九夏
2022-01-29 11:05:39
10726文字
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『甘噛みはほどほどに』(杏こはオンリー展示作品)

 獣人の猫こはねちゃんと犬杏ちゃんのお話。
 獣耳と人間の耳両方ある設定。獣人が猫人(ネコ)と犬人(イヌ)といるセカイ。
 大まかな設定は作中に書きますが、細かい所は省くのでご想像でご自由にお願いいただければと思います。

『甘噛みはほどほどに』

 私への愛情を声で、全身で表して伝えてくれる大好きでかわいい貴女に、私も応えたいの――……

「こはね、いらっしゃい!」
 お店のドアを開けて挨拶をしようとした私よりも先に、私を迎え入れる声と共に杏ちゃんがこちらまで駆け寄ってくれた。
 満面の笑み、そして背中からちらちらと見える大きく揺れるふさふさの尻尾から喜びが伝わってきて、私も嬉しさでほっぺが熱くなるのと自分の尻尾がぴんと伸びるのを感じる。
 私の目の前まで来た杏ちゃんが飛びついてきたのを受け止めてから私は言った。
「ひゃっ! ふふ、杏ちゃん凄いね。まるで私が来るって分かってたみたい。匂いで分かったの?」
「あはは、そっちじゃなくてこはねの足音だって思ったからさ。最近ようやく聞き分けられるようになったんだよね」
 答えた杏ちゃんの大きなイヌ耳がぴくぴくと動いて主張してるのが可愛くて笑みが零れる。
 そして何より、沢山お客さんが来る中で私の足音を覚えて聞き分けてくれた事が嬉しすぎて、私の身体が反応するのを止められる訳もなかった。
 ゴロゴロ、と控えめな音が喉元から鳴り響く。
「! こはね、喉鳴ってる。喜んでくれてるの? 嬉しいなぁっ!」
「あ、杏ちゃん……! う、うん。沢山のお客さんの中から聞き分けてくれるの、すごく嬉しいよ」
 喜びがはっきりと喉の音で伝わるのは恥ずかしいけど、杏ちゃんのおかげで満たされた気持ちになれている事は伝えたいからそう返した。
 すると返事の前に真っ先に聞こえてきたのは、何かが大きく風を切る音。
「ああもうっ、こはねかわいい! 大好き!」
「わ、私も……
 それは杏ちゃんの尻尾が生み出したもので、ブンブンと振られる尻尾の勢いは猫人――通称ネコ。杏ちゃんのような犬人はイヌ、と呼びやすさ優先で言う人が多い――である私の目でも捉えるのが難しい程だった。
 大好きの言葉と共に頬ずりをされれば熱はますます増して、胸にうずまくむずむずに連動して身体が震えて甘い声さえ漏れてしまいそう。
 けれどここは謙さんだっているんだからと懸命に堪えていると、そんな気持ちを知ってか知らずか、謙さんのやさしい声が届いてきた。
「おい杏。嬢ちゃんとはしゃぐのは構わないが、そんなに尻尾振ってこれ以上毛を散らすようなら尻尾に袋でもかぶせちまうぞ」
「!? ちょ、ちょっと、止めてよ~。ダサすぎじゃんそれ!」
 謙さんの言葉に慌てた杏ちゃんが私から離れると自分の尻尾を後ろ手に覆い隠し、足の間で縮こませている姿がかわいいって思っちゃったのは杏ちゃんに言えないな。
 謙さんは笑って言う。
「ははっ、嫌なら今は店も落ち着いてるし、今日はもう上がって嬢ちゃんと出かけたらどうだ」
「えっ? 嬉しいけど良いの?」
「い、良いんですか……?」
 思ってもみなかった提案に驚いて謙さんを見れば、いつもの優しい穏やかな笑みを浮かべたその表情から真意を読み取る事は私にはまだまだ出来そうに無い。
 それに、謙さんは杏ちゃんみたいに分かりやすく耳や尻尾を動かしたりしないもんね。
「いつも手伝ってくれてるからな。忙しくない時期ぐらいたまには休んでいいぞ。もちろん残ってくれたって構わないが、散らした毛はマメに片付けてくれよ」
「ううん、遠慮無く甘えちゃってこはねと出かけてくる! こはねも良いよね?」
「あっ、う、うん。謙さん、ありがとうございます」
「ああ、それじゃあまたな」
