九夏
2022-06-23 23:07:58
15075文字
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『a bright tomorrow』(杏こはSS)

遅くて申し訳ありませんが、杏こはオンリーのリクエストSSです。リクエスト:年の差杏こは。年の差お任せとの事でしたので年の差がちょっと変則的(?)ですすみません。


『a bright tomorrow』

 キィン、と甲高い耳鳴りが響くと同時に耳の奥が痛んでくらりと目眩がした。
「痛っ……!」
 反射的に目をぎゅっと瞑り、耳を両手で覆い立ち止まる。初めての感覚にやばいって感じたけど……
「あれ……?」
 恐る恐る目を開けると、視界ははっきりとしてるし耳鳴りも痛みももう無い。
「何だったんだろ……まあ道のど真ん中で倒れなくてラッキー、かな?」
 理由は分からないけど、ビビッドストリートの道中で倒れたりしたら大騒ぎになっちゃうだろうし、何事も無いならそれで良いか。
 そこからは気にする事無くまた家に帰ろうと足を進め始めて少し。ある事に気づいて私は再度足を止めてしまう。
「えっ? ここってこんなんだっけ……?」
 驚く私の目線の先にはライブハウスの看板がある。見慣れた名前が描かれているそれは、昨日通りがかった時に見たものとデザインも電飾も変わっていた。
「おじさんリニューアルするって言ってたかな? 外観も何か違うし……うーん、明日聞いてみよっと」
 でも店主のおじさんの性格を思えば、これだけ外観を変えるなら話に来るだろうし、そもそも工事してる様子を私が見ないはずないんだけどな。
 首を傾げながらも、明日確認すれば良いしと大して気にせずすぐに歩き始める。
 夜道でもここは街灯とお店やライブハウスの明かりや周りの喧騒があるから怖くないし、むしろ大好きなぐらい。
 軽い足取りで歩いているとライブ終わりなのか人だかりが出来ている所に当たり、楽しかったと盛り上がっている人達が見えて微笑んでいると聞き覚えのある声が耳に届く。
「お前ら今日マジで良かったな」
「ん? この声って……
 振り向いてみるとこちらに背を向けた男の人がいて、雰囲気から知り合いで間違いないだろうと声を掛ける前に興奮気味の声が響いた。
「へへ、洸太郎さんに褒められるの嬉しいな!」
「おう! なーなー、また今度一緒に歌ってくれよ洸太郎さん!」
「わーってるって。俺だって忙しいんだからもうちょい待ってろ」
「洸太郎……“さん”……?」
 思いがけない呼び方に伸ばしかけた手がぴたりと止まる。
 えっ、洸太郎って私の知ってる洸太郎であってるよね? 洸太郎に対してすごい尊敬してます! って感じの話し方してる子達だけど、洸太郎にかわいがってる後輩いるって聞いた事ないけどなぁ。
 考えるより先に話を聞いた方が早いと、洸太郎らしい人にそっと声を掛けてみた。
「えーっと……三田、洸太郎さん……?」
「ん? って、その声杏だろ? いい加減こう言う時にからかってくるの止め……ってなぁっ!?」
「きゃっ!? な、何?」
 一応人間違えの可能性もあるしフルネームで呼べば、やっぱり洸太郎だった目の前の人物はこちらを向いて早々驚きの声をあげちゃうから変な声出ちゃったじゃん。
 目を見開いてこちらを見てくる洸太郎に、私はあれ? と抱いた違和感に首を傾げる。
 伸びた髪を後ろで結ってるのもそんなに髪長かったっけって思うし、顔つきが落ち着きすぎてるって言うかこう……
「えっ、洸太郎老けた……?」
 つい思った事そのまま口に出してしまえば、洸太郎は噛みつくように言葉を返してきた。
「おっ前それ傷つくからな!? ってか俺が老けてるってより、俺には杏のがなんか幼く見えるんだけどよ。昔みたいな格好だしさ」
「幼く? 私が? 昔……?」
 何それ? 私の言葉に反射的に噛みついただけな訳じゃなさそうなのは、わっと叫んだ後の冷静で落ち着いた声色から伝わってくる。
 でもじゃあどう言う意味で変な事言ってきてるんだろ……
 考える間もなく、洸太郎の背からひょっこり顔を出した彼の後輩達が今度は声をあげた。
「あれっ? もしかしてキミ、“AN”のファンとか?」
「はい?」
 見知らぬ人に呼び捨てされたのも驚いたけど、私が私のファン? いよいよ何が何だか分からなくなる私を置いて目の前の人達は話を進めていく。
