sevendays23
2022-10-10 17:48:25
9166文字
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書きかけ



「クラッチ!!」

近づいてきた料理人に、考古学者が焦り関節技をきめた。緩めにかけてしまった、と思う程、料理人は素早く立ち上がった。
船長が、考古学者を庇うように追撃する。


ゴムゴムの!Jet銃!!」


船長は、料理人に容赦なく拳を振るった。
しかし、身体を庇う仕種も、避けようとする動きも一切ない。
船長の音速の拳は簡単に料理人を捕らえる。マストが、サニーがぎしぎしと泣いた。


何で、よけねぇんだ?」


船長はふらっと立ち上がる料理人に唖然としながら尋ねる。しかし、彼はニッと苦しそうに笑って、答えない。
狙撃手は、あまりにも奇妙な男を試すことにした。ゆっくりと、避ける間を与えるようにかばんから玉を取り出す。


「か、火薬星っ!!」


火薬玉が宙を割き飛んでいく。
よけるのに、十分すぎる時間はあったのに、料理人は爆炎に包まれた。


……なんで?」


狙撃手がパチンコを取り落とすのを見た剣士が舌打ちし、火薬玉をまともにくらって立ちすくんだ彼に、剣士が刃を光らせ駆け寄った。


………!」


刀の峰が料理人の肩に突き刺さった。無抵抗の彼は、簡単に吹き飛んで、甲板に、2、3回と転がった。そこに容赦なく音楽家が瞬間的な斬撃を加える。だが、刀を仕舞う鞘は震えていた。


傷口から、血が吹き出す。料理人は、何とか起き上がった。立ち上がろうとすれば、


「次は首をとる」


研ぎ澄まされて光る刀を首につきつけられていた。それでも、無抵抗で、笑っている。剣士は内心苛々しながら、刀を突き付けていた。


――何で、こいつはこんなに……無抵抗なんだ


船員の様子はずっとおかしいまま。


――やっぱり、従わなきゃダメか。


料理人は、剣士の刀を左手で払うと、左手で刀傷を押さえながら歩き出した。


……わかった」


鋭く睨み付けてくる彼等は、いつもの彼等ではない。だが、料理人にとっては仲間だということに変わりはなかった。


傷つけられようが、睨まれ追い出されようが。彼等は加害者ではない。むしろ、記憶を消され彼を追い出し傷つけるよう命令されている被害者だ。


――もう、これしか手はねぇ。


料理人は深呼吸して、傷口から手を離した。


「出ていきゃ、いいんだな」


料理人は精一杯笑みを浮かべた。不自然で、身体も震え、目も心なしか潤んでいる。身体中の痛みで気絶しそうだ。
でも船長達が記憶を戻した時のことを必死で考え、そうせざるを得なかった。


――悲しい離れ際を思い出したら、辛ェのはあいつらだ。


料理人は彼自身に言い聞かせながら、不自然な笑顔を保ったまま、一歩、また一歩と船長達から離れた。


しかし、この笑顔は料理人を敵としか見なさないはずの船長達の心に妙に焼き付いた。彼等は、なぜか見知らぬ、傷つけ追い出すべき男の辛そうな微笑みに、心を痛めた。


「おい……お前?」


船長が離れていく料理人に向かって声をかける。彼は下がるのをやめない。彼の背には、荒れて波がうねる海。


「あ、危ないわよ


航海士自身何故こんなことを呟いたのかわからなくなった。自然と沸き上がる感情が作られた憎しみの感情を打ち消したのだろうか。


だが、その時、


一筋の強風が吹き荒れた。


船長の麦わら帽子がふわりと空に舞い上がった。


…………!!」


料理人は反射的に飛び上がり、帽子を掴んだ。船長に返そうとするも、強風に煽られて、料理人は勢いよく海に落ちた。


海は変わらず大荒れ。
船長の顔がさっと青くなった。


「サンジィ!!!!」


紡いだ名に船長ははっとなった。
何故、あの殺すべき男の名を帽子より先に――
海に駆けるが料理人の顔は海上には上がってはこなかった。船は波に煽られ、右へ左へ揺れている。


