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sfaddict117
2023-03-19 23:09:01
5183文字
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Mine, all mine
18歳の虎誕にようやく報われる伏と指輪の話。全部解決した平和な世界線の話でいつも通りに捏造てんこ盛りです。
※本誌200話、201話辺りをうっすら意識した表現があります。
「これは私個人の価値観の話になるんスけど」と前置きした上で新田さんは言った。
「車移動ってどうしても間ができますよね。でも、だからと言ってプライベートの詮索になるような話題は振らないって、私決めてて。術師の皆さんに快適な移動時間を過ごしてもらうことも補助監督の力量だと思って日々精進してるとこなんスけど
――
でも、あんまり意外で、思わず口に出しちゃったんスよ。『えっ、指輪?』って。したら虎杖君、まるで聞こえなかったみたいにキョトンとした後、かわいそうなくらい真っ赤になって。ヤバ、触れちゃいかんかったかもって、慌てましたよ。前の車は急ブレーキかけるし。いやあ、あの時事故んなかったのはマジで運が良かったっス」
危ねえな、と思ったが、思っただけだ。苛立ちなんか微塵もない。ミラー越しに俺の反応を伺う時間すら惜しいほど、続きが聞きたくて仕方なかった。
「謝って話題変える気でいました。でも『ええっと
……
』って言い淀んでる顔を見て、女の勘が働いたんスよね。あ、コレは聞かなきゃならんやつ! って」
『
……
うん、指輪。貰ったんだ。彼
――
……
じゃなくて、えっと
……
こ
……
恋人? に
……
』
『貰った? あげたんじゃなくて?』
『持ってるだけでいいって
……
つけらんないの分かってるからだと思うけど』
『情熱的な彼女さんっスね』
『全然そういうキャラじゃないんだけどさ
……
むしろ指輪とか邪魔なだけで金の無駄とか言いそう』
『そんな方が「持ってるだけでいい」ってよっぽどじゃないですか! っていうか全然そんな素振りなかったからびっくりしたっスよ! もう結構長いんですか?』
『
……
えっと、その。き
……
昨日、から
……
』
「もうホンット興奮しちゃって。『昨日!?』って
――
そしたらまた赤くなって『
……
ゴメン、ちょっと待って
……
』なーんて照れちゃって。でもこっちは俄然仕事モード入ってますから
――
後で怒らないであげてほしいんスけど、馴れ初めとか今後のこととか、お二人のこと色々聞き出しちゃいました。
……
私、嬉しいっス。その時は「彼女さん」なんて言っちゃいましたけど
――
虎杖君って、っていうか私に言わせれば伏黒君もですけど、一人で突っ走っちゃうとこあるじゃないですか。いつとは言わないですけど。でも、そんな虎杖君が「頭上がんない」って
――
絶対生きて帰らなきゃいけないから無茶な真似できなくなったし、何でも言うこと聞いちゃうくらい好きでしょうがないって、一体どんな凄い人かなって思ってたんスけど。聞いた瞬間、納得させられました」
新田さんはエンジンを切ると「続きはまた今度っスね」と笑って後部座席を振り返った。
「お疲れ様っス! それから
――
ご結婚、おめでとうございます!」
◇
付き合ってほしい、とは言わなかった。読んできた本の影響か碌でもない家庭環境のせいか、恋人や交際という言葉にはどうしても有限性のようなものを感じたし、世間一般で言う“付き合っている”人間がやるようなことはほとんど済ませていたから、わざわざ確かめるまでもなかった。それが互いに、死ぬまで変わらない気持ちということも。
だからという話ではないが、虎杖が16になる誕生日、俺はアイツに指輪と婚姻届を突き付けた。無論、その紙切れがれっきとした同性で、尚且つちゃんとした戸籍の有無すら怪しい俺たちにとって何の効力も持たないことくらい分かっていた。そもそもその紙に名前を書けるだけの年齢ですらないことも。
「
……
ごめん、受け取れない」
だろうなと思って、あっさり引き下がった。「そうか」と一つ頷いただけでその話を終わりにした俺にほっとしたのか拍子抜けしたのか虎杖は微妙な表情をして、それから3日は引きずって大人しかった。大して気にもしていなかった俺とは対照的に。
