伊坂
Public TGM
 

Iced Honey(クリスマス/アイマヴェ)

これ[privatter.net/p/9488584] の少しあとのアイマヴェ。

#M右ワンドロワンライ様より お題「クリスマス」で書きました。仕事しろという気持ちとイチャイチャしてくれという気持ちが交わり仕事中にイチャイチャしてしまった……。アイスが元気なアースです。

 潜水母艦フランク・ケーブルの魚雷をしっとりと撫でるマーヴェリックは、アイスマンの目にそれは奇妙なものとして映った。
 まさかマーヴェリックを伴って、グアムアプラ港の視察に来ることになるとは。それもクリスマスが目前に迫る年の瀬に。
「妙な感じだ」
「何がです? 閣下」
「お前のその敬語」
「僕はアイスと来れて嬉しいけれど」
 兵士たちにギリギリ聞かれない程度の小声で。マーヴェリックはそう嘯き、アイスの一歩前方を歩いている。グアムの日差しを跳ね返す軍帽、フルドレスホワイト。左胸からは、アイスが左胸に提げる勲章と、ほとんど同数の勲章が垂れている。
 ただの近習のようにそばにあるマーヴェリックというのが、アイスには違和感でしょうがなかった。
 ――あれがマーヴェリック。
 ――あれがカザンスキー大将の。
 そういう顔をして目を泳がせる将校たちを、この数時間で何人も見た。当の紅顔の美壮年は、そうした将校たちの反応をまるで意に介していないようだったが。
 褪せることのないブルネット。
 空を飛び続けるために引き絞られた体。
 普段ヘルメットを被っているせいか、在るか無きかという軍帽の重みが気になって、何度もひさしに触れている。久しぶりにサーベルを佩刀するせいか、歩き出すたびに右足で蹴っているのが可笑しい。蹴ってしまっているのに、平然とした顔でバレていないつもりでいるのが。
「いっそこれを機に最側近になるか?」
「いいね」
「『いいね』?」
「そう、無理なんだよなあ。僕はいいけど、アイスが大変なことに
 僕は本当に空を飛ぶしか能がなくて、とぼやきながら、マーヴェリックは潜水艦乗りたちの敬礼に敬礼で応えていた。いつもよりちょっとだけ礼儀正しいだけで、やけに神々しくなるマーヴェリックが恨めしい。
 酷いものだぞ。普段なんかな。
 湿った南国の潮風に吹かれながら、アイスマンもまた隙なく正装した部下たちに頷きと一瞥をくれた。


 よくある話だ。最側近が直前になって食中毒になった。それでちょうど執務室に来ていたマーヴェリックに、『お前、グアムについてくるか?』などと聞いてしまった。すぐに『冗談だ』と取り消すつもりで。『お前なんかに身の回りの世話を焼かれたら大変なことになる』と言うつもりで。
 だがマーヴェリックは何を思ったか、『グアム? ああ行こうかな!』と顔を輝かせて言ったのだ。そして目の前の恋人を困らせようとして『従卒として? それともオフィサーの妻として?』と唇を歪めた。この野郎……。そんなに言うなら働いてもらおうか?
 売り言葉に買い言葉だ。
 というか、すんなりと甘えられたものだから、引っ込みがつかなくなってしまった。
 アイスはマーヴェリックなんかを連れて行ったら大変なことになるとわかっていた。世話を焼かれるどころか、自分が世話を焼くことになるのがはっきりと見えた。マーヴェリックには従卒としての経験がないのだから当然そうなる。だから誰がどう見ても、噂の『お気に入り』を連れてきた海軍大将という絵になることをアイスは覚悟しなければならなかった。
 百歩譲って、マーヴェリックを伴いグアムに降り立ったとして、連れ歩くのはやめておくのが賢明だった、はずだ。
 なのに。
 こんな欲が。自分にあるなんて。
 ドレスホワイトの身を包んだマーヴェリックを間近に見て、アイスは自分の欲を押し潰せなかった。ひけらかしたい……。この輝くような男を、そばに伴って歩いてやりたい。こんな欲望が自分の中にあることが驚きでーー、いや、いや、発露することなくずっと自分の中にあった欲だと思い直した。息をひそめて、潜水艦のようにあった自惚れ。着替えながら、アイスはマーヴェリックの首筋を吸い上げ、痕を残した。マーヴェリックはうっすらと笑い、「僕はハネムーンのつもりだから」とアイスの耳元に囁いた。そうだ。自分の『所有物』としてそばにあるマーヴェリックを、夢見なかった日はない。
 甘えられている。わがままを言われている。
 相変わらず危険な奴だが……
 気に入り一人連れ歩けなくて、何が海軍大将か。
 アイスは猫科の肉食獣のように目を細めて、美しく愛らしい自分の『所有物』に櫛を通した。


 潜水艦を出、波止場にずらりと並ぶ水兵や士官たちに敬礼をする。一歩前を行くマーヴェリックは、すぐ隣にある軍艦の艦載機を見上げて微笑んでいた。乗りたいわけだ。ピアニストがピアノを見て弾きたくなる気持ちと同じ。なんならアイスだって、戦闘機を見るたびに今でも乗りたい。
 そして次の瞬間、「あ」という顔をしている年若い水兵に気づいてアイスマンは微笑んだ。うんと首を逸らして艦を見上げているために、マーヴェリックの軍帽が今にも脱げそうになっている……。ああ、ほら……
「っと、ほら」
「えっ? あ! 悪い!」
「海に落ちたら大変だぞ。抱えてろ」
「ごめんごめん。被ってるの忘れてた」
 艶やかなブルネットから零れ落ちる軍帽を……、アイスマンは一歩で駆けよって空中で掴んでいた。軽く肩を抱くようにしてマーヴェリックに帽子を戻す。そしてその向こうでほっとした顔をしている水兵に向かって、アイスマンはもう一度微笑む。
「ハァ……。ついに連れ出したなと思われてるよな」
「覚悟の上で連れ出してくれたんだろう?」
 さらりと微笑む近習に、アイスマンは苦笑した。
 我が僚機。我が伴侶。我が『愛』にしてアイスマンの『戦う理由』――
 ハネムーンのつもりだから、とは、甘えられたものだ、まったく……
「今、」
 真夏めいた気温と湿度の中で、マーヴェリックはくるりと振り返ってアイスを見上げた。何を言い出すのかとアイスは構える。埠頭の両脇を『気を付け』の姿勢で固める海士たちが、一瞬、まぶしそうな顔をする。
「君が命じたら彼らはサーベルアーチを組んでくれるかな」
「馬鹿なことを言ってるやつのところにサンタは来ないぞ」
「もう何十年も来てないけど?」
「今年は来るさ」
「ふうん?」
「大将ともなればな、さまざまな情報が入ってくるんだ」
 前と後ろには、腕章をした広報隊。
 世にも珍しい『アイスマンとマーヴェリック』のコンビに対して、カシャカシャと頻りにシャッターを押している。
 結局、抱えているのも面倒になったのかマーヴェリックは、埠頭の終わりに差し掛かって白い軍帽を自身の頭の上に載せた。軍艦の影を抜けて、まぶしさが一層増す。
「サンタさんは何をくれる?」
「マッハ10を」
 何でもないことのようにそう言ってやれば、はっと息をのむ気配がしてアイスマンは「はは、」と笑った。

 今夜は一泊して、翌日にはサンディエゴ。
 ごほうびをちらつかされて、マーヴェリックがどんなふうに乱れ悦ぶかを知っているアイスマンは、自分もまた軍帽を被り直すふりをしてニヤけ顔をごまかすしかない。







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