夜。ぐっ、ぐっと生地を忙しく捏ねる音がする。青いシャツをくるくると腕捲りにし、エプロンをひらひらと揺らしながら、料理人は明日の朝のパンを準備していた。彼はパン屋さんで買うときもあるが、サニー号にオーブンができてからはお手製パンを焼くようになったのだ。さくさくのバケット、ふわふわの食パン、何層も折り重なったクロワッサン、そして、色んな動物や一味の顔をあしらったパンなど。彼のパンはどれも美味しくて、一味に大人気だ。ただ、同盟を組んだ一人の男を除いては。ちなみにその男にも顔をかたどったパンを焼いてやったのに、船に持ち帰ると言って食べなかった。けれど、持ち帰っただけでも進歩。いつか食わせてやるのが料理人の目標だったのはさておき。
「あのー」
「この度は」
「お願いがあって」
「なんだよ」
しっかりと捏ね終え一次発酵に入るところまできて、料理人は細い腕を揺らして息をつきながらくるりと振り向く。どうやら話しかけてきた相手もそれまでおとなしく待っていたようだ。ちなみに話しかけてきたのは、同盟相手のベポ、シャチ、ペンギンの三人だ。
「こんな夜更けにきて。マリモが外にいたろ?」
「普通に通してくれた!同盟だから!」
「それより」
「あのー」
「お願いだろ?なんだよ」
料理人が問い返すと、三人はえへへだかなんだか笑いながら呻いた。彼は目を点にしてぱちくりしながら、三人がパン生地の方に目線をやり、口を動かすのを見返すのだった。
ーーー
「おい」
「いーでしょキャプテン!!」
「いーでしょー!!!」
ローは顔をしかめた。ふんわりと香るバターと小麦のにおい。それらは熱を通すことでさらに香ばしくただよってくる匂いへと変わる。美味しいにおい、朝のにおいなのだが、ローはどうも昔から苦手だ。けれど、今日はそれが緩んでしまうくらいに、その光景は面白かった。
「黒足屋か」
「あいあい、つくってもらった!」
「キャプテン、パン食えないのに顔のやつ作ってもらうなんてずるいんで」
「おれたちもー!!」
ふっくらこんがり焼けたローの顔をあしらったパンを中心に、ペンギン、シャチ、ベポの顔のパン。そして、映像電伝虫を使ったのか、他の船員の顔までふっくらと焼き上がっている。クリーム、あんこ、イチゴジャム。みんな中身は違うようだ。そして、どれもこれも笑顔を浮かべている。ローもつられたように帽子を下げて、口許を緩めた。
「明日の朝食にしろっていってた!」
「……じゃあ久々に、食ってみるか」
「えっっ!!?」
「キャプテンが!!??パンを!!?」
ローが数年ぶりにパンを口にする騒動と、航海士がこういうのはちゃんとしろとパン代をちゃっかりと請求する騒動が同時併発したのは、次の日の話だったという。
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