ダメ元なんてもの以上に期待値は低く、ただ言っただけ、というのが一番的確かもしれない。それでも一世一代のプロポーズであることに何ら変わりはなく、一生を差し出して誓う気持ちがあることを、俺にとって一年で一番価値のあるその日に伝えておきたかった。それだけだ。
当時、虎杖の死刑は相変わらず
――
というか、国の政治も国際関係もめちゃくちゃになった後だ。上も、その更に上も一個人の量刑どころじゃない中、変わらず執行待ちという状況だった。だけど俺たちには五条先生がいたし、いざとなったら俺ひとりで虎杖を連れてどこまでだって逃げる覚悟も、上の人間をまとめて手に掛ける覚悟のどちらもあったから、怖いことなんか何もなかった。
その後も俺たちの関係は続いた。4月になって進級して、後輩が入ってきて、交流会がまた東京で開かれた。目まぐるしく過ぎる日々の中、二人きりになれば当たり前のように手を伸ばして唇を寄せる俺を虎杖が拒むことはなかった。同じように、自分の方から求めてくることも一度たりともなかったが。
そうしてあっという間に次の春が来て、俺たちが3年に上がった年の暮れ
――
また、大きな戦いがあった。
どうしたって災害は繰り返すもので、身内に何人も死者が出て、守りきれなかった一般人もたくさんいる。日ごとに強くなっているはずの俺も冗談みたいに傷を負って死にかけて、でも、この時は虎杖の方がヤバかった。
特別強力な呪霊と対峙していたわけじゃなかった。それなのに逃げ遅れた子供を庇って一撃モロにくらったら、虎杖は驚くほどあっさりその場に倒れた。辺りはみるみる血の海になって、横で子供が泣き叫んでもぴくりとも動かない。宿儺の奴もここぞとばかりに交代すりゃいいのに、出てこられないほどの致命傷、後から聞いた話だとこの時ギリギリ息があったのはただただ運が良かっただけで、普通なら即死だったという。
そうは言っても
――
倒れたまま一向に起き上がらない虎杖を視界の端に捉えていても、俺はいたって冷静に目の前の呪霊を祓って子供を安全な場所に避難させた。無理もないだろう。2回も生き返りを見ているし、虎杖は強い。どんな敵を相手にしようと、いつだって命を放り出す覚悟をしていても、心のどこかで虎杖だけは死なないと思っていた。だけど、俺が呼び掛けても1ミリたりとも動かない胸を横目に虎杖の体に触れると一瞬にしてその希望が崩壊して、避けられない死を意識した。
「虎杖」
何度呼んだだろうか。どこを怪我しているかも分からないまま強引に抱き上げて、力の入らない手で肩を揺すると虎杖はうっすらと目を開けた。しかし肺がやられているのか不自然な呼吸音の狭間で大量の血を吐いて、ただでさえ青白かった顔からますます血の気が失せていく。
「おい目閉じんな、しっかりしろ」
今にも閉じて、もう二度と開かれなくなってしまいそうな目がぼんやりと俺を見た。見えているのか定かでない黒目を俺は必死の思いで見つめ返した。
「
……
、
……
の」
「聞こえねえ、はっきり喋れ」
覚悟などあるはずがなかった。しかし虎杖の死は揺るぎない現実として俺の目の前にあって、逃げることも拒むこともできなかった。俺は取り乱すでも何を伝えるでもなく、弱々しく震える虎杖の唇と僅かに覗く舌の動きだけを追っていた。
何度も聞き返して、耳を澄ませて目を凝らして
――
ようやくその一言が「伏黒、泣かないの?」だとわかったとき、これがなきゃおそらく一生知らずにいたであろう、一つの真実に辿り着いた気がした。
「
……
オマエ、もっと他に言うことあんだろ」
震え声で文句を垂れると虎杖は安心したように目を閉じた。俺は決して泣かずに、いつまでもその体を抱き締めていた。
◇
「つうか、それで気ィ済んでんじゃねえよ。あのまま死んでいいわけねえだろ」
まだ少し痛いらしい。生々しさの残る傷痕を辿っていくと虎杖が時折ぴくりと体を強張らせる。まあ、痛いだけじゃないのだけど。
「いやそう言われても
……
あー、マジでこれ死ぬなって、向こうで戦ってる1年大丈夫かな、早く伏黒行かせなきゃって、ぼんやりそう思うくらいで
……
他はあんま、何も考えらんなかったから」
俺のことすら大して頭になかったと平気で口にする憎らしさと後輩への嫉妬心。どちらも口には出さないまま、首に巻かれたシルバーのチェーンごと頸に唇をくっつける。上から二度、三度皮膚を食んで、指をくぐらせて退かすと虎杖が「あ、ちょっと」と声を上げたが、無視して強く押し当てた。別に臍を曲げたわけじゃなく、むしろその逆だ。
