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伊坂
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きみと光オークション(アイマヴェ)
本編後アイスお元気アースでオークションデートするアイマヴェちゃんです。普通のオークションを光オークションとは言わないと思う。笑
『三十二番。ミナルディ1991年モデルです』
オークショニアの告げた言葉に、今の今まで退屈そうにしていたマーヴェリックが顔を上げる。
「ミナルディ
……
。ってF-1の?」
「だろうな。ジャンカルロ・ミナルディ」
トム・カザンスキーは恋人の無邪気な反応に相好をくずしながら舞台を見る。
年期を感じさせるF-1マシンの全容が、プロジェクターを通して正面のスクリーンに投影されていた。
『こちらは門外不出と言われたフェラーリのV-12エンジンの供給を受けたマシン。タイヤはグッドイヤー
……
』
「愛すべき“弱小”チーム
……
」
やや聞き取りにくい声量でぼそぼそと話し始めた鑑定士に、マーヴェリックはニコニコとしながら自分の口でそう補足した。興奮すると、すぐに頬が紅色に染まる。
「アイス。オークションってすごいな! F-1のマシンが買えるなんて
……
!」
「そうだろう?」
バカラのブロンズ乳鉢や、エミールガレの花瓶に、まるで反応しなかった男が今更何を興奮しているのか。いや、反応はしていた。「は、八千ドルから?」とか。「花瓶なんかにはっせんどる
……
」とか。
そしてどんどん値が吊り上がっていく様子に序盤からビビり散らかしていた。いや、お前が壊した戦闘機の値段に比べたら、一ドルチョコみたいなものだけどなとアイスは言いたかった。
sssss
マーヴェリックをオークションに誘ったのはアイスだ。
なぜ、と聞かれると答えるのは難しい。思い付きだった。というか、アイスだってそれほどオークションにのめりこんでいるわけではない。当時の上官に誘われて、まあ断るほどではないかと思って付き合いで参加した。面白い空間ではあった。こういうものかと。
まずオークションの参加者には目録が配られる。職業や、預金の残高を提示しないと参加できないオークションもある。目録にはその日出品される美術品や骨董品の写真や鑑定結果がついている。その日知ったことだが、実物は事前にオークションハウスのガラスケースやガレージに展示されているらしい。
常連たちはみな事前に足を運び、次回のオークションで是が非でも我がものとしたい品がないか吟味する。そして「手に入れたい」と思えるものがあったら参加を希望する。当日参加できない場合には、遠隔で参加する手続きを取る。
不思議な高揚感があった。らせん状の階段を下り、たぶん隔絶された空間に足を踏み入れる高揚。始まりそうで、始まらないかもしれない。手に入りそうで、手に入らないかもしれない。欲を持った人間たちが、その欲をひた隠しにして平然と集まっている。さも何にも興味ありませんという顔で。みな何かを欲しがって訪れているという緊張感。
悪くなかった。アルコールによって得られる陶酔感とは、また非なる陶酔感を感じたのだ。カジノなどとは対照的な穏やかな興奮。競り負けたところで、充実感があるのがオークションの魅力かもしれなかった。使う予定でいた金が、戻ってきたことで得をした気分をしたりもする。実際はただ、金を使わなかったというだけなのだが。
アイスがオークションを「面白い」と感じた理由はもう一つ。たまたま最初に誘ってもらったオークションが、芸術品ばかりを扱ったオークションではなかったからだ。
その時に出品されていたのは何だったか。春画。燭台。小テーブルと椅子のセット。剥製。陶器。フリントロックと呼ばれる火打石で火薬に火がつくタイプのピストル。一万ドルからの入札開始だった。十七世紀初頭、ヨーロッパで開発されたものだとされるそれは、最終的には二万ドルまで値が吊り上がって落札された。アンティーク趣味などないアイスでも少し欲しかった。こんなにも古いものが、まだ武器としての機能をかろうじて保っていて
…
美しい。
美しい骨董品が、なかなか手放されず日の目を見ない理由が、アイスにはわかった気がした。
(自分だけのもの。自分だけがさらなる価値を付与できるもの
………
)
無自覚だった自分の欲(それは、言うなれば愛着のセンサーというもの)が音もなくめざめた感覚に、アイスは口元を覆ってオークションを見守り続けたのだ
……
。
「オークションに行ってみないか?」
「オークション? なんでまた」
小ぎれいなネイビーに身を包んだマーヴェリックは、可愛さと麗しさをこれでもかと放っていた。ランバンの若々しいスイングトップ。堅苦しい服装を嫌うマーヴェリックのために、アイスが少し前に見繕ってやったものだ。
前身はセットイン、後ろ身はラグランになったデザインで、前から見ればドレス感まで漂う。ただ元々はゴルフのスイングに耐えられるよう作られたデザインであるため(であるからスイングトップという名前であるらしい)、後ろから見た印象は完全にスポーツウェアだった。乗馬にもうってつけと勧められ、まずはマーヴェリックに着せてやれと着せてみたところ、本人も気に入った様子であるから小切手を切って決済しようとした。
決済したかった。
決済させてもらえなかったのだ!
