明かりが灯いていない看板にクローズの札。外気でキンキンに冷やされたノブを引くと、心地良いベルの音が鳴り、燃やされた薪の温かさと酒の香りに体が包まれる。
「いらっしゃい、流石時間通りだね。」
来訪を歓迎するように両手を広げるロビンに、少し濡れて重くなったコートを差し出した。暖炉前のラックへ掛けられているので、帰る頃には乾くだろう。
「全く、雪も寒さも余りまくっておりやすね。」
次いで帽子に付着した雪を払ってから預ける。押し付けられてくせがついた前髪を軽く整えてから、指の腹でパンスネを押し上げた。
「沢山あるのは良いことだろう?」
「在庫過多は商人として見過ごせやせんね。」
「サカエ君は相変わらずだね。さあ座って温まってよ。」
皮肉じみた軽口も気にしない様子で店内へ誘われる。ヴィンテージ感のあるカウンターは、バーらしい柔らかなランプで照らされていて、どこか温かみがあった。
ふと、バーにはあまり似つかわしくない物を見つけて、その前のイスに腰掛ける。
「あ、ごめん。すぐ片付けるね。」
手に収まる程度の小さな人形。糸と針がまだ繋がっていて、指でつまみ上げると宙吊りになった。大きな角と下へ伸びた四肢は、近くある祝祭の生き物を思わせるが、少し違和感がある。
「星芒祭も近付いて来やしたね。それにしてもトナカイにしちゃ、随分とずんぐりむっくりしておりやせんか?」
胴体部分を指で押すと綿の感触がした。ザラりとした茶色のフェルト生地は、あまり高そうには思えない。人形を置いて懐に手を伸ばすと、ちょうど良いタイミングで灰皿が運ばれてきた。
「あははっそれはロフタンだよ。可愛いだろう?」
シガーケースから煙草を一本取り出して火をつけながら、言われてみればと思考を巡らせる。器用な男だとは知っていたが、裁縫の趣味があるとは。機嫌が良さそうに揺れる長い耳を眺めながら、ゆっくりと煙を吐いた。
「はあ、プレゼントですかい?」
「ううん、ツリー飾り。ここに紐をつけるんだよ。」
光沢のある金色の紐をロフタンの背中に添えて、完成予想図を見せられる。瞳の代わりに縫い付けられた小さなボタンに、照明が反射していた。
「まさか全部手作りなさるおつもりで?そこら辺で似たようなモン買った方が早いんじゃないですかねえ。」
「いや、これだけだよ。後は買ってこようと思っているし。」
「手間がかかりやすねえ、なんでまた。」
ロビンは人形をひと撫でして、カウンターの端に置くとコーヒーミルに手をかけた。豆が挽かれる耳触りの良い音が聞こえてくる。
「んー、喜んでもらえるかもしれないから?」
「そこは絶対じゃないんですかい。」
「ふふふ。まあ…こういうのは自己満足だよね。」
伏せられた睫毛の隙間から見える瞳には、愛おしさが滲んでいるようで、ああ、と納得した。数年の付き合いにはなるが、拠点を移した理由を聞いた時、この男にも特別という感情があったのかと思ったものだ。
適当な話題を行き来させるうちに、香りの立ったコーヒーとビスケットが目の前にやってきた。甘くないからね、と付け加えるあたり好みを把握されている。コーヒーを一口飲んでから齧ったビスケットは塩気が利いていた。
「さてと、君も忙しいものね。」
ロビンがカウンターの下から木箱を取り出すと、見やすい所へ置いて蓋を開けた。格子状に仕切られた狭いスペースに液体の入った瓶が収納されている。
訪問した目的のひとつであるそれを手に取り、パンスネを下にずらして確認をする。瓶を揺らすと中の液体がゆっくりと波打って、少しとろみがあるのが分かった。
「前より数が多くなっているね。私が言うのもなんだけど、頼りすぎはよくないと思うな。」
「手癖の悪い女がいるもんで隠されちまうんでさ。だもんで、実際は半分も使っておりやせんよ。」
「ふふっ優しい女性じゃないか。そもそも栄養剤は食事代わりになるものでは無いからね。」
