玲緒
2021-11-04 21:03:11
1738文字
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頭痛

戦時中博士のお話。

それは遠い遠い昔の事。まだ、モンスターが地上で暮らしていた頃の話だ。

「いたぞ! モンスターだ!」
「怯むな! 躊躇うな! 女子供であろうと容赦するな! 必ず仕留めろ! 」
「逃がすんじゃないぞ!」

悲鳴と、断末魔と、狂気に満ちた笑い声とが奏でる不協和音の中、指揮官たちの怒号が飛び交う。
ほんの数ヶ月前まで穏やかだったこの街も、今ではすっかり戦火の中……唐突に始まった『戦争』と言う名の争いは、ニンゲンによる一方的な暴力に他ならない。
まるで蜘蛛の子を散らすようなその光景は、モンスターたちから見ればまさに地獄絵図そのものだ。

「追え! そっちに行ったぞ!」

兵士の声を耳にした直後、足下を小さな塊が駆け抜けた。ピリリと痺れるような痛みがふくらはぎを襲う。
目をやれば、裂けたズボンから血が滲み出ているのが見えた。どうやら塊が通り抜けていく時に切れてしまったようだ。

「何をしているッ! ガスター! 早く追わぬか!」

塵混じりの風に乗って、部隊長の怒号が聞こえた。顔を向ければ、そこには炎のモンスターと交戦中の上官の姿。

「追えッ!」

相手の剣を盾で受け止めながら喚き散らすその顔は、まるで思い通りにことが運ばず腹を立てる子供のようで、実に醜く、滑稽にさえ見えた。
何故こんなニンゲンの命令に従わなければならないのかと考えただけで頭が痛い。だが、この戦場で生き抜くためには仕方のないこと。
そう自身に言い聞かせて、私はそっと身を翻し、小さな塊が駆け抜けていった方向へと足を向けた。



塊は、丸いフォルムの……魚のような特徴を持つモンスターだった。倒壊しそうなほどに崩れかけた建物の中に追い詰められ、私に出入口を塞がれて、怯えて、ポロポロと涙を零しながらこちらを見上げている。

さて、どうしたものか。

どうやって助けるべきか。迷いながらも握った杖を相手に伸ばす。すると、モンスターは小さな体を大きく震わせて命乞いをしてきた。
助けて……と訴えてくるか細い声。戦う意思がないことは明らかだ。

……おいで」

これ以上怯えさせないよう、細心の注意を払う。できるだけ優しく、怖がらせないように……

「ここは危険だ。すぐに他のニンゲンがやって来る。このままではキミも塵にされてしまう」
……!」
「すぐに退路を作ってあげるよ。だが危ないから、まずは杖の先に乗りなさい。この建物から出るんだ」

場所を変えよう。そう促してみるものの、ニンゲンの言葉なんてそう簡単には信用してなどもらえなかった。

「イヤアァ!! タスケテェ……!」

キィィン……と、鼓膜を突き破るかのような大音量の叫び声が空気を揺らした。あまりの音に我慢できず、私は杖を放り投げ、両手で耳を塞いだ。
棍棒で叩かれているかのような痛みが頭を襲う。三半規管にも影響が出たのか、目眩と吐き気が一気にやってきて足下がぐらつく。

「いっ……た、頼むから、大きな声をあげないでくれ……!」
「イヤあぁぁー!」
「ッ……!」

声をかければかけるほど、モンスターの声は大きくなった。

頭が、割れそうだ……

どうにか泣き止ませないと、と思った直後、四方八方から地響きのような振動が伝わってきた。
目眩とは違う足下の揺らぎに血の気が引く……

崩れる。

直感的にそう理解して、放り出した杖を拾い上げて、モンスターへと差し出した。



飛び乗れ! そう叫んだその言葉は、相手の耳には届かなかった。
届く前に、超音波によって倒壊した家屋の下敷きになってしまったから……



……

瓦礫の山と、舞い上がる少量の塵を前に、立ち尽くす。
幸いにも、出入口に近いところにいた私は瓦礫の下敷きにはならずに済んだ。だが、目の前の小さな命は……

……私が、追い詰めてしまったのかな……

もう少し、立ち位置を変えてさえいれば助けられたのだろうか。
もしも、あの時モンスターの口を抑えて声を封じていたならば、倒壊を防ぐことはできたのだろうか。
……なんて、今さら考えたところで無駄なこと。
散った命は、もう戻らない。

……痛い、な……

鳴り止まない悲痛な叫びが、頭の中で木霊する。