「ルフィ!!帽子は後で探しに行きましょう。とりあえず、ここから離れるわよ!」


船長は、悲しげに、混乱して、海を見つめた。


その30分後。


船長達が到着する予定の島に、一人の人間が流れ着いた。


仲間にボロボロに傷つけられた料理人は、その場から動くことが出来なかった。いや、もう動かなかった、という方が正しいのかもしれない。


見つけました」


「計画通りだな。そろそろ奴らの記憶と操りを戻そう」


怪しい男の姿が空を隠すように、料理人の眼前に現れる。首をぐっと掴まれたが、苦しげな息の小さな音がするだけ。


くくくこの傷では、そうもつまい」


ポケットからは、麦わら帽子が少しはみ出していた。





「帽子泥棒出てこい!!」


島につくなり船長が強く大声で叫んだ。だが、走りながら船長が案ずるのは帽子か、それとも。


見つけりゃわかるさ」


船長はもやもやを振り払うよう辺りを見渡した。広い広い森が前に広がっていて、探すのには手間取りそうだった。



………111、112……


剣士はダンベルを振り下ろしながら落ち着かない気分だった。今日、あの男の肩を斬った時、不快な気分が彼を襲った。刀に迷いが出たように、峰打ちとしていた。


………修業不足か」


剣士は振り払うようにダンベルをふるい続けた。


……みかん畑に水がやってあるわ」


航海士はじょうろを持ってみかん畑の前に立っていた。みかん畑は自分一人で世話してたはずなのに。
ふと、海を見つめる。今の海もさほど穏やかとは言えない。彼女の心と同じように。


