伊坂
Public TGM
 

Alright, I miss you. I gotta go.(アイマヴェ)

これ https://privatter.net/p/9263023 の後日談的なアイマヴェです。

Alright, I miss you. I gotta go.




「アイスに会いたい」

 自然とそう口からこぼれた言葉に、ぎょっとしたのはサイクロンだけではなかった。しまった。しまったぞ、マーヴェリック。おそるおそる顔を上げてみれば、簡易ベッドのそばに立つルースターも顔を引きつらせていた。
 ええと、その。困ったなあ。
 君がいなくなって、僕は困ってばかりだよ、アイス。

 一通りの検査は空母の医務室で済んだんだ。ただ、運悪く肩の靭帯を痛めてしまっていたから、基地に戻ってからも三日に一回の頻度で病院に通うよう命じられた。全然痛くないんだけどと僕は事あるごとに言ったけど、どういうわけか、誰も僕の言うことを信じようとしない。心当たりなら多分、パラシュートの開傘が甘くて、減速できなかったせいだ。右腕を上げると確かに少し痛みが走る。でも、自分の身体のことはよくわかっているつもりだ。ヒアルロン酸やステロイド剤の注射をしてもらえば、これは二週間足らずで自然に無くなる痛み。
 僕が「痛くないのに」と言うのに、医者は「痛くないはずがない」と言って、僕に二週間の飛行禁止を言い渡した。さらには、バイクの運転禁止も。えええ。三日に一回リハビリに来いというのも至極面倒くさい。まあ、忘れてましたという感じでフケてしまえばいいやと思っていたら、僕の表情から何か感じ取ったサイクロンがルースターに僕の送り迎えを命じた。「きっとあなたはサボるだろうからな、大佐」と、おっかない顔をして。
 やれ、参ったなあ。
 僕ときたら全然信用されていない。
 君にメッセージを打って愚痴りたかったけど、涙が出てしまう気がしたからやめた。
 君は、とてもサイクロンを目にかけていたんだろうなということが、気ぜわし気な彼の視線からわかって僕は嬉しい。
 君は、自分がいなくなっても大丈夫なように逝ったつもりかもしれないけれど、見ての通り僕は困ってる。君が、僕のために、いろいろと手を回してくれた気配を感じ取って困ってる。こんなふうに居場所を与えられたんじゃ、君とグースのところにはまだまだ行けないな。そうだろ?

 月曜が四回目のリハビリだった。リハビリのあとに診察を終えて、もう次回で通院は終わりですと医者に言われた。医者は僕の回復力に驚いていて、(だから大丈夫だって言ったのに)と、僕は人知れず唇を曲げた。
 ルースターが報告したんだろう。最後のリハビリと診察にはサイクロンまでついてきて、僕は右と左を僕より背の高い二人に固められてかなり肩身が狭かった。そんな見張るみたいに見なくてもいいのに、と理学療法士の彼も思ったに違いない。僕はおとなしくジェルを塗られ、しびしびとするくらいの弱い電気を肩に当てられ、丁寧なマッサージを受けて整形外科医のいる診察室へ向かった。引き続き右と左を僕より背の高い二人に固められて。
 今日から飛行も、もちろん運転もいいですよと言われ、雑談のようにサイクロンが「どこへ行きたい?」と聞いてきた。それでうっかり言ってしまったんだ。「アイスに会いたい」と。だってこうして無事に戻ってきたのに、まだ君のもとへ行けていなかったから。地上に帰ってきたなら、まず真っ先に俺のところへ来いと言ったのは君だったから。

 一瞬で、場の空気が硬直したのを感じた。ああ。あー、まずい。いやそういうつもりじゃなくて。わかってる。もうアイスは……、居ないんだってこと。どんなに願っても、アイスには会えないんだってこと。だからそういうつもりで言ったんじゃなくて、お墓参りに行きたいなって意味で言った。あの荘厳な雰囲気の中行われた葬式の場では、つらくて、つらくて、僕の心は岩のようだったから。

