kokokisu
2014-04-18 19:41:45
4009文字
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縛られる鬼灯 4


 鬼と知っていながら自分を捕まえて犯そうとした男には制裁を加えた。昨日自分を犯した男に何も仕返せなかったのは心残りだが、どうせ地獄に落ちるだろうからその時にお礼参りをしてやればいい。他にも自分を殴った村人たちはいたような気がするが、全てを見つけ出して仕返しをするほど暇ではない。鬼灯はもう村に留まる理由が無くなったように思った。
 鬼灯は足の指で首の縄を掴むと、首を絞めないように引き千切った。胸に巻かれた縄を口で噛み切り、腕を頭の上へぐるりと回して重ねて縛られた手を身体の前に持ってくる。その時に肩の関節が外れたが、鬼灯は縄で縛られた腕を足で引っ張って自力で脱臼を直した。身体の縄はすっかり解けて、鬼灯は数日振りの肉体の自由を味わった。
 見張りの男を柱に括り付け、鬼灯は立ち上がると背伸びをした。四肢を屈伸させてずっと同じ体勢を取り強張っていた筋肉を解す。身体にここまで無理を強いたのは何時振りだろうか。補佐官になってから机に座っての仕事が増えたので、大分弱っていたようだ。二日間立ちっぱなしでいただけで、脚の動きが鈍くなっている。
 丸々二日も飲まず食わずだったので、さすがの鬼灯も胃が痛くなるような空腹を覚えた。それに排泄もずっとしていない。膀胱炎にはまだなっていないようだが、下腹部が気持ち悪く感じた。
 明り取り窓から日の光が差し込んでいる。まだ昼間なので村人が外を出歩いているだろう。外に出るのは夜になるまで待つことにした。


 日が落ちると鬼灯は少し背伸びをして明り取り窓から外を窺った。暗いので遠くまでは見えないが、もう外を歩いている者はいない。
 鬼灯が気絶させた見張りの男は夜になる前に目を覚ましていた。しかし鬼灯に恐れをなしてか、声も出さずに大人しくしていた。ただ沈痛な面持ちで俯いている。意識を取り戻してしばらくは謝罪や命乞いをしていたが、鬼灯が無視し続けたので途中から何も言わなくなってしまった。今はこの神社の神にでも祈っているのかもしれない。
 神社を出る前に鬼灯は柱に縛った男の前の元へと近寄り、厳しい表情で男を見下ろした。
「捕まえた鬼が私でなかったら、とっくに殺されてましたよ。私もただの妖怪だったなら、昨日の男と一緒に貴方を……
 鬼灯はそこで言葉を切って慈悲のない冷ややかな目で男を見つめた。男は言葉の意味を充分理解したようだ。顔から血の気が失せて青白くなっている。
 男の前から踵を返して鬼灯は神社から出て行った。

