伊坂
Public TGM
 

お先に失礼(アイマヴェ)

燃料投下には素直に乗っとくかというカーディガンの話です。ギャグめ。アイスがド健康に蘇ったアース。

お先に失礼




「さっすが大佐!」
 驚きと誇らしさを詰めてそう言ったフェニックスに、ハングマンは自分の口笑みを深くした。そうだろ? 誘ってよかっただろ? 大佐が来てくれて、よかっただろ?

 きっかけはヘイローとフェニックスの会話だった。『サンディエゴ空港の近くにクライミングジムが出来たの知ってる?』という。『やってみたら楽しかった。フェニックス、今度一緒にどう?』という。『へー、なら次の土曜が空いてる』という。
 本日の飛行訓練とデブリーフィングを終えて、講義室に残っていた面々は女子二人の会話に興味津々だった。女子二人というのがポイントだったのではなく、これがファンボーイとペイバックの会話だったとしても興味津々だっただろう。なぜって。
「へー、クライミングジム」
 まだ講義室に残っていたマーヴェリックが、まるで、自分も訓練生の一員であるかのように、二人の会話にそう反応したからだ。
「「え! 大佐も興味あります?!」」
 女子二人の声が重なって、場はハイスクールの放課後のようになった。フェニックスに詰め寄られて、ちょっとたじたじしている大佐の姿にボブが笑う。ほんと、なんてギャップだ。つい一時間ほど前までは、自分たちが彼にたじたじさせられていたというのに(空の上で)。
 ピート・マーヴェリック・ミッチェル。
 伝説のアヴィエイター。アンバランスな人。危なっかしいのに、まるで危なげない。何を言っているんだと思われるかもしれないが、これがマーヴェリックというアヴィエイターなのだ。妙に幼くて、だけど誰も彼に敵わない。研ぎ澄まされた鋼の翼の持ち主。プラント破壊任務を経て、もうしばらくだけ自分たちの教官を続けてくれることになった人。
 しまったなあ、という顔をしている上官に、ルースターはふにゃりと笑っていた。おいおい、詰め寄っているのが俺だったらそんな穏やかな顔してねえだろ、お前。
 だから思い付きだった。今日も絶好調。ハングマンが思う絶好調とは、自分の思考回路が『澱みなく律動的』であることだった。思考という光の流れが、リズミカルに脳をめぐって自分の身体に命令を出す。そのスピード。その閃光。だから俺は今日も絶好調。
 トロい雄鶏を差し置いて、全員を巻き込んでマーヴェリックを誘える。
「大佐もどうです? 次の土曜に」
 一歩前に出て、ハングマンがそう言うなりだった。
「ちょっと! 私らが大佐を誘ってんだけど!」
「ケチ言うなって。俺もボルダリングに興味あったんだよ」
「おい、ハングマン」
「なんだ、雄鶏? さてはお前もボルダリングしてみたかったクチか」
「じゃあ僕も混ざっていいかな、フェニックス、ヘイロー」
「ボブ!」
「なら俺も混ざる」
「コヨーテ!」
「マーヴェリック! ねえ、大佐も行きましょうよ」
「ええ……? 嬉しいけどお邪魔じゃないかな……
 どうよ。この俺にかかればマーヴェリックだってボルダリングに連れ出せる。結局はスピードなんだ。ボブとコヨーテの掩護射撃も効いた。このチームワーク。
 珍しく、フェニックスが見直したような顔を寄こしてくる一方で、ルースターの奴はぽかんとしていた。はぁ? お前な。お前もマーヴェリックを狙ってんだろうが。俺とお前は、大佐とお近づきになりたい組だろうが。俺がせっかく土曜日の予定を作ってやったっていうのに、お前は何をぽかんとしてんだ? 和解できたからって、うかうかしすぎだろ、お前。
 そうと決まれば皆軍人だ。
 土曜日までに必要な情報を収集し、各々、決定事項に向けて行動を組み立てていく。
 それぞれ車出す?
 住所くれ住所。
 タオルありゃいいの?
 なるべく動きやすい服装でね。
 そわそわしているマーヴェリックに対し、ハングマンはメモを書き上げて直接渡しに行く。ありがとうございます。大佐が来てくれるなら、とっても楽しい土曜日になりますよ。というウインクつきで。
 場所と時間を記したメモを受け取って、マーヴェリックもまたウインクもどきをハングマンに返した。自覚があるかはわからないが、こういうノリの良さがお茶目でいい。俺たちの教官。俺たちのもの。ヘイローが「じゃあ、一応予約の電話しとく」と言うのに対して頼むと声をかける。楽しい土曜日になるぞと誰もが思って、にこやかに笑っているマーヴェリックを見た。

