伊坂
Public TGM
 

Four stars on the cheek(アイマヴェ)

#M右ワンドロワンライ様より お題「昼寝」で書きました。細切れの時間でちょこっとずつ書いてたんでまとまりがない~~。アイマヴェ、本人たちは公にしてないつもりでも、周囲からは全然アイマヴェなんだよっていう話。



ほっぺたに星四つ




 まずいな。随分と遅れてしまった。そもそも定刻通りに始まらなかったのが良くなかった。これでまた四時間後には同じ面子で会議のやり直しなのだからうんざりする。
 アイスには、というかある特定の軍人には、なんてことはない共通の特技があった。まざまざと相手の顔を見ながら、自分の手首にある腕時計の文字盤を確認できるという特技が。パイロット上りは皆そうだ。今日のメンバーでいうなら、十人のうち半分はそう。
 アイスは昼食の誘いをすっぱりと断りながら席を立ち、さすがにもう消えているかもしれないと思いながら自分の部屋へと急いだ。マーヴェリック。アイスの昼食の相手。十三時に来てくれと頼んであって、時刻はもう十三時を四十分過ぎていた。ガチャッ、と勢いよくドアノブを握って押し込むと、案内役の秘書がすぐに立ち上がって「サー!お越しです」と微笑んだ。
 アイスは「マーヴェリック」と僚機の名を呼びながら来客用のソファへと近づいていった。自分に宛がわれた一つの部屋。カーペットが敷かれ、赤いカーテンがいくつかの窓を縁どる部屋。衝立の向こうにかすかな気配があった。クラシカルなソファを見下ろして、こじんまりとそこに収まるフライトスーツ姿の美壮年めがけて――アイスはよろけた。
「うおっ、珍しいな」
「珍しいだろ?」
「午前中から疲れているのは珍しい。何の会議だったんだ?」
「来来年度の……
「予算会議か。そうか。もうそんな時期か」
「しかも午後からもあるときてる……
 アイスはマーヴェリックの柔らかな苦笑が、自分の耳のすぐそばで鳴るのに安堵して身を投げ出した。おっとっと。とか何とか言いながら、マーヴェリックはアイスの身体を危なげなく抱きとめて革張りのソファに下ろす。腕時計を見た。自分の腕時計ではなく、マーヴェリックの手首にはまった腕時計を。
「もう行く時間か? 昼を食べ損ねたか」
 アイスは諦めながら言った。口惜しいが仕方がない。顔を見れただけでもよしとしなければ。
 ところがマーヴェリックは言った。
「次は十五時からだから、もう少し居られるけれど」
 アイスは目を輝かせて(自分の表情などわかるはずもないが、瞼の中で眼球がくるりと動いて、目の前の獲物を逃したくないという気分になった)、マーヴェリックを腕時計ごとつかんで引き留めた。
「じゃあ一緒に昼に行くか」
「少し寝たらどうだ? 三十分くらいでも」
……、そうだな、そうしたいな」
「会議再開は何時からだって?」
「十六時から」
「じゃあ結構あるな。寝れるだろ? ソファに深く腰掛けて――、アラームをかけよう」
 柔らかそうなブルネットを見つめながら、アイスは静かに息を吐いた。お前は変わらない。出会ったときから変わらないフライトスーツ姿。整髪剤を手にとって、掻き揚げるように手櫛すればすぐに決まる髪型。どこか油断ならない目をしている。針葉樹のようなにおいをはなつ肌。
「マーヴェリック」
 アイスはぼんやりと言って、隣に座る男が自身のスマホのアラームをセットするのを見た。スマホが木製のテーブルの上に置かれる。さて、とこちら側を向いた顔は思惑に満ちていた。
 両手が顔の近くに伸びてきて、アイスの眼鏡をそうっと引きぬいていく。
 わかっているさと思いながら目を閉じ、ボックス呼吸にもとづいて全身の緊張をほどいていく。
 もしかしたら自分も、それほど変わっていないのかもしれない。少なくともこの男の前では。そう錯覚できる自分がいる。俺もお前も、あの頃から実は変わっていない。俺が守ってやるんだと、いまだに恩着せがましく思っているところとか。
 アイスはマーヴェリックの腰を抱き、何も言わず、自分の身体にマーヴェリックの身体が寄りかかるようにした。
 何も可笑しくないのにふと可笑しくて笑いが込み上げる。
 マーヴェリックは少しの間起きていたようだったが、やがてアイスの右肩に自分の頭を預けるように睡りはじめた。

 ………
 ………………………

「アイス! おい、アイス!」
「んんっ?」
 三十分、いや四十分後、ゆさゆさと上半身を揺すられてアイスはぼんやりと目を開いた。ああそうか、仮眠をしていたんだった……。真横にいて体温を共にしていたマーヴェリックが席を立ち、「少し寝すぎた! 僕は行くよ!」とはっきりとした声で言って居なくなる。「ああ、またあとでな!」と反射的に叫びながら、テーブルに置かれた自分の眼鏡を手に取って掛けた。
 まだ眠い。だが仕方ない。
 大きく息を吸い、一気に息を吐く。
 それを数回繰り返しているうちに、自分自身が「個体」だと意識できるような感覚になって、アイスは(よし)と決断するように頷いた。吸った息の分、肉体が覚醒していく。目覚めとは前向きな自暴自棄だ。来るなら来い。やってやるしかない。
 アイスは立ち上がって、マーヴェリックが座っていた形跡が残る来客用ソファに笑みを深くした。
 好きな人に好かれている。
 たったそれだけの事実に、すこしばかり元気になれる自分が、アイスは嫌いではなかった。来年度だろうが、来来年度だろうが、この俺が相手になってやる。ダークスターの予算枠については、なにがなんでも我意を貫かなければならない。だってマーヴェリックを生かせるのは自分だ。マーヴェリックという驚異を、脅威として生かせるのは。
 アイスはおのれの右襟に輝く、星の銀鋲を撫でて微笑んだ。
 右肩には、励ますようなマーヴェリックの頭の重みがまだ残っている。



 
「マーヴェリック」
 そう呼び止められて、マーヴェリックは居住まいを正した。ぴんと背筋を伸ばし、道を開けるように廊下の壁際に寄る。司令官室から出て、角を三つ曲がったばかりのことだった。
「ケイン少将……
 ぎこちなく会釈を作れば、相手はマーヴェリックを睨みつけるように瞼を上げ、そして笑った。笑った? そう、きわめて浅く笑った。嘲るように。完敗するように。忌々しいというように。どう判断していいかわからない表情だった。
「大将はご在室か?」
「えっ、あの、はい、おそらくは……
 うわあ。答えながら思う。
 すまない、アイス、うわあ。今なんて答えるべきだったんだ? なんで僕にそれを聞いた? なんでアイスと一緒にいたと確信されてるんだ? なんでぼんやり肯定してしまった? 後悔先に立たず!
「さすがに……、お前に星四つはくれてやりすぎだ」
「は?」
 ケインに顎を掴まれながら、マーヴェリックは頭に中くらいの「?」を浮かべた。やっぱりダークスターを爆散させてしまった後の、生意気な物言いを根に持たれているんだろうか。ここで説教されるんだろうか。
 とか何とか怯えているうちに、老将はもう踵を返して遠ざかっていくところだった。マーヴェリックはおそるおそる自分の左頬に手のひらを持って行って――、そのまま離せなくなった。
(うそだろ……
 ほっぺたに星の痕が四つ。
 誰かさんの襟章が、僕の頬でくっきり痕になっているんだが、アイス!


ほっぺたに星四つ!.



(終)






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