今日は、麦わらの一味が外食に出る日となった。船番は料理人だけ。ここは危ない島ではないようだし、彼は昨日買い出しを済ませていて、保存食を作ったり、レシピを書いたりしたいということで、船に残るとのことらしい。
「うまそうな店もいっぱいあったぜ、楽しんでこいよ。レディたちは困ったことがあったら駆けつけるからぬえー!!!」
そう言っていつもどおりくねくねと踊って、料理人は彼らを送り出す。船番だというのにご機嫌だ。なにか特別な仕込みでもするのだろうか。
「じゃ、せっかくだから、何が美味かったかサンジに教えてやろうぜ!」
狙撃手のそんな提案に仲間たちは頷き、おのおのの目的を果たしに向かっていくのだった。
――――
「……困ったわ」
考古学者は、悩んでいた。ここにはたくさん飲食店がある。間違いない。けれど、一体何を食べたらいいのかがかわからないのだ。いつもなら仲間が食べたいところに合わせるし、料理人がおれに任せてと選んだ店はなぜか自分の舌にあっていたということが多くて、一人で店を選ぶという経験が減っていた。そもそも一人でいるときは、ただ空腹を満たしたり、調べ物や潜入のために店に入るということばかりだったため、どこが美味しいとか何を食べたいとか思うことがあまりなかったのである。
「……食べなくて、いいかしら」
一食くらいなら、抜いても平気。料理人には、仲間たちがきっと伝えてくれるはずだ。それこそどこぞの料理人が聞いたら泣いて止めるような暴論を思いつき、はっと息を呑む。だめだだめだと首を横に振って、とりあえず自分が好きなサンドイッチの店が目に入ったからそこで買うことにする。どうやら外のパラソルで食べられるようだ。さっとそこで食べてしまおうと、メニューを見る。これまた、多い。上から下まで文字がぎっちりだ。
「お姉さん、何にします?」
「一番軽いサンドイッチはどれ?」
「軽い?あぁ、重さがですか?」
「そうね、その、お腹への重さが」
「そうですね、うちのはどれも女性がサクッと食べれるものばかりですからねぇ」
考古学者はもっと困ってしまった。言葉が通じない。というより、うまいこと自分の好みや希望を相手に通じられないような。
「なら、この、タマゴサンドとコーヒーを」
「はい、まいど!」
一番安いものなら、量も少ないだろうと思い、コーヒーと一緒に注文する。あっという間に来たそれは、サクッと焼かれた三角切りの食パンにたっぷりの卵とマヨネーズ、そしてケチャップが挟まれた、見るからにこってりした品で、それが2つもついていた。
「……」
考古学者は複雑な顔をしたが、ゆっくりと三角に切られた端っこをかじった。サクリとしたパンに、卵のしょっぱさが、美味しい、たしかに美味しいが。
――もう少し、あっさりしたほうがよかったと思うのは、贅沢かしら。
ほろ苦いコーヒーを飲み、息をつく。あっさりめのものと言えば伝わっていただろうか。それともせめて詳細を聞いてケチャップは抜いてくれとか、あるいはふわふわパンにすればよかったとか。ムーっと悩みながら少し重いサンドイッチをゆっくりと口に運んでいく。
「……もう一個、いらねぇのか」
すると、聞き覚えのある声が不意にとんできて、顔をあげる。むすっとした顔の剣士。どかりと彼女の隣の席に座り顔を見て、皿の上に一つ残ったサンドイッチをさした。
「ほしいならどうぞ。お金はいいわ」
「ん」
無骨な片手で鷲掴み、もしゃもしゃと考古学者のサンドイッチを平らげる。その顔は食べる前からなぜか考古学者と同じように苦い顔をしていた。
「ご飯選び失敗したの?」
「失敗じゃねぇ。甘すぎただけだ」
「甘すぎた?」
「あー」
剣士は端的に説明する。先程、静かなバーでワの酒とつまみを注文したのだが、なかなかうまく通じなかったらしい。
「ワの酒って言ったら、どれですか?とか聞かれた。辛口だって説明したのに、時間がかかるし」
フルーティだの、ユラユラの酒だの、難しいことを言われて頭が痛くなったと。とりあえず「辛口だ」で押し切って、なんとか辛口の酒が出てきたまでは良かったが、
「つまみも甘ェし……」
つまみがうまく噛み合わなかった。辛口なら辛めのものを出してほしかったのに、いや、それに合うものを、と一言で示しただけなのだが、なぜだか当然汲み取ってくれるものだと思っていた。現れたすき焼き風の煮付けはとても甘くて甘くて酒と合わせても落ち着かなかった。
「どうしろっていうんだ。もっと詳しく聞けばよかったのか?」
合う人間には合ったのだろうが、自身は甘いものがだめなので合わなかった。だから、一杯だけ呑んで残さず食べて、戻ってきたところだった。