「なんなのよ、あいつ


航海士は苛立って、座り込んだ。


…………………

狙撃手はずっと甲板でへこんでいた。あの男が言った、


「おれはお前らの仲間だ」


と船長が怒鳴った、


「お前なんか仲間じゃねぇ!」


が交互に頭に響いていた。いったん一味を抜けた時、自ら吐いた言葉とは真逆。吐き出され否定された男。何とも嫌な気分だった。


「けがさせちゃった」


……そうだな」


はい」


心の中がもやもやする船医は音楽家と船大工の隣に座っていた。3人の脳裏に焼き付くのは攻撃した時の男の人一倍悲しそうな顔。


「あいつ知ってる気がする」



考古学者は一人キッチンに入っていた。綺麗に磨かれた流し台、テーブルが目に入り、鍵付き冷蔵庫が目に入る。仲間にこれほど丁寧に管理する者が居ただろうか。


……あの人は


料理人という単語が頭から離れなかった。





……絶望に苦しめ』


……ん?」

船長が船に戻って来た瞬間、サニー号は光に包まれた。船長達が眩しさに目をおおった。


頭の中に駆け巡るのは――
料理している姿、戦う姿、笑顔――


「サン?」


船長はぽつりと呟いた。ぶわりとそれは船員の頭の中に広がっていく。


今頃思い出してしまった、仲間として。


次に、一味の脳裏に焼き付いてまた流れていく記憶は、辛そうな仲間の顔。それを殺そうとした自分達。追い出してしまったという事実。


……お前なんか』


頭の中で船長自身が吐き捨て怒鳴った声が響く。


「止めろォ!!やめてくれェェ!」


誰かが叫ぶも記憶は流れるのをやめない。


『おれはお前らの仲間だ!』


彼のこの言葉をどうして信じてあげられなかったのか、揚句の果てに、



『お前なんか仲間じゃねぇ!』



『出てけ侵入者!』


『この船に料理人なんていねぇ!殺してやる!』


吐き出される暴言の嵐。


『火薬星ィ!』


『次は首を取る』


『ゴムゴムの銃!』


無抵抗の相手への攻撃。そして


……わかった出ていく


人一倍辛そうな顔をして傷を押さえながら海に飛び込もうとする彼は、潤んだ瞳ながらも無理な笑顔を作っていた。


船長達の目にその表情が焼き付き、感傷的な気分にさせた。


『おい……お前』


船長がなにかを言いかけると帽子が舞った。彼が飛び付いてキャッチしたものの、海に落ちて流されていく。



――記憶の流れが止まった。



当たり前だ、辛いに決まってただろう?
無抵抗に決まってただろう?優しい彼は、そうするしかなかったんだ。


彼等をこれ以上、傷つけない為に、彼自身が出ていくという方法をとるしか。


最悪の形で追い出してしまった


何てことしたんだ仲間に」


音楽家の重い一言が漏れ、悔いていた狙撃手の顔がさらに暗くなった。皆、後悔に沈んでいた。

「何で、もっと早く気がつかなかったんだ!!」


……傑作だ』


誰かの笑いも呟きも一味には届いていなかった。絶望感にうちひしがれた一味には言い訳の言葉すら出なかった。


……ザンジィ


船医がたまらず泣き始めた。狙撃手はすでに涙を零し始め、航海士の瞳も潤んでいた。


剣士は無言だったが、刀の鞘が震えていた。音楽家も船大工も何も言えずただ黙って立っていた。


「いまさら、どの面さげて謝りに行きゃいいんだ


誰かか呟くのを遮るかの如く、ある男が静かに、言葉を紡いだ。


……よかった、サンジが仲間で、帽子を持っててくれて」


船長の言葉にはっと暗い顔をあげる船員達。あと一度、彼と会えるチャンスがあることに彼等は気がついた。

料理人が、船長が大切にしている帽子をもったまま、去っていくはずがない。3人は慌てて目をこすりぽつりぽつりと言葉を零し始めた。


サンジに謝ろう


「帽子返してもらわなきゃいけねぇし


……許してくれるかしら」


皆の顔が少しずつ明るくなり始めた。


……わかってくれてるわよ、コックさん」

キッチンに居た考古学者が手紙を取り出した。冷蔵庫の中に隠してあったのを見つけた。船長が、そっと手に取り開く。


『船長命令で一旦船を下りる。迎えに来たきゃ、来てくれ。追い出したこと落ち込むな。ぐだぐだ悩むのは、お前ららしくねぇ』


「馬鹿ね


航海士がぽつりと呟いた。最後の最後まで皆の心配をしている優しい料理人。


「なんて優しい奴なんだ、ぢぎじょー!!」


泣きわめく船大工をよそに剣士が手紙を見てニヤリと笑う。


「どうする船長?」


「決まってんだろ!サンジに船長命令しにいくぞ!」


船長の言葉に皆一様に頷いた。
だが、その決意を遮るかの如く、また不快な声が響いた。


興ざめだ。絶望にうちひしがれる一味をもっと見たかったのに


「誰だ!お前!」


「残念うちの一味なめてもらっちゃこまるのよ」


「あなた私達の記憶を奪い、コックさんに攻撃するよう仕向けた人ね」


考古学者の言葉に、男が不快そうに答える。


残念だ、でもこっちにはまだ切り札があるのだよ』


「切り札ぁ?」



『君達が追い出した仲間どこにいると思う?』



船長達の顔がさっと青ざめた。航海士が震えながら、呟く。


……サンジ君をどうしたの?」


『その青ざめた顔、いい』


「質問に答えろぉ!!」


……森の、奥の洞窟だが。今更、仲間なのか?』


男の言葉に顔を青くして怯んだ一味。だが、それを吹き飛ばすように船長が叫んだ。


「当たり前だァ!!」


船長はすぐに船から飛び降りて駆け出した。狙撃手や船医もあとに続こうとしたが、剣士が首を振った。


船長命令をして仲間を迎えることが出来るのは一人だけ、というように。


一味は不安げにそちらを見遣る。


……間に合うかな?ククク


不快な声はそこで途切れた。




暗い暗い闇の中。傷つき切った彼が、そこに横たわっていた。瞳すら開けず、ぼろぼろで傷だらけのまま、冷え切った洞窟に横たわる。寒い、息苦しい、辛い、痛い。負の連鎖が彼を襲うが。


――あいつらは、何も悪くねぇんだ。


咄嗟に口元を緩ませ、残った意識を全て手放した。


―――――



「ハアハア迷っちまった」


暗闇の洞窟に、黒髪の青年が突入してきた。闇の中に目を凝らしながら連れ去られた仲間を捜す。


「どこだ!?サンジっ!!返事しろっ!!」


船長が必死で喚くと、瞳に何かが映った。闇の中でうっすら光ったさらりとした金色の髪の毛。まさか、と船長は近づいた。
彼の顔は焦りと不安で壊れそうだった。


………!」


船長は仲間を見つけた。膝をついて、倒れた仲間を強く抱え揺らす。そうすれば手の平にべったりと纏わり付く紅の液体。顔が真っ青になる。ふと、首筋に残る自身の拳の痕を見て、胸が張り裂けそうになった。