「ああ、ANの女の子のファンって格好真似する子多いよな。ANカッコイイし。ねね、AN俺も好きなんだ。ちょっとどこか入って話しよーよ」
「こら、お前らっ! 流れるようにナンパしてんじゃねーわ!」
「えー、だって可愛いし……
「いやそりゃそうだが、俺にはどーにも杏本人っぽく感じるっつーか……
「とか言って、洸太郎さんもナンパの口実にしようとしてね?」
「してねーって!」
「あー……盛り上がってる所悪いんですけどー」
 洸太郎が何とかしようとしてくれてるし、状況は分からなくてもナンパはお断りだしと間に入ろうとした時だった。
――お待たせ」
「えっ……?」
 私の心を離さず、いつだってドキドキと高鳴らせて躍らせる声。でも、今耳に届いたそれは何だかいつもよりうんと甘く感じて――……
 私に身体を寄せて腰を抱いてきた声の持ち主の顔を見れば、彼女は魅惑的な瞳を細め微笑んでから洸太郎達に向かって言う。
「ごめんね洸太郎くんにキミ達。この子、杏ちゃんの親戚の子なんだ。丁度迎えに来た所だから、連れて行かれるのはちょっと困っちゃうな」
「俺は連れてくつもりはなっからねーから! おいお前ら、ANの話しにどっか行こうって張り切ってたけどどーすんだよ」
「え、えぇっ、それは……
「こ、KOHANEさんの連れでAN……さんの親戚の子とか知ってたら声かけてねーっすよ……。か、帰ります!」
「ま、それが懸命だな。悪ぃなこはね。こいつらお前らのファンだからさ、杏の親戚とか知ってたらナンパなんてバカしなかったろうし許してやってくれ」
「ふふ、怒ったりしてないから大丈夫だよ。ファンだなんて嬉しいな」
「こ、今度のステージめっちゃ楽しみにしてます!」
「ありがとう」
 すっかり場をリードした彼女が微笑んでお礼を言えば、彼らはぱぁっと笑顔になり洸太郎に背を押されて連れて行かれる間もずっと興奮気味に手を振り続けたままだった。
 入る余地がなく黙ったままだった私は、三人の姿が見えなくなってからようやくはっとして再度彼女の顔を見る。
 セミロングの亜麻色の髪にはピンク色のメッシュが入っていて、耳にはハート型のピアスが揺れていた。
 甘い香水も、唇を彩る薄い桃色も。彼女が纏うもの全部が私の知る女の子とはかけ離れているのに。
 それでも……あの声を聞いてしまえば。私の感覚とか感情とか全部が、その子以外に有り得ないのだと確信を訴えるんだ。
 恐る恐る、私は目の前の彼女に問い掛ける。
「こはね……なの……?」
「あ。うん、そうだよ杏ちゃん。色々起きて混乱しちゃってるよね。見つけるの遅くなっちゃってごめんね」
「う、ううん。そんなの、さっき守ってくれたのも助かったし、嬉しかったからこはねが謝る事なんてないよ。……でも周りもだしこはねも私の知ってるこはねと違ってるし、訳分かんないのはほんとそう」
 いくら確信があったって、目の前の人物が自分をこはねだって認めたって。知ってるはずの街と人が変わっているのを見た混乱はすぐに無くなるものじゃないよね。
 苦笑する私に大人びた雰囲気、と言うかだいぶ年上に見えるこはねは眉を下げて言う。
「ありがとう杏ちゃん。私もミクちゃんから話を聞いた時はびっくりしたんだよ。あ、その辺りの事情は……セカイでって言いたいけど、ちょっと色々あって今は行けないんだよね」
「そうなの?」
 セカイでなら誰の目も気にしなくて良いし、あと今のミク達がどう変わってるのかも正直気になっちゃってたんだけど会えないのは残念だな。
「うん。その辺りも歩きながら説明していくね。でもこの周辺のお店だと皆杏ちゃんの姿に興味持って話し掛けに来ちゃいそうだから……そうだね、少し歩いちゃうけど家で話そっか」
「家?」
「あ、私“達”のおうちの事だよ」
「!」
 私達、って響きに私はどきりとして身体を強張らせた。
 だってそれは、その……。今の私とこはねの関係を思えば気にするなって方が無理で、こんな時にって思っても喉をごくりと鳴らしてからこはねに尋ねてしまう。
「え、えっとさこはね。私達、って事はその……こはねは誰かと一緒に暮らしてるの……?」
「え? それはもちろん……あ」
 私の問い掛けに一瞬だけきょとんとしてすぐ答えてくれようとしたこはねは、けど何か思いついた様子を見せるとにこ、っていたずらっぽく微笑むと途端にずいっと私の目と鼻の先に顔を寄せてくるものだから私は大いに慌てた。