 にっこり笑って私の手を取り店から杏ちゃんのおうちの方へと続くドアまで誘おうとする杏ちゃんに引っ張られながら謙さんへとお礼を伝えれば、返ってきた優しい笑みは当然だけど杏ちゃんに似ていてあたたかいものだった。
 ドアを閉め店を後にしてから杏ちゃんの手を握り返し、杏ちゃんへと気になっていた事を問い掛けてみる。
「杏ちゃん」
「ん? どしたのこはね」
「えっと……その、ね。謙さん、私達の事気づいてるのかな……?」
「あー……
 私達の事――私と杏ちゃんが恋人としてお付き合いしている事。
 別に隠そうって話してる訳でもなくて、付き合い始めてから謙さんに伝えるかなんて話した事はなかった。それは……
「んー、でも私とこはね、お互いに相手の匂いがついてるのは隠せないし、それで大体バレちゃってはいるよね多分」
「あぅ……や、やっぱりそうだよね」
 そう、元々杏ちゃんは積極的に私に抱きついてくれていたから、私の身体に杏ちゃんの匂いが移りやすかった。
 そして付き合ってからはより、と言うか……べ、べったり染みつくって言って良い程付いちゃう。二人きりになって恋人らしい行為をしてるんだから当たり前だよね……
 でもお互いの匂いがついた私達を、お泊まり明けの朝に会う謙さんはいつも通りに迎えてくれているのは優しさからだって分かってる。
「匂いでバレバレなの分かってるとさ、こはねと付き合ってるよって言うのなんか恥ずかしいよね。そんなの嫌でも知ってる、って反応返されたら何て言えば良いか困っちゃうじゃん?」
「う、うん。真っ赤になって何も言えないかも……
「あはは、まあいつでも言えるんだし今はいいんじゃない? さ、上がってこはね」
「あっ、お邪魔します……!」
 気がつけば杏ちゃんの家の入り口へと着いていて、ドアを開けて招き入れてくれる杏ちゃんにお礼を言ってからお邪魔していった。
 ――お出かけしてくる、って言ったのに。杏ちゃんと私は当たり前のように杏ちゃんの部屋に向かおうとしている。
 これからどこに行くなんて話もせずにこうなっているのは、二人とも分かってるから。今、お互いに一番求めているものを。
 徐々に私の手を引く杏ちゃんの足が速くなっている事に気づいて胸が高鳴った。杏ちゃんも同じ気持ちなのが伝わってくる。
 早く、早く――……
 最後には小走りになって、部屋のドアを大きな音を立てて開くと私を抱き寄せながらドアを突き飛ばすように乱雑に閉めた杏ちゃんは。
「こはねっ!」
「きゃっ!? ふふっ、あはっ、く、くすぐったいよ杏ちゃん……!」
 ぎゅーっと、さっきお店の中でした抱擁とは全く違う――それは力の強さだけじゃない。抱きしめたまま私の帽子をすぐさま取り払い、ネコ耳に顔を寄せるとすんすんと匂いを嗅いでからすぐぺろりと舌で舐めてくる。
 獣耳や尻尾は私達獣人にとって大切なアイデンティティ、尊厳とまで言えるもの。どんなに仲良しでも迂闊に触れば喧嘩の火蓋が切られる程……だけど。杏ちゃんに――大好きな人に触れたり愛情を持って舐められたりされる事は最上級の喜びにさえなるの。
「んー、こはね……
「んぅ……
 舐めた後にそのままあむあむと甘噛みされるのも気持ちいい。
 そう、私が欲しかったのはこの遠慮のない、獣に近い触れ合い。杏ちゃんから与えられる熱も想いも早く二人きりになってもっと欲しかった私は、すっかりとろける程に満たされてネコ耳は柔らかく垂れ下がり、喉はだらしなくずっと鳴りっぱなしだった。
 ぽかぽか心も身体もあったかい感覚が大好きで、でもただ杏ちゃんに身を任せてばかりじゃなくて私からも何かしたいなって思う。
 まだまだ私のネコ耳に夢中な杏ちゃんを見ながらぼーっとする頭を懸命に働かせて考えてみるけど。
 目の前にある杏ちゃんのほっぺを舐めてあげたい。杏ちゃんだって私と同じ、ううん、私以上に舐めて貰うのが好きだからきっと喜んで――……喜びすぎて、昂揚した杏ちゃんが私の名前を呼んでから顔中舐め返してくれるのは嬉しくても、結局杏ちゃんにされるがままの私になっちゃうのが簡単に想像できて苦笑いしちゃう。