いい物だからちょっと高いなあ、という顔をするマーヴェリックに「俺が乗馬に誘いたいんだ。俺が買ってやる」と恰好つけたかった。
そして二人して乗馬を楽しんだ後、どこかのホテルにしけ混んで、「お前は乗馬のセンスもあるな」と、騎乗位で善がりくるうマーヴェリックを堪能したかった。
せっかく買ってもらった服なのに、と不安を口にするマーヴェリックに「また買ってやるから汚していいぞ」とかそういうことを
…
、言いたかった
………
。
俺が買ってやるというオーラ全開でいたのにも関わらず、マーヴェリックはアイスが小切手を切るのを許さなかった。「今日はちゃんと自分のカードがあるんだ」と言って。「僕だって稼いでるぞ。一括で!」と言って。
アイスマンはマーヴェリックの背を眺めながら何とも言えない気分を味わった。たしかにお前も稼いでいるが
……
。俺がお前に服を買ってやりたかったのに
……
。
「オークション、興味ないか?」
「骨董品趣味はないよ。まあアイスが行ってみたいならついていってもいいけど」
「知り合いに誘われて何度か行ったことがあるんだが、まあ、楽しめたぞ。こういう空気なんだなって」
「特に欲しいものがなかった場合はどうするんだ?」
「どうもしない。用意してたお金がまた懐に戻ってくるだけ」
「金持ちの道楽ってかんじだな
…
」
「使わないだけで少し得をした気分にもなれるし」
「なんだそれ。アイスらしからぬ
……
」
「まだまだお前の知らない俺がいるってことだ」
「へー。美術品とかには興味ないけど、僕の知らないアイスには興味あるかな
……
」
「よし、決まりだ、行こう」
マーヴェリックは知る由もない。
アイスが企みを持ってオークションに誘ったのだということを。
「どうせ何も落札しないんだ。僕は少ししかお金を用意していかないよ」
「ああ、いいんじゃないか?」
アイスは『好きな子にお金を使いたい』という気持ちを踏みにじったマーヴェリックに、大人げなく復讐する気でいた。
いつものようにマーヴェリックの横顔を見つめながら、マーヴェリックがかわいそうなことになる瞬間を、今か今かと待ちわびていた。
sssss
『それでは、八万ドルから!』
「八二〇〇〇!」
「八五〇〇〇!」
「九〇〇〇〇!」
『九万ドル
…
! 九万ドル
……
いらっしゃいませんか? ミナルディ1991年モデル
……
』
オークショニアがマイクを使ってアナウンスを繰り返す。展開のスピード。今日一番の心臓の鼓動。マーヴェリックは何度も椅子に座り直し、ここにきて初めて気づいたというように会場の右端に設置された長机を指さして問いかけた。ちょうど髪の長いスーツの女性が、入札額を示す紙板を舞台に向かって掲げている。
「アイス、あれは?」
「ああ、あれは代理人たちだな。遠隔でオークションに参加している人間がいて、彼女たちは画面の向こうの参加者の代わりに入札をしてるんだ」
『九万二千ドルに到達! どなたもいませんか?』
「ライバルはこの会場の奴らだけじゃないのか
……
」
「ああ、都合があってどうしても会場に来られなかったり、あとは海外からの入札で、通訳を通して入札してきてる人間もいるんだろうな」
「すごい世界だな
……
」
興奮と不安が会場の空気を澱ませている。心なしか、マーヴェリックの目つきも変わっていた。パイロットの目。現状を把握し、水面下で択ぶ準備をしている目。悪目立ちしない程度に会場を見渡し、どういう人間がどういう思惑で成り行きを見守っているかを明確に意識して頬杖をついている。どうやら眠気は吹っ飛んだようだ。
