交渉という文化は、麦わらの一味の船長モンキー・D・ルフィにはあまり存在しない。聡明な航海士や、博学な考古学者、そして生き抜くことに毎日必死な勇敢な狙撃手であれば行うことはあるかもしれないが、自由を愛する彼にとっては、苦手なことの一つであると言えよう。
「ま、自由に話せばいいよ」
「あー、どうせ止めたところで無駄だしな」
海軍船の中。長テーブルの端と端。遠く向かい合う椅子。同じく背中に用意された椅子2つは、麦わらの一味の両翼のために設けられたもの。
向かい合う海軍はただの馬鹿か或いは策があるのか。腕を組み、そこに顎をのせてこちらを見定め、そばには腕が少しは立ちそうな男を二人連れている。一番強いものを3人寄越してこいと怯える下級兵三人を連れてこられて言われ、彼らの心象はあまり良くなかった。ただ、次への島の記録がどのくらいで貯まるかわからないこと、そしてこの交渉は彼らが島で手に入れたばつ印の書かれた地図のようなものに起因するとあれば、喧嘩早いにせよ何にせよ少しでも情報を集めた方がいいとの相談、最終的に船長の冒険心によって、今回の謎の『交渉』の火蓋は切って落とされたのだ。
「あなた方の渡したい情報は渡します。その代わり、その地図をお返しください。私たちのものなのです」
「なんの地図だ?」
「とある海賊の住処を表す地図です。我が海軍支部はその海賊を滅することに集中していましてね。海賊のあなた達を招いて捕まえないのも、その海賊に集中するためなのですよ」
「ふーん、どんな海賊なんだ?」
「そりゃあもう恐ろしい海賊で……」
船長の質問が想定問答であるかのこどく、いかにも海軍のおえらいさんである格好をした男はベラベラと海賊の特徴を口にした。えらくおしゃべりだ。料理人はため息交じりに剣士に目配せする。剣士はじっとその男を見定め、一瞥のみ料理人にした。
この男はウソをついている。喧嘩仲間の彼らでも、船長の両脇を固めている今は、静観するときだ。
「じゃあこの地図返したらいいのか?」
「えぇ、それが一番平和で助かります。よければ背に並ぶ男どちらかに命じて、持ってこさせてください。そうしたら……」
「命じて、持ってこさせてください?」
言葉を繰り返す船長の顔が不機嫌そうに歪んだ。背中の両翼はあからさまに渋い顔をする。ただ、そこでまずいと思えばいいのに、海軍の男は慌てたように取り繕ってヘラヘラ笑いながら無駄な言葉を継ぎ足した。
「いやはや、麦わらの一味の船長の貴方様は尊敬に値しますよ。あなたの背中についている片方の男は、ヴィンスモーク・サンジでしょう?」
「……」
料理人は眉をぴくりと動かしたが、黙ったままだ。剣士はもう一度料理人を一瞥した。先ほどとは違って、何かを含んだ目。何故か。今は船長と相手の交渉。彼らは口を出してはいけない。
「戦争屋のジェルマの王子がコックであり、麦わらの一味の三強の一人として部下として強さで従えているとは流石です」
その言葉が料理人を侮蔑という名の釘で突き刺して落とし、船長を持ち上げている言葉だとしても、
「その敵を倒した血まみれの手で作った食事というものはいかに甘美なのでしょうな。もはや船長麦わらのルフィ様にしかわかりますまい」
彼は決して、口を出さずに微かに震えた手を静かに握りしめることしかしてはいけない。
「そうだ、良ければ、彼を部下にした経緯を教えていただきたい!何か目的があるので?」
「……っっ!!!」
ぶちっと何かがキレる音がした。まだ黙らない男が、あげられた船長の般若の形相に、その血走った瞳に、気がついたのはいつだろうか。
赤い覇気が弾け、天が割れた。
椅子に座った男は白目を剥いてようやく黙り、付き人は遠く遠く吹き飛ばされた。
「褒めると思ったら、おれの仲間をバカにしやがって!!!」
船長はだんと長いテーブルに足をついて、怒りの化身のように叫んだ。
「交渉、決裂だ!!全員ぶっ飛ばす!」
海兵たちが焦りドタバタと飛び込んでくるやいなや、そちらに飛びかかる。料理人はゆっくりとポケットから煙草を取り出した。剣士ももう刀を構えている。明らかに冷たい表情だ。
「静観してたのに、いいのか?」
「仲間をコケにされてるんだろ。報復は絶対だ」
剣士は恥じらいもなくきっぱりと言った。料理人は
ふーっと煙草を蒸す。手は、もう、微かにも震えていない。代わりに口元が少し緩んでいる。
「……おれは別に気にしちゃねぇよ」
「……アホ」
「あァ!?」
「何してんだ!ゾロ!サンジ!あいつらみんなぶっとばすぞ!!!」
いつも通りに顔を突き合わせてがなり始めた二人に、大きな声が飛び交う。
「ちゃんと見聞してたんだ!みんなサンジを馬鹿にしたんだぞ!!骨も残すなっ!!」
まだ怒りに満ちた声。拳を振るえば、海軍が空を飛ぶ。高く高く飛ぶ。容赦ない。
「……了解」
「船長」
ともすれば、船長の仰せのままは自分の意見だ。自身と仲間をバカにされた報復に、両翼は容赦なくその足技と剣技を振るうのだった。
――結局なんの地図かわからなかったな。時間の無駄だった。
――まぁ行ってみればわかるだろっ!サンジ!腹減った!メシ!
――へいへい。……ありがとう。
〈終〉
おまけ
「あ、あっ!?交渉が決裂したみたいだぞ!」
「なんで!?喧嘩しないでって言ったのに」
「……盗聴してたんだけど、サンジをバカにされたみたいね。ひどいことするわ」
「よしゃ、おれたちも乗り込むかァ」
「ですね。仲間を馬鹿にされるのは許されざることですから」
「がはは、わしが波で船を寄せよう」
「サンジにひどいこと言うやつ誰だ!おれ!いっぱい怒るぞ!」
「チョッパー、私も手伝うわ」
「よし!援護は任せろ!サンジを馬鹿にしたやつにタバスコたらふく食らわせてやる!」
「ちょっと!!雷私も落とすんだから残しておいてよ!?」
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