伊坂
Public TGM
 

あなたはともしび(アイマヴェ)

You are beacon.(あなたは灯し火)
アイスお元気アースでアイス誕です。アイマヴェ幸せに過ごして。

You are beacon.



「あっ」

 ぱちっという音と共に、浴室が闇にのまれる感じがあって、マーヴェリックは唇を噛んだ。くっそ。こういうのって予兆みたいなものがあるんじゃないのか。点滅するとか、光量に陰りが見えるとかさ。
 まさか素っ裸で髪を洗っている最中に電球が切れるなんてついてない。ついてない、とマーヴェリックは思った。わしわしと頭を泡だらけにする作業を中断し、別に中断することもないかと思ってこめかみのあたりを揉むように泡立てる。なんで今だろう。なんで少し悲しいんだろう。
 目を開く。
 覚悟よりずっと暗い浴室に口を噤む。
 手を伸ばす。
 シャワーヘッドらしきものを掴んでお湯を出す。
 温かい蒸気に包まれながら、マーヴェリックは安堵した。ほら、ほとんど見えていなくても大丈夫なものだ。流れる泡。顔に当たるシャワー。いったんお湯を止めて、コンディショナーのポンプを探す。ええと、これかな。左端がシャンプーのはずだから、こっちがコンディショナーで合っているはず。
(ほら、案外大丈夫なものだ)
 ラベンダーの香りのするコンディショナーを手のひらに出して、いつものように濡れた髪に塗り伸ばした。真っ暗な浴室で。平気でいる自分。なんでか急に滑稽だった。浴室の電球が切れただけで、なぜだか悲しくなっている自分が。
(暗い)
(暗くてシャワーが、ちょっと浴びづらい)
 それを自分以外誰も知らない。
 こんなふうに、ついてない自分を、誰も知らない。
 マーヴェリックはそそくさと浴室を出た。濡れた身体をバスタオルで包み、脱衣室の電気もつけずわしわしと髪を拭く。
 だって、誰に言うっていうんだ。ずっと独りで生きてきた。電球が切れたからって何だ。本当にどうってことはない。
 電球の予備はあったっけ。忘れないうちに付け替えておかなきゃ。こういうのは時間を置くほど億劫になるんだ。前髪から滴る水滴が、頬をつたって首筋へと落ちていく。
「おい」
………アイス」
「どうした? 大丈夫か?」
……アイス……
「おいおい……、風邪をひくぞ、ちゃんと拭け」
 ぱちっという音ともに頭上でついた電灯に、マーヴェリックははっとして顔を上げた。
 アイス。ぼくの僚機。
 呆れたような表情が間近にある。そうだ。そうだ、ぼくにはきみが……
「アイス……! 風呂場の電気が切れたんだ」
「そうか。それは災難だった」
「でも君の時じゃなくてよかった」
「それで素っ裸のまま替えの電球を探しに行こうと?」
「だって君にさせる仕事じゃないだろ?」
「お前が一人でやらなきゃいけない仕事でもないだろうに。ほら、しっかり拭け」
「いいよ、なあ、僕がやる。今日は君の誕生日だろ?」
「だからはやくそばに来いと言いに来たんだろ。身体を拭いたら髪もちゃんと乾かせ。替えの電球だな。俺が持ってくる」
 マーヴェリックは、ふかふかの、温かそうなルームガウンに身を包んだアイスに微笑んだ。深いラベンダー色のルームガウン。同じ色の、もこもこ素材のスリッパも履いてくれている。思った通りよく似合っていた。遠ざかっていくスリッパの音にも胸が熱くなる。
(明るい)
(ぼくにはきみがいて、明るい)
 愛するきみの、六十三歳のバースデー。
 そうか。ずっと独りで生きてきたけど。ずっと平気で、生きてきたけど。
(電球が切れたって、君を呼んでいいのか)
 なぜか、涙がこぼれそうになっている自分に気付いて、マーヴェリックはわしわしとバスタオルで髪を拭いた。

 ハッピーバースデーのキスではじまって、数時間後にはハッピーニューイヤーのキス。
 こんなふうに、幸せな自分を、君だけが知っている。







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