「なっ! ちょっ、こ、こはね……!?」
「ね、杏ちゃん。杏ちゃんは杏ちゃんと一緒にすごしてる私とどんな関係?」
「! どっ、んなって……
 『そんなの最高の相棒に決まってるじゃん』って普通に答えれば良いのに。
 間近で私を見据える彼女の瞳はとても魅惑的で、そして私の事なんて全部お見通しな気さえさせる。
 鼓動も熱も高まるばかりで、答えを期待して待っているように見える彼女の求めるまま私は再度口を開いた。
「最高の相棒、で…………こ、恋人、です……
 顔を真っ赤にして最後は声を振り絞り答えた私の頬をやさしく撫でてこはねは言う。
「ふふ、よくできました。……なんて、ごめんね杏ちゃん。今の杏ちゃんが懐かしくてかわいくて、ちょっと意地悪な聞き方しちゃったかな?」
「も、もー大人なこはね余裕ありすぎでしょ! それでえっと、その感じだと……
「うん、私と“私の”杏ちゃんも恋人同士で、一緒に暮らしてるよ」
……!」
 こはねの答え次第ではまた目眩に襲われてしまう所だったけど、こはねの言葉は抱いてた不安全部吹き飛ばして私の胸を高鳴らしてくれる。
 だって今の私とこはねはまだ付き合って半年ぐらいだけど、出来るならこの先ずっとこはねと一緒に居たいと願ってる。その願いが叶ってるの知れたんだもん、ドキドキが胸一杯になって叫びたいぐらいの気持ちだった。
「そんなに嬉しそうにしてくれたら私も嬉しいし……ふふ、かわいいね杏ちゃん」
「ひゃっ!? しょ、しょーがないじゃん。こはねとずっと一緒にいられてるのではしゃぐなって方が難しいってば。って、って言うかこはね距離近すぎない? いつまで腰抱いてるの?」
「あれ、そうかな? うーん、今の私はもうこうしてるのが当たり前だから……
「えっ、ちょっ、もっと引き寄せるとか!? こ、こはね分かっててやってない?」
「あはは、この頃の杏ちゃんを抱きしめる側になれるの嬉しいからつい」
 ほっぺ同士をくっつけて密着したこはねが楽しそうに動く度ふわりと届く甘い香りは。全く知らないものなのに、こはねらしさを確かに感じる上に私の胸をドキドキ熱くさせるものだから私はじたばたと小さな抵抗をするしかなかった。

 * * * * *

「セカイの、混線……?」
 大人なこはねのおうちにお邪魔してから少し。
 椅子に座ってからもそわそわ家の中をきょろきょろと見ている私は、カップを差し出してから向かい側座ったこはねの口から出た単語に首を傾げた。
「うん。ミクちゃん達もそうとしか言いようがないって感じの話だったんだけどね。何かが原因で私の……杏ちゃんからすれば何年も先のセカイと、杏ちゃんのセカイが繋がって、それぞれのセカイの杏ちゃんが入れ替わっちゃったんじゃないかって」
「私が入れ替わったって……あーなんかこの全くワケ分かんない感じ、ミク達と最初に会った時以来かも。それでいて、しっかり現実にそうなってるってとこも」
「あの時かぁ……懐かしいね」
 目を細めて昔を懐かしんでいるこはねにとって、あの時の出来事ってどれぐらい前の話なんだろう。
 ああもう、また気になる事が増えるばっかり。
 今私の頭の中は今の状況、どうすれば元に戻れるのか――そして、目の前のこはねの事、大人になってからのこはねと私がどんな風にすごしているのかって。知りたい事だらけ。
 考えがまとまらないから言葉にする事も出来なくて、ひとまず淹れて貰った紅茶を口にしたんだけど。
「! この紅茶、良い香りだしすっごく美味しい! こんなの今まで飲んだ事ないんだけど……!」
 お店に出せるレベルの味に驚いてると、更に驚く話をこはねから聞く事になる。
「ふふ、良かった。それ、今の杏ちゃんが好きな感じでブレンドしたものなんだよ」
「えっ、こはねお手製!? すごい……
 感動しながらこはねを見ればこはねは私をやさしく、愛おしそうに見つめてくれてるものだから顔が熱くなるのを感じながら目を伏せてしまった。
 ――大人なこはねは出会ってからずっと真っ直ぐ私をそんな瞳で見つめてくるから、込められた想いが嬉しくて恥ずかしくてどきどきしちゃって見返せない。
 この紅茶だって完璧に私の好みのもので、ここに至るまで相当試行錯誤して作ったのが察せられるし。
 それも全部私の事想ってしてくれたんだろうな……ってダメダメ。また嬉しくなってきてにやけちゃうし、何にも考えられなくなっちゃうんだけど!
