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伊坂
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愛の話(If I could go back in time)(アイマヴェ)
原作ベースです。私はアイマヴェが好きで…、でもサラさんのことも好きで…、こんな話を書くのはずるいかもしれませんが書きました。
愛の話
「難しいよな。一概に『幸せ』といっても、人それぞれ『幸せだ』と思う状態は違う」
「はあ?」
七月の熱い真っ昼間だった。
任務と任務の間にかさなった、約一週間の休み。
「サラに振られたか?」
そう、柔く笑いながら聞いてきたマーヴェリックに、
「
……
そんなとこだ」
と、アイスは苦笑いして頬杖をついた。
そう傷ついてはいない顔で。
昨日の彼女の優しい微笑みを思い出しながら。
浜からの風に、伸びた髪を靡かせていたマーヴェリックが「まさか」という顔をして振り向く。大きな目。可愛らしい耳。整った鼻梁。柔らかな、唇。アイスコーヒーがたったの一分で、大量の汗をかいてコースターを濡らす昼下がりのカフェで。
「
……
お前が振られるはず
……
」
なおも信じられないという口調で言ったマーヴェリックに、アイスはアイスコーヒーを持ってごくごくと飲んだ。ガムシロップがグラスの底に溜まっていたのか、口の中で突然甘くなる。彼女の前では、結局使うことがなかった人工甘味料の味だ。
「養ってもらって一生安泰、ってのが『幸せ』ってわけでもないだろ?」
「確かに、それは
……
、そうだけど
……
」
視線を落としながら言ったマーヴェリックの、どこか稚いつむじを見ながらアイスはため息をついた。バルコニーから見渡せる湾岸にはいくつものプレジャーボート。あちこちで上がっている白い波しぶきに、ああ、ああいうデートもいいな、なんて思う。
うなだれているマーヴェリックの首の裏には、銀色のチェーンがあった。日差しを受けてきらりと輝くそれ。自分が首からぶら下げるものと、まったく同じものがあった。
二年前だったと思う。結婚するのか、という話になった。もしそうなら、俺たちはここで終わろうと、言外にそういう意味が込められていた。マーヴェリックが言い出したことだったか、それともアイスが口火を切ったのだったか
……
。
あれも確か七月だった。七月の頭。マーリンの結婚式の後か前のことだ。
『『俺は結婚しないよ』』
お互い、顔も見ずにそう言った。それが全てだった。相手の腕時計の文字盤を覗くふりで、手首を、指先を、ゆるやかに掴んだ。
テーブルの下にあるマーヴェリックの膝は、アイスの膝に凭れて離れていかなかった。それが答えだった。お前のことが好きだから、俺は結婚しないよ。恋が叶った気分だった。その夜は幾度も唇を重ね、泣き喚くように好きだと言い合いった。お前だけだ。愛しているんだ。アイスに縁談の話が来たのは、その二週間後の話だった。
断ればよかった。断りたかった。出来なかったのはつまり、相手というのが世話になった上官の娘だったからだ。会うだけ会ってくると言って、マーヴェリックは「
……
チャンスなんじゃないか」と言った。アイスは目を丸くして、目に氷を張って「なんだって?」と言い放った。マーヴェリックは動じなかった。マーヴェリックの目は、虹を詰めた宝石のように硬質で美しかった。
サラは可愛らしく、なのに目を疑うほどの落ち着きを持った娘だった。落ち着き? いや冷静さと言うべきかもしれない。彼女の目を見ると、不思議と、なにもかもが許されるような気分だった。大丈夫、と言ってもらえているような。わかっているわ、と言ってもらえてるような。ああ、思えば振られるのは当然だったのだ。彼女とのデート中も、自分はマーヴェリックのことばかり考えていた。そういえばブーツが欲しいと言っていた。ブラッドリーに野球グローブを買ってあげなきゃとか。今度はマーヴェリックと来よう。いや、でもマーヴェリックはこんな洒落たレストラン落ち着かないだろうな
……
。
「ほかに幸せにしたい人がいるんでしょう?」
昨日は五回目のデートだった。
なんてこった。ああ、なんてことを言われているのだ。自分の愚かさに力が抜ける気分だった。彼女の指摘の正しさ。彼女の微笑みの柔らかさ。いまだ少女の面影を残すふわりとしたブラウンの髪に謝罪したくなった。目が覚めるような想いとはこういうことを言うのだろう。誓うような、感謝したいような、猛烈な気持ちがこみあげた。
「だったら、今度はその人を幸せにしてあげて、トム」
今度?