「
……
っ、絶対わざとだろ、それ
……
ギリギリ見えるとこばっか」
「別にいいだろ。もう全員知ってんだから」
五条先生への報告を関係各位への周知とイコールにするのはどうかと思うが、1週間もしないうちにマジで知り合い全員から声を掛けられるかメッセージが送られてくるかしたのだから否定のしようもない話だ。
「ってか今日なに
……
? なんかすげえ余裕あるじゃん
……
」
「オマエは全然だな」
吐息混じりに笑って虎杖の体を表に返そうとすると、何を察したのか急に「今日は後ろからがいい
……
!」なんて言い出した。当然却下してさっさと足首を掴む。
「待って! 俺、実はあんま元気ないんだけど
……
!! 今日割と重め任務だったし
……
」
「怪我は」
「ないけど
……
」
「けど何だよ」
「て、みじかに
――
、ッ」
濡れた粘膜へと生々しく触れた体温に虎杖が息を呑んだそばから体重を乗せていく。細められた目の縁で睫毛が震えているのが分かるくらいに近付いて、左手で髪を掬う。奥の方はまだ濡れていて、少し冷たい。その温度に決して触れない部分があることを、飽きもせず確かめていた。
「
……
あれ、まだ持ってる
……
?」
3日ぶりに目を覚ました虎杖にそう聞かれた時は、夢を見ている、或いは俺の方が死んで天国にでもいるのかと思った。
「え、もしかして忘れた
……
? 誕生日の」
「忘れてねえよ」
苛々した。生死の境を彷徨う大怪我をした後、開口一番にそんなことを尋ねて、それなのに本気で忘れただなんて思っていそうな顔をするから。
どうしたって期待して、それでも確信できないもどかしさから乱暴に虎杖の手を握った。するとまるで肯定するように握り返してきたから俺の視界はみるみる滲んで、虎杖がどんな表情をしているのかよく見えなかった。
「
……
泣かないんじゃねえの」
「うるせえ、
……
つか、死に際と一緒にすんな」
繋いだ手に雫が落ちて、シーツにも染みができた。多分拭ってくれようとしたのだろう。虎杖が指を緩めたが俺は逆に強く握って、流れ落ちるものに構わず顔を上げると、観念したような笑顔がそこにあった。
「
……
いっぱい待たせて、ごめん。謝るからさ
――
……
あの指輪、もう一回俺に渡してよ」
余裕がないのは本当にそうらしい。唇を噛んで耐える表情は見るからに脆くて、早く崩したいのとじっくり眺めていたいのを天秤にかけながら浮かれてんな、と呆れたが、自覚したところで変わりやしなかった。
「〜〜〜〜ッ、た、のむから
……
やさしく、して」
「
……
アレ、言ったらちょっとは考えてやる」
「またあ? 言わせすぎ
……
ってかちょっと、って」
虎杖の目が首元から離れたチェーンを追う。そこから指輪を抜き取って本来あるべき場所に戻しても、もちろん虎杖は拒まない。まだ慣れないらしく、頬を赤らめてそれを眺めているのも、全部、俺は嬉しい。
「いやもう機嫌良すぎて怖いんだけど
……
マジで今日何があったの
……
?」
「別に何も
――
オマエが俺のこと好きでしょうがねえとか、別に、誰からも聞いてねえよ」
「は!? え、ちょっ」
「つうかオマエ『何でも言うこと聞いてる』とか外で言うんじゃ」
「ワーッッ!! ちょっ
……
待って伏黒、何をどこまで
……
〜〜〜〜ッ、ひでえ、新田さん絶対内緒にするって言ったのに
……
!!」
「残念だったな。
……
で?」
赤くなって言い淀む顔を見て、変わったなと思う。
あれほど頑なだった虎杖が俺のことを、俺に聞かれて困るようなことを他人に話すなんて。俺自身だってそうだ。有限性がどうのと思っていたくせして、虎杖に恋人と呼ばれて少しも悪い気はしないのだから。
きっと、この世のどこにも永久不変のものなどないのだろう。受け取ってくれるだけでよかったはずの指輪もいざ虎杖の手に渡るとやっぱり、戦ってないときは指に在ってほしいと思うようになった。
信じてないんじゃない。ただの我儘で、甘えだ。だから何度でも虎杖の口から聞いて、確かめたい。ようやく報われた気持ちを。
「
……
俺、伏黒が好きだよ」
虎杖が初めてそれを口にしたのはたったの1か月前
――
2年越しに指輪を受け取ったあの日、3月20日のことだった。
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