「骨董品趣味はないんじゃなかったのか?」
「F-1のマシンが出てくるなんて聞いてない。壺とか絵とかだと思ってたんだよ」
小声で会話するために、マーヴェリックはほとんど、自分の左半身をアイスの右半身に重ねるような格好でいた。机の上では腕が触れあい、机の下では腿が触れあっている。密談を求めて上気している頬の輝き
……
。
『九万二千!』
ハンマーが振り下ろされ、ミナルディ1991の売却先が決まった。スタッフが手渡す伝票に、オークショニアが流れるようなペン運びで金額を書き入れる。
切り離された伝票は、スタッフの手によって落札者のもとへ運ばれていった。恭しく伝票を受け取ったのは、先ほどの髪の長いスーツの代理人だった。
『三十三番、P-51航空機プロペラ』
よし。ようやくお出ましだ。
アイスはマーヴェリックの肩に自分の肩を触れ合わせたまま、静かに高揚の瞬間を待った。スタッフがプロジェクターの映像を切り替え、正面スクリーンにはP-51レシプロ戦闘機の全容が投影される。目に見えてマーヴェリックが固まるのがわかった。
美しくまとまった銀の機体。
徹底した空気抵抗の軽減を図った層流翼の形。
運搬用のワゴンが鑑定士の前で止まり、白い掛布が巻き取られるように剝がされていく。漆黒の四枚羽。ともすれば船の櫂のようにも見える、美しい四枚のプロペラが台の上に並んでいた。
ぎゅっと、痛いほどにマーヴェリックの指が腕に食い込んでくる。
「いいい
…
」
「どうした」
「なんで?! どうしてマスタングの部品が!!」
「なんでだろうな?」
「おい! ど
……
っ、どうすればいいんだ! どうしたらあれは手に入るんだ!」
「入札に参加すればいいのさ」
「お金を用意してきてない! アイス! 嘘だろ? くそっ
……
! 何が起こってるんだ!」
マーヴェリックの混乱具合に、前の席に座っていた男が興味をひかれたように振り向く。ばちっと目が合い、ガムを噛んでいた男はすぐに前に向き直った。
マーヴェリックは男からの視線にも気づかず地を這うような低音で「いいいい」と呻き続けている。可愛い。すっかり困って、すっかり弱って、それはまさにアイスが待ち望んだ姿だった。
ふと、落ち着かせるように机の下で腿を撫でてやる。
するとマーヴェリックは混乱と興奮でうるんだ瞳
――
ほとんど情事の時の目と変わらない上目遣いをアイスの真横から浴びせた。
『さて、こちらはノースアメリカン社開発のP-51航空機マスタング。航空ショーやエアレースで今でも頻繁に飛行している人気の機体です。新造された部品が愛好家たちの間で出回っていますが、こちらのプロペラは現存する二九五機のオリジナル機より取り外された、オリジナル品との鑑定結果。それでは参りましょう。二万五千ドルから!』
「三〇〇〇〇!」
「三一〇〇〇!」
声と共に次々札が上がる。オークショニアが揚々としたリズムで金額を読み上げる。
『最近では投資目的でも人気のP-51マスタングですが
――
』
「ああああいつ! 余計なことを言って
…
!」
ついに貧乏ゆすりを始めたマーヴェリックに、アイスは少し冷淡な表情をしながら言ってやった。ブルネットにキス。これは言うことを聞かせるためのキス。
オークショニアの視線は完全に自分たちに注がれていた。まあこれだけソワソワとしていたら、入札の気があるということになる。
耳元に囁くようにしてアイスは急かした。
