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伊坂
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夜間作業室の星ぼし(真夜中/アイマヴェ)
#M右ワンドロワンライ様より お題「真夜中」で書きました。穏やかに不穏でごめんね……。
「代わる」
そう言って夜間作業室に入ってきた士官の顔に、ギョッとしたい気持ちを堪えて自分は無表情を保った。
なんで。
なんでカザンスキー少佐がここに。
「マーヴェリック」
アイスマンのコールサインを持つ我が艦のエースパイロットは、いついかなるときも『僚機』と呼んで憚らないもう一人のエースパイロットに向かってそう言った。ああ、大尉に用があってここに来たのか。しかし『代わる』とは?
「どうした? 眠れないのか」
広げる書類にペンを挟みこんで大尉は言った。
もったりと柔和な声。
午前三時の静寂に溶け込む、ダークココアのような声。
「そんなとこだ」
「寝かしつけをご所望か?」
「ああ、楽しい話をしてくれ」
「書類が終わったらな」
「なんの書類だ? まさかまた始末書じゃないだろうな?」
穏やかに交わされる会話に、なぜだか息が止まる。前髪がおちていつもより幼い印象のカザンスキー少佐と、それを間近から見つめるミッチェル大尉の顔。
見てはいけないものを見ているとわかった。
そして今し方の『代わる』の意味をようやく理解する。
今からでも、自分は退室すべきか? でも
……
。
濃く、柔らかく生え揃ったミッチェル大尉の睫毛は、夜の、限られた光源しかない狭い事務室の中で音をたてそうなほどだった。
二十人近くいる艦隊飛行士に対して、機体の整備や兵器の管理をする海士はざっと二百人。これは、たった一人のパイロットのために、常に十数人もの水兵が必要になっているということだ。乱暴な計算だが。
そんな大事な大事なパイロット様二人に、今は自分一人。しかもただのパイロットではない。実戦で、しかもドッグファイトで、敵機を撃墜した実績のあるアヴィエイターたちだ。
「手伝ってやろうか?」
どことなく甘えるようなトーンで言葉を重ねるカザンスキー少佐が、ミッチェル大尉の肩に、手を置く。腰に回される別の手。ミッチェル大尉は困るふうでもなく笑っている。頬と頬が触れ合う近さ。ひゅっと喉が鳴る。息を止めすぎていたせいで、自分の吐いた息がやけに大きく響いた。その居たたまれなさと、惨めさ。
「変わってるな」
冷たい、はずの瞳がいつのまにか自分に向かっていた。可笑しがるような薄氷の瞳。ミッチェル大尉はしれっとした顔で書類仕事に戻っている。当番制の宿直で、今日はミッチェル大尉と自分が起きている日だった。といっても哨戒任務にあたるわけではない。通信室に籠るわけでもない。何かあったときのために起きていて、頭を覚醒させて待機している。皆、大抵は滞っている事務仕事などをする。ひたすら話し相手になるだけのときもある。パイロット次第だった。ミッチェル大尉は、数少ない下士官に好意的なパイロットだ。どうしてそう言い切れるかはわからない。言われてみれば、それほど親密というわけでもない。よく日誌のつけ方を教えてくれる。航空防火技術兵とは名ばかりの、二十歳になったばかりの水兵たちをよく監督している。それが飛行士としての、もう一つの役割であるからだとも思う。けれど、多くのパイロットは、水兵たちと過ごす時間など無駄だと思っている。
ミッチェル大尉はそうではない。実力で昇進してきた上等兵曹と、この艦で誰より親密な関係になっているのが何よりの証拠だ。
上等兵曹曰く、あれほど戦闘機に愛されている人間はいない。あれほど戦闘機を愛している人間も。だから、戦闘機を大事に上手に整備できる人間にはすぐに気がついて近づいてくる。お前も気をつけるんだな。
何を。何を気をつけるというのだ。整備の腕を認められるというのは喜ばしいことではないか。しかも、海軍が誇るアヴィエイターに。
見込まれたいと思ったし、思ったからこそ自分はミッチェル大尉と過ごす時間をいつも楽しみにしていた。まだコールサインもない自分なんかの、生い立ちや好きな音楽の話に耳を傾けてくれる現場肌のパイロット。
