玲緒
2021-11-01 16:49:30
2925文字
Public
 

無題

戦時中博士の妄想。書きなぐったものだから、後日書き直してpixivに上げ直します。

手負いだからと、油断した。ただ逃がしてやろうとしただけだったのだが……敵が目の前に迫ってくれば、そりゃ、怖くもなるだろう。怯えて攻撃してきたとしても不思議ではないし、そもそも攻撃される可能性を見落としていた自分が全面的に悪いのだ。
いくらモンスターが愛や希望や優しさで構成されている生き物だからと言って……いや、希望を捨てずにいるからこそ、なし得た事だったのかも知れないと、傷を負った今ならそう思えた。



……はぁ……流石に、痛いなぁ……

逃げ込んだのは、袋小路。壁に凭れて座り込み、黒服の男は小さくため息をもらした。
脇腹を抉る勢いで放たれたモンスターの子の魔法……生き延びようとする強い意志が込められたその攻撃は、人間である彼に深い傷を負わせた。子供の放ったものとは思えぬほどの強い衝撃波……ガードが間に合わなければ、貫通していたかもしれないほどに強く鋭いその攻撃には、相手の生きたいという強い意志が込められていた。

……死にたくないのは、彼らも同じ……だよね」

じわりと衣服を赤く染めていく傷口を強く押さえて、ため息をひとつ。簡単な治癒魔法でも覚えておけば良かったなと思ってみても今さらだ。
出血を止めるためにも、少し焼くしかないのかなぁ、などと呑気な事を考えながら手元に魔力を集中させる。だが、不意に何者かの足音が聞こえてくるのがわかって身を竦ませた。慌てて顔を上げて、周囲を警戒する。
カシャン、カシャン……と、鎧がぶつかり合って音を奏でている。それが少しずつ、着実に、近づいてきていた。

誰かが、こちらに向かってきている。

……

今は戦の真っ只中。独断で単独行動を続ける彼の傍に仲間は居ない。故に、傷を負っていることも、袋小路に迷い込んでいることすらも、人間たちには伝わっていない。

だとすると……この甲冑の音は、誰のものだ……

疑問を抱きはすれど、不思議と恐怖は感じなかった。
徐々に近づいてくる金属音を耳にしても、その姿が巨体の持ち主であるとわかっても、赤い三叉槍(さんさそう)を構えたモンスターであると知ってもなお……恐いとは、思わなかった。

「これはこれは……モンスターの王である貴方が、なぜ……このような場所に、おひとりで……

創傷を抑える手を解き、両の手のひらを肩の位置で翻してみせる。もちろん、傷口を焼こうと組んでいた魔法も解いて、魔力も霧散させて……
モンスターの体は愛と希望と優しさ、そして魔力で構成されている。故に魔力の増減や動きにとても敏感なのだ。
戦う意思がないことを示すためには、こうするしか方法を思いつかなかった。
抑えがなくなった創傷から、再び血液が滲み出る。じわじわと意識を蝕む傷の痛みに冷や汗をかきながら、彼は、じっと王の返答を待った。
モンスターの王は「……少し、ひと探しをね」と告げると男の脇腹へと視線を向けた。そして三叉槍を地面に突き立て、そのまま置き去りにして男へと近づいてきたのだ。
突然の行動にびくりと体が跳ね上がる。急に力がこもったせいで、ぶしゅっと小さく音を立てて、脇腹から赤い体液が吹き出した。
鈍い痛みに頭がクラクラする。ゆっくりとこちらへ伸ばされる獣の手に気が付いて、咄嗟に死を覚悟し、目を閉じた。
じわりと染みを広げる衣服の上に、白い体毛に覆われた大きな獣の手があてがわれる。
このまま、傷を抉られるのだろうかと思っていると、魔力が集まっていく気配と共に、触れられた箇所がじんわりと温かみを帯びていくのがわかった。

「!」

この感覚には覚えがあった。
これは、魔術師たちもよく使う、傷を癒す魔法と同じものだ。

「さきほど、ニンゲンに遭遇したというモンスターから話を聞きましてね……貴方を、探していたのです」
……?」

どういうことだろう、と内心首を傾げる。
交戦したとの報告があったのであれば、なぜ、とどめを刺さない? なぜ、敵である自分を治療する? もしや、自分は捕虜としてこのモンスターに捕らわれるのだろうか……
様々な疑問や仮説が心の中で交錯する。顔に出ていたのか、はたまた心が読めるのか……目の前にいるモンスターの王は答えるように口を開いた。

「みのがそうとしてくれていたのに……驚いて放った弾幕のせいで大怪我をさせてしまった。きっと何処かで苦しんでいると思うから、どうかあのニンゲンを助けてあげて欲しい。そう、頼まれたのです」

そう言って、王は柔らかく表情を緩ませた。その表情は、敵に向ける物とは思えないほどに慈愛に満ち溢れていた。
愛と希望と優しさでできているとは聞いているが、まさかここまでとは……

「さて……こんなものでどうだろうか」

あてがわていた手が、ゆっくりと離れていく。治癒術はあまり得意ではなくてね……と困ったように笑うモンスターの王。応急処置程度にしかできなかったとは言われたものの、出血も治まり、さほど痛みも感じなくなった。これなら、なんとか自力で戻ることができそうだ。

……助かり、ました……モンスターの王。これなら自分の足で戻れそうです」
「そう、それはよかった……っと、ちょっと待って」

簡単に礼を述べて立ち上がったその時、モンスターの王はどこから取り出したのか、指先で小さな巾着袋を摘み上げてこちらに差し出してきた。

「あの子から預かってきた。モンスターあめが入っているよ。舐めながら帰るといい」
……?」

何だそれは、と首を傾げると、彼は笑って体力を回復してくれる飴だよと言いながら巾着袋を握らせてきた。
つくづくお人好しなモンスターの王に目を丸くする。敵である自分の傷を癒しただけでなく、回復薬まで持たせて、自陣へと戻ろうとしている自分を、見逃そうとしてくれている。

どうして、モンスターという生き物は相手に対してこんなにも優しく接してくるのだろう。どうして……こんなにも優しい種族を、自分たちは異形のものと畏怖し、排除しようと躍起になっているのだろう。

同じ人間のはずなのに、人間たちの考えていることが、理解できない。

「部下が大通りを見張っていてくれている。今なら他のものたちに気付かれることなく移動できるはずだよ」

さあ行きなさいと、大きな獣の手に背を押される。促されるままに数歩歩いて……振り返った。

「モンスターの王よ……その……名を、聞いてもよいだろうか?」

黒服の男の問いかけに、白い体毛に覆われた巨体がこくりと頷く。

「私の名は、アズゴア・ドリーマー……貴方の名も、聞いてよいだろうか?」

問いを返されて、男も頷いた。

「私は……Wing.dings.Gaster……周りからはガスターと呼ばれている」
「ガスターくん、か。いい名前だね」
「貴方の名前も、よい響きですね……アズゴア殿」


それから二三言葉を交わして、ガスターはアズゴアの元を去っていった。
以後、この出来事をきっかけにして、ガスターは少しずつモンスターへの理解を深めていき、こっそりモンスターの集落へと足を運んでは、アズゴアとの交流を深めていったのだった。