 じゃあどうすればされるがままの状態にならずにすむのかな? 考え込むと同時に自然と尻尾がくねくね動くのを感じた瞬間、ちょっとした案が頭をよぎった。
 早速実行する為に杏ちゃんの甘噛みでふわふわしている意識を何とか尻尾に集中させると、そぉっと杏ちゃんの方へと伸ばしていく。そして……
「!」
 きゅっ、と。杏ちゃんのふさふさな尻尾を私の尻尾でくるむようにして絡ませ掴んでしまったの。
 尻尾同士絡ませる事はよくしていて、舐めるのと同じで杏ちゃんが大好きな行為。でもこれなら大丈夫と、杏ちゃんにされるがままにはならない確信があった。
 杏ちゃんを見ると彼女は目を見開いて驚いた後に、すぐ笑顔に戻って言う。
「こはね……! こはねの尻尾に包んで貰うの嬉し……あっ、ちょ、ご、ごめんこはねっ! 振りほどきたい訳じゃないからね!?」
「ふふっ。大丈夫だよ杏ちゃん。ほどけちゃったら私が頑張って絡め直すし、落ち着きたいならゆっくりで良いからね」
 言いながら杏ちゃんが慌て始めたのは、杏ちゃんの尻尾が喜びでぶんぶんと激しく振られる事でどうしても私の尻尾が振りほどかれてしまうから。
 向かい合ってるのもあって私の尻尾がぎりぎり届くぐらいだからほどけやすいよね。
 少しでも距離を縮める為に杏ちゃんになるべく密着して抱きついたまま、でもそれも嬉しくてまた動きを増す杏ちゃんの尻尾と私の尻尾で繰り広げられる追いかけっこ。
 私はそれをちょっと楽しんでたんだけど、先に音を上げたのは杏ちゃんだった。
「あーもうっ! こはね、ちょっとこの体勢だときゅっとして貰いづらいからベッドに腰掛けて良い?」
「うん、良いよ」
「もー……こはね、顔ニヤついてるよ? 焦ってる私で楽しんでるでしょ?」
「えへへ、そうかも? 杏ちゃんが慌てちゃってるのかわいいから」
 眉を下げてちょっと拗ねた感じで言ってくる杏ちゃんもとてもかわいくて笑みを零しながらそう返すと、杏ちゃんは真っ赤なほっぺのままきゅっと唇を噛み締めたのがやっぱりかわいい。
 杏ちゃんは照れ隠しのようにベッドに勢いよくお尻から飛び乗ると、こはね早くって隣を尻尾でぽすぽすと叩くから私は誘われるまま杏ちゃんの隣に腰掛けた。
 まだほっぺは赤いけどそわそわ期待の眼差しでこちらを見つめて身体を寄せてくる杏ちゃんに応えるように、すぐさま尻尾を伸ばして今度はより杏ちゃんの尻尾全体を包み込むように絡める。
 喜びに大きく振られる杏ちゃんの尻尾に、でも今回は十分に絡みつけているから振りほどかれる事はない私の尻尾。
 繋がったままゆらゆら揺れる光景に胸がぽかぽかなるなぁ。
「んん~……やっぱりこはねの尻尾にきゅっとして貰うの嬉しいなぁ」
 きゅ、きゅっと時折尻尾に力を込めてみると、その度杏ちゃんのイヌ耳がぴくぴくと、包んでる尻尾もゆらゆら動いて喜んでるのが伝わってきて嬉しくて。
 普段杏ちゃんに色々として貰う側の私は、こんな機会次がいつになるか分からないしと沢山愛情を伝えたいって張り切ってしまった。
「ふふ、杏ちゃんの尻尾ふわふわであったかいね。私も一杯きゅって出来て嬉しいよ」
「ん……こはね……
「ん、にゃぁ……
 身体を杏ちゃんに擦り寄せていくと腰をやさしく抱いて貰えて、触れてる所も心も全部あったかくて。心地よさに今度こそ喉の鳴る音だけじゃなく甘い鳴き声が漏れ出てくる。
 すりすり。ごろごろ。にゃあにゃあ。
 気づけば私はすっかりとろける程の幸せに包まれていて、目を細めうっとり眠れてしまいそうだったけど。
…………
……? 杏ちゃん?」
 杏ちゃんの尻尾の動きが緩やかになった事にはたとして杏ちゃんを見た。
 気持ちよくて気づけてなかったけど、杏ちゃんいつの間にか全然喋らなくなってたかも……も、もしかして、気持ちよくなかったかな? それとも眠くなってきたとか?