皆、口にはしないがミッチェル大尉を好きでいる。俺たちをわかってくれる人、俺たちを磨いてくれる人と期待している。たぶん、下心のなさが好きだ。大尉はおそらく何か思惑があって若い部下たちにそうしているのではなく、戦闘機のそばにいるのがすきで、戦闘機が手入れされてゆくさまがすきで、格納庫がおちつくだけの男なのだ。その単純さがバーニーも好きだった。恐ろしいほどの単純さと情熱。そうしたものは、政治というものにうとい、若い技術兵たちの心をつかむ。
「『出てけ』って意味だったんだが」
いつの間にか、カザンスキー少佐の手にはバインダーがあった。勤務表が挟まれた黒いバインダー。そこには、本日の宿直の担当者としてミッチェル大尉と自分の名前が書かれている。少佐の美しい指先が、品定めするかのように自分の名前を撫でているのが見える。
「その、そういうわけにもいきません
……
」
「アイス。虐めるな。真面目なんだ」
「ふーん? いっちょ前にお前もお気に入りを作ったか」
「お前も気に入るよ」
少佐は、右手で大尉の左手を撫でていた。愛おしそうに。子供は何人欲しい? と婚約者に尋ねるような蜜やかさで。また、息が止まる。このまま見つめていていいのか、わからなくなって俯く。目をそらす直前、ミッチェル大尉は穏やかに笑っていた。ミルク色の肌が、ほんのりと赤く染まっている。バーニーの知らないマーヴェリックだった。トムキャットの操縦席から立ち上がって、勇ましくヘルメットを脱ぎとるマーヴェリックとはまるで別人だった。
「暇なとき、眠れないときは、夢の話をすることにしてるんだ。な? アイス」
書類仕事に一旦キリがついたのか、ミッチェル大尉は襟をくつろげて、頬杖をつきながら自分たちに言った。まるでツーリングにでも誘うかのように。
「お前が勝手に話してるんだろ?」
「アイスが始めたんだろ? あのXOむかつくとか、無能すぎるとか。俺が艦長になったらこうしてやるだとか」
「だってむかつくだろあいつ」
「ほらな」
とんでもない会話にめまいがした。高校生みたいな会話。でも夢のある会話。悪い上級生に絡まれているみたいだと思う。星のような野心を見せられて、お前の願いは? と意味ありげに嗾けられている。
「
……
あなたが艦長で、マーヴェリックが副艦長ですか」
バーニーは、ほとんどスカイダイビングに挑むような気持ちでそう言っていた。
諦めるように、だけど本当は願いを託すかのように。
声がかすれなかったのは奇跡といえる。
「おい。こいつにそんな大役が務まるか。こいつはただのパイロットだよ」
「そうさ。出来る艦長にこれ以上とない戦果をもたらす優秀なパイロット。労ってくれよ」
破れかぶれで発した言葉は、悪い先輩たちに好意的に受け止められたようだ。
バーニーの心臓はまだ激しく脈打っている。
少佐と大尉は、それぞれアイスマンとマーヴェリックの顔になって、同級生のように気安く小突き合っている。
「そういや、『代わる』と言って今までの奴らはみんな出ていったな」
「任務なのにな?」
「そうか。こうやって見つけていけばいいのか」
短く交わされる会話は聞かなかったことにする。
ミニッツ級航空母艦。
狭い、閉ざされた、夜間作業室で輝く野心の星ぼし。
「おやすみ、ピート」
しばらくして立ち上がったカザンスキー少佐は、眼下にあるミッチェル大尉の顎をクイ、と持ち上げて唇にかるく唇をぶつけた。
ミッチェル大尉はさすがにもう、もう勘弁してくれとでもいうように破顔して、「行けよアイス」とカザンスキー少佐の肩を押しのけていた。
「バーニー・コールマンだな。覚えた」
部屋を出る直前に、少佐が悪戯っぽく口にした言葉に、バーニーは瞬きながら姿勢を正した。
マーヴェリックはしれっとした顔であくびをし始める。
バーニーが『ホンドー』のコールサインで呼ばれはじめるのは、この、およそ二年後の話だ。
−−−−−−−−
入社した会社にこんな先輩方いたら「ヒィ」って悲鳴あげて辞める。
ごめんなホンドー
……
。顎クイが書きたかっただけなのにどうしてこんなことに
……
?
波箱はここから
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