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伊坂
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TGM
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セオとアメリア
久しぶりにカプなしで書きました。TGMはアメリアに一番同情している部分があり、その気持ちを整理したくて書きました。まあ、ほとんど捏造ですが、良ければ読んでやってください。
セオはアメリアが五歳の時にやってきた。やってきたというよりは迎えに行った。父の知り合いが飼い主を探していて、父と母とアメリアの三人で会いに行った。アメリアは子供ながらに、生まれたばかりのこの子犬を、母犬から引き離していいのかと悲しくなって最初は首を振った。「どうして?」と父は笑って、母も笑っていた。どういう心境の変化があったかは覚えていないけれど、アメリアは結局、その白い子犬を家族の一員として迎える選択をした。真っ白なラブラドール・レトリバー。子犬の名前はセオになった。小さくて白くてよく動くアメリアの一番の友達。子犬がむくむくと大きくなってくると、セオを散歩に連れ出すのは父とアメリアの仕事になった。父がたまにさぼるようになってからは、母とアメリアの仕事になった。
セオは吠えない犬だった。街中で吠えているラブラドール・レトリーバーを見たことがないから、アメリアはセオは吠えることのない犬種なのだと途中まで思っていた。けれど九歳の頃、アメリアはセオが唸り、吠えるのを聞いてびっくりした。友人宅のプールサイド。それはちょうど、自分たちの母が飲み物を作りに家の中に入ってしまっている時に起こった。
『ワウウ! ウウー! ワン!』
枯れかけの夏薔薇に向かってワウワウと大きく吠えるセオに気づいて、次の瞬間には茂みの向こう側にいる見知らぬ男の存在にぎゃああと叫び声を上げた。セオは茂みの向こうにしつこく吠え続け、男を追い払ったあとは戻ってきて『もう平気だよ』という顔をした。アメリアは二重にびっくりしてセオに抱き着いた。セオは、吠えるときには吠える犬だった。
アメリアとセオはマーヴェリックを知らなかった。あの時は二人で留守番をしていて、マーヴェリックは母と一緒にサングラスをはぎ取りながら家にやってきた。デニムにワッペン付きのボンバージャケット。いかにも海軍のパイロットですという出で立ち。セオは吠えなかった。アメリアの心は吠えた。
『ママ! ねえ誰なのその人!』
母まで自分の傍を離れていったら、アメリアはいったい誰とセオの散歩に行けばいいのだ。アメリアの不安を感じ取ったのか、セオはアメリアの傍にやってきて、アメリアの傍を離れなかった。いつもは来客があれば『うん? だれだろう?』と客の姿を見に行くセオが、その時はアメリアの顔を見つめながらじっとしていた。その日マーヴェリックはすぐに帰った。けれどアメリアの大人嫌いは、その時決定的なものになった。
アメリアはセオのふさふさした体に抱き着きながら、パパもママも嫌い、と思った。だってみんな勝手だ。だったらアメリアも好き勝手していいはずなのに、大人たちはそれを許さない。パパもママも、もう私のことには興味がないのかなと思った。私の世話なんて、もう面倒くさいのかな。その夜、どうしてお客さんに挨拶をしなかったの?と母に問われながら、アメリアはまた吠えたかった。唸りたかった。だって知らない人だったんだもん。だってママがうれしそうだったんだもん!
マーヴェリックの『正体』というのは、その頃から徐々に明らかになっていった。
ママの昔なじみ。
あーあ、やっぱり。
昔なじみという言葉は柔らかくて暖かくてでもアメリアはその言葉の裏にある、さりげなくとがった葉っぱのような意地悪さに怯えた。二人の中にある思い出に、自分はまったく含まれていないのだ。拒絶されている気がして、心臓がばくばくした。置いていかないでよ、ママ。私の知らない人と楽しそうにしないでよ、ママ。
不安なアメリアに付き合ってくれたのは、なんとマーヴェリックその人だった。僕は昔君のママにメロメロでね、なのに勝手で、全然だめだった。君のおじいちゃんにもそりゃあ怒られた。ふさわしくないって。それは本当にそうだったな。ええ? それはお母さんに聞いてくれよ。僕は僕に魅力がないことをよくわかっていて、だからパイロットである自分でしか彼女の気を引けなかったんだな。パイロットじゃない僕はつまらないって、そう思って隠してた。イケてない自分を彼女に見せるのが嫌だったんだ。そうだね。そう、君の指摘は正しい。パイロットである僕を必要としてくれるのなんか、海軍って場所だけだった。だから僕はまだ海軍にいて、飛ぶことに固執して、君のお母さんは僕のそういうところががっかりで、駄目だったんだと思うよ。ええっ? いやまあ、それはお母さんに聞いてくれ
……
。聞いて、聞いたあと僕には言わなくていいからね。だって落ち込むだろ? ああ、それはそうかな。ペニーは僕の駄目なところとか、どうしようもない部分をうっすらわかってくれているから、もう格好つける必要はないっていうのはありがたい。ん? ああ、知ってるよ。セオっていうんだろ? 散歩かい? ああ、ペニーがいいって言うなら、都合のつくときは僕が付き合うよ。走っても大丈夫なら。ええっ? 走るのはダメ?