「どうする? かわいくおねだりしてくれたら俺が落札してやらないこともないぞ」
「そんな
……
」
「ほら、いつもの顔はどうした」
「君までそれを言うのか? この顔しかないって
……
!」
「マーヴェリック
……
。お前はその顔で『買って』と言えばいいんだ、俺のために」
「
……
、きみのために?」
「ああ。男っていうのはな、好きな子におねだりされたいんだよ。四〇〇〇〇!」
札を上げて、『
……
四万!』とオークショニアが読み上げるまでには少しの間があった。ため息。舌打ち。三万一千ドルから四万ドルに飛んだことでさまざまな反応が上がる。オークショニアが左を向いて進行し続ける。
『注文入札、四一〇〇〇』
「四二〇〇〇」
オークショニアが送ってくる視線に、アイスは大きく頷いて札を上げた。「五二〇〇〇!」
『五万二千ドル!』
沈黙が訪れる。
沈黙はしばらくの間会場を支配して、全員がしっかりとまばたきをする間続いた。
誰がどんな値を書いて札を上げようが、アイスは負けない。
右腕に、マーヴェリックが縋るようにしがみ付いている状態で、負けるわけがないだろう。
『どなたか、この額を超える方はいませんか?』
オークショニアが気取った様子で言うが、沈黙は破られない。
会場にいる誰もがわかっていた。
これは勝てない戦いだと。
『五二千ドル! 売却済み!』
ついにハンマーが振り下ろされ、会場の人間たちがどっとため息を吐く。アイスもふぅと肩の力を抜いて背凭れに凭れれば、ランバンのスイングトップに身を包んだマーヴェリックが、ほぅっと、安堵というよりも感動したような表情でぽそりと呟いた。
「俺ってちゃんと、アイスの好きな子なんだな
……
」
「はぁ? 当たり前だろ
……
」
「なんか
……
、落札してもらえたことよりも、そっちのほうが
……
、えへ、ウン」
腕にしがみついたまま頬を熱くさせているマーヴェリックに、アイスは今更ぼうっとなる思いだった。
プロペラを落札出来てほっとしたのもあるのだろうが、「プロペラよりも君の好きな子である事実が
……
」と俯いているマーヴェリックが、もう愛おしくてどうにかなりそうだった。
「まったく俺は
……
」
大人げが無くて嫌になるな。マーヴェリックのことになるとすぐこうだ。でもおねだりしてほしかった。欲しい、買って、と自分に縋るしかない恋人が見たかった。俺はとんでもない奴だろう?
舞台には三十五番の商品が登場し、オークショニアがしきりに入札を促している。
「アイス、ありがとう。本当に嬉しい。帰ったら打ち上げしなきゃな
……
」
直接耳に囁いてきたマーヴェリックは、少し、照れ恥じらいながら「
……
僕のなかにね」と付け加えてアイスにとどめを刺した。
わしわしとかき混ぜる様にブルネットを撫でる。
おとなしく撫でられているマーヴェリックに愛着センサーの針が大きく振れる。
「
――
Roger」と無線に吹き込むように言ってやれば、勝気な表情が返ってきてアイスは笑った。
三十六番、ピート・マーヴェリック・ミッチェル。
海軍現役アヴィエイター。
撃墜した敵機の数は五機を超える。
誰に落札されることもなく、こうしてアイスのとなりを選んでくれた男を、自分は生涯、愛でて、愛でて、見せびらかしていくのだ。
ーー
いっそ出禁になれ。やらかし気味なアイマヴェちゃんが好きです。笑
波箱はここから
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