言葉に抱きしめられた気がして、なのに次の瞬間には、彼女は自分に背を向けていた。そうか。家の名聞もある手前、彼女「が」、自分「に」、付き合ってくれていただけだなのだ。
上官の娘。たった五回デートしただけの相手。
振られたのに振られた気分ではなかった。未来を応援されるような気分だった。
*
カラン、と氷が解ける音がして、アイスは目の前のマーヴェリックに意識をもどした。何か言いたげな眉。なぜかアイスが振られたことを、自分のせいかもしれないと思って、そうではないと思い直して、結果よくわからなくなっているようだ。ほんのちょっとの気の毒さ。ほんのちょっとの、ほっとする気持ち。見ればすぐわかった。マーヴェリックばかりを想ってきたから。
「彼女、キャビンアテンダントになりたいって言ってたな」
こんな穏やかな気分は久しぶりだった。
幸せにしたい人を幸せにしたい。
とても単純なことを、複雑にせず思えていることが幸せだった。
「お前の幸せは?」
「何?」
「いや、お前を幸せにできるのって俺くらいじゃないかと思ってな」
マーヴェリックは目をぱちくりとさせて、は、と乾いた息を吐いた。初めて見る顔だった。笑っているようで、ひどく呆れているようでもあった。
「だからプロポーズできずにいるんだ」
二年前に買いあった、パイロットウォッチの針が時を刻んでいる。どれがいいか吟味して、アイスのものをマーヴェリックが買った。マーヴェリックのものをアイスが買った。指輪をはめられない自分たちのために。
「お前は俺を幸せにできるのに、俺はお前を幸せにできない
……
」
今度はアイスが笑って、呆れる番だった。
「お前なぁ。できるだろ?」
「えぇ?」
「いつでも幸せにしてくれよ」
腕時計に、腕時計でキスをするように。
アイスは希うように言って、マーヴェリックの目の中のある星がぱちぱちと火花を放つのを待った。なまあたたかい海風。コーヒーグラスが纏う水滴。誓いたい気分だった。俺も、お前も、もう動じなくていい。幸せにしたい人を幸せにしたい。それができるのは自分だけだと、信じていていいんだよ。
「知らないぞ」
ぶっきらぼうな返事があって、アイスは、はは、と乾いた息を吐いた。それでいい。多分難しいことではない。その証拠にアイスは幸せだった。マーヴェリックは、自分のパイロットウォッチとアイスを顔を交互に見やって、何やら照れている。企むような、我慢できないような、アイスの好きなマーヴェリックだった。
*
「ねえ。ペニー」
サラ・カザンスキーは、すぐ隣に座る大親友ペニー・ベンジャミンに対して笑いかけていた。ペニーが店主をつとめる『ハードデッキ』は、少し前から混み始めていて彼女も仕事に戻らねばならないはずだった。
「何?」
客席にいる彼女を珍しがって、多くの常連客が彼女に目配せをしてくる。店は今、マーヴェリックとジミーが切り盛りしている状態だった。
ペニーの話し相手がどんな相手なのかと、サラも興味本位のまなざしを受けている。ペニーの顔には『まさか、この子が故大将アイスマンの妻だなんて思わないでしょうね』と書いてあった。ゆえにサラも『ええ、まさか私が、あのアイスマンの妻だなんて思わないでしょう?』と顔に書いておくことができた。
わぁっと、にわかにカウンター席のほうが騒がしい。
「私がいないのをいいことに」
と、ペニーが小さく苦笑しているのを見て、マーヴェリックが何かをやったのだとわかった。カウンターに入れると、ちょっとしたカクテルパフォーマンスをやりたがるのだそうだ。手先が器用で、反射神経もいいので心配していないが、ベースとするアルコールの補充が追い付かなかったり、布巾の消耗が激しくなるのでやめて欲しいらしい。叱ると、せがまれてやっていると言い訳するそうだが、ペニーの見立てではただのいいカッコしいだそうだ。良かれと思ってではないのよ、と肩をすくめるペニーが可笑しくて、サラは「そうね。海軍の男って、そういうところがあるわ」と夫のことを思い出しながら言った。
「で?」
改めて聞いてきたペニーに、サラは目の前にある夕日色のカクテルを飲み干して言った。
「私、もしも過去に戻れたらトムとは結婚しない。それでもいいかしら?」
「なぁに? そういう映画でも見た?」
「ううん。でももし過去に戻れたらそうしたいって思ってるの
……
」
「いいんじゃない?」
「いいかしら」
「そうね。私も、ピートに惑わされない人生もいいかも」
「さっきから何を話しているんだい?」
「あら、ピート。こっちの話よ」
「僕の名前が聞こえた気がしたけど?」
「少し前に見た映画の話よ」
「ふーん
……
。ジャンルを聞いても?」
「その顔はやめて。SFよ。ほら、仕事に戻って!」
「戻るよ! サラの次の一杯が決まったらね。サラ、同じものでいい?」
「ありがとう、マーヴェリック」
布巾を手にふらりと様子を見にきたマーヴェリックが、生前の夫と、ほとんど同じ表情でおどけてみせるのでサラは心から笑ってしまった。
「いいのね?」とペニーに言う。
「いいわよ」とペニーが頷く。
(もしも私が過去に戻れたら
………
)
これはれっきとした、愛の話だ。
愛の話(If I could go back in time)
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