マーヴェリックは不思議な人だった。それは、アメリアの周りには、マーヴェリックのような大人があまりいなかったためにそう思われたのかもしれない。
どうして私に付き合えるの?
まだママのことが好き?
どうしてパイロットって仕事がいいの?
今までどんな仕事をしてきたの?
さまざまな疑問が、さまざまな興味があふれて、アメリアはそれを夕食の時間に母へと尋ねた。そうでなくてはフェアではないと思った。だってアメリアは傷ついていたから。家族以外の人と仲良くすることは、よくないことだと思っていたから。自分のいないところで何か特別な会話が発生して、そのせいで家族仲が冷えていく。アメリアは報告が欲しかった。報告がないことに不安と怒りを抱えていた。ずっとよそよそしい父。何かを諦めている母。だからアメリアはセオの散歩中に、マーヴェリックとどんな会話をしたのか必ず母に報告した。そして、母の口から語られるマーヴェリックの『正体』というものに、アメリアは安堵して、なのにがっかりもした。
『バックステップが上手いのよ』
今も覚えている。懐かしそうで、悲しそうな母の言葉を。面白がってもいた。もう仕方ないことだと割り切っている顔でもあった。
『バックステップ?』
『そう、こっちが本気になると、急に怖がってバックステップするの』
『何それ! 意味わかんない』
『でしょう? 何よそれ~って思った。あっちから好きになってきて、それで私も好きになったのに』
『本気になれない人ってこと
……
?』
アメリアの言葉のあと、母は少しだけ口ごもって、『愛される準備ができてない人なのよね』と言った。へえとアメリアは思うしかなかった。『こんな自分を愛してくれるのは、一人でいいと思ってる、結局
……
』
マーヴェリックは数週間後、別の赴任地へと飛んで行った。軍人にはよくあることだ。アメリアはどこかほっとして、それ以上にがっかりした。母は自分の何倍もがっかりしているように見えた。セオもしばらくの間は『
…
マーヴェリックはもう一緒に散歩してくれないの?』という顔で見上げてきた。
アメリアの反抗期は、マーヴェリックが姿を消してからそれは加速した。両親に対する不信、悲しみ、やり場のない怒り。大人という生き物への嫌悪感。でもマーヴェリックはちょっと変だったな
……
。大人なのに、どこか子供みたいで。
木漏れ日の光を宿しながら、緑陰の暗さを秘めたマーヴェリックの瞳。
あどけない表情が、ふっと、悔恨に包まれている姿。
マーヴェリックが再び自分たちの前に姿を現した時、セオは、アメリアは嬉しかった。あまりに変わらない姿に少しだけ目を疑って、やっぱり変わった人だと強く思った。マーヴェリックだけが時に置いていかれているような。
マーヴェリックはセオを撫でながら「急に散歩をすっぽかして悪かったね」と謝った。ほとほとごめんよ、というような顔で。どこか謝りなれている顔で。
そんな時だ。
『
…
わうっ』
アメリアは本当に本当に久しぶりに、セオが他人に対して鳴くのを聞いた。そりゃあ一緒に暮らしていれば鳴き声を聞くことはある。大きな音を立ててしまった時だとか、病院に連れていく時だとか。
セオに鳴かれたマーヴェリックは、ますます困って、ごめんよと謝った。急にいなくなってごめん。君の家族を傷つけることになってごめん。無言でセオを抱きしめながら、マーヴェリックはアメリアにも目でわびた。綺麗な目だと思った。『愛される準備ができてないこと』を、許されてきた人なのだと思った。
愛される準備ができたとき、マーヴェリックはどう変わるのだろう。その相手が母であればいいし、母でなくてもいい。アイスおじさんでもいいし、まだ見ぬ誰かでもいい。
セオが一声鳴いてくれたおかげで、アメリアは吠えずに済んだ。
だからアメリアはセオに見せてやりたい。マーヴェリックが壁際に追い込まれ、得意のバックステップもできなくなって、よろよろと愛に屈するところを、見せてやりたい。
いい気味だねとセオと思うことができるまでは、うっすらと許さないつもりでいる。ね、私の親友。セオは『その通り!』とばかりに尻尾を振って、へっへっと舌を出しながら、アメリアに向かって優しい目を向けた。
(終)
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