 このままじゃダメだと、状況は分かったんだし次に進む為にこはねへと言う。
「そ、それでさこはね。入れ替わった私はどうやったらお互い元の場所? じゃないのかな、時間……? ともかく、元通りに戻れるの?」
「今ミクちゃん達が一生懸命方法を考えてくれてるみたいだけど、連絡がないから多分まだ方法は分かってないんじゃないかな。それでも“彰人くんと冬弥くん”も一緒にミクちゃん達と連絡取り合ってくれてるから、きっと元に戻る方法は見つかるよ。心配しなくても大丈夫だからね」
「あ……
 当たり前だけど、彰人と冬弥もここには居て大人になってるんだよね。
 こはねが名前を挙げた事で私が気になったのは彰人達がどんな風になってるか……じゃなくて、こはねの呼び方が下の名前に変わってる事についてだった。
 いや、今の私より長く一緒に歌ってる仲間なんだし、私と恋人って言ってるんだから気にする必要なんてないじゃん。……ないんだけどさ。何か、もやもやするよね。
 唇をきゅっとして上手く喋れない口を閉じると、目の前のこはねは私の様子を見て目を見開いた後すぐにとろけるような笑顔になってから立ち上がり、私の隣に椅子を持ってきて腰掛けた。
「えっ、なっ、何……?」
「もしかして妬いてくれてるのかなぁって」
「! 私、そんなに分かりやすい顔してた?」
「ううん、どうかな。杏ちゃんが顔に出やすい頃なのかもだし、私も少しは杏ちゃんの思ってる事分かるようになってきてるのかも? ……杏ちゃんと恋人になりたての頃って、私余裕なんて全然なかったから。今こうして杏ちゃんの事落ち着いて見れてどんな気持ちなのか分かるの、とっても幸せだな」
「っ……!」
 ふわりと浮かべた笑みは、さっきまでのものと少し違って。あどけなさを感じるものだったせいか、私と付き合ってる――って大人の私も付き合ってるからややこしいな。私と同い年の――こはねの顔が重なって見えるようだった。
 あどけないかわいさと大人の魅力を合わせ持つなんてずるすぎじゃない?
 すっかりこはねに思考を蕩けさせられて黙る私を見て、こはねはより嬉しそうにして口を開く。
「ふふ、やっぱり杏ちゃんかわいい」
「ちょっ、もうっ……! 抱きつかれるの嫌じゃないけど、い、良いの? 大人の私こそ知ったら絶対妬くでしょ、自分相手でも!」
 言葉と一緒に私を抱く手つきが慣れきった遠慮無いものなのが私を動揺させて仕方ないけど、ふとこのハグの普段の相手である自分がこんな事を知ったらって思って言えば。
「え? それはそうだけど……。じゃあ杏ちゃんは大人の杏ちゃんが今、昔の私にどうしてるって思う?」
「え…………
 こはねの言葉にはっとして思い浮かんだのは――『この頃のこはねもかわいいー!』って言いながら抱きしめるだけじゃ足りなくて、ほっぺを擦り寄せたりあまつさえほっぺぐらいならって軽くキスをする大人な私で――……
……こはね、早く元に戻る方法探そう! 今すぐ! 私のこはねが大人の私に好き放題にされるの、考えるだけでも嫌だし!」
 早く帰らないと私のこはねが何されるか分からなくて、もう落ち着いてなんていられなかった。
 うろうろそわそわする私を、こはねは目を丸くして見つめながら言う。
「へ、変な風に聞いちゃったのは私なんだけど、そんなに……?」
「だってさ、こはねだって自分以上に大人の私が私のこはねにべたべたしてるって思って言ったんでしょ? 絶対そうだって! キスもどこにするか分かんないから、ああもう心配だなぁ……!」
「うん。……杏ちゃん、“あの頃の私”は特にかわいく感じそうだしね」
……? こはね? どうかした……?」
 ぽつりと漏れたこはねの言葉は、どうしてかどこか寂しそうなものに感じられて……。様子を窺えば、こはねははっとして驚いた感じで返してくる。
「えっ。どうかって……?」
「あ、えっと、気のせいだったらいいんだけど……。こはねの言い方何か引っ掛かっちゃったって言うか、寂しそうに聞こえたからさ」
「あ……。うーん、昔よりは不安とか隠せるようになったつもりなんだけどな。やっぱり杏ちゃんは優しいから、私の事何でも気づいてくれるし気遣ってくれるね」
 自嘲するような笑顔はより私の胸を締めつけて、何がこはねをそんな顔にさせているのかと心配で先走りそうな自分を抑え込みつつ尋ねていった。