 どきどきしながら見た杏ちゃんの表情は――ぐっと。赤面しながらも奥歯を噛み締め息を殺して何かを懸命に堪えている、どこか苦しそうなもので。
「あ……
 一瞬どきりと心臓が跳ねたのは嫌だったかなと言う恐れから。……でも、杏ちゃんから感じるもの――滲み出る想いがすぐにその恐れを消し去っていく。
 私はそっと杏ちゃんの顔に手を伸ばし頬を撫でながら伝えた。
「杏ちゃん。……我慢しなくても、良いんだよ?」
「!? こはね……
 私の言葉に潤んだ目を見開いた後、はぁと大きく息を吐いて杏ちゃんは私の方へと恐る恐る手を伸ばしてくる。
 がちがちに強張ったその手が私の肩をぐっと掴むと少し痛い。それでも分かるよ杏ちゃん。頑張って力を加減しようとしてくれてるの。
 杏ちゃんがそのまま私をベッドの上に押し倒して組み敷いてきても、私は抵抗しない。
 そんな私を困ったなって顔で見下ろしながら杏ちゃんは言う。
「こはねさ、あんまり私甘やかしてると怪我しちゃうよ?」
「大丈夫だよ。杏ちゃん頑張って抑えようとしてくれてるし、それに……痛くたっていいよ。私と同じように、杏ちゃんにも遠慮なくしたい事して欲しいから」
 ――イヌの力はとても強くて、勢いのままに行動して時に相手を傷つけてしまうなんて話もあると聞いてた。
 実際、普段杏ちゃんが私に飛びついてくれるのは嬉しくても、ちょっと油断すると倒れそうになっちゃうし、抱きしめる力も苦しい程な時もあって慌てて謝られたりなんて事も。
 そして杏ちゃんはその事をしっかり自覚してて、私を傷つけないようにって時々こんな風に何かを耐えるような素振りを見せてる。杏ちゃんはとてもやさしいから。
 でも……今は杏ちゃんの全部を受け止めてみたい。
「遠慮なくって、さっきも耳舐めたりさせてくれてたでしょ。それ以上遠慮せずになんて……本能のまま行動するの、ほんと危ないんだからね。……こはねは怖くないの? 私、結構イヌとして強い方だと思うけど」
「え……? ……そうだね」
 じっと杏ちゃんを見つめてみる。
 まず目に入る大きな獣耳。私の足音を聞き分けて、尻尾と同じく杏ちゃんの気持ちと連動して動く様子はとてもかわいい耳。
……っ!」
 そっと杏ちゃんの顔へ手を伸ばすと、彼女の唇を指でやさしく開かせて歯が見えるようにした。
 顔を出したのは鋭い犬歯。時々杏ちゃんが食べてる骨ガムはとても硬いのに、それをいとも簡単に砕いてみせるそれを怖くないと言えば嘘だけど……
「犬歯の強さを知ってるから全く怖くない訳じゃないよ。でも杏ちゃん耳を噛むのだってやさしく甘噛みしてくれるし、怖いより好きって気持ちのが大きいかな。だから……
……他の所も噛んで良いの?」
 口を僅かに開けて熱い息を吐き、長い舌を見せつけるようにちろりと出た杏ちゃんの艶やかな表情にどくんと大きく心臓が鳴り、胸の奥がきゅーっとする感覚にくらくらする。
 こ、これが杏ちゃんの本当の欲求。――……私に遠慮なく触れたいって想いなんだ。
 イヌの甘噛みが愛情表現の一つって事は知識として知ってても、杏ちゃんから獣耳や尻尾以外にされた事はないしやさしい甘噛みしか知らない。
 いつもとは違う、杏ちゃんが我慢しなくちゃって思うぐらいの甘噛みってどれ程なんだろう。私のどこを噛みたいのかな。
 分からない事って怖い。私の身体はしっかりとした頑丈な身体つきとは言えないものだし。
 でも……
「っ!?」
 指先を杏ちゃんの犬歯に直接触れさせて、その硬い歯の形を指の腹でなぞっていく。