「第一あのアホなら……いや、なんでもねぇ」
「ふふっ、サンジなら何も言わなくても汲み取って注文してくれたり出してくれたりするのにね」
「なんでもねぇって言ってるだろ……」
サンドイッチを飲むように噛み下して誤魔化しながら、剣士はムスッと呻いた。考古学者はくすくす笑っている。こうして二人のお昼は終わってしまった。このまま、別の店に行くのは憚られてしまったからだ。
「用事は」
「済んだわ。サニーでサンジに軽いもの頼もうかしら。ゾロも一緒にね」
「あのアホの唯一の取り柄だからな、船に戻ればなんとかなるだろ」
「ふふ」
「なんだよ」
別にいらないとは言わない剣士にまた小さく笑って、船に向かい出す。どうせならお昼をサニーで食べてからもう一度出かけてもいいだろう。そんなことを思いながら。
「あっ!ゾロ!ロビン!」
「おーい!!」
彼らは、ん?と振り返る。そこには麦わらの一味が集まっていた。料理人以外、見事なまでに。
「お前らも昼飯のせいで船に帰るのか」
剣士は思わず問うていた。ただ集まっていただけなのかもしれないのに。だが、実際はそのとおりだったようで、
「そうですそうです、私はなかなかハイカラな味を楽しめましたがもう少し量が欲しくてですね。物足りなかったんです」
「スーパーボリューム定食ってかいてあったのに野菜がましましでよぉ。味は良かったがもう少しジャンキーな方がおれ好みだった」
「ケーキってかいてあったのにあんまり甘くなかったんだ……ケークサレってあまぁいケーキじゃないのか?」
「おれ、オムライスにしたんだけど卵がなんか甘くて甘くておちつかなくてさ。サンジと一緒にいたなら写真見なくても匂いで教えてくれたのになぁ」
「みかんのフルーツサンド頼んだら、みかんが加工してあるやつだったの。最近メニューの写真見なくてもサンジくんが注文してくれるから甘えてたわ」
どうやら、一味も同じような目に合ったようだ。しかも料理人がいないと、と彼らよろしく嘆く一味まで現れて。考古学者と剣士は顔を見合せた。
「だから、今日はサンジのメシ食うんだ」
どんな目にあったかはわからないが、にひっと歯を見せて笑ったのは船長。
「うまいメシの選び方、いっぱい教えてもらわねぇとな!」
我先にとばかりサニー号に走り、待てよそっちじゃないと仲間たちが走ってついていく。
「おい、どうした、早かったな?」
ただいま、とキッチンに飛び込むと、料理人がキョトンとした顔で出迎えていた。なにか料理人に言おうとした一味は思わず口をつぐむ。
テーブルの上に、ズラッと並んだたくさんの料理。美味しそうな匂いがする、料理。
「サンジ!なんだこれ!!」
「え?これか?試作品のコース料理だ。アミューズは、夏野菜のラタトゥイユと魚介のカルパッチョ、メインは鴨肉フィレステーキ、カシスのソースと野菜のピューレを添えてと……」
指折り数えての説明に、ごくんと思わず唾液を飲む音がする。さっぱりわからない難しい料理名ばかりなのに、しかも見た目も美しいから、どんな料理かも舌にあうかも判別できないのに。なぜだろう。とてもとても美味しそうに感じてしまうのだ。
「ねぇサンジくん、例えば」
「それ、私達も作ってもらっていい?8人分。後ででいいから」
女性陣は思わずおねだりしていた。料理人はぽかんとした。事情がなにやらわからない。けれど、目の前の美しいレディたちが食べたがっていて、そして、物欲しそうな野郎どもがいるのも事実であって。
「じゃあ、話も聞きたいし」
料理人はゆっくりと席を立ち、キッチンに向かっていく。後でいいと、再度言う時間はなかった。
「コース料理を切り分けてみんなでつまみにしながら、追加作るよ」
にかりと笑って、彼は提案をする。彼らに優しい、提案を。
「するー!!」
「サンジー!手伝うから話を聞いてくれー!!!」
「おれもーー!!!」
「おいバカ!レディ以外泣きつくな!バカ!わかったから!!順番だ!順番ーー!」
その優しい提案に甘え、へばりつくように彼のもとに向かっていく一味。
「じゃ、私達も行こうかしら、ゾロ」
「なんでだよ」
「今度こそ、おつまみとお酒をちゃんと合わせなきゃ、ね」
「……それならそうといえ」
考古学者がくすくす笑いながら剣士を招き、呆れたようにそう吐き出すも、いつも通りの顔に戻っている。
その後、彼が事情をようやく聞けた上に、仲間たちのこんなストレートな言葉に顔をゆでダコのように赤くしたのは言うまでもない。
「おれたち!」
「メシの面では」
「お前がいなきゃダメダメだ!!」
(終)
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