「優しいとか色々嬉しいけど、こはねが私の事お見通しって感じなのときっと同じだと思うな。何よりもこはねが好きだから何でも見逃したくないし、寂しいとか不安とか感じさせたくないもん。何? もしかして大人の私、大人のこはねに不安視されるぐらい移り気とか?」
「そ、そんな事は全然ないよ。毎日私の事大好きだって伝えてくれるし全身から感じる程だもん。自分に自信がいまだに持てない私でも、杏ちゃんが一番好きなのは私だって言えるぐらい」
 えへへってはにかむこはねの表情はさっきと打って変わって愛しさが溢れる程一杯で、大人の私がこはねを愛し尽くしているのを感じると喜びと照れが押し寄せて顔が熱くなってしまう。
「そ、そっか。そう聞けて私も嬉しいな。じゃあこはねの不安の原因って……?」
「ええと……さっき言った通り“私”が好きなのは分かってても、昔と今の私だと杏ちゃんが好きなのは昔の私なのかなって今回の混線の原因を考えてたら思っちゃったんだ」
「混線の原因……?」
 原因にこはねは心当たりあるって事? 首を傾げる私に、こはねは説明をしていった。
「うん。ミクちゃん達と原因を探りながら話してたんだけど、セカイって想いで出来てるでしょ? じゃあ原因も想いの混線で、そして杏ちゃんだけ混線しちゃったのは何故って考えてたら……杏ちゃんが“昔の私に会いたい”とか“昔の私の方が好き”とか思ったりしたんじゃないかなって考えが浮かんじゃったの」
「えぇっ!? 一体何で……?」
「今の私はね、本当に幸せなんだよ。胸を張って杏ちゃんの隣に立てる私になれたし、歌でも恋でも杏ちゃんと沢山繋がれて。……でも時々ね、ほら、さっきの子達みたいに私を見て緊張や萎縮しちゃってるのを見たりすると思うんだ。今の自分になれた事に後悔はなくても、昔よりかわいげがなくなっちゃってて杏ちゃんもきっと昔の方がって……
 続いていくこはねの言葉、想いを最後まで聞かなきゃって思っても。目を伏せたこはねが自分を卑下した言い方をしてるのを、何も言わずに待ってなんかいられる私じゃなかった。
「そんな事ない!」
「! 杏ちゃん……?」
 たまらずこはねの手を握って、はっとして私を見るこはねの瞳を見つめ返したまま。――うまく伝えられるかは分からない。でも、絶対に伝えなくちゃ。
「かわいげがないなんて事ないよ。こはねさ、昔の私である私……って言い方ややこしいな。ともかく! 私相手に余裕あるように接しててもかわいいとこ隠せてないし、大人の私相手だったらもっとかわいいとこ見せてるだろうから大人の私羨ましいなーって思うぐらいだし?」
「え、えぇっ!? そ、そうなの……?」
 ほら、今だって私の勢いに気圧されて私の言葉に本当に? ってほんの少し期待と喜びが顔を出しかけてるとことかもかわいいもん。
 まだ先の事なんて、未来の自分の事なんて予想もできない未熟な私だけど。
 こはねの事なら自信を持って断言できる。どれだけ先の未来でも、変わらない想いを。
「そうだよ! ……それと同時にね、“今の私のこはね”に会いたいなーって気持ちも一杯になっちゃった。何でかなって考えたら一つしかないんだよね。私はいつだって、“今この時”私の隣に立ってくれてるこはねが一番大好きで最高にかわいいって思ってるから! ……だから、昔よりなんて心配しないでよこはね。大人の私の考えてる事全部は分かんなくてもさ、こはねへの想いは変わる訳ないもん。今この時の好きをどんどん募らせていって、もっと好きになっていって。こはねだって……そう思ってくれてるなら良いな、とか。あー……あはは、何か急に恥ずかしくなってきちゃったな」
 自分の想いをありったけ伝えた後こはねもって触れた途端、あれ、私結構恥ずかしい事言っちゃってる? って変に自覚しちゃってついつい笑ってごまかした私は。
「杏ちゃん」
「えっ? きゃっ!? こ、こはね……?」
 ぎゅっと。強く強くこはねに抱きしめられて、驚きとどきどきで胸が一杯になりながら見上げれば、そこには瞳から今にも涙を溢れさせそうな……でも、柔らかくてあったかい笑顔のこはねがいた。
「うん。杏ちゃんの言う通りだよ。私も、ずっと杏ちゃんの事好きになり続けてる。やっぱり杏ちゃんはいつだって迷う私を導いてくれるね。今の私の杏ちゃんも大好きだし、今日こうして昔の杏ちゃんに会えて、真っ直ぐに想いを伝えて貰えて……ああ、私が大好きな杏ちゃんだって実感したよ。ありがとう、杏ちゃん」
……!?」
 言葉と一緒に額にかかる髪の毛をそっと指先でかきあげられたかと思えば、そっと柔らかな感触が額に――……って!
