見ている。と言っても、悟られたり、気が散らない程度に。気づいているのは一味のごくわずか、いや、たとえ気づいていたとしても不愉快には感じない。
この観察は、彼の仕事の一環と、彼の優しさからできている。
今日はそんな、彼の観察のお話。
「お、おい、チョッパー。衝撃の事実だ。それ、お前が昨日頑張って食べてたセロリ入ってるんだってよー!」
「えっ!?こんなに美味しいバナナジュースだぞ!?苦いの入ってないぞ!」
料理人は皿を洗いながら、口元をふっと緩ませる。子供組の賑やかな会話を聞いて。
「入ってるさ。セロリバナナジュースだからな」
「えぇぇぇ!!??」
「へへん、ほらみろ。おれは余裕で気づけたぞー!」
「ちなみに今日のイワシハンバーグはえのき入りだがそっちは気づけたのか?やけにうまそうに食ってたが?」
「えぇぇぇぇぇぇ!!?!ウソだろ!!?あんなに美味かったのにきのこ入り!?」
「ウソじゃねぇし、お前らの好き嫌いがウソなんだよ」
「えぇぇぇぇぇぇ」
驚きっぱなしの二人にからからと笑いながら、皿洗いに戻る。考古学者はくすりと小さく笑った。剣士の方をちらと見て。
「なんだよ」
「いいえ。いつも通り食が進んでると思って」
「……別に、好きに食わせろ」
もきゅもきゅと頬を膨らませて米を噛みしめる。今日のおかずは、ワ風よりだ。イワシのあんかけハンバーグに、秋茄子のお味噌汁、さつまいもごはんだ。米に合うおかずが好きな彼にとって、とても美味しいのだろう。
「それに、今日のは米がうめぇ。もち米が入ってる」
「正解。マリモのくせに」
「くせには余計だアホ」
「あぁん!?」
「サンジー!おーかーわーりー!!」
「ったく、あと一杯とハンバーグ2で仕舞だぞ」
毒づきつつも、箸を止めないのは本当に美味いからだろう。そして、それは船長も同じで、食欲が止まらない様子だ。
「よし!ゾロ、半々半分個だ!」
「断る。おれは一個丸々食うからな」
「むぅ、じゃあじゃんけんだ!」
「なんでだよ……」
「あんたたち、まだ食べてんの?」
そうやって言い合っていると、外で天気を見ていた航海士が飛び込んできた。料理人は目をハートにするが、次の言葉で顔を元に戻した。
「敵襲よ。って言っても、フランキーとブルックが大半片付けたけど。でも、そろそろ暴れたいんじゃない?」
「よし!いっぱい片付けたほうが一個半バーグだぞ、ゾロ!」
「のった!」
「あぁ、ナミさんありがとー!ここでジュースでも飲んでてー!」
あっという間に片付けてくるから、そう言って三強の殿はドアをパタンと閉じる。
「私は?」
「怖いから私とここにいて!」
「おれも!」
「おれもー!」
「ふふ、わかったわ」
考古学者はくすりと笑い、ふわりと生やした両手でジュースを飲みながら怖がる三人を撫でつつ、
「……ねぇ、3人とも。耳をすましてみて」
「え?」
「面白いものが、聞こえそうよ」
考古学者の言葉に、三人はきょとんと目を丸くした。
――黒足のサンジ!お前は!
大仰な声が響き、料理人の呆れたようなうめき声が響き始めていた。
――――――――
「お前は、仲間たちのことをどれだけ知っている?」
偉そうな声が響く。何だこいつは、と料理人は呆れを顔にあらわにした。どうやらこの男はコックらしい。コックコートを着て、腕を組んで、堂々と叫んでいる。
「……どういう意味だよ、蹴るぞ」
「そのままの意味だ!!麦わらの一味の食事情をどのくらい知っているんだと聞いている!」
例えばうちはカレーを毎週金曜日に作るだとか、誰々の好き嫌いをなくさせたとか自信満々に言い放つ。
「自信がないなら蹴るがいい!!」
あからさまな挑発。料理人は大きくため息をついた。赤い瞳でわかっていた。この男のそれは、単に誘導。本当は右影から狙っている麻酔銃を当てるためのものだろう。Only Aliveだからこその、そんな戦略。けれど、
「蹴りや賞金首だとしても、コックとしての本業がなってないとしたら」
そんなあからさまな挑発を、
「お前は麦わらの一味のコックとして失格だな!」
されているのだとしたら。
「……食事情、ね」
彼はぎろっと目を剥いて挑発にのった。男はにやと笑ったが、
「麦わらの一味の麗しいレディか?そうだな、麗しのナミさんはみかんが好きだが、加工したみかんは苦手だ。それでもおれの加工したスイーツは美味しいって食べてくれるまるで天使のような女性だ。みかんはどちらかというと房が大きめのものが好きで、そうだな、この間は朝ごはんのマーマレードをすごく気に入ってくれてたみてぇだ」
「あ、あぁ?」
銃の合図をしようとした男は面くらった。気づいた音楽家が手招きする。なんだか面白いことが起こっていると。船大工がにたぁと笑いながら、彼の背に回った。
「ロビンちゃんについても聞きてぇよな。彼女はコーヒーに合うものが好きだ。特にコーヒーはお砂糖もミルクもないブラックが多いが、難しいご本を読んでいるときは糖分が少し欲しいはず。だから、お砂糖をほんのひとさじ入れてあげるんだ。そうしたら今日はお砂糖いりね、ってニコって笑ってくれてまさに天使の……」
目をハートにしてくねくねしながら語る料理人。男は銃の合図を思い出した。だが、放たれた銃弾はくねくねすいっとすべてかわされる。ひ、ひぃと銃を持った、影に隠れた男は怖じけた。
