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2023-12-24 18:20:42
3126文字
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童子と謎の守護聖人

「LAER LOTHLOSSEN」https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19709223 と同じ設定 魔王クラウスと小さな養い子スティーブンの話


 人の子として生を受け、生まれてより数年は人間(じんかん)にあったスティーブンではあったが、その人の子らによって利益を得たという記憶はほとんどない。彼にとってのあたたかい、やさしい、あまい記憶というもののほとんどは、この地をしろしめす魔王陛下のもとに引き取られてからのもので――だからスティーブンは、人の子の多くが信じる神やその宗教というものには疎かった。
 堅固にして優雅な山城での、陛下の養い子としての暮らしは厳しい冬にもなに不自由なく、上等な衣服と火の精霊と、魔王陛下の強大な結界のおかげで、ともすれば寒さを忘れるほどである。おさなくも賢いスティーブンはその恩恵のすばらしさをよく理解しており、自室のよろい戸を開けて積もった雪を落としながら、ぼくは本当にしあわせ者だ、と、窓の外の灰色の景色を眺めて毎朝に思うのであった。
 このように陛下を崇拝するおさな子にとって、納得がいかないのが冬至近くに訪れる、ある特別な「おきゃくさま」である。
 スティーブンの目を通して、城への――さらに言えばスティーブンへの――来訪者を見た時、それはおおよそ二種類に大別される。それは「おともだち」と「おきゃくさま」で、「おともだち」はスティーブンにはよくわからないものの、害にはならぬとなぜか確信できる者たちだ。陛下によればそれは、まだ未熟な魔導士であるスティーブンが無意識のうちに編んだ使い魔や、空想の中に作り上げた友人が魔力によってうっかり実体化したものであるらしく、遊び相手にこそなれ、害を為すというものではない。
 問題は「おきゃくさま」のほうである。
 城の大書庫に眠る封印されし魔道書、呪われたクエストを解いてもらおうと寄ってくる古地図、どうやってか結界をすり抜けて入り込んでは何かを盗んでいこうとする魔族、城に何百年と住み着くうちに自我を得た「何か」――それがなんなのかは誰にもわからない――、「おきゃくさま」とはおおよそ、そういった類のものである。魔力の高いおさな子はそういったものに狙われやすいので、見かけた場合には触れたり声をかけたりということなく、すみやかに陛下か、執事のギルベルトに知らせるというのが約束であった。
 ただ、冬至近くにやってくるこの「おきゃくさま」だけは特別だ。
 それは人の子が信じる聖人とかいうもので、人のおさな子のもとには必ず訪れ、彼をたたえる聖夜には、贈り物を置いていくのだという。スティーブンが生物学上は人の子だというので、魔族の城の中にまで入り込んでくるらしいのだが、スティーブンにはどうにも、この聖人なるものは怪しいように思えるのだった。
 そもそもこの宗教を信じる大本山と言えば、魔族排斥を掲げ、この城にもたびたび討伐の兵を寄越す聖都である。いくらおさな子の守護聖人だといえ、たかがスティーブン一人のために、そのような勢力の尖兵を城に招き入れるというのはいかがなものだろうか。
 スティーブンはそう考え、その憂慮をギルベルトや陛下に訴えてもみたのだが、「聖霊となった人間は魔族に害を為すことはないので心配は要らない」と陛下は言い、そして、聖夜が明けたスティーブンの枕元には、高価な贈り物がこれみよがしに積まれている。おさな子は彼なりに知恵をめぐらし、野伏たちの教えを紐解いて室内に捕獲用の罠を仕掛けたりもしてみたのだが、それらはことごとく解除あるいはすり抜けられて、やはり、贈り物だけが丁寧に安置されているのであった。
 城にいる子どもがスティーブン一人なので、贈り物はスティーブン一人が独占することになる。それもスティーブンにとっては悩みの種で、陛下のもとに何もないものを、ぼくだけが受け取るのはどうにも心苦しい、と謝絶の手紙も書いてみたところ、今度は陛下とお揃いの贈り物が置かれていた。そうなるとさすがに嬉しさを押し殺すこともできず――それは手の大きさにきちんとあわせた大小の園芸用じょうろだった――、スティーブンは贈り物を受け取り、丁寧なお礼状もしたためたのであった。