「えぇっ!? なっ、こはね、今っ……!?」
 何をされたかを察してもう顔が燃える程一気に熱くなった私が言葉も出せず口をぱくぱくさせていると、顔をそっと離したこはねはふふって艶っぽく微笑んでる。
 そんな表情にもどきどきしっぱなしで釘付けのまま動けない私の耳に、スマホの着信音が届いた。
 着信音はこはねのスマホからしたらしく、こはねはスマホを手に取り画面を見てあっと声を漏らしてから話し始める。
「ミクちゃん!」
「えっ、ミク?」
『こはね、今いい? って、杏もそこにいるんだね?』
 こはねが呼んだ名に驚いて覗き見れば、声は確かにミクのものに聞こえるけど少し雑音が混じる上にミクの姿も朧気に揺らいで映し出されていた。
「ミクちゃん、連絡が来たって事は……
『うん。“向こう”とも連絡が取れたから、多分大丈夫だと思うんだ。ああちなみに、やる事は一つで簡単な事だよ。二人の杏が、同時にUntitledの再生ボタンを押す。それだけ』
「えっ、そんな簡単な事で戻れるんだ? そっか、良かった……
 大人なこはねに会えた事も、未来の私達の生活が垣間見えたのも嬉しかったのは間違いなくて。それでも……今は早く私のこはねに会いたくて仕方ないから。
 安堵の言葉を漏らす私をやさしく見つめながらこはねは言う。
「良かったね杏ちゃん」
「うん! こはねも、大人の私が戻ってこれるみたいで嬉しそうだね?」
「ふふ、もちろん。でも、昔の杏ちゃんに会えたのも幸せだったよ。何も心配はいらないと思うけど……元に戻ったら、まだ恥ずかしがり屋で心配性な私をよろしくね」
「もっちろん! 恥ずかしがっても心配や不安ごとぎゅーって抱きしめちゃって、大好きって伝えまくるから! 安心してね!」
 笑顔のまま胸に手を当ててここにぎゅっと詰まってる想いを伝えるよって示せば、こはねが嬉しそうに微笑んでくれるからより胸に想いが募ってあったかくなるな。
 そんな私達の様子を見てか、少しの間黙ったままだったミクが口を開いた。
……昔と今の杏とこはねがそれぞれ会う事で、色々と不安になる事もあるかもしれないと思っていたけど心配無用だったみたいだね。それでもお互いの今大切な人に会いたいって想いが満ちあふれてるようだし、早く済ませちゃおうか。再生タイミングはこちらで言うから、あまり遅れないようにね杏』
「うん、分かった。ありがとうミク」
『そうだこはね。少し耳を貸して貰っていい?』
「え? うん、何かな?」
 朧気に映るミクにこはねが顔を寄せるとミクが何かをぼそぼそと伝えてるみたいだけど、聞き耳立てるのはよくないよね。
 目の前で内緒話されて気にするなって方が難しくても、こんな変な状況だし伝えておかないといけない事だってあるでしょ。
 と、自分に言い聞かせてる内に話は終わって、こはねは少し残念そうな顔を見せた後何かを決意したのか真剣な面持ちで私の方へ向き近づいてくる。
「こはね……?」
「杏ちゃん。折角会えたのにお別れは寂しいけど……さようならじゃなくて、杏ちゃんが想い続けてくれるからいつか私達みたいな関係になれるだろうしその日まで、かな」
「あははそうだね。大人なこはねと私の生活、もっと知りたかったけどその日まで楽しみにお預けだね」
「うん。……これからを二人ですごしていく中、杏ちゃんにも不安な気持ちだってあると思うんだ。でも大丈夫だから。杏ちゃんの気持ち受け取ってる私は、いつだって幸せで杏ちゃんが大好きだよ。だから、今のままの杏ちゃんで居てね」
「あ……
 そっと両手で私の手のひらを包んで、やさしい言葉と眼差しをくれるこはねは。……そっか、この頃の私の不安や心配も全部知ってるんだろうな。
 大人なこはねがどんなに大人の私と素敵な関係なのを感じても、元に戻ってこはねを前にすれば本当にああなれるのかなって思う事も時々あると思う。
 ――私は特別強い訳じゃなくて、こはねと相棒としても恋人としても最高の自分を目指してがむしゃらに走って不安を消してるだけだから。
 でも、うん。今はそのままで良いならそのままでいよう。それで……
「ありがとこはね。まだ悩んでわーっ! ってなっちゃうけどさ、私のまま駆け抜けて抱きしめて大好き叫ぶからずっと隣に居てね!」
「うん、ずっと一緒だよ。……じゃあ、ミクちゃん」
『了解。杏、再生画面を開いて』
 ミクに言われるがままスマホをUntitledの再生画面にしている最中だった。
「!? えっ、こ、こはね?」
「ふふ。良いから、そのままだよ?」
 急に背後からこはねに抱きしめられた上に顔を寄せられちゃうものだからまたどぎまぎしちゃうけど、何とか意識をスマホにやって再生画面にする。
『ほら杏。カウントダウンのゼロで再生ボタンだからね? ドキドキで聞こえなかったは無しだよ?』