 少しでも力加減を間違えたら大変な事になるのは触ってより理解できて、それでも……私が突然こんな触れ方してくるものだから目を丸くしている杏ちゃんを見て感じるのは、やっぱりかわいくて愛しくて――大好きって気持ち。
 私は愛しさのまま微笑んで杏ちゃんの問い掛けに応えた。
「良いよ。一杯、杏ちゃんの想いのままにして欲しい。その方が、嬉しいな」
「こはね…………もし。も、もちろん、すっごく気をつけるよ? でも、もし万が一私が加減間違えちゃったらこはねは……こはねは私の事、嫌いに、ならない?」
「ならないよ、絶対」
 ああ、そっか。杏ちゃんだって私の事を好きでいてくれるから、そんな不安もあるよね。気づかなくてごめんね杏ちゃん。
 でも大丈夫。たとえ痛くても、傷になっても、杏ちゃんの事嫌いになんてならないよ私は。
「こはね……
 言い淀む事もなくはっきりと伝えれば、杏ちゃんは目を見開いてからふっと柔らかく笑みを零して言う。
「こはねってそう言う強い所あるよね。……そこに救われるし、やっぱり私の相棒で恋人は最高で……そんなこはねが、大好き」
「あ、杏ちゃん……わ、私も……!」
 真っ直ぐでやさしく甘い声色で好きって言われると、顔からぼっと火が出ちゃうんじゃないかってぐらい熱くなって固まっちゃった。
 私もって言うのが精一杯な私を見て微笑んでから、杏ちゃんはゆっくり顔を寄せて私の唇にキスを落とす。
 キスに驚き目を見開いてるとすぐさま唇を舐められた事にびくりと身体を震わせちゃって、顔を離して見下ろす杏ちゃんにくすくす笑われてしまった。
「食べられちゃうーって感じだね、こはね。……まあ、間違ってはないかな」
 目を細めてそんな風に言う表情に魅入って声も出せない私は、ちょっとうつ伏せになってって言われてこくこくと頷いてから言われるままに動くしか出来ない。
 うつ伏せになると杏ちゃんの顔も動きも見えなくて、一体どうなっちゃうんだろうって尻尾を所在なさげに動かしながらどきどきしていると。急にうなじをそっと指先でくすぐられ、驚きで尻尾がぴんと立ち杏ちゃんの顔にぺちっと当たってしまう。
「にゃっ!? あっ、杏ちゃん? ごめんね?」
「わっ! ふふ、こっちこそごめんねこはね。たしか、ネコって首根っこだったらちょっと痛み感じづらいとか聞いたからどうかなって……良い?」
「あ……
 そっか、噛む所を探ってたんだね。今まであまり触られた事はなくてもあまり痛くないって話はよく聞くし、そもそも拒否する気なんてないからうんと返事した。
「ありがとこはね。……じゃあ、いくね」
 ゆっくり杏ちゃんの気配が近づいてくるのを感じ緊張したままじっとしていると、うなじに口を寄せた杏ちゃんがぺろっとくすぐるように舐めてきたので笑いが漏れる。
「ひゃわっ!? ふふ、杏ちゃんくすぐった……んっ……!」
 でもすぐさま今度はねっとりと舌を這わされて、ぞくぞく背筋に走る感覚に反射的に声を噛み殺した。
 濡れたうなじにはぁ、と熱い吐息がかかった事で、杏ちゃんが口を開けていよいよ私のうなじを噛もうとしているのだと感じどうしても身体が強張る。
 最初はかぷ、と肌に歯を当てるだけ。そこからじわりと力が込められ、歯が肉に食い込んでくる感覚。
「んっ、ぅ……
 でも不思議と痛みはほとんどなくて、噛まれてる所がじんとするぐらい。
 本当にあんまり痛まないんだ、とほっとしたからなのかな。身体から力が抜けて、さっきの緊張とは逆に心地よさすら感じられる。
「ふぁ……
