない。見た目がいくら変わっても、下着の中の膨らみは健在だ。
「やばいな、ハマりすぎてる。これ、むしろ襲われる心配した方がいいんじゃね?」
 双葉の発言に、他の女子たちも同意している。
「もし襲われそうになったら、容赦なく殴って逃げるのよ。顎を斜め上に殴るか、みぞおち。それか、脚の間を蹴り上げなさい」
 女性が痴漢と遭遇した場合の対処方法を教える女性警官の様だ。真のアドバイスを聞いて、そもそも男である暁は身が竦んだ。
「暁、名前さえ分かればいい。あまり無理をするな。ターゲットの名前が判明したら、直ぐにチャットで教えてくれ」
 いつもの何割増しかで優しい言葉遣いをしているのは祐介だった。彼は暁を既に女性として扱っている節があった。平手打ちをして目を覚ませと言いたい。
「お前から連絡があったら、ワガハイたちは先にメメントスへ向かう。ターゲットを改心させたら、無害になるはずだ」
「分かった。チャットで直ぐに知らせる」
 モルガナへと返事をすると、暁は鞄を手に取った。今回のアルバイトにモルガナは同行できない。暁一人で、ターゲットに接触する事になる。女性の姿をしている事も影響してか、暁は少しだけ不安に思った。
 目に違和感があって、思わず手で擦りそうになる。杏は慌てて彼の手を掴んで止めた。
「だめだめ、化粧が崩れる。顔、触っちゃだめだよ。後、髪も。ちゃんと留めてるけど、ずれたら自分で直せないだろうし」
 自由に顔も触れないとは、女性らしくある事の不便さを暁は身をもって知った。知りたいと思ったことはなかったが。
 暁の唇に塗った口紅を、杏が暁へと筆と一緒に手渡した。
「飲み物を飲んだり、食べたりしたらトイレででも塗り直して。まあ、そんなに長い時間家庭教師やる事もないだろうけど……
 手のひらの上で転がる黒いリップが、変身の為の魔法道具か何かに思えてくる。これを塗り直さないと変身が解けてしまうと言われている気分だった。
「本当に、俺は女に見えるか?」
 暁が最終確認で、仲間たちへそうと尋ねた。誰か一人でも問題がありそうな顔をしてくれたら、今からでも遅くないから作戦を中断したい。しかし、暁の問いかけに対し、明智も含めて仲間の誰もが確信を持って頷いた。そんな質問をした暁の方こそ、おかしいと言わんばかりだ。今の彼は少し背の高いだけの女性である。彼が男だとばれる心配など微塵もないとでも言うように、仲間たちは彼を屋根裏部屋から送り出した。