「わ、私がどんな気持ちか分かって言ってるでしょ、ミク! もー、いつでも大丈夫だってば!」
『はいはい。それじゃあいくよ。十、九……
 ミクにからかわれて顔を熱くしながら唇を尖らせていると、カウントダウンが始まり慌てて指先に意識を集中した。
 私をやさしく包み込むあたたかさは離れがたい気持ちを浮かばせるけど、寂しいって気持ちは不思議とそこまでなくって。
 それは、きっと――……
……それじゃあ、またね杏ちゃん」
……うんっ。またね、こはね!」
 これは別れじゃないから。この先、絶対に同じような想いと時間をすごしている私達があるはずだから。
 ミクのゼロの声と共に再生ボタンを押す。ふわりと、いつものセカイへ移動する感覚がした時、こはねからぎゅっと少しだけ強く抱かれた気がした。
……大丈夫。今日の事は忘れてしまっても、ずっと隣にいるからね」
 ――そんなこはねの呟きを知る事もなく、私は元のセカイへと戻っていったんだった。

* * * * *

 気がつけば私はビビッドストリートの路地に一人佇んでいた。
「あ…………?」
 ぼんやりとした頭に手を添えて、考える。
 私こんな道の真ん中で何してるんだっけ? えっと……ああそうだ。急に目眩がしちゃって、やばってなって立ち止まったんだっけ。
 ……その後に何かしてた気がするんだけど、思い出せないなぁ。
 腕を組んで首を捻って考えてみると、すぐに頭に浮かんだ想いが口から自然と漏れ出る。
……こはねに会いたいな」
 なんて、さっき練習が終わってまた明日ねってしたばかりじゃん。どうしちゃったんだろ私。
 こはねは電話して会いたい気持ち伝えても嫌がったりはしないでくれるだろうけど、束縛強すぎるとか思われたらやだし……
 少しの間考えた末に流石に我慢して大人しく家に帰ろうと思った時だった。
「杏ちゃーん!」
「えっ、こはね!?」
 会いたさで聞こえた幻聴……ではなく、呼ぶ声がした方を見ればこはねがぱたぱたとかわいらしく走って向かってきていて。
 嬉しさのあまり私もすぐ駆け出してこはねに飛びつきぎゅっと抱き寄せる。
「きゃっ!? あ、杏ちゃん、飛びついたら危ないよ……!」
「ごめんごめん、こはねが来てくれてすっごく嬉しかったからさ。それにしてもどうしたの? 戻ってくるだなんて何かあった?」
「あっ、えっと……何でも無いと言えば無いんだけど……
「?」
 もごもごと言い淀んだ後、こはねは顔を真っ赤にして言った。
「さっき別れたばかりなのにごめんね。そ、その……急に、また杏ちゃんに会いたくなっちゃって……
「!」
 こはねが恥ずかしそうにでもはっきり言ってくれてる事も、私と同じ気持ちな事も全部が嬉しすぎて私はこはねの目と鼻の先に顔を寄せて喜びを口にする。
「私も! 私もこはねに会いたいなって思ってたとこだから! だから、嬉しいよこはね」
「ほ、本当? 急に戻ってきて変に思われちゃうかなって心配してたから。杏ちゃんも同じ気持ちで良かった。えへへ、嬉しいな」
 はにかむこはねを見ると胸が愛しさできゅーっと締められて――……やっぱり私のこはねかわいいな、って。当たり前の事なんだけど、今日はやけにその想いが身に染みる? 噛み締めたくなるって感じ?
 そして何よりこはねに私の想いを伝えたくて仕方ない。それには時間も場所も必要だから。
「えっと……もうこの際だしさ、こはね今日うちに泊まっちゃいなよ」
「えっ? い、いいの……?」
 何で急にとか聞く事もなく、こはねの反応はどちらかと言うとお泊りの誘いに喜びの色を見せてくれていて一層愛しさが募った。
「うん。こはねが来てくれて、同じ気持ちだって分かって嬉しすぎだもん。……今日、もうこはねと離れたくないな」
「あ、杏ちゃん……
 今の想いそのままを伝えればこはねは耳まで顔を赤くしていて、私も釣られて顔が熱くなるのを感じながら照れ隠し半分でもう一度こはねをぎゅっと抱きしめる。
 少ししてから顔を見合わせた私達は微笑みあってから手を繋いで私の家を目指し歩きだした。
 何が私達をこんなにしているかは分からなくても、ただただ相手が愛しい気持ち一杯で。
 今日の夜も、そしてこれからも一緒に過ごしていけたらなって想いを改めて固めた、少し不思議で幸せな夜だった……

* * * * *


「えっ!? こはね、あの頃の私にキスしたの!?」
 予想はしていたけれど、“私の”杏ちゃんは今日あった事の報告にもの凄く驚き勢いよく椅子から立ち上がった。
 ――そう。昔の杏ちゃんや私の記憶は恐らく消えてしまうけど、私達には今日この日にあった出来事全部記憶に残ってるの。
 タイムパラドックスだとかセカイが想いが歪まないように修正する為だとかミクちゃん達に推測を説明されたけど、詳しい原理はちょっと理解しきれなかったな……