「サンジっ、しっかりしろ!!」


何度揺らしても、瞼を開こうとせず、ぐったり身体を伏せたまま。ぴくりとも、動かない。身体が、奇妙なくらいに冷え切っている。
その中で、船長は気付いた。


彼の口元が緩んでいることに。


「またごまかしてるのか?」


自分の命が危ないのに、また仲間達のことを気遣う優しい料理人。
船長は拳を強く握りしめた。


……バカ野郎!」


船長は、歯をぐっとくいしばると彼が生きていることを信じ、腕に身体を抱える。料理人の身体から、赤い血が船長の腕にだらりと流れた。


「死ぬなよ!!サンジっ!!謝ってねぇし船長命令してねぇんだからな!」


船長は、洞窟の中から飛び出した。





「ルフィが帰って来た!」


船医が甲板から叫んだ。船長は料理人を背に担いで慎重に走っている。甲板につくなり、彼は大声で叫んだ。


「チョッパー……サンジ動かねぇ!!どうしようおれ!!」


慌て青ざめる船長を船医が宥め、血まみれの料理人を引き取る。その姿に、航海士達ははっと息を呑み、ずきりと心が痛んだ。


――思った以上に酷く、辛い思いをさせてしまった。


「チョッパー……!」


いつもは彼に対して自信たっぷりの船長が心配で大きく揺らいでいた。受け入れたくない事実が、繰り返し、繰り返し、頭の中に巡っていて。それに重ねるように、仲間への心配が思考を包んでいる。船医は、そのごちゃごちゃの想いに答えるように泣きながら頷いて、


「ぜっだいだずげるっ!!」


船医は涙を流しながら冷え切った料理人を抱えて医療室に入っていき、鍵をかけた。仲間の血に塗れた船長は、どさりと甲板に座り込む。


「ルフィ?」


「サンジ、また、笑ってた」


「え……


頭の中に、あの映像が過ぎり、一味の顔から血の気が引いた。


「おれ達のせいで、身体傷だらけで死にそうなのに、笑ってたんだ


船長の背中と言葉が震え、一味の顔がまた青くなった。





何時間が経過しただろうか。彼等が甲板で一言も漏らさず座り込む中、医療室のドアがようやくキィッと開いて、船医が姿を現した。


「チョッパー!サンジは!?」


船員達は慌てて船医に近寄った。船医は、静かに呟く。


「治療出来た。自然に目が覚めるまで時間がかかるよ


「でも……また元気になるってことか?」


「う゛ん……


……よかったぁ


船医の言葉に、船長達は一安心して甲板に倒れこんだ。そして、謝罪は料理人の目が覚めるまで当然持ち越しになった。


―――――

ようやく辺りが真っ暗になっても、料理人は目を醒まさない。包帯をぐるぐる巻かれて、ぐったりと寝込んでいるだけ。
それだけ酷い怪我をさせたのだろうか。
それだけ疲れさせてしまったのだろうか。


………


船長はただただ医療室に座っていた。


「メシ」


剣士が静かに医療室に入って来る。温かい湯気がたったスープと、チキンピラフは航海士が作ったものだった。


「サンキュ!」


船長は慌てたようにニッと笑って、机におぼんを置いて食べ始めた。


「まだおきねぇのか」


「うん」


剣士の言葉にチキンピラフをもごもご食べながら船長が答える。剣士は料理人を見つめ、静かに呟いた。


「気にすんなよ」


「ん?」


「コックなら多分そう言うだろ」


剣士が顎で料理人を指しながら言えば、船長は口からスプーンを引き抜いて、


「気にしねぇとダメなんだ。じゃねぇと、割に合わねぇ」


「どういうことだ」


「サンジを大怪我させて、あんなに辛い思いさせたのに、おれ達が何もしないでへらへらしてたら割に合わねぇだろ」


確かに」


剣士は酒瓶を取り出して、口につけて飲み始めた。


「ゾロもちゃんと謝れよ」


……わかってるよ」


剣士は船長のグラスに酒を注いだ。瓶とグラスがぶつかる音が静かに響いた。






……………


次の日の深夜、料理人はそっと目を覚ました。身体は痛みに縛られて動けないが、必死に起こす。包帯があちらこちらに巻いてあり、さらに身体を動きづらくしていた。揺らいだ視界に入るのは、木の部屋と、狭い医療室にすやすや眠っている仲間。はいりきらなかったのかキッチンで眠っている者もいた。


……帰って来れたのか?」


料理人は、呟きながら傷ついた右腕をゆっくり動かすと、ズボンのポケットの中に何か、藁のようなものが入っていた。


「おれより1番にこっちを心配するだろ普通」


料理人は、温まった麦わら帽子に触れながら、静かに呟いた。
船長の約束の麦わら帽子を持ったりかぶったり出来るのは、仲間だけ。


……仲間、だけ。


もう出ていけなんて言わねぇよな?」


船長達が自分だけを攻撃し、追い出した。
あんな思いをするのはもうたくさん。
でも、船長達がまた記憶を弄られていたら?
また、追い出されたら?
料理人などいないと言われ、また


