伊坂
Public TGM
 

フル・オブ・スイート(アイマヴェ)

#M右ワンドロワンライ様より お題「アイスクリーム+思い出」で書きました。 2時間半かかっちゃった…。同人誌の方でアイスクリーム食べる話は書いちゃってたので、ちょっとだけ捻りました。笑


Full of Sweet



 キッチンは甘い匂いで満ちている。

 アイスは電話をかけた。昨日、マーヴェリックが自分のところに帰ってこなかったからだ。長い洋上勤務を終えて、本当に久しぶりのサンディエゴだった。記憶より少し湿った空気。飛行機雲が幾筋か伸びた青空。少ない荷物は既にヘリが基地へと運んでしまった後だったから、空母を降りる順番が回ってくるまでの間、アイスはマーヴェリックの頭を撫で、人目がないことを確認してからキスをしたりした。危ない三年間だった。つらい三年間だった。危険手当やら何やらがたんまりと出ているはずだから、とりあえずはパーッと飲もうと、そんな話をしながら狭いコンパートメントを出たのが昨日。
「キャロル!」
 と、爆ぜるような声がマーヴェリックから上がったのは、タラップで桟橋へと降りる最中のことだった。アイスは苦笑して、マーヴェリックに抱き着かれたまま手を振るキャロルに手を振り返した。すこし胸が苦しかった。ブラッドリー坊やはいない。マーヴェリックはキャロルを抱きしめたままついぞ顔を上げなかった。まあいいさ。アイスは思った。いつの間にか、隣に来ていたスライダーに肩を抱かれながら、小さく頷いて踵を返した。
 ファイタータウンはどこもかしこも『おかえりなさい、インディペンデンス』モード。アイスはスライダーや飛行隊の仲間たちと本当に浴びるほど酒を飲んだ。冷えたバドワイザーは涙が出るほどに美味しくて、よくもまあ俺たちはこれなしで三年間頑張れたものだとそれだけで馬鹿笑いできた。あとはマーヴェリックが傍にいれば完璧だった。うふうふと笑って、自分や、仲間たちを眺めるマーヴェリックがいれば最高だった。

「あら、ええ、いるわよ彼。そうだ、アイスも来て!」
 翌朝。といっても、どちらかといえば昼に近い時間に起きて、アイスはブラッドショー家へと一本電話をかけていた。三年間の禁酒生活でアルコールの耐性など消えうせている。強い酒は飲んでいないはずなのに、こめかみがにぶく痛むのはつまりそういうことだった。
 受話器を下ろしながら、アイスは髪を撫でつけ、今日こそはマーヴェリックを返してもらうと思った。今日こそは広々としたベッドで、ゆっくりと時間を気にせず二人っきりで身体を重ねる。できれば、じっくりマーヴェリックの身体が見たい。もっととまだを重ね合わせて、ねだったりねだられたりしたい。キャロルには言うべきだろうな。もしかしたらマーヴェリックがゆうべのうちに言ったかもしれない。紆余曲折を経て、アイスとマーヴェリックは互いを念い合う関係になっていた。戦術の話、上司の悪口、眠れないときの雑談。どこか死を覚悟して交わすキスの味……
 アイスはもう、マーヴェリックでなくてはならないし、マーヴェリックもそのはずだった。恋であり、絶対的な契約だ。世界中が敵であっても、お前だけは俺を裏切らない。そうだろ?

 湾岸通りは垢ぬけたように見えて、三年前とそう変わらないようにも見えた。キャロルと坊やに何か土産がいると思って、花束と本と文房具のセットを買った。
「ああ、アイス! おかえりなさい」
「キャロル! 変わりなくて安心した」
 ブザーを鳴らすなりドアを開けてくれたキャロルを抱きしめて、アイスは彼女の繊細な髪の毛に唇を落とした。キャロルのクッキーには何度救われたかわからない。ブラッドリー坊やの手紙にも。
 輸送用ヘリが運んでくる郵便物や小包は、まず艦内郵便局に届いて、仕分けられたというアナウンスを待って部隊の代表者が取りに行く。キャロルは二週間に一度はクッキーや飴の小包を送ってくれて、そこには必ずブラッドリーの手紙も添えられていた。どんどんきれいになっていく文字。毎回正しくなっていく文章。手紙はマーヴェリックに宛てたものとアイスに宛てたものとで内容が違うこともあって、坊やには悪いが回し読みをして楽しむこともあった。狭苦しく自由のない空母の生活で、それらがどんなに自分たちを癒してくれたか。
「おっ、アイスだ。来たか」
「何やってんだお前」
「チャリティーバザーのお菓子作りだって。結構大変なんだ。手伝ってくれよ」
「俺は坊やに会いに来たんだ」
「ブラッドなら学校に行ったよ。行きたくないって泣いてたけど」
 半日ぶりに見るマーヴェリックは、それこそ三年ぶりに見るシャツとジーパンというラフな格好で、キッチンから出てきてそう言った。キャロルのものと思しき花柄のエプロンを纏って。ぺたぺたとスリッパを鳴らして。
「ウーピーパイって知ってるか?」
「ウーピーパイ?」
「今ホイップクリームを作ってるんだ」
 ボウルの中を見せてきたマーヴェリックに、アイスは肩を狭めながらキャロルの方を見た。
「お菓子作りなんてしたことないんだが」
「手伝ってくれたらウーピーパイをあげようと思ったんだけど?」
「「ウーピーパイを知らないんだよ」」
 アイスは腕を捲って、台所で手を洗った。キャロルがお菓子の本を捲って、ウーピーパイのページを見せてくる。丸い丘形のチョコレートケーキに、ホイップクリームがたっぷりと挟まって美味しそうだった。リビングのほうを見ると、チョコレートケーキのほかに黄色っぽいケーキが準備されているのも見える。キャロルがオーブンでケーキを焼き、マーヴェリックがそこに挟むクリーム作りを担当しているようだ。
「俺は何をすればいいんだ?」
「俺が疲れた時の交代要員」
「なるほど。じゃあ疲れないでくれ」
「悪かったよ、アイス。昨日はブラッドリーが離してくれなくて」
「お前も離れたくなかったんだろ?」
「まあ、それはそう」
 見慣れない道具を使ってマーヴェリックはせっせとホイップをかき混ぜている。泡立ち具合を確認しようとボウルを覗き込んだ瞬間、アイスの鼻先に白いクリームが飛んでぺちょっとついた。
「おい!」
「あはっ、アイスにクリームがついた。キャロル! アイスにクリームがついた!」
 アイスはキャロルを呼ばれる前にと、慌てて鼻先についたクリームを指先にとって自分の口に突っ込んだ。
「まだ全然水っぽいぞ」
「やり始めたばっかだからだよ」
 いちいち様子を見に行っては自分の作業が進まないせいだろう。ウーピーパイ隊隊長であるキャロルは自分たちの様子をまったく見に来ない。
 アイスはマーヴェリックが何か言いたげに自分を見つめているのに気づいて見つめ返した。
 愉快がっている顔。見つめ続けていると、誘うような顔に変化していく顔。この三年で覚えた、アイスが決して見逃すべきではない顔だ。

「今夜は可愛がらせてくれるんだな?」

 小声で、ほとんど耳にキスするように囁けば、マーヴェリックはアイスの鼻先を舌でべろりと舐めて、ニッ、と笑った。
 






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