伊坂
Public TGM
 

Summer of Ghostrider(グスマヴェ)

#M右ワンドロワンライ様より お題「熱帯夜」で書きました。
お盆に化けて出てきてくれるグースの話

Summer of Ghostrider



 どうもだめだ。気分が悪いわけじゃないのに。唇が震えて、熱いのか寒いのかよくわからない。視界はくっきりしているのに、心が塞いで仕方がない。体中に靄が張り付いて、関節を緩ませているような。悲しいのか大丈夫なのか。空腹なのか満腹なのか。それがわからなくてイライラする。

「おかえり、ハニー?」
 だからずっとずっと求めていた声が耳朶を撫でたことに、マーヴェリックは動揺して、目を皿のように見開いて、「グース………」と泣きそうな気持ちでつぶやいた。ついに僕はいかれてしまったのかもしれない。でなけりゃ君が、君がここにいるはずない。僕は君が恋しくて、自分に都合のいい幻影を作り出してしまった。これはそういうことだろう?
「グー、ス……
「ああ、もう、ひどい顔だ、ハニー」
 暗い官舎の間取りの中で。
 細身のグースがふわりと微笑んだことに、マーヴェリックは身体が傾ぐほどに安堵して、ぼろぼろと涙をこぼした。
「グースなのか? だって……、君は……
「夏だから俺のことで滅入っちゃってんだろ? 来てやったよ」
「うぅ、グース……、うっ……
 グースの姿はどこかぼんやりとしていて、それは自分が涙ぐんでいるせいではないと思った。簡素なソファが透けて見える。でもいいんだ。自分のためにグースが化けて出てきてくれた。それでいい。ごめんとありがとうが生まれ続けて、呼吸困難になりそうだった。
「グース……、ごめんな……。僕のせいで……、僕が……、お前を……
 どうしたって覆らないことを、ずっと抱えながら生きていく。そう思ってきて、そう思っていた。謝ったところで、悔い続けたところで、グースは戻ってこないから。
「グースなのか……? 本当に……?」
 床にうずくまりながらマーヴェリックは言った。細長い指が伸びてきてマーヴェリックは見上げる。あまりに優しい表情をしたグースに、またぼろりと涙がこぼれた。グースの指は、マーヴェリックの額の汗を拭うかのように何度も往復する。なのに感触はなかった。優しさがあるだけだった。
「どうも触れないんだよな」とグースは言い、「……うん」とマーヴェリックは答えた。そして思いついて「浮ける?」と聞いた。グースは笑って、のけ反るような姿勢で浮いたままリビングを一周して見せた。マーヴェリックは泣きながら笑った。一周旅行から戻ってきたグースがマーヴェリックの涙を指で拭い、マーヴェリックの涙は拭われなかった。透けた手のひらを握ろうとしてできない。見えているだけ。透けているとはいえ柄シャツの柄まで見えているのに、グースを掴むことはできなかった。正しく彼は幽霊だった。
「ハニー。元気を出さなきゃ」
「元気になった。なったよ! お前が会いに来てくれて……。そうだ、キャロルと坊やには会いに行ったか? 二人とも驚いてたたろ?!」
「いや……。幽霊は一人にしか会いに行けないんだ。だからお前のところに来た」
「なんでだよ……
「キャロルと坊やにはお前がいてくれるけど、お前はそうじゃなかったから」
……
「ごめんな。そばに居てやれなくて」
 パームツリーの描かれたアロハシャツは、生前グースが着ていたもので。マーヴェリックはグースの胸に向かって項垂れた。抱きしめて、頭を撫でて、背中を叩いてほしくって。
 抱きとめようとグースが慌てて両手を出す。
 けれどマーヴェリックの身体は、グースの身体をすり抜けてリビングの床にゴンとぶつかった。痛くはなかった。落胆しながら上半身を起こせば、困ったようにくちばしを尖らせるグースと目が合った。
「いつまで居てくれるんだ?」
「ハニーが元気になるか、夏が終わるまで」
「俺が元気になったらもう会えない? 次の夏は?」
……マーヴ。大丈夫になって欲しくて来てやってんだ」
「僕は大丈夫にならない……! グースがいなくなるなら、大丈夫にならないよ……
 次の夏は? と聞いた時、マーヴェリックはグースが己の上唇を軽く舐めるを見逃さなかった。優しいグース。僕を案じて、僕のために化けて出てきてくれたグース。君が嘘やでまかせを言うときの癖を忘れていない。僕が大丈夫になるまで、きっとそばに居てくれるつもりのグース

「グース、飛びに行こう」
 幽霊よりも青白い顔をして、涙の張った両目を輝かせ、マーヴェリックは自分にとって唯一無二の男に手を差し出した。







波箱はここから
スタンプや反応もらえると嬉しいです