 そのまま村を去ってもよかったのだが、鬼灯は自分を逃がすと約束をしてくれた男の家へと向かう事にした。村の人口は少なく、家も数えるほどだ。村で人間や生活を見て回っている内に鬼灯はどの家にどのような家族構成で人が住んでいるかだいたい把握していた。声しか記憶にないが十代後半の男はそれ程多くない。鬼灯は暗闇の中男の住む家を探した。
 もう夜なので寝ているだろうし、家族も一緒に住んでいるので声をかけるのは難しいかもしれない。自分の背丈よりも僅かに高い男の家を見つけたが、鬼灯は歩きながら考えを改めていた。もともと助けてもらったわけでもないのに礼を言う義理はない。
 驚いた事に、鬼灯が家の前を通り過ぎると見計らったかのようにその家から人影が飛び出してきた。目隠しをされていたのでそもそも顔は知らない。だが自分が外を歩いているのに悲鳴を上げないのは例の男くらいだろう。
「どうやって逃げてきたんだ。今日も見張りがいただろう」
「殺してはいませんよ。神社に縛って置いてきました」
 男は短く溜息を吐いた。
「そんな簡単に逃げられるならもっと早く逃げていたらよかったのに」
「本当は貴方が見張りになるまで待つつもりだったんですよ。ですが事情が変わりまして。本当は村の人全員に鬼とは何かをもっとよく見せたかったんですがね。これ以上あの場所に繋がれていたら更に碌でもない目に遭ってしまいそうだったので」
 鬼灯は男二人に受けた仕打ちを思い出して顔を顰めた。
「何かあったのか」
 男は心配した様に尋ねてきた。鬼灯は自分が喋り過ぎている事に気付いた。このまま会話を進めると、男に犯されたと伝える羽目になってしまう。
「どうぞお気になさらず」
 ふと鬼灯は身体の違和感を思い出した。もう我慢するのを通り越して尿意も感じていなかったが、縄から抜けて緊張が解けたのか、身体がその生理現象を訴え始めた。
「この辺りに厠はありますか」
 なんの脈絡もない鬼灯の質問に男は面食らった。三日も身体を縛られて不便したのはそれだけなのだろうか。
「家の裏に……
「ちょっと失礼します」
 鬼灯は男の指差した方へと向かった。
 用を足している最中に鬼灯は村の端に火の明かりを見た。明かりは次第に数を増やしてこちらへと迫ってくる。高く掲げられた松明に、戦々恐々とした村人たちの顔が照らし出された。
 村人が神社に鬼灯がいない事に気付いたようだ。村中の大人達に声をかけて鬼灯を探している。先頭を歩いていたのは見張りの男だった。自分が神社でどんな目に遭ったかを彼が村人に伝えていたら、もう二度と鬼を探そうとは思わなかっただろうに、男は鬼の言葉から何も学ばなかったらしい。性懲りもなくまた鬼灯を捕まえようとしている。鬼灯は小さく舌打ちをした。
 自分を助けようとしてくれた男への礼もまともに言えなかったが、鬼灯は地獄へ帰る事にした。しかし下手に今すぐ男の家から飛び出したら、男が鬼灯を匿っていたと勘違いされるかもしれない。松明を持った村人たちが男の家へと迫ってきている。周りの家からも騒ぎに気付いて外に姿を現し始めた。鬼灯は村人たちが男の家を離れるまで待つことにした。
「おい、鬼が逃げたぞ!姿を見なかったか」
 村人が外に立っていた男に詰め寄っている。男は何も言わずに首を横に振った。
「ちくしょう、まさかまだあんな力が残っていたなんて。これじゃいつ鬼に寝首をかかれるか!」
 声に聞き覚えがあると思ったら、縛られていた鬼灯を犯した男だった。柱に縛り付けられていた見張りの男を見て、鬼灯に復讐をされるのではと恐れているようだ。
「あの鬼がそんな事をするとは思えん」
 そう反論をしたのは、鬼灯を助けようとした若い男だった。その一言に村人全員が静まり返る。鬼灯はそれを聞いて臓腑が冷たくなった。閉鎖的な村社会で鬼の味方をする男がどんな目に遭うか、想像に難くない。
 鬼灯の嫌な予感は的中した。
「お前、鬼の味方をするのか!」
 反論された男が激昂して若い男に掴み掛った。周りの村人たちも同様にその男を取り囲み、まるで鬼を見たような罵倒を男に浴びせかけている。一人が男に手を上げると、他の村人も続いて男を殴り始めた。
 鬼灯が捕まった時も今のような光景だったのだろう。男が鬼灯を同情した様に、鬼灯も男に同情した。
 人間の汚い一面を見せつけられて鬼灯の顔からは表情が失せていた。正しい行いをする人間が現世で良い思いを出来るとは限らない。だからこそ現世の行いが報われるように死後の世界があるのだ。
 姿を隠していた鬼灯は家の表へと姿を現した。男を取り囲んでいた村人が一斉に鬼灯を振り返る。
「いたぞ!捕まえろ!」
「やっぱりお前が匿っていたのか!」
 鬼灯の身体に再び縄が巻かれる。村人に殴られていた男はそれを見て愕然とした。
「どうして出てきたんだ!今からでもいいから逃げろ!お前になら簡単だろ!」
 男のその発言を聞いてまた村人が男の顔を殴る。彼は鼻血を垂らして目を腫らし、痛々しい姿になっていた。しかし男はそんな事は気にも留めず鬼灯の味方をした。
「気が変わりました。やはりこの人達には鬼の恐ろしさを教える必要があります」
 蛇のような目が怒りで鈍く光っている。鬼灯は不気味なほどおとなしく村人たちに従い、再び神社へと向かった。


 背丈よりも高く積み重ね上げられた座布団に鬼灯は胡坐を掻いて座った。
 目の前には村中から掻き集めた豪勢な食事が並べられている。鬼灯の隣りには若い女が鬼灯の杯へと絶えず清酒を注いでいた。
 鬼灯は三日続いた空腹から、出された食事を見る間に平らげていった。料理を詰めたお重がみるみる空になっていく。酒も水の代わりに飲み欲し、村にある酒は全て神社に集められ、もうどの家にも一滴も残っていなかった。
 神社に連れて行かれた鬼灯は、鬼の力を村人に見せつけた。自分を縛る縄を簡単に千切り、鬼を祓うと信じられていた豆を指で飛ばして村人一人の頭にぶつけただけだ。しかし村人が鬼の力を知るには十分だったようだ。意気盛んだった村人たちはそれを見てあっさりと手のひらを返した。鬼灯を神の様に崇めはじめると平伏して鬼灯に許しを乞うた。
 鬼灯は村人たちに自分から何かを要求したりはしなかった。だが目の前に並べられたご馳走を無視する理由はない。腹は減っていたし喉も乾いていたので、鬼灯は遠慮せず供え物を平らげた。

 精神的にも肉体的にも気の済んだ鬼灯はようやく地獄に帰る事にした。
 予定よりも長い滞在になってしまったが、色々と学べたように思える。鬼灯は神社の隅に立っていた若い男をちらりと見た。このように小さな村にも、大衆に流されず自分の価値観で善悪の判断が出来る人間がいる。地獄で仕事をしていると忘れがちだが、全ての人間が地獄に落ちるような者ばかりではない。
 鬼灯は座布団から飛び降りると未だに平伏している村人たちを無感動な目で見下ろした。
「それではみなさんまた会いましょう」
 地獄で、という単語は敢えて伏せた。村人たちはその言葉を鬼灯がまた村にやってくると言う意味に受け取り、この世の終わりのような悲鳴を上げた。鬼灯はそうとも知らず何食わぬ顔で村を去っていった。