 そして土曜日。思った通り、マーヴェリックは大活躍だった。設置されているコースのほとんどが初級コースであったこともあって、全員が難なく全てのコースを登りきることができた。力技でどうにかなる部分も多くあったからかもしれない。カラフルなホールドを掴み、前傾になった壁をひょいひょいと登っていくマーヴェリックは、自分達と同年代の青年にしか見えなかった。
 途中、体を捻ったり、ジャンプして離れたホールドを掴みに行ったり、仲間たちのチャレンジを後ろから眺めているのも楽しかった。いざ自分がやってみると、思いのほか難しい動きをしていたんだとわかって話も弾んだ。「次はどうすればいいかな!」とか、「おい! 君たち、難しいほうに誘導したろ!」とか、自分たちの声に従って、コースを楽しんでいるマーヴェリックを見ているのは幸せだった。
「えっと、じゃあそろそろ帰る準備をしようか」
 十一時から始めて、十五時になろうかというタイミングだった。
 確かにそろそろというタイミングだったが、そう声を上げたマーヴェリックが、いつのまにか汗ばんだTシャツを取り換え、カーディガンを羽織り、帰る準備万端となっていたことにハングマンは驚いた。まあでもきびきびとした人だからとそこまで意外ではない。むしろ意外だったのは、彼の上着がいつものボンバージャケットではなかったことだ。
 濃紺のカーディガンに上半身を包んだ姿は、マーヴェリックという人間が持つ甘さや穏やかさをよく表現していた。襟の部分にボリュームがあって、それが優しそうな、柔らかそうな印象を与えるのかもしれない。「そうだな、ペニーの店にみんなで移動しよう」とルースターが声を上げて、皆ぞろぞろとロッカーへ向かいかけた。その時だった。

「やあ、待たせたか」
「アイス! 悪いな、来てもらって!」

 エントランスの自動ドアが開いて、ベンチに座っていたマーヴェリックが立ち上がる。金と銀、両方の光沢を帯びたグレーヘア。サングラスの下から現れる凍ったみずうみ色の目。スタイルの良さを際立たせる、上質な濃紺のカーディガン。

 は? え? 何?
 はぁっ? え? 何?!

「「「はぁ? アイスマン……大将?!」」」
 不敬にもほどがある素っ頓狂な声が上がって、しかし大将本人から返ってくる視線は暖かい。
「ああ、俺のマーヴェリックが世話になってるな。まさかプライベートで先に会うとは思ってなかったが」
「そうか。君らアイスに会うのは初めてか。アイス、彼らのことは?」
「知っているとも。やあ、ブラッドリー」
「アイスおじさん」
「あ、えーと、実は僕らこれから映画を見る予定で……
「え、映画を……?」
「悪いな。君たちとの時間は必ず今度調整する。サイクロンに声をかけておく」
「アイス車できたのか? 俺が運転しようか」
「いい。いい。ボルダリングは楽しかったか?」
「ああ、すごく楽しかったよ。そうだ。支払いを済ませてくる」
「え! でも大佐!」
「いいんだいいんだ。そのくらい払わせろ。このあとはペニーの店か? あとでペニーに連絡を入れておく。楽しんでくるといい」

 カウンターで支払いを終えたマーヴェリックが急ぎ足で戻ってくる。
 背中に伸ばされる手。
 当たり前のようにその手を受け入れているマーヴェリック。
 ウィーンと自動ドアが開いて、ウィーンと閉まって遠ざかっていく彼ら……

 は? え? 何?
 はぁっ? え? 何なの?

「ただの恋人じゃねーか!」というハングマンの叫びに、「ちょっと! 見た? おそろいのカーディガンだった!」というヘイローの悲鳴。
「え? もしかして……そうなの?」というボブの呟きに、「………」という何とも言い難いルースターの沈黙が続く。

 非難轟々。
 阿鼻叫喚。
 おそろいのカーディガンで映画って! なあ、おい!




(終)
ーーーーー

 ルースターがおとなしいのはアイスおじさんとマーヴって付き合ってるかも、と遠慮して様子見してくれているからです。
 ぎゃあぎゃあするヤンガン書けて楽しかったけど、アイマヴェがごめんなというきもち……
 てか気が付くとアイマヴェがごめんなってオチになってるのよ。





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