夜も更けて、そろそろ日付も変わろうかという頃。最後の客を見送って、店のかけ看板を『CLOSE』に切り替えようとカウンターを出た店主の頬の炎を、雪国特有の冷たい風がくすぐった。カランカラン、というドアベルの音と共に扉が開き、外から青いパーカーを着込んだ人物が入ってくる。
「よぉ、グリルビー」
まだ平気? と尋ねてくる背の低い客に、グリルビーと呼ばれた炎のモンスターは、逡巡してから頷いた。
「悪いな、こんな時間に……」
「気にするな」
いつものカウンター席に座って少し困ったように笑う常連に首を振る。閉店間際に来るのはそう珍しいことでもないし、彼……サンズなら、駆け込みで来られても別段嫌だとは感じなかった。
いつものように「なんでもいいか?」と尋ねてみる。尋ねれば、彼は大概「いいぜ?」と返してくれる。まあ、なんでもと言っても、彼の飲む酒は決まっているから出すものはだいたいいつもの物になるのだが。
「んー……」
しかし、今日に限って、彼は少し悩むような素振りを見せた。それから上目遣いにこちらを見上げて、言いにくそうにしながら、とある酒を注文してきた。
オレンジ、ブルーベリー、ラズベリーに、イチゴ……指定されたこれらのフルーツをカットして、大きめの容器に入れて砂糖とよく混ぜ合わせる。
合わせたら、それらを用意した二人分のグラスに均等に分けて入れ、赤ワインを注いで、最後にシナモンスティックを刺してからサンズの前に静かに置いた。
「……これで、いいのか?」
「あぁ、良いらしいぜ? ありがとな」
ニコリと笑ってグラスを手に取るサンズを見てから、改めて自分で作った酒を見る。砂糖とフルーツを混ぜたものにワインを注いだだけのシンプルなもの。今まで作ったことのないそれは、赤ワインとベリー系の酸味とフルーツの香りが相まってとても良い香りを放っている。
シナモンスティックで軽くフルーツをかき分けてから、サンズはそっとグラスに口をつけた。ゆっくりとワインを口の中に流し込み、味を堪能する。
「ん……けっこう飲みやすいな、コレ」
「初めて飲むのか?」
「あぁ。知り合いに教えてもらってさ……今日はこれにしようって決めてたんだ」
そう言って、また一口……この口振りからして、彼もこの酒を飲むのは初めてらしい。
自分用にも用意した酒を前に、グリルビーは疑問に思っていたことを口にした。
「私も初めて作ったのだが……なんと言う酒なんだ?」
言われたフルーツを適当に見繕って、ワインを組み合わせただけのシンプルな酒。簡単に作れるが、今まで誰も注文してきたことのないこれは、カクテルレシピの本にも乗っていなかった。
「これか? これはな……」
尋ねられた常連は、その質問を想定していたように笑みを深くした。
「サングリアっていうらしいぜ?」
「サングリア?」
名前を教えてもらっても、やはり聞いたことのない名前だったし、彼は今日はコレ、と決めていたと言っていた。
「……なぜ今日はこの酒と決めてきたんだ?」
「ん? わかんねぇかな」
クスクスと笑う彼に、グリルビーは首を傾げた。
「日付変わっちまったけどさ、友人曰く3月9日は、サンズとグリルビーの日らしいぜ? だから"サングリ"ア……なんてね」
「……」
単なるダジャレか、と思わずツッコミを入れてしまったが、当の本人は楽しそうに笑っていて悪びれた様子もない。
「まあ、いいじゃねぇか。ほら、アンタも飲みなって。美味いぜ?」
そう言って、カウンターに置かれたもうひとつのグラスに視線を送るサンズに促される。
渋々と言った様子でグラスを手に取り、ワインを口に含む。ほどよい酸味と甘さを口内に残して、ワインは己の体温で気化していった。
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