 ともあれ私達は再会を喜んでから、今日あった事を振り返ってる最中。正直に昔の杏ちゃんにした事を伝えればこの反応なんだもん。
 やっぱり杏ちゃんはかわいいなって、いけないと思いながらも笑みを零し答える。
「うん。でもおでこにだよ?」
「それでもキスじゃん! うー、こはねが”私”に浮気した……
「ふふ、事実だけど言葉にすると面白いね。でも杏ちゃん。それなら杏ちゃんはあの頃の私にしなかったの? キス」
「えっ。…………ほっぺだけだし」
「もー、杏ちゃん?」
 他人の事言えないでしょ、めっ、って。少し怒ってますってほっぺを膨らませると、杏ちゃんはすみません……ってしゅんとしながら着席するものだから、その姿がまるで叱られたわんちゃんみたいで一層愛しさが増して顔の力が抜けてくすくす笑ってしまう。
「ふふっ、杏ちゃんはやっぱり今もかわいいね」
「それ今の私に言えるのこはねぐらいだからね?」
 私だけが特別なのだといつも口に出して教えてくれるの、意識してないだろうけどそれが彼女らしくて大好き。
 愛しさのまま身体を彼女に預けるようにもたれかかり、頬を擦り寄せた。
「うん。……ありがとう、杏ちゃん」
「え? 嬉しいけど急にどうしたの? お礼言われるような事してないじゃん」
「言いたくなったの。いつも杏ちゃんに、今日だって昔の杏ちゃんにも愛されて救われてるなぁって思えたから」
「えっ、そこまで言って貰えるのすっごく嬉しいよこはね! 私こそいっつも大好きでいてくれて幸せだよ! ありがとう、大好き!! でも、あー……その、うーん……今回の混線? 私のせいっぽいし、お礼言われると申し訳なくなっちゃうなぁ」
「あ。そう言えば混線の原因に心当たりあったの?」
 杏ちゃんの言葉からもしかしてと聞いてみれば、杏ちゃんはうーんと考えながら言葉を紡いでいく。
「断言は出来ないけどね。えっと、ほら。混線するちょっと前に、こはねにまだ歌い始めたばっかりの子達が声かけてきてさ。きらきらした目でこはねを見てたでしょ?」
「あ……
 どきっと、やっぱりそれで昔の私の方がって不安になったのは一瞬。
「そしたらさ……いいなぁって思っちゃったんだよね」
「えっ」
「あの子達にやさしく教えてるこはねがさ、ぱっと見キリッとしてるのはカッコイイしでも心の中では一生懸命色々考えながら慌てないように教えてるんだろうなーって思うとかわいいし。そしてさ、そんなこはねに教えられるのいいなぁ、あの頃ぐらいの私相手ならこはねもあんな風に教えてくれるのかな? とかぼんやり考えてたら、気づけば昔のセカイに迷いこんじゃってたみたいで……
「杏ちゃん…………
 不安はすっと消えて、脱力した私の声色に呆れが滲み出てしまっていたのか。杏ちゃんははっとして慌てて声をあげた。
「ちょっ、こ、こはね? 何でそんな生温い目してるの……?」
「うん。杏ちゃんは昔から年上のお姉さんに憧れてるし好きだったなぁと思って」
「そ、それまだ言う!? 私が一番好きなのこはねだからね!? ただちょっと想像してみただけで……!」
「そうだね。昔の自分が今の私に甘やかして貰えてたらもっといいのにって思っちゃっただけだよね?」
「こ、こはねぇ……!」
「好きって気持ちは疑わないけど、もう少し昔の杏ちゃんに触れ合ってくれば良かったかな……?」
「触れ合っ……? えっ、昔の私に何してたの? いや、純粋に気になるんですけど……!?」
 狼狽えて捨てられた子犬みたいになったかと思えば、最愛の恋人が昔の自分に何をしていたのか気にして――多分やきもち焼き始めたりして。
「やっぱり杏ちゃんはかわいいね。昔から」
「ちょっ、意味深な言い方止めようこはね? 私弄んで楽しんじゃう小悪魔なこはねもかわいいけど、今は色々気になって落ち着かないってば……!」
 ねーねーとすがってくる杏ちゃんを見ながら、どう伝えてみようかなと考える。
 やっぱり今の自分は昔に比べて余裕があってちょっといじわるさえ思いついちゃう所はかわいくなんてないと私は思うけど。
 それでもかわいいと何度も伝えてくれる目の前の彼女がいてくれるから、このままでいようって自分を受け入れ微笑んでからそっと杏ちゃんの顔に手を伸ばした。
「話は後でゆっくりね。かわいくて大好きな、私の杏ちゃん」
 まだ話し足りない気持ちはあっても、今日は好きって想いが募りに募ってるからお話はまた後で。
 そろそろ触れて想いを交わしたくて――それは絶対、杏ちゃんもでしょう?
 昔の話はいつだって出来るから、今は目の前の貴女だけが欲しくて。
 原因が自分って事でいつもよりほんの少し遠慮気味な杏ちゃんの私への愛情を曝け出して貰う口火を切る為に、口づけを落とした――……