人の良い笑みを浮かべつつ忠告をしてくるあたり、調合をした薬師としての責任は持ち合わせているのだろう。
この男の作る薬は味こそ褒められたものではないが、なかなかに効き目が良い。世に出せばそれに見合った高値が付けられる筈だが、本人がそれを望んではいない。作るのに時間がかかり大量生産が出来ないことに加え、必要以上に金を稼ぐつもりもないと先手を打たれたことがあった。
栄養剤の確認を終えると、ロビンはもう一つ箱を取り出した。先程よりもふた周りほど小さく、蓋を開けると瓶が三本入っている。
「これは前と同じ量だったね。助かるよ、こっちの方が気を使うから。持ちはどうかな?」
遮光瓶のように黒く塗られたそれは、照明に翳したところで中身を確認することは出来ない。容器に亀裂がないかだけ確かめると、問題ないという意味を込めて頷いた。
「随分綺麗なまま、咲いていてくださいやすよ。まあ…いつかは枯れちまいやすがね。ほんでもその頃にゃ、新しいモンに変わっておりやす。」
こちらも栄養剤の類ではあるが、人ではなく花用のものだ。朽ちていくまでの時間を緩やかにする、曰く時魔法を付与しているのだと語っていた。
人に使えば似たような効果は得られるのか問い掛けたことはあるが、そんな便利なものでは無いと返された。
不老長寿を夢見る人間は多い。研究をするなら資金提供も吝かではないが、不老長寿を体現しているヴィエラ族には関心がなさそうな話である。
「へえ、手癖の悪い女性?」
「まあそんなとこでさ。」
蓋をされた箱の上にずしりとしたギル袋を置く。ロビンはその口を開けることもせず、礼を言って受け取った。
信用されているのか、中身が石塊でも気にしないのか、毒気を抜かれる相手とは総じてこういう者を示すのだろうと思う。
「ああそれと。これは年の瀬なんでご挨拶にと。」
「わあ、嬉しいな。東方の文化だね。」
今年は止めにしませんか?と真面目な顔で言ってきた部下を一蹴したのを思い出す。カウンターに乗せた二つの麻袋、紐を緩めると爽やかな柑橘の香りがした。
「おや、オレンジ?東方のものかな、すごく質がいいね。」
「こっちは皮でさ、しっかり乾かしてございやす。貴方ならお使いになられるかと。」
金よりもこちらの方が喜ぶだろうと思っていたが正解だったようだ。嬉しそうに跳ねる耳を眺めながら、短くなった煙草を灰皿に押し付ける。
「嬉しいよ。私からもお返ししないとな…何がいい?星芒祭らしいものとか?」
「生憎と欲しいモンは大方手に入る性分なんで、ぱっとは出てきやせんね。それに贈る方が多いもんで。」
「ふふ、確かに君はプレゼントが上手だよね。悩むことなんて無さそうだ。」
その言葉にピクリと眉が動いたのは自覚できた。ただ動きを止めるような真似はしなかったし、気付かない者の方が多いだろう。ごく自然に少し冷えたコーヒーをのんびりと啜る。カップを下げると、端正な顔が少し近づいて、覗き込むように視線を合わせてきた。この男は気付く者だったらしい。
「いくら顔が整っていようと、男とイチャつく趣味はございやせん。」
「あははっそんなつもりはないさ。君も悩むことがあるんだなと思って、少し安心した。」
大抵の人間は金を掛ければ喜ぶ。希少なもの、美しいもの、自分なら手の届かないような高価なもの。
実際に関わってきた者の多くはそうであったし、部下に至っては金そのものを所望してくるので、分かりやすくて助かっている。それにそういった物は不要であれば金にもなる、一石二鳥というものだ。
ただ、今思い浮かべる人物に至っては、価値のある物ほど困惑した様子を見せる。平等がどうとか、カミサマがどうとか、もう慣れたものではあるのだが。いっそのこと、幾らか桁の違う大きな贈り物をして荒療治をする、というのも考えたが万が一卒倒してしまっては目も当てられない。