「おいおい、まだまだ聞いていけよ」
「サンジさーん、麗しい女性陣はまだまだあるとは思いますが野郎どもも全員聞かないと納得しないそうですし、残りの敵の場所吐かないそうですよー!」
だが、後退しようとした銃を持った男はわしりと船大工に頭を掴まれた。音楽家がアンコールを叫ぶ。勿論、音楽家も料理人も聞かずとも敵どもの場所なんてわかる。けれど、こんな戦いの中の楽しいシチュエーションを見逃してはおけない。
ともすれば挑発した敵船のコックは、メロリンを元に戻した料理人を目の当たりにすることになる。そして、挑発をやめれば、蹴飛ばされるだろう。ここで話を伸ばすことで援軍が来るかもしれないし。
「そ、そうだぞ!女だけじゃ判断が……へぶっ」
「レディたちを女呼びすんな」
「は、はいっ」
料理人はそこだけはきっちりと蹴りで締めて、つらつらと自分の頭の中にある書庫から出すように野郎どもの分も語り始めた。
「そうだな、そこにいるホネはカレーが好きだ。どっちかっていうとミルクの入った辛味がまろやかなやつが特に好きらしい。辛いやつもぱくぱく喜んで食うけど、一杯分くらいよく皿が進むのはまろやかな方だ。まぁ、そんなに詳しく統計とったわけじゃねぇけどな。カレー食うと汚すから気ィ使うし」
「ほ、ほねっ!?」
「そこのメカはハンバーガーが好きだ。このあたりでとれたシコカリヒ米がうまいから、最近はおれが作ったライスバーガーにもハマってる。よく食うライスバーガーはハンバーグのやつ、焼肉のやつ、きんぴらかき揚げの順。柔らかいのより固いのがヤツは好きだから、きんぴらかき揚げが低いのは意外だった」
「おぉ、よく見てるな……」
「ヨホホ、無意識でした」
船大工と音楽家は嬉しそうに言った。銃を持っていた敵は船大工の尻に敷かれたまま、唖然としている。
「そこのドア口から見てるシカは甘いもんが好きだが、医者として栄養バランスはよくわかってる。だから最初は匂いに驚いて苦い野菜を食うのに時間はかかるが、食うとそのうち慣れてくる。今日なんざセロリスムージーをよく飲んだしな。後は辛いもんが嫌いだから、今極上の辛甘旨キムチを仕込んでるところだ」
「えっ、楽しみ!」
ひょこっと顔を出している船医、狙撃手、航海士。そしてそれを後ろから見守る考古学者。その顔はなんだか嬉しそうだ。
「あ、もうそろそろそのへんで……へぶ」
「サンジくーん、ウソップ様はー?」
お腹いっぱいになってきた敵の男に一発鉛玉を放って黙らせて、狙撃手は言葉を挟む。こうなると自分の話も聞きたくなってしまう。
「長っ鼻?きのこが苦手だが、刻んでたやつを徐々に入れていったらもうだいぶ克服したな。あとは旬の魚が好きだが、特に秋島のサンマが好きらしい。脂がのったやつを寿司にしてやりゃあそりゃあよく食うし、今まで一番食ったのは七輪で焼いたサンマにすだちをちょちょっとたらして大根おろしかけたやつだな。そんときのおかわり数は8杯」
「こ、今度またぜひ作ってくださーい!!」
「いい秋刀魚がとれたらな」
「ひ、ひぃ!!」
もう、ついていけない。というより、援軍も来ないし、コックとしてのプライドも折れた。男は逃げようとした。だが、回り込まれてしまった。男二人。拳をバキバキ鳴らし、刀を振りながら。
「よし、こいつ倒したほうが勝ちだぞ、ゾロ!」
「わかってる……何だ、なんかおもしれぇことしてるのか」
船長と剣士だ。料理人は煙草をぱくりとくわえ、火を付ける。
「あ、競争してたなお前ら。おれの気はすんだから」
「えーっ、ルフィさんとゾロさんのも聞きたかったですー!!」
「何か言ってたのか」
「そいつがうちの食事情言えないなんてサンジは麦わらの一味のコック失格だって言ったんだー!」
「なにー!」
船長はびょんと腕を伸ばした。剣士もぐっと刀を握る。突発的な船長の怒りにも、合わせる。
「サンジは最高なんだぞ!!!」
「え、あ」
「バカ言うなー!!」
拳が放たれ、刀が動く。吹き飛んでいく、敵船のコック。あーあー、と料理人は見送りつつ、ぼそりと呻いた。
「……引き分け、一個ずつだな」
「あーっ!!」
「お前がフライングするからだ」
「だって!サンジはー!!」
「わかったわかった、とりあえずメシの続きだ。冷めちまうぞ」
「よーし!メシー!続きー!」
「一個ずつだぞ!」
料理人はふっと少しだけ機嫌よく笑って、船長の先導のもと、剣士と並んでキッチンに戻っていく。銃を持った男をぽいと放った船大工と音楽家も、キッチンに残った四人も、嬉しそうにそれに加わるのだった。
「で、おれたちのは」
「どうなんだアホ」
「……言っとくが、あれまだ一部だからな。言い切れねぇよ」
「あら、まだ夜は長いわよ」
「そうそう。さっきのお話、すごく面白かったわ」
「コーラ片手に教えろや」
「私ももっと聞きたぁい!」
「もっと聞きたいぞー!」
「聞きたいぞー!」
「……しょうがねぇなぁ」
レディたちのお望みとあらば、とぷはりと笑う。ご飯が終わったあとも、優しく楽しい観察を語る夜は、続いていくのだった。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.