 ほら。身体がぽかぽかして、杏ちゃんに遠慮なく噛まれてる事に喜びを感じる余裕まで出て甘い声が出ちゃった。
 私がこの調子なら杏ちゃんもきっと安心してくれるよね。
……んっ」
「! にゃ、あ……
 ぐい、ぐいと何度か牙を食い込ませてこられても、身も心もどんどんふにゃりとなっていくし杏ちゃんが大丈夫そうな事に喜んでくれているようで嬉しくて。
「は…………?」
 ……あれ? 何だか頭がぽわっとして考えが回らなくなってる。顔が熱くて……ううん、今の私、身体全体が熱くなってるんだ。
 うなじを噛まれているからわずかにしか吐き出せない吐息すら熱を灯している。
 内側から熱がぐんぐん上がっていって熱くて仕方がない。でも嫌じゃない。あれ、この感覚ってなんだっけ? たしか、こうなる時はいつも、今と同じように杏ちゃんに……
……こはね……
……っ!?」
 上手く回らない頭を懸命に働かせている内に思い起こされたのは、焔を奥底に宿しているような瞳。舌でべろりと自分の唇を舐めて、熱い指先を伸ばしてくる杏ちゃんの姿――って……
 だ、ダメ! ダメだよ……! 今日の杏ちゃんは純粋に遠慮なく噛みたいだけなのに、変な事考えちゃダメ。杏ちゃんに申し訳ないもん。
 でも杏ちゃんとまた別の“遠慮ない触れ合い”を思い出してしまい、顔から火が出そうな私は落ち着く為に一旦噛むのを止めて貰おうとまず身体に力を入れようと指先でシーツを握りしめた。でも。
「! んっ……!」
「いっ!? あ、杏ちゃ……!」
 ダメ、と言っているかのように手首を掴まれシーツに縫い付けるって程に力強く抑え込まれた上に、もう一度ぎりと強く強くうなじを噛み締められるともう身動きも出来ず声も出せなくなってしまう。
 どうして……? まだ噛みたいから動かないでって事なのかな。でもいつもの杏ちゃんならそう口にして伝えてくれるのに。
 どうして。……私は、強引に思うまま私を抑え込まれて、喜びに震えているんだろう。
「ふっ……あっ……あぁっ……!」
 喉から絞り出される震えた小さな悲鳴のような声は、色んな想いがぐちゃぐちゃに混じったもの。
 ただそこに拒否する色合いがないのなんて、杏ちゃんにはきっとお見通しだよね。
「はっ……はぁ……こはね……
……!」
 ようやく私のうなじから口を離した杏ちゃんは、私のネコ耳に唇を寄せてそっと囁いてくる。
「まだ、噛みたい。こはねの色んな所、一杯。……良い、よね?」
 もう杏ちゃんの声に恐れはなくて、問い掛けでもない宣言のような言葉に。
…………
「!」
 私は何とか尻尾をゆるゆると動かし、杏ちゃんの尻尾に絡める事で応えた。
「こはね……こはねっ……!」
 手首を掴まれ、勢いよくぐるんと身体を仰向けにされると杏ちゃんと目が合う。
 逆光であまり表情は見えないな、なんて思う間にかぶりつくようなキスが落とされて。
 そこからはもう、私は本当に杏ちゃんのなすがまま。杏ちゃんからもたらされるもの全部をただただ受け入れるばかりだった……


 * * * * * 


…………
 翌朝。杏ちゃんのベッドに腰掛けたまま、私は一人ただただぼーっとしていた。
 頭を働かせようにも上手くいかなくて、帰らないとって思っても身体も上手く動いてくれない。
 動かせない訳じゃ無いの。ただ、動くと……
「! あっ……
 考えを巡らせている間に、トットットとドアの向こうから早足でこちらへ向かう足音が耳に届いて、すぐにドアがそうっと開けられる。
 ドアを開けた杏ちゃんはこっそり部屋の中を――と言うより、私の様子を窺っていた。