近い顔を払うようにして退けさせると、こちらが口を開くのを待っているようだった。こうやって人を誑し込むのがやり口なのだろうか、いつまでも待てるといった雰囲気すら感じるので、小さくため息をついた。
「なかなかどうして難しいこともございやして。金銭感覚が違うもんでねえ。」
「ふむ、なるほどね。」
そう呟くと顎に指を当て、緩く耳を動かしている。勝手に考え始めているがこちらは相談をしているつもりはないし、特に良い答えを期待もしていない。
リンクパールを起動させて、近場で別件をこなしている部下へ、終わった旨の連絡をする。ちょうど向かっている最中らしく、すぐ到着するだろう。
パールをポケットへしまうと、何か思いついたような短い声が降ってきた。
「君も作る?まだ生地あるよ。」
「は?」
カウンターの端にあるロフタン人形を指さして、さも名案だという顔をするので反射で声を上げてしまった。反応に肩を揺らして笑っているのを見ると、相手のペースに飲まれている感覚がして、どうも居心地が悪い。
「あははっ作るのは半分冗談だけど、そっち方面で攻めてみるのはどうかな?君、無意識に価値の無いものを除外してたりはしない?」
「物の価値は人それぞれだと仰りたいんですかい。そんなことは承知しておりやすよ。」
冷たいコーヒーを飲みきって、底の見えたカップをカウンターに置いた。
ご馳走様、と短く伝えたタイミングで、入口のベルが音を立てる。冷たい空気とともに毛玉のような部下がのしりと入ってきた。
「失礼いたします。」
「フジ君久しぶり。ゆっくりは…出来なさそうかな?」
軽く目配せをするとフジは何も言わずに箱を抱える。席を立ってコーヒー代をカウンターに置き、次に入っている商談に思考を動かした。
暖炉前にはコートを広げたロビンが立っている。気の利く見送りだが、男だとこうも喜びが半減するものかと思いながら、それに腕を通した。
「ねえ、今何考えてる?」
「女ならよかったと。」
長い睫毛が上下する、目線の高さはあまり変わらず、少し下。
ややあって、ツボに入ったようにお腹を押えて笑い始めたので、頭が平和そうだなと思った。直ぐに店を出たいが、帽子を人質にとられているので大人しく落ち着くのを待つしかない。
「彼女のこと考えてみなよ。もっと、今まで以上にさ。日常の些細な表情や会話とか。それで浮かんだものが安価でも、忙しい君が考えた時間はどんな高級品より価値がある筈だよ。」
帽子が解放されたので、前髪をかきあげてから深く被った。
なんとも釈然としない、使い古されたような言葉が並べられたアドバイス。こんな綺麗事も、恥ずかしげもなく自信に満ちた表情で言われると、皮肉で返す気持ちも薄れていく。
「はあ、とりあえずアドバイスどうも。」
「うん、気をつけて。フジ君もまたね。」
店を出ると雪はすでに止んでいて、まだ温かいコートからは暖炉の香りがする。
次の商談場所に足を向けながらも言われた手前、件の人物のことを考えた。
突拍子のない言動が増えた最近は、物悲しい顔が随分減ったように感じる。呆けた表情を思い出すと自然に口元が緩んだ。
その時、ふっと贈り物がひとつ思い浮かぶ。
「…いや、さすがに…今更だろう…。」
フジからの視線を感じたが、独り言であることを理解したのかそれもすぐなくなった。
物事を早く決めたがるのは悪い癖か、案外長く時間を割いて考えたことはないかもしれない。元よりそんな暇がないというのもまた、事実ではあるのだが。
長いため息が白い煙になって昇っていく、星芒祭まではまだ時間がある。逢瀬の予定すらまだ立ててはいないと言うのに、あの男の平和呆けに侵食されたのかもしれない。
「もう少し…考えるか…。」
それ故に柄にもないことを考える年があってもいいと、そう思うことにした。
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