「私も会いたい」

 なんてことはないみたいにサイクロンが言って、それから「……私とウォーロックは数日前にお会いしてきたばかりだが」とそう付け加えた。僕は少しだけ驚いて、そして目だけで微笑んだ。ただの目配せ。静かに恋しがっている者同士の目配せ。簡易ベッドのそばに立つルースターが、あからさまにほっとして息を吐くのが分かった。踵を返しながら「君が運転してやれ」とサイクロンはルースターに言って、僕は「僕一人で大丈夫だよ」と言いかけてやめた。だって。だってルースターはとても悲しい目をしていたから。優しい子だと思った。つらくなってくれているのだとわかった。「お連れします、サー」と言うルースターに「頼む」と僕は自嘲気味に頷いた。ああ困ったな。ほんとうに君は死んでしまったんだ。君のせいで僕はこんなに簡単に困ってしまう。君は居ないのか、僚機。

 コロラド島とポイントロマの岬は目と鼻の先。基地の北西から出ている連絡船に乗って、十分足らずで対岸にある基地へとつく。
 墓地へと向かう間、僕らは複雑だった。もしかしたらルースターのほうが複雑だったかもしれない。僕はリハビリの初日に言った時のように、助手席に乗り込みながら「ごめんな」と言った。何がとルースターは聞かなかった。ルースターは小さく「もう、許してるから」と呟いた。僕は小さく「そうか」と言った。それからは沈黙があった。バス通りを南下して、共同墓地には十五分ほどで着いた。
 車を降りながら、僕は「ブラッドリー」ともう一度彼を呼んで、「ごめん」と言った。泣きそうな顔で、僕の大事な子は「うん」と言ってくれた。ありがとうとは言えなかった。これからもずっとたくさん謝りたかったから。

「最後まで君とのことを気にしてくれていたから」

 柔らかな海風に覆われた敷地内を歩きながら、僕はルースターに言っていた。「君と来れて、アイスの奴喜んでくれてると思う」
「アイスおじさんと最後に会えたのはいつ?」
「訓練中に。来いと言われて家に行ったよ。サラが迎えてくれて……、最後まで……、僕ばかり心配をかけて……、クソッ」
 泣くつもりはなかったのに、目の奥が熱くなってきて舌打ちが飛び出た。
「マーヴ」
「恥ずかしい。俺、」
「何が?」
「この世にアイスがいてそれだけで……、どこか無敵な気分でいたんだ」
「そりゃあ………。でもマーヴは今も無敵だけどね」
 同じ風だった。守るような風。穏やかで、セメタリー全体を包むような風。あの日のミッシングフォーメーションが目に焼き付いてる。サービスカーキの下の肌がぞわりと泡立って、ああ、悲しいんだな、君のことが好きだったんだな、と今更思い知る。
 アイスの眠る墓地について、僕は静かに目を伏せた。
 味わうように目を閉じる。
 君に守られていたんだな、と甘えるように、甘やかすように微笑んでみる。

『マーヴェリック』

 君が僕を呼ぶときの声を、僕はこんなにも思い出せるよ。願うように言われるのが好きだったなあ。許すように言われるのも好きだった。君の髪。細氷に光の差すような金色。君の目。試すようで心配げなブルー。ただの自分が、君に必要とされている自分になるのが好きだった……

……そうだ!」
「マーヴ?」
「ブラッドリー。艦隊基地の、あのクソデカパネルって引き取れると思うか? まだ処分されてなければ?」
「うわ……、あの? アイスおじさんとマーヴが握手してる、あのクソデカパネル?」
「あれ恥ずかしいから僕のうちに持って帰ったほうがいいだろ。幸い場所はあるしな……
「え、うん……、まあマーヴならいいよってなるだろうね」

 戸惑いながら頷くルースターに、僕はあははと笑い声を挙げて空に頬を撫でさせる。僕の大事な子。グースとキャロルのかわいい息子。君のおかげでやり直せる関係。

 ああ、アイス。
 きみのことが好きだったよ。
 だから――まだしばらくは、君を恋しがって生きていく。








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