一端マイナス思考に走り出した考えは、なかなか止まりはしない。


おれここに居ちゃまずいんじゃねぇか?」


料理人は身体が震え出したのに気がついた。居場所がなくなる感覚をまた体験する。
たった今、帰ってきたばかりなのに。ここに居ていい、身体はわかっているのに。


でも、もし。また仲間が彼を忘れ傷つけ始めてしまったら、また戻ってくる度に自分は仲間を傷つけてしまう。でも、今の温かい居場所は失いたくない。矛盾した考え。


……どうしろって言うんだよ


回らない頭を抱えてふらふらしながらベッドから抜け出し、医療室のドアに向かう。
ぼんやりとした月明かりに吸い込まれるように、一歩、また一歩と。虚ろな目に、月明かりを点して。


「あぁ、そうか……


料理人は歩み出しながら、一つの考えを見出だし、呟いた。


ごくごく単純な考え。


彼を痛めつけ、仲間に迷惑をかけている男を今すぐ、一人残らず、蹴り飛ばしてしまえばいい。


たった、一人で。


どこがアジトだ?」


身体が、重みを帯びて悲鳴を上げている。息が、明らかに荒れている。目の焦点ですら、まともに合わない。サニー号から降りるのですら、やっと。心も身体も全部全部ボロボロだ。


だが、マイナス思考が染み付いた今の彼に頼れる者は誰一人――


「もう、やめろ!!」


地面を歩きだした途端に正面から誰かに抱きとめられる。痛みでふらつく身体が、優しい温かさを覚えた。


「もう、そうやって、おれ達の為に、お前だけが苦しむのやめろ!!」


フィ?」


聞き覚えのある声。だが、その声はいつもと違って。


「ごめんなサンジ!!」


「おれがすぐあいつらぶっ飛ばしてくるから。おれ達はもう、お前を忘れたり、大怪我させたり、しねぇから!」


「今はもう頑張らなくていいんだ!」


船長は、ぎゅっと料理人を抱きしめた。力強い腕は、彼にここに居ていい、居てくれと肌で示してくれているようで。


料理人は、マイナス思考から覚め、船長に身体を委ね笑う。


お前も……苦しいんじゃねぇか」


……


「人のこと棚に……あげやがって


船長の瞳から、隠してもわかりやすいくらいにぼろぼろと溢れ出す大粒の涙。料理人は、背を包帯だらけの痛む腕でぎこちなく叩いてやる。


「おれは……もう気にしねぇ」


「ごべん


「お前らみんな……おれを……覚えてんならいちいち気にしねぇから……


「ごべんん!!」


「もう……泣くなみっともねぇ……


唇を噛んで、船長は溢れ出す涙を堪えようとしたが出来なかった。辛い思いをいっぱいいっぱいさせたのに、責めることなく荒い言葉で許してくれる仲間の優しさに。


「みんなおまえにあやまりでぇんだ


ん」


「はやぐけがなおじでほじいんだ


おう」


「かえっできで……ふねにいでほしいんだ!」


船長命令か?」


……せんぢょうめいれいだ」


しゃっくりあげながら言う船長に、料理人は口元を緩めた。ポケットから麦わら帽子を取り出し、静かにかぶせる。


了解」


船長にぎゅっと押し付けながら、優しく笑ってやる。


「だから、見苦しいその鼻水……早くしまえ


わがっだ


ぐいっと涙を腕で振り払って、船長は料理人を真っすぐ立たせた。


「おれいぐっ」


ん」


「サンジは、あったかいベッドに、居るんだっ!」


……


居ろっ!!」


共に行くと言ってもお荷物になると料理人はわかっていた。だから、


「じゃあおれの……分まで殴り飛ばしてきやがれ


「当だり前だっ!!」


料理人が船長の背をとん、と押せば船長は駆け出した。駆けて駆けて、船長が闇に溶け込んだ後、料理人の表情に笑顔が浮かぶ。


ったく


ぐらりと視界が揺れる。


「世話が……焼ける……


甲板に崩れ落ちた身体を、力強い腕が掴んだ。小さく息をつき、気を失った身体を腕の主が抱える。


お前もだ」


低い声と共に、三連ピアスが夜風に靡いた。