「こ、こはね。水、持ってきたよ。……えっと、大丈夫……?」
 普段凜々しいイヌ耳はしおらしく垂れ下がり、しょんぼりとした様子の杏ちゃんはかわいい。でも……
……!」
 でも、今の私は杏ちゃんの姿や匂いを感じ取るとダメになっちゃう。
 自分の尻尾がぴんと張ってぼわっと膨らんじゃってるのが分かるし、顔が熱くて見られるのが恥ずかしくて手で顔を覆おうとすると、身体がびくりと震えた。
「っ……!」
 それは身体のあちこちがほんのりとした痛みで疼いたから――昨日。うなじだけじゃなくて身体のあちこちを杏ちゃんに甘噛みされた所は、身体を動かして服に擦れるとどうしても疼いて、昨日の事を意識させてしまうの。
 結局あの後散々に噛まれたり、その、い、色々されちゃった私は動く気力も体力もなくてそのままお泊まりさせて貰う事になった。
 一気に押し寄せる昨日の記憶から逃げるように、私は杏ちゃんのベッドの上で体育座りをして顔を膝の上に伏せて隠してしまう。
「あっ……! こはね、ごめん、ごめんね。昨日はほんっとうにごめん……!」
 私の様子に慌てた杏ちゃんがテーブルに水を置いてからベッドまで駆け寄ってきて、私の前で膝をつくと私へ手を伸ばそうとしてくれる。とても嬉しくても、声に出たのは制止の言葉。
「あ、杏ちゃんっ、ダメっ!」
「っ! あ……ご、ごめんね、昨日あんなにひどい事しておいて今更、嫌、だよね……
「! そ、そうじゃなくて……!」
 落ち込む杏ちゃんの声にはっとして顔を上げて見ると、目の前に瞳を潤ませた杏ちゃんの顔が映った。
 違うよ。嫌なんかじゃ全然なかったし、今だって杏ちゃんを抱きしめてあげたい気持ちで一杯なんだよ。でも……でもね。
「杏ちゃんに怒ってるとか、嫌とかじゃなくって。……い、今触られるとね、昨日の事思い出して……恥ずかしいの……
……! そ、そっか。ごめんね……好き放題しちゃって」
「ううん。好きにして貰えるの、杏ちゃんが甘えてくれたみたいで嬉しかったぐらいだから。杏ちゃんの事、大好きだよ。気持ちは変わってないし、むしろもっと好きになったもん」
 私の事、普段どれだけ大事にしようって意識して我慢してくれてたのか。昨日のタガが外れた杏ちゃんの行為から感じ取れた。
「きょ、今日はちょっとこんな調子だけど……これからも、遠慮なく好きなようにしてくれた方が嬉しいよ杏ちゃん」
「こはね……! ありがとう。ありがとうこはね。大好きっ……!」
 目を潤ませた杏ちゃんは感動で胸いっぱいって感じで抱きしめようとしてくるけど。
「! あ、杏ちゃんっ! だから、今日はダメなの……!」
「あっ、う、うぅ……。だ、ダメ? そっと、そっと抱きしめるだけでも……
「あぅ……
 耳と尻尾を垂れ下げて、懇願してくる杏ちゃんの姿に胸がきゅーってなる。好きなようにさせてあげたい。あげたくても……
「こはね……
「だ……だ、だめ……です」
「こはねぇっ……!」
「ま、待て! 杏ちゃん、ステイ!」
 ばっと手を広げて抱きしめてこようとする杏ちゃんを、こちらも手を広げて止めようとする私。
 攻防戦はしばらく続きそうで……でもきっと私が根負けして杏ちゃんに抱きしめられすりすりされる事で顔が爆発する程の羞恥に襲われちゃうんだろうな。
 ――甘噛みはほどほどに。そうじゃないと、どれだけ大好きな気持ちがあっても私の身も心も色々な意味で持たなくなっちゃうと。
「こ、こはね……こはねぇ~……!」
 杏ちゃんが必死に子犬が鳴くように名前を呼んでくるのを聞きながら、痛感したのでした……