 そのようなことがあって、今年も冬至が近づいたある夜――館の肌寒い廊下、ドワーフの魔法によって作られたガラスの小さな窓の前で、スティーブンは外を眺めて考え込んでいた。
「これはスティーブンさん、浮かぬ顔をしていらっしゃる」
「ギルベルトさん……
 外の吹雪を眺めていたスティーブンは振り返り、魔法のランタンを掲げたギルベルトの姿を認めた。
「そろそろおやすみの時間ですよ」
「はい、もう歯も磨きました」
「それは結構」
「ぼく、ちょっと考えていました」
 この童子が「考える」と、ときどき、童子にとってよくないことが起こる――たとえば「さくらんぼの種を飲み込んでしまったのでおへそから木が生えてくるかも知れない」と不安になって悪夢を見るとか、そういうことがだ。だからギルベルトは注意深く、童子の顔色を観察しながら続きを促した。
「今年も聖人さまがいらっしゃいますね」
 このような吹雪の中なのに。と、スティーブンは窓を指さした。
「聖人氏にとっては、造作もないことでいらっしゃいます」
「よほど強大な、聖霊、ですか、そういうものなのだということですね」
「まあ、その通りですな」
「そして、客人をぼくに会わせることにあんなに気を使われる陛下が、聖人さまだけは警戒するご様子もない」
「子どもの守り神でいらっしゃいますからな」
 ギルベルトはことさらものやわらかに言った。スティーブンはきゅっと唇を引き結ぶ。
……ぼく、気づいてしまったかもしれません」
「ほう」
「聖人さまの正体について」
……ほう……?」
 ギルベルトはきちんと背筋を伸ばしてたたずんだまま、用心深げに顎を撫でる。それには気づくことなく、童子は言った。
「聖人さまの行いの気高さや、そのお力の強大さ、そして何より、贈り物の、ぼくを知り尽くしていらっしゃるような細やかさを考えるに……
 スティーブンは緊張をみなぎらせた灰青の目を、うかがうようにギルベルトに向けて言った。
……聖人さまは陛下とよほどお親しい……その……たとえばおにいさまのような、同族のかたでいらっしゃるのでは?」


……それに関しては」
 重たい沈黙ののち、謹厳な口調でギルベルトは重々しく言った。
「この爺からは、何とも申し上げかねますな」
「そ、そうですよね……重大なことですからね……
 陛下もないしょにしておいでのようだし。と、スティーブンはおずおずとつけ加えてまたギルベルトをうかがう。それには反応することなく、さあ、とギルベルトは言った。
「いかにこの城が守られているとはいえ、そろそろお身体が冷えてしまいます。お部屋にお戻りなさい」
「は、はい、あの」
「なんですかな」
 ギルベルトに追い立てられて歩きながら、懸命にスティーブンは彼を振り返る。
「今年もその、おもてなしの……暖炉に火とか……
「もちろん、万事とどこおりなく整えてございます」
「そ、そうですか」
 スティーブンはホッとしたように、扉を開けながら言った。
「もし縁者のかたでしたら、なおさら失礼のないようにしたいし、きっと凍えていらっしゃるし……
「ええ、ええ、わかりますよ」
「では、その、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ。今年は、無理に起きて見張ったりなどはなさいませんよう」
「はい!」


 控えていたメイドが歩み寄り、夜具を整えるさまを確認し――扉を閉めながらギルベルトは、城の自室で準備万端はりきる「聖人さま」のことを考